昨日似たようなエントリーをしたが、再度しておきたい。講談社ミスiDで審査委員の大森靖子がごり押しし不自然な選考が行われた件だが、わたしは金子と黒宮を許すことにする。おそらく道重さゆみちゃんなら許すであろうと思うから、そうするだけである。

ミスiDで受賞するメリットがほとんどないのだから、何か大きな不正を働いたとは言い難く、道重さゆみちゃんなら情状酌量の余地を与えるであろうし、また道重さゆみちゃんのような聡明な人物なら、売れないアイドルを推すゲームだと理解するであろうし、アイドルを推すという精神の本質からして、一人一票の多数決など覆してもいいと考えるはずである。不人気メンバーを熱心に推す一人のファンがいるとして、たとえば100人分のグッズを買うなら、それは100票であるはずだ。一人で100人分応援することは可能なのである。アイドルを推すということに関して、これはズルとは言えないし、むしろこの熱心さこそが本質だと言える。

もちろんわたしは金子を応援しないし、金子に否定的な見解を示した四人の審査員も決して応援しないであろう。だが、アイドルを推すという根本に立ち返ると、大森靖子一人で100人分動いてもいいわけだし、それはこの賞の性質からして、正当化されるだろうと思われる。四人が応援しないことより、一人が熱烈に応援することが評価されることがあってもよいはずである。マイナスの評価の数で考えるより、推しているファンの熱意の方が重要であるとも言える。大森靖子が金子をごり押ししてグランプリにさせたのだから、他人の力を頼ることなく、大森靖子だけが金子を全力で推せばいいのであり、ミスiD受賞の特典が極めて乏しく、アイドルを推すゲームであると考えると、一人で100票入れるような行為は許容されるはずである。

大森靖子がごり押しし、金子にグランプリを取らせ、それから先は何もしないということなら、何の熱意もないごり押しであり、それはアイドルファンとしての行動ではなく、アイドルオーディションで傲慢な審査員として振る舞っただけとなるであろう。
やまもといちろうは100億円の資産があるという設定で活動しているのだが、このようなRTをしていた。

https://twitter.com/kirik/status/524124866371657728
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われわれの世界では、経歴の自己申告に頼っているわけである。他人の自己申告に疑問を呈するのはなかなか難しい。隣に住んでいる人がグーグルの社員だと自称していたら、ああそうですかと言うしかない。疑ってみるとしても、徹底的な追及などしない。

とはいえ、自己申告で押し通せるのは赤の他人だけである。飲み屋で東大医学部卒の医者だと詐称している客がいるとして、第三者として疑わしいと思っても、その証明を求めるわけにはいかないが、さすがに企業が採用するときは本当に東大卒か確認するであろうし、病院が医師を採用する場合に、本当に医者なのかどうかはチェックするのが当然である。本人がそれを拒めば採用しないというだけである。つまり、経歴のチェックというのは、赤の他人が行うことは出来ず、あくまで採用する時だけに条件を付けられる、とも言える。採用/不採用という問題の時には経歴チェックがあるのだから、社会的に経歴チェックはあるのである。

問題なのは、フリーランスで活動している人である。採用/不採用のプロセスがないのだから、経歴チェックを受けてないのである。どのような経歴を自己申告しても、第三者はその証明を求めることは出来ない。

自己申告した経歴を赤の他人に証明する法的義務はないし、たとえば誰かが東大卒だと詐称しても、採用/不採用という場面でなければ、卒業証書の呈示を求めるわけにもいかないから、疑わしくても放置しておくしかないのである。とはいえ、法的な義務がなくても、立派な経歴を自己申告してフリーランスで活動している人間は、その経歴の信頼性を確保するのが普通だと言えよう。もしくはわれわれとしても、本人が自分で証明しない限り、立派な自己申告には半信半疑の姿勢を取るべきなのである。

自分の人生をフルオープンにして生きている人は歴史上ひとりもいないと言ってよく、誰でも言いたくないことはあるのである。というか、そのような恥の概念こそが個人を形成しているのである。恥じたり見栄を張ったりする感情こそが、自分と他人の間に境界線を張り、われわれの存在を成り立たせている。なんでもオープンにするとしたら、自分の人生を完全な他人事と見なしているということである。特別にやましいところがない人にしても、やはり個人的な事情は秘密にしておきたいのである。このあたりの恥の感情が尊重される結果として、自己申告をチェックできないという問題が発生するのである。採用/不採用という場面ではさすがに経歴チェックがあるので、社会的に最低限の経歴の確認は行われているのだが、それ以外の場面では、他人の自己申告に手出しは出来ない。とはいえ立派な経歴が自己申告されていたら「この人は本当に東大卒なのだろうか」と疑う自由くらいは、当然確保されてしかるべきであろう。自己申告する自由と、それを疑う自由が並列しており、この決着が付かない曖昧性が、自己という秘密の存在を成り立たせてるのである。この曖昧さこそが人間であり、また歴史性であるとも言えるのである。自らの主体性によって世界を理解しているというのは、要は自分の五感の範囲しか把握してないということである。森羅万象を千里眼で見渡しているのとは対極であり、自分の五感の範囲外にあるものは想像や伝聞で理解するしかない。それぞれがプライバシーを隠しつつ、なんとなく探り合ったりしている関係性で、世界は成立しているのである。であるから、他人の自己申告は話半分で聞くべきなのである。こちらから「証明しろ」と言うことは出来ないのだから、あまり真に受けないことが大事である。
大森靖子という大罪人のババアがいるわけだが、一応は道重さゆみちゃんを信仰するという善行は行っているわけである。
大森靖子はミスiDで、なぜか金子と黒宮をごり押しして相当に不自然な審査結果をもたらしたわけである。
大森がこのような不正を行ったことを道重さゆみちゃんが知ったらどう思うだろう?

何より道重さゆみちゃんが悲しむとすれば、ごり押ししておきながら、それが露見したら、大森がすっかり手を引いてしまったことである。
ごり押ししたいなら、最後まで推すのが責任であろう。

そもそもミスiDの不正というのは、東大に裏口で入ったとか、そういう深刻な問題ではあるまい。
さほど受賞メリットのない賞である。
大手芸能事務所で売れるのが分かってる子なら、絶対に貰いたくない賞である。
オリンピックでドーピングしたとか、そういう深刻な問題とは違い、大森靖子が責任を持って金子と黒宮を推せば済む問題であろう、と道重さゆみちゃんなら考えるはずである。
ミスiDという賞の性格を考えれば、審査員である大森靖子が金子と黒宮を何が何でも推したいという情熱が見えれば、ある種の理解が得られるかもしれないし、たぶん道重さゆみちゃんなら理解してくれるはずである。

少なくとも、大森靖子が金子と黒宮のごり押しを認めて、今後も責任を持って推し続けるなら、この問題は解決されると思うのである。
なにか不純な動機があったなら話は別だが、あくまで純粋な動機に基づき、あまり幸福ではなさそうな金子と黒宮をどうしても推したい理由があり、今後も責任を取って推すのであれば、道重さゆみちゃんも納得するであろうし、それならばわたしも応援をしてもいいくらいである。

東大に裏口入学とか、オリンピックでドーピングとかは絶対駄目だが、ミスiDという賞の性格を考えれば、何が何でもアピールしたいという情熱の強さも評価ポイントとなるはずである。
大森靖子が金子と黒宮をごり押しした事実を認め、今後もふたりを全力で推していくというのなら、道重さゆみちゃんも暖かく見守るであろうから、わたしも暖かく見守ろうと思うのである。
このまま大森靖子が逃げ回って、金子と黒宮を放置している事実を知ったら、道重さゆみちゃんはさぞかし残念に思うであろうし、心を痛めるはずである。
大森靖子が金子と黒宮の今後に責任を負い、最後まで情熱を持って全力で推すというのなら、(東大入試やオリンピックで不正をしたわけではないのだから)、道重さゆみちゃんも認めてくれるであろうし、わたしだって、これ以上責任を追及はしまい。
全員の賛同は得られないにせよ、ミスiDという賞の性格を考えるに、何が何でも推したいという真剣さが伝われば、一定の理解はされるだろうと思われる。
東浩紀は今でこそ真面目系クズの代表とされているが、昔は他人に対して真剣な回答をするタイプの人間であった。そのマジレス厨な性格が笑われていたので、「ブロックした」とか「議論に値しない」と連呼するキャラに変更したのである。ネットで何かを問われて真剣に答えても馬鹿なだけというのは確かであり、マジレスしないのは正しい選択なのだが、東浩紀は悪い方向に向かっただけである。本来ならネットを遮断して書物に向かうべきなのに、マジレスしないという宣言を反復強迫で続けているわけである。この世に生まれて道重さゆみちゃんを抱くのは不可能だが、過去の天才が書いた書物は誰でも読めるようになっている。天才が書いた書物だから読んではいけないということはないのである。知性という観点から言えば、どんな女でも抱けるような読書空間が存在しているのである。わざわざネットで知能の低い人間を捜さなくても、人類最高レベルの、女で言えば道重さゆみちゃんに該当するレベルの天才が書いた書物を好きなだけ読めるわけである。東浩紀は商売上の都合もあり、半端な知性の人間も相手にしないといけないから、議論厨はやめられないのである。マジレスはしないが議論に首を突っ込んでしまうという混乱状態がずっと続いており、だからこそ真面目系クズと言うしかないのである。そもそもネット住人批判というのは間違っている。ネットの住人のレベルが低いのではなく、現実の人間のレベルが低いだけである。街を歩いていて、他人の思考は見えないから、どれだけ馬鹿なことを考えているか気付かないだけである。ネットが悪いのではなく、ネットによって人類の頭の悪さが可視化されているだけである。人類の半数は知能指数100未満であり、ネットだとそれを痛感するだけなのである。だいたい「ブロックした」とか「議論しない」と騒いでいるのでは、マジレスしているのと大差がない。低能な人間を避けたいのであれば、過去の天才の書物を紐解くべきなのであり、それでもネットに向かってしまうのは、東浩紀があまり天才肌ではないという問題でもあるだろう。ソーシャルスキルが低いのにアスペルガーではないという中途半端な自閉性しかないから、ネット中毒が関の山なのである。とてもありふれた軽佻な内向性の持ち主であるから、どちらにも行けないのである。現在進行形のことに無関心を貫けない性格であり、それでも軽い内向性があるから、本当の意味での深い関心はなく、まさに東浩紀が批判しているネット住人の醜い事例そのものと言えるのである。内向的だが孤独を貫けるわけでもないという性格は、本人の生まれつきの気質の問題であるから仕方がないのであるが、ソドムの住人を批判する前に、自らの体臭に気を遣うべきである。中途半端に内向的な性格だから、最高峰のエリートにもなりきれず、変わり者の天才にもなれない了見が狭い人間であり、またそうやって蹌踉し続ける東浩紀の前に、ツイッターという悪い道具が登場し、裸城を防衛する日々が続く。悪所通いをしながら娼婦に説教してるのと何ら変わりがない。
講談社はミスiDというアイドルオーディションをやっているわけである。
元々ミスiDというのは、ミスマガジンの後継のミスコンなので、講談社のヤングマガジンがやってそうな賞という印象を抱いていたのだが、実行委員長の小林司は2013年6月から週刊フライデーの副編集長になっている。

蒼波純がミスiDに応募した時点ではミスiDはフライデーと無関係なのだが、その後で小林司がフライデーの副編集長になったので、問題がややこしくなっている可能性がある。

講談社の企業としてのコンプライアンスが問われる。
ヤングマガジンがミスコンをやるのはいいが、フライデーがそれを引き継ぐのはまずいのではなかろうか。

講談社が女優やアイドルを生み出すコンテストをやるのはいい。
講談社がフライデーという芸能スキャンダルを扱う雑誌を出すのはいい。
だが、これが結びつくと、大企業としての姿勢が問われる。
ここは完全に切り離すのが、大企業として求められる姿勢である。
芸能人を生み出す部署と、芸能人のスキャンダルを扱う部署が重なっているというのは、決して好ましくない。

昨年のミスiDの応募時点ではフライデーと無関係だったが、今年からは関係しているのである。
そして、昨年までは不正の欠片も見られない賞だったのに、今年から妙なごり押しが疑われるような結果が出たのである。

講談社という法人格で運営されているとしても、一人一人の社員には別々の権限があるはずである。
講談社という大企業ではいろいろな事業をやっているわけだが、「芸能人のオーディションを行う部署」と「芸能人のスキャンダルを扱う部署」が重なってしまうのは、社会の公器として好ましいとは言えないであろう。
スキャンダル対策をしたい大手芸能事務所が、講談社の芸能オーディションにあれこれ配慮する可能性も無いとはいえず、社会の公器として、もしくは公正なジャーナリズムのために、襟を正す必要があるだろう。
ミスiDを続けるなら、ヤングマガジンに運営を戻すとか、ともかく、芸能スキャンダルを扱う部署とは完全に切り離さなければならないはずだ。
フライデーの副編集長がミスiDの実行委員長を兼任している現状は解消するべきであろうと思う。
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