東京五輪の賄賂問題で逮捕者が出るとしたら高橋治之(電通元専務)なのだが、浜口雄幸の親戚とされている。
高橋の弟はバブルで長銀を潰したイ・アイ・イの高橋治則(故人)だが、この高橋治則は安倍晋三と親しかったのである。
電通絡みもあるだろうし、歴代首相の親戚として接点があったのかもしれない。

さて、では、どういう具合につながっている親戚かということだが、これがずいぶんわかりづらい。
Wikipediaの方では書かれてないので、ネットで検索してなんか適当に拾い集めた感じからすると、この高橋兄弟の母親が浜口雄幸とつながりがあるらしい。
この母親の父親は北田正寅という人物。
この北田正寅の兄の嫁が浜口悌という女性で、ここでようやく浜口家と接点がある。
この浜口悌の父親が浜口巌根(浜口雄幸の次男)である。

つまり高橋兄弟のおじいさん(北田正寅)の兄の嫁が浜口雄幸の孫娘なのである。
血縁関係はないわけだ。
一般人のわれわれはおじいさんの兄まで知らないのが普通であろうと思うのだが、この高橋家自体が、それなりの由緒ある旧家であるらしい。
ともかくおじいさんの兄が浜口雄幸の孫娘と結婚したという遠い親戚である。

この高橋治之(元電通専務)がJOC竹田恆和と慶應幼稚舎からの繋がりであり、極めて親密であるらしい。
あの賄賂で竹田が矢面に立っているのも、高橋治之を守るためである。
このあたりは週刊文春で報じられていたが、続報が待たれる。
国会でも取り上げられているのだが、報道されないからなかなか気づかない。

フランス当局が高橋治之(電通元専務)を逮捕してくれれば大きく時代は変わりそうだが、そうでなくても、東京五輪までこの問題を追及したいものである。
2016.06.30

乙武と偽善

乙武は選挙で立候補して公人になろうとしたので、なんとなくひとびとが気づいていた女癖の悪さを、確定的な事実として晒されたのである。
そして、当然ながら、立候補はしなかったわけだ。
だから、現在は公人ではないし、そもそも立候補する前にスキャンダルが出て取りやめたのだから、公人になったこともないので、それほど深い罪だとは言えない。
女癖の悪さが極まりすぎてるから、私人でも許せないという意見はあるだろうし、東京都教育委員であったから、それが公人だという解釈もあるだろうが、これはなんとも言えない。
ともかく自民党公認はある程度決まっていたが、正式に公認されたわけではないし、立候補を取りやめているので議員にはなっていない。
舛添なんかあれだけ女癖の悪さの過去があるのに都知事になったわけだから、その比較で言えば、乙武が咎められるべきではないだろう。

とはいえ、文化人という人種の偽善が暴かれた場合、もはや綺麗事は言えないという難題である。
綺麗事を言う文化人なんて偽善者に決まってるし、むしろ偽善者こそ似つかわしいのだが、しかし明白な事実としてそれが確定していても困るのである。
綺麗事ばかり言っていて胡散臭いと思われつつ、それでも証拠を掴まれてないことが肝心である。
乙武のように証拠を掴まれたケースだとなかなか難しい。
舛添は文化人ではあったが、ずっとイメージが最悪だったから幻滅されたこともないし、都知事になれた。
ホリエモンは刑務所に入ったが、あのキャラクターだから続けていける。
だが、さすがに綺麗事が求められる場面ではお呼びがかからない。
乙武は偽善者というキャラクターが封じられたのだから、今後は舛添みたいなイメージ最悪で乗り切るのか、それはよくわからない。

そもそもなぜ議員になろうとしたのかと言えば、レストランの件で人気が下がったので、チヤホヤされないことに耐えられなかったのだろう。
騙し騙し文化人活動を続けていくことは可能だったのだから、そこに甘んじるという現実的な選択肢はあったのだし、冒険する必要などなかった。
それでも不倫問題を抱えながら立候補しようとしたのは、根本的に目立ちたがり屋であり、そういう衝動を抑えられない人物なのだろうと言うしかない。
皇位継承順位が高い有力者ほど廃嫡される悲劇は世の習いであるが、
われわれはその血腥い歴史に立ち会っている。
水野由結ちゃんを武藤彩未さんと中元すず香で引っ張り合って、
水野由結ちゃんの手がちぎれる寸前で武藤彩未さんは離してしまった。
これで水野由結ちゃんは中元すず香の所有物となった。
組み合わせの妙というか、
半人半獣のドブスと美少女のコントラストが海外のメタラーに受けているらしく、
本来なら水と油というべき違和感がイロモノとして人気になったのであり、
メタルという斜陽でニッチなジャンルの出来事が、
日本では大げさに語られて、巨額利益を生み出しているのだから、
芸能界では武藤彩未さんが流罪ということになる。

2016年3月15日に香川健二郎という電通社員がアミューズ執行役員になってから、
あれこれ胡散臭いことだらけだが、
東京五輪の賄賂問題に関して、
フランスの捜査次第では、招致の中心人物だった高橋治之(元電通専務)が逮捕される可能性もあり、
香川健二郎さん(元電通国際事業部門局次長)に累が及ぶかどうか知らないが、
たぶんアミューズが守るのであろう。
香川健二郎さんがアミューズ執行役員になったことは日本経済新聞で報じられているのに、
未だにアミューズ公式サイトに載らないのだから、
これは漆黒の暗渠というべき問題である。
やはりBABYMETALの三人は演奏も作曲も出来ないから、マーケティングが肝心である。
自分たちで演奏できるならここまで厳重に管理されるわけがないが、
エアギターだからこそ、ギミックの崩壊に至らないように、
あらゆる粛清が行われる。

やはり中元すず香と水野由結ちゃんはあまり仲が良くないので、
だからこそ武藤彩未さんは遠くまで流さなければならない。
アミューズは上場企業だからヤクザのような真似は出来ないが、
とはいえ、芸能界の掟として、いわば集団安全保障の仕組みに基づいて、
中元すず香は守られ、武藤彩未さんは追放である。
おそらく、水野由結ちゃんに二度と関わらなければ円満退社として扱ってもらえるであろうし、
今後の見通しは非常に暗いながら、どこかで活動するのであろう。

BABYMETALは絶対に解散しない。
水と油を混ぜたらブームになってしまったから、
縄で縛り付けても延々と人気が無くなるまで続けるのである。
武藤彩未さんと水野由結ちゃんの絆が深いからこそ、
これだけの冷酷な仕打ちを受けているというのは、
分かる人には分かるだろう。
この二人が会うことは二度とないだろうし、さくら学院も無くなると思われるが、
ひとつの貴種流離譚として、これから先の痛ましいドラマも語り継がなければならない。
2016.06.29

宇宙の盲目性

音波があっても、それ自体は音ではないわけである。
たとえば音楽を聴くとして、楽器とボーカルではまったく違うわけである。
もしくは会話にしても、男か女だけでなく、誰が話しているのか、知っていればわかる。
音波そのものが声だということはない。
音波を脳でどうやって解釈するかの話であり、声の響きなどは脳が特別扱いで再生している。

宇宙はおそらくヘレン・ケラーそのもの、もしくはそれ以上である。
物質が匂いや味として解釈されるのは、こうやって地球上に生命体がいるからである。
他の星に生命体がいるかもしれないが、いたとしても、その感覚の世界はわれわれとは違うはず。

生物がいないとしたら、宇宙はまったくの盲目であり、五感の何もかもないはずである。

五感というと、視覚と聴覚と味覚と嗅覚と触覚となるが、おそらく重さは触覚に含まれるのであろう。
そして、生物がいなければ重さはないのである。
物理運動があるとしても、いわばディスプレイの中でスクリーンセーバーの図形が動いているようなものであり、「重力」に従った動きの法則があっても、重さという感覚はないはず。

われわれがどうやって生命として誕生し、無感覚の物理運動を、色や音や味や匂いや重さのような感覚で捉えたのか、これがとても不思議である。
労苦というのは、人間にとって必要である。
何をやるのも辛くなく、すべてのことが負担にならないとしたら、これはたぶん人間ではないであろう。
どうやって人間が設計されたのかは知らないが、いろんな作業が、たとえば全自動洗濯機みたいに出来ても、それはそれで困るのであろう。
苦痛の量というのがあり、それはたぶん人類普遍の物差しなのである。

話の前提として、世界は素朴には実在していない。
物質だけだと、宇宙はただのデータのようなものだから、このような現象世界は生成されていない。
人間が触れることで、この頭の中で現象していくのである。
この現象世界を生々しくしているのは快楽-苦痛の原理であり、今の話の文脈であれば「気力」ということである。
しんどいとか、そういう抵抗があることで、無重力ではない、重みのある現象世界となる。

たとえば肉体労働がどれだけ苦痛かというのは決まっており、個々人の体力や腕力の差も含めて、想像が付くわけである。
賃金というのは苦痛の量に応じて支払われるのかというと、たぶんそうではないし、時間に対して払われる。
だから「割に合わない」という感覚があり、発展途上国の人間ならではの、肉体労働に耐えられそうな移民が必要とされる。

ともかく全自動洗濯機ではなく、人間として生きているというのは、しんどいとか、めんどうとか、そういう裏付けが必要なのである。
これも個人差があるだろうし、なにかをやるたびにしんどいと感じる人間がいる一方で、あまり深く考えずに恬淡と片付けてしまう人もいるだろう。
そういう性格付けはたぶん個性として与えられているので、物差しが違うわけではない。
しんどさにも、それなりの相場というか、市場価格がある。
その負担の度合いを念頭に起きつつ、われわれは等価交換したり、もしくは一方的に押し付けることもあるだろうが、どちらにせよ、負担であることが前提である。
その重みがあるからこそ人間だというしかないし、なぜ人生が辛いのかといえば、辛くなかったら機械と同じだからと言うしか無い。
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