Category
艦これなど作業ゲーの典型であろうし、わたしは過去に(枠を拡張するために)数千円は課金したが、とっくの昔にやめてしまった。
おそらく飽きる人のほうが大半であろう。
有村悠さんなどは極端なゲーム音痴であるから、イベントのたびに毎回毎回本気で怒り狂っているわけである。
東大受験のためにゲームを禁止されていたのに結果は高卒という哀しさもあるし、また野生本能に満ちた高卒とも違うから、そこも哀しい。

お化け屋敷を本当に怖がる人もいれば、こういう演出なんだと冷めてしまう人もいるであろうが、だいたい慣れてくるとパターンはわかりきってしまう。
有村悠さんはド田舎で丸暗記・ガリ勉・詰め込み教育を極めた人であるから、学習能力が全くないし、幽霊のカラクリが見えないようである。
艦これを簡単にクリアできる人はそんなに楽しんではいないであろうし、開発者側が設定しているパラメータを踏まえつつハリボテと戦って、それを容易く打ち破っているのである。
とはいえ、以前のようにディスプレイを破壊したりという無茶苦茶な暴れ方をしなくなったのは、攻略サイトを見るようになったからである。
丸暗記・ガリ勉・詰め込み教育で培った能力でなんとか進めているのであろう。

有村悠さんの作家的想像力という見地から言えば、おそらく幽霊が幽霊に見えたままのほうがいいであろうと思われる。
ゲームなんて開発側が数値と確率を決めているのだから、その難易度の匙加減を推し量って攻略していくだけだが、そうなるとただの作業になる。
これまで100万円以上の課金をしているとはいえ、艦これ同人誌を累計二万部売っている有村悠さんとしては、飽きてしまうのも望ましくない。
有村悠さんは、高卒にしては意外と文筆の力はしっかりしており、長文は理路整然としているので「人間失格」程度なら書けそうだが、太宰治と同等の文学的な才があるわけではないであろうから、艦これクラスタが終の棲家であろう。
アニメやゲームのキャラクターにしても、やはり記号から生成されてくる生々しさを体感出来なければ楽しめないし、幽霊の正体を見透さないほうがいいというのもある。
お化け屋敷で半狂乱になるような場違いもそれはそれとして作家性であるし、これを矯正すればいいというものではあるまい。
叶姉妹の今回の件に関しては、以前からコミケを訪れたりしているようなので、真偽で言えば、叶姉妹が真なのであろうし、とらのあなのプロモーションだという観測は正しくないのであろう。

叶姉妹がネットのアニメアイコンから絶賛されているのとは対照的に、著名人からの言及がとても少ないことが印象深い。
争点を限定して名誉毀損の訴訟で勝つのは容易いが、あれこれ他のことで粗探しされる副作用もないとはいえない。
真実の人という立ち位置は取らないほうが無難である。

弁護士は代理人に過ぎないので厄介である。
相手の弁護士と言論を戦わせることは出来ないわけだ。

弁護士は真実発見義務という倫理規定があるが、法的にそれが課せられているわけではない。
よほど悪質であれば懲戒処分もありえるが、滅多にないことである。

たまたま今回のケースでは、弁護士の主張が真実と一致しているので問題とはならないが、そういう真実発見義務がなされているとは限らず、そもそも民事訴訟には原告も被告もいるので、双方に弁護士がいるとしたら、一勝一敗のはずである。
敗訴するのも弁護士なのだから、弁護士の主張が正義というわけではない。
原告だから正義というわけでもない。
それに、依頼人のために偏った主張をするのが悪いとも言い切れない。
真実発見のために依頼人の不利な情報を出すわけにもいかないだろう。

今回出てきた法律事務所は佐村河内の代理人もしているのである。
弁護士に積極的な真実発見義務はないとされるが、消極的な義務なら弁護士会の規定としてあるはずなので、そこは留意して欲しいものである。
元の発言は見つからないが、というより、探す気力は微塵もないが、東浩紀が「自分に擦り寄ってきて、後足で砂をかけて去っていった人間は数え切れない」という趣旨の発言をしていたことがある。必ずしも宇野常寛のことだけではあるまいが、そもそも東浩紀の頭の中はジャック・ラカンの知識しかないから、誰しも教えてもらうことがない。文化人サークルへの入り口として門をたたくだけであろうし、用が済んだら立ち去るのであろう。

われわれは他人からの好意はあまり嬉しくないのである。親切な人も「ゴルフを教えてやる」とか大きなお世話であることもあるし、下心が見えたり、それに、好意はいつでも引っ込められるカードなのだ。好意の釣り針に引っかかったが最後、なにかあるたびに「失望しました」とか鉤針で抉られるし、アンチ化せずに無関心になって去ってくれればこちらの手傷が浅いという具合であるから、疑似餌に惑わされる代償は大きい。

こういううわべの好意と比べると、岩崎友宏が冨田真由さんに執着しているのは真剣そのものに思えるが、永遠の愛を誓うのは岩崎友宏のように誰からも相手にされない人間だけであろう。門前払いされた数多の経験から怨み骨髄に徹してるだけである。

相思相愛というのは、お互いのレベルが一致した状態である。そしてお誕生会で和気藹々とやるのである。何らかの事情でランクが落ちたとすれば、お誕生会に呼ばれなくなる。もしくはその主役が落ちぶれたら、お誕生会が寒々しく閑散とする。相思相愛は美しいように見えるし、ランクの高い人間が転落するのはそう頻繁にはないので、破綻することも少ないが、とはいえ、頻度は低いにせよ、転落することも時たまあるので、相思相愛の無慈悲が顕わになる光景に出くわすわけだ。恋愛の相思相愛にしても、美男美女は頻繁にくっついたり離れたりしているのである。

このように取り留めもなく語った文章において、最後に筆者のスタンスを記すことで体裁を整えた方が論考としては据わりがいいし、文章の骨組みとして可読性が上がるのであろうが、ただあるがままに空疎なお誕生会があり、門前払いされたり、素知らぬ顔で侵入してくる輩がいるというだけなのである。

物事の重大性から言えば、冨田真由さんを滅多刺しにした岩崎友宏こそ最悪であり、「東浩紀さんのファンです」と言って敷居をまたいで、一通り用が済んだらあれは嘘だったと去っていく宇野常寛のほうがまだマシであると言うのが常識的は妥当であろう。獄舎につながれる囚徒でさえ、量刑の違いがあるわけである。囚人服を着ているから全員が同一というわけではない。

だいたい好意とか愛は胡散臭く、そう気安く受け取るべきではない。もしくはアバンチュールとして楽しんでもいいのだし、津田大介が近づいてきたら大喜びで乱痴気騒ぎして翌朝はゴミ箱に投げ捨てられる女もたくさんいるわけだ。いずれにせよ、すべての好意については見極めが必要なのである。
Reince-Priebus.jpg
BN-UK555.jpg
n-JARED-KUSHNER-large570.jpg



クシュナーの権勢を見れば、ボスの寵愛を受けるための悲喜劇というのが政治の本質であると思わされる。
歴史は繰り返される。
これはボスのエゴというだけでは説明が出来ない。
たとえば昭和天皇のように無私を極めた人物もいたけれども、あちこちから有象無象の右翼が天皇のためだとして要人を殺し回って大変なことになった。
なにかしらナンバーツーの座を巡って人間は争うのである。
讒言(ざんげん)という言葉が歴史書にはたくさん出て来るが、われわれ人間は伝聞に頼って生きているので、ボスはあれこれ吹き込まれる。
自分の肉体が存在している場所のことしか人間は知らないのだし、森羅万象については盲人であるから、讒言(ざんげん)に振り回されるのも致し方があるまい。

プリーバスとスカラムッチの暗闘も、そういうことであろう。
そもそもスカラムッチは、トランプ政権の発足当初から要職に就くはずだったのだが、プリーバスがトランプに進言して妨害したという。
今度は、スカラムッチがやり返したわけだ。
これは立場の逆転というよりは、プリーバスを外したいというクシュナーの意向を受けたものだと思われる。
スカラムッチが「自分の資産情報をプリーバスにリークされた」と主張して、それが実際は公開情報だったから失笑されていたが、この発言の本質は、ロシア問題をリークしているのがプリーバスだと、トランプやクシュナーが疑っているというのが根底にある。
この真相はわれわれにはさっぱりわからないが、誰がリークしているのかという疑心暗鬼があり、スカラムッチが「自分の資産情報をリークされた」と的はずれな批判をしたのは、プリーバスへの疑心暗鬼に同調したものだと思われる。

プリーバスは共和党全国大会委員長が前職であり、ポール・ライアン下院議長の強い推薦で首席補佐官になったのだが、外様であるがゆえに、リークの疑いを掛けられたのであろう。
言うまでもないが、オバマケアの撤廃がうまくいかない、というのも大きな理由である。

またリーク問題とは別だが、スカラムッチはバノンに対しても、自分でフェラチオをしている云々という卑猥な暴言を吐いているので、おそらくバノンの更迭も時間の問題である。
クシュナーがバノンを嫌っているので、その意向を反映した暴言だろうと思われる。

スカラムッチはクシュナーの代弁者として登場したのであり、プリーバスの立ち位置になるわけではない。
スカラムッチはあくまでコミュニケーションディレクターになっただけである。
クシュナーがナンバーツーだから、その片腕になろうとしているのである。

クシュナーがなぜナンバーツーなのかと言えば、イヴァンカの夫だというだけでなく、同じユダヤ人ということでキッシンジャーから気に入られているらしい。
クシュナーが外交をやっているのは、キッシンジャーの代弁者なのであろう。

国務長官のティラーソンは、トランプからすれば会ったこともないような人間であり、たまたまブッシュから推薦されて入れただけである。
ティラーソンはベイカー元国務長官の親友であるそうだが、トランプの個人的ブレーンはあくまでキッシンジャーであり、ベイカーとはほとんど接点がないから、こういうバランスなのであろう。
さすがにエクソン・モービルCEOとクシュナーでは能力差がありすぎると思われるが、実際に判断しているのはキッシンジャーなのであろう。

冒頭に昭和天皇の事例を挙げたのは、たとえ無私な人間が上にいようとも、ナンバーツーを巡る争いはあるのだし、クシュナーに媚びたスカラムッチのように、それが連鎖していくのである。
スカラムッチは短足でやたらとスタイルが悪いイタリア系の小男で、よくサングラスを掛けてマフィアを気取っているが、かなりの巨額資産を持っているウォール街の人間で金は腐るほどあるらしい。
ずいぶん政治に野心があるらしく、その取っ掛かりということなのだろう。
有村さんの母方の祖母が亡くなったそうで、夏コミ原稿の進捗に支障をきたしてるとぼやいておられる。通夜が面倒、葬式が面倒、そういう本音を吐露しておられる。これは当たり前のことであり、赤の他人どころか、身内が死んでも悲しいわけがない。どこかの知らん人が殺されたとかどうでもいい事件について怒り狂い、「これが俺の家族だったら」と目を眇めて復讐劇を空想する阿呆がいるが、あれは家族というファンタジーに基づいた集団安全保障であり、仇討ちで共闘するということなのだろう。他人を断頭台に送りたい正義くんが復讐の理由に飢えているのだ。外敵に家族を殺されたとすれば、それは侵略であるから怒髪天を衝くし、他人を斬りたくて仕方がない剣を抜く絶好の機会となる。正義くんの実態は屍体愛好家なのだ。

普通に身内が病死や老衰で命を閉じたとなると、討ち入りする理由などないのだから、荼毘に付された軀を手持ち無沙汰で眺めるしかない。たとえば兄弟姉妹が死んだときなど、全く悲しくないのが現実である。他人に殺されたときと、普通に死んだときは話が違うのだから、そこは理解しなければならない。だいたい家族というのは親子の繋がりのことであり、それ以外は余録、もしくは邪魔者である。有村悠さんとて、ママンが亡くなったとしたら、それこそ天が割れて、ナイアガラの滝が堕ちてくるような滂沱の涙を流すに違いないし、その嗚咽は川崎市の鹿島田だけでなく、日本全土に版図を広げ、あるいは海を超えて、ユーラシア大陸や北米大陸を舐め尽くすまで響き渡るであろう。人間の生死が平等であるということはない。他人が死ねば悲しい演技をして悼むというのも儀礼ではあるが、つまるところ儀礼でしかない。儀礼が大事であるのは言うまでもなく、「おまえの家族が死んでも悲しくない」とヘラヘラ笑いながら弔問に訪れる人間がいるとすれば、正義くんから侵略行為とみなされるから、もっともらしい儀礼はしないといけないが、それだけのことである。だいたい通夜や葬式で身内だけになったら、悲しみの演技をやめて普通に歓談するわけだ。

ところで有村悠さんが現在ママンと暮らしている鹿島田の古臭いマンションの一室は、賃貸ではなく、祖父母に買ってもらったそうだ。まったく恩がないわけではあるまいし、せめて葬儀では一芝居打って泣き崩れてみせたらどうか。津田大介や川越シェフでも他人の葬儀ではそれくらいするわけだし、演技の練習にはなるだろう。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング