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最近購入した製品のレビューである。このスピーカーは大変評判がよいのだが、結論から言うと、iPad Proと同等の音質だと思うから、買わないほうがよかった。もちろん無駄になるわけではないし、高性能であるのも確かだが、実売価格は2万5000円弱なので、このお金でiPad Proをもう一枚買う資金に割り当てた方がよかったと考えている。つまり問題なのは価格であり、もしこれが3000円なら褒めているが、2万5000円でこの程度だと、ずいぶん損をした気分である。iPad Proを持っていて、音楽でも聴こうとして、Bluetooth接続でこのSRS-HG10を使う意味はない。iPad Pro本体から音を出せばそれで足りる。わたしは下手なギターを弾くのが趣味なので、違うスピーカーで聴いてみるとギターの音を聴き取る上で参考になることもある。だが、どれだけ練習したところで下手は下手であり、わずかに上積みしたところで上空から睥睨するなら変わり映えしない底辺であるし、ここにお金を掛けても仕方ない。そもそもわたしにとって有用なポイントを血眼になって探すならそういう要素もあるだろうと、乾いた雑巾を絞って水を出しただけだから、つまるところ虚無である。特にこのスピーカーが聴き取りやすいわけではない。だからSRS-HG10は優れた製品ではあるけれども、iPad Proと似たりよったりの音質なので、明らかに割高である。もしiPad Proより優れた音を出したいのであれば、2万5000円のスピーカーでは無理なのかもしれないし、ではどれけの高級品を買えばいいのか、というと、わたしはそんな高額スピーカーを買ってないので答えられない。そんな奴がレビューするなと言われるかもしれないが、高級品を聴き比べられる人間は、メーカーから商品その他を提供されてレビューしてるオーディオ評論家であったりする。わたしのこのエントリーがお金を貰ったレビューではないと証明はできないが、どこの誰がこのレビューにお金を出すのかと考えれば論を俟たないであろうし、そのあたりでご判断いただきたい。
ハンセン病の家族への補償について、申請している人が1割くらいだそうだ。ハンセン病は現在では特効薬があるのでややこしいが、そうではない時代に家族がこの病気になったら、「隔離してほしい」のが本音のはずである。われわれは赤の他人と社会を構成しており、そもそも地球人類のほとんど全員と面識がない状態だが、ここで何かしら共感の土台を探すと家族くらいしかなく、人権問題はその家族愛、家族からの仇討ちという文脈で支えられている。誰かを差別すると、その家族が仇討ちに来るという畏怖なのである。ほとんどの人と会ったことがないのだから、そういうことになるのだろう。そして家族愛というフィクションでいろんなことが語られて、たとえば性犯罪のニュースがあると、「自分には娘がいる」と前置きした上で仇討ちの憤りを示す輩がたくさん出てくるのだが、娘ができる前は女を強姦していたのかもしれないし、ずいぶん嫌な話である。娘がいなければ性犯罪を許せるというのも釈然としないわけだ。個人の人権なのか、家族愛に基づく人権なのか、これはその時その時でご都合主義でもあるのだが、ハンセン病となると(ハンセン病が治らない時代であると)やはり家族としては関わりたくないのが当然であろうし、家族愛というフィクションがここではかなり崩壊してしまう。われわれは普段から家族とは仲が良いとは限らないが、外敵から攻められたら一致団結するので、これを家族愛と擦り替えている。ハンセン病だとこのロジックが働かない。純真無垢な家族愛の持ち主もいるのであろうし、家族を隔離して欲しくなかったという人もいるのだろうが、今は治る病気であるから、後出しの家族愛であることも多々あるだろう。ともかく他者というのはほとんど全員が空想上の生き物なので、われわれは風聞だけで世界を把握しており、ここも厄介である。そして被害者の家族が復讐の刃を向けてくることを恐れているのだが、たとえば日本人からすると、ユダヤ人問題や黒人問題はいつからわれわれが加害者になったのかよくわからないこともある。また、そもそも家族というよりは、その子孫ということも差別問題では多々ある。報復の正当性という観点からすると、ユダヤ人問題や黒人問題について、日本人はそもそも仇討ちをされる筋合いがないことになろうし、なにかしら、このあたり過去の因縁というのもややこしいものである。リアルタイムで地球上にいてもほとんどの人と面識がないのに、過去まで遡るとさらにざっくりとした世界観になるのかもしれない。
電話とは三十秒以内に相手に応答を迫るものであり、これこそ改善しなければならないはずだが、その改善策として思いつくのは、相手から折り返してもらうのを基本とすることである。だが、これについてよくよく考えると、相手に電話料金が発生するわけである。ここが気になるかどうか、である。固定の黒電話しかないような昭和時代であれば、定額制などなかったので、こちらから電話を掛けるルールになっていた。今だと、あまり電話料金は気にしていないように思うので、相手側に「電話してください」とお願いするのは問題ないはず。電話で呼び出すという、横柄とも思われる手段が社会に定着しているのは、電話代を節約したい(相手の電話代を節約するのが礼儀)という過去の吝嗇の名残りだと思うし、ここについては意識化して見直す必要がある。また、メールで代替え出来ない理由として、メールだと相手の反応を見ながら話すことが出来ないので、文面を考えるのがかなり億劫という問題がある。メールでの意思疎通は一方的なものになりやすい。ここについては、そういう欠陥を認めた上で、それでもメールを積極的に使うしかなく、あるいは、メールが駄目ならチャットを普及させるとか、工夫が必要である。電話料金を払うのが当然ならメール料金やチャット料金を払ってもよさそうである。電話代という固定費だけはなぜ高止まりしているのか、そもそも電話を廃止したらどうか、という問題でもあろう。
2020.06.13

自尊心の低下

このところいろんな人々の自尊心が低下していると思われるが、やはりこの強いられた閑暇によって経済的な赤字が積み増しされており、あるいは通勤している人でも、実は仕事がないのに会社に行っているのかもしれないし、駅前が雑踏で埋め尽くされていても、あまり店舗に人は入っていなかったりする。マスクをして通勤通学するのが精一杯であり、本物の経済活動ではない。スーパーやドラッグストアだけは相変わらずの行列である。経済苦が差し迫っているのであれば、まずはスーパーのレジ打ちをやることを考えるべきだし、またそれとは別の精神的問題として、借金苦という状態から遠くても、赤字が増大し預金残高が減っていくのは不安、ということはあろう。つまり経済問題と、精神的な自信喪失のふたつの課題が世界を覆い尽くしているのである。これについては解決方法はあるまいし、せいぜいこれを自覚するしかないのである。木村花さんが誹謗中傷で自殺したというのは虚偽であるし、実際には活動自粛で自尊心が低下したからである。前日の小池都知事の会見のせいで永遠に活動が出来ないと思いこんだからである。たぶんこれを自覚しないと、同じような悲劇は訪れるであろう。この世界的な暗雲において、自尊心が低下しても、活動停止の間に腕前を上げておくことはできるであろうし、切実な借金苦であれば話は別となるが、目先のことだけを考えるのもよくないことである。現在においてメンタルがよくないのは当然であるが、ではそれによって腕前が下がるかと言うと、そこは人それぞれであろう。自尊心の低下については解決不能であるが、いつまでもコロナウィルスがあるわけではないので、自尊心回復のためのデモ活動や訴訟提起に頭がいってしまうのは、あまり得策ではないように思う。デモをやっている暇があるなら少しでも勉強したりなにかの腕前を上げたほうがいいと思うが、短絡的な人が多いのも確かである。傷を掻き毟っても治らないので愚行はやめたほうがいい。
怒ってみせるのが義務となっている。黒人犯罪者が白人警察官に殺されたら怒ってみせなければまずい。あの愚かしいデモを揶揄するのは社会的な死につながる。ドナルド・トランプも大統領選挙で落選するリスクが増してきた。また、遥かに些末な案件だが、お笑い芸人が不倫をしたというのも怒らないといけない感じがある。怒らなければ容認したことになるらしい。この「怒ってみせる」という芝居がめんどうであるから怠けたいのだが、怠けると容認したことになるらしい。無関心は容認と同じというのはひとつの側面であろうし、大衆的関心が惹起されてこそ世の中は変わるのだが、そのために怒りの拳を挙げるのが面倒というのも確かである。このところコロナウィルスでいろんな人が自信を喪失しており、それによって尊厳に飢餓感があるのか、ストレスの捌け口を求めたり、逆にストレス発散が嫌になったり、第一波が一段落しただけに、これからの長い道のりを憂い、不定愁訴が蔓延し、暗澹たる端境期の真っ只中にいるのである。日常に忙殺されていれば、世の中の課題については無関心にならざるを得ないが、何しろ暇を持て余しているので、自己存在だけが虚しく肥大するのである。どうせならこれを機会に怒りを爆発させて安倍晋三を退場させておけばいいのだが、われわれは安倍晋三に何ら劣等感を持っていないので、自信を失った大衆が怨嗟を向ける敵としては物足りない。電通もあと十年もすれば倒産するであろうし、怒るにはやや手遅れ感がある。小池百合子はまだ敵になりうるが、経歴詐称疑惑がカイロ大学によって否定されたので、なかなか難しい。本当の敵は高齢者なのかもしれないが、これについても、親孝行な大衆がずいぶんいるようだし、死に損ないは暇なので選挙には必ず行くから、トランプのような世界史的人物でなければ高齢者を見捨てたりはしない。あと一年くらいは死に体のような人生が続きそうであるし、自転車操業として生きている人間にとっては息が詰まる状態である。これからも存在不安に取り憑かれた群衆が目を爛々と光らせて戦端を開くであろう。さすがに日本では欧米のようなデモはなさそうだが、不安に駆られた個々人が自信回復のために何かをやらかすことは続く。
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