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金閣寺 (新潮文庫)金閣寺 (新潮文庫)
三島 由紀夫

新潮社
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考察系のエントリー書いても反応が鈍いのは承知しています。
ネットwatch的なものを欲しがる客を減らしていくのが、ukdataの生存戦略なのです。
アクセスが下がってもそれはそれで、シェイプアップ出来る。
めんどくさい読者がいなくなるからね。

そして、そういう考察系のエントリーをなぜか国内最大の大手サイトに取り上げて貰ったり。

2012年3月9日のヘッドラインニュース - GIGAZINE

まさかギガジンが金閣寺に関する僕のエントリーを取り上げてくれるとは、驚きすぎました。
あり得ないですよ。
うちも読者0ではないんですね。

さて、「金閣寺」は、何となく読んでしまうと、建築物に憧れてる青年という誤読をしてしまいがちです。
実際はヒロインである有為子ちゃんの物語です。
有為子ちゃんは「永遠の女性」の象徴と言っていいでしょう。
金閣はアニマ・ムンディなのです。
有為子ちゃんは、言うなれば全盛期の吉永小百合とか広末涼子みたいなものですよ。
全盛期の広末がいきなり死ぬようなところから、物語が幕を開けるんです。
そして自閉的で吃音の青年が、金閣と向き合いつつ、独特の世界観を育むのです。
その中では何度も何度も有為子ちゃんという主題が繰り返され、そのメインテーマが鳴り響く中、世界文学の最高傑作が綴られていくのです。
これを読むと確実に人格が歪むと言っていいくらい、強烈な片想いの作品です。

こうした肉の行為にしても、私は思い出せぬ時と場所で、(多分有為子と)、もっと烈しい、もっと身のしびれる官能の悦びをすでに味わっているような気がする。

このような「原体験」の感覚はわかる人にはわかるでしょう。
自閉的な青年が想像だけで、自らの世界を創って、そういうふうに世界を把握する。
そして普通の人の世界だって、わりとこういうものです。
好きなアイドルがいたら、そのアイドルと性体験する夢想は当然するし、そこまで織り込んだ上で、人は存在してるんです。
具現化することだけが世界のすべてではなくて、妄想も世界の一部であり、むしろ妄想が世界の基幹でもあるんです。
実体験として官能出来たことよりは、空想として官能し、夢を見て、僕らは「自分の世界」を作ってるんです。
「金閣寺」では有為子ちゃんがその主題なのです。

金閣寺のラストでかなり興味深いのは、金閣が炎上する場面を描いてないことです。
幼少期から天才的な文才で知られた三島由紀夫は、意図的に、これをカットしてるのです。
金閣を燃やす話なのに、燃えている金閣を描いてないんです。
理由は明白です。
放火する場面は暗闇という設定です。
燃やす直前に、主人公は、暗闇の中に燦然と映える金閣の姿を見るんです。
これは視覚的描写ではなく、主人公の内面の金閣の姿なのです。
ここの描写は世界文学最高クラスの筆致なんだけど、長すぎるので引用しません。
単純に言うなら、自閉的な青年が自分の中の理想像と葛藤してきた人生の総決算というのか。。。。
幻影の金閣を燃やしたのだから、現実の金閣の炎上場面は当然カットであり、それは筋が通ってます。
三島由紀夫の偉大さに打ちのめされるばかり。
せっかく日本人に生まれてきたのなら、これだけは読んでおかないと駄目ですよ。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20120309-00000024-nnn-soci

この問題自体は11月からあると思うんだけど、先日の産経の記事は、もう一歩踏み込んだという意味かな。

あちこち家宅捜索されてるようで、西村博之も警察から任意で聴取を受けているようです。

まあ、「2ちゃんねるのルール」で世間の常識を否定してきたことの報いをそろそろ受けるべきでしょう。

西村博之はこれだけ日本を破壊したのだから内乱罪で死刑が妥当。
fc2blogbug.jpg


ここ数日、FC2のブログがライブドアのBlogrollに読み込まれないみたいな話が出てきます。
しかし、これはライブドアの問題ではなく、FC2側の問題のようです。
pingが飛ばないという話もあるけど、これは違うんじゃないかな。
FC2blogがまともにRSSを出力してない状態なので、不具合が発生してるのだと思います。

このあたりに関してテクニカルできちんとした記事が書けたらはてブ集まるんだけどね。
FC2blogがRSSを正常に出力出来てないらしい、という曖昧なエントリーしか書けないので零細なんだよ。
「内部符号化に問題があります」というエラー吐くんだけど、よくわかりません。
何にせよ、早く解決して欲しいところです。
「金閣寺」という世界文学の最高傑作について記述しても反応が極めて薄いです。
僕のエントリーの書き方がつまらないのもあるでしょうが、作品のつまらなさも原因でしょう。
たとえば、「デスノート」と対比させて考えてみましょう。
この二作品に共通するのは、主人公がともに<革命家>であるということです。
しかし、この二人はあまりにも対照的です。
金閣寺の主人公は何の取り柄もなく醜い吃音者です。
世の中から疎外されて生きています。
それに対してデスノートの夜神月は究極のエリートです。

このあたりの主人公の設定は、かなり時代性、もしくは文化的背景を背負ったものではあるでしょう。
デスノートの主人公はいかにもエンタメっぽい。
金閣寺に関しては言うまでもなく、文学です。
主人公は吃音により、自分との世界とのズレを常に感じており、それによって内面が肥大しています。
自意識という文学的課題です。
金閣寺が書かれた1956年と言えば、まだまだ文学青年というロールモデルが機能している時代です。
現代において中二病と称される人は、オタクというセーフティーネットに保護されるんだけど、三島の時代だと「文学青年」なんです。
このあたりはまさに時代性なんです。
昔の若者が文学青年になるのは、今の若者がオタクになるのと同じ思考パターンです。

キャラクター性から世界観に繋げていく話をしましょう。
デスノートの主人公はサイコパス含みの正義感というかヒロイズムです。
それ以上の物語は抱えていないわけです。
夜神月に人生としての課題を抱えさせていないのが、シンプルで楽しく、大ヒットとなりました。

金閣寺は世界文学の最高傑作でありながら、わかりづらいです。
この主人公も夜神月と同様に「革命家」であるのですが、そこに社会正義はありません。
物語としての目標がないので、もちろんエンタメとしては成り立ちません。
あくまで自分のパーソナルな疎外感を解決するために金閣寺に火を付けるわけです。
燃やすこと自体は簡単なので、それをやるかやらないかの議論小説です。
(デスノートにはスリルとサスペンスがあるが、金閣寺の場合、燃やすかどうか悩んでるだけなんですよ)。
疎外はかなり丹念に描かれます。
夜神月の華やかな学生生活とは対照的に、金閣寺の主人公は大学ぼっちです。
生まれつきの劣等性に加えて、大学ぼっち、そして寺でも居心地が悪い。
このあたりの描写は三島由紀夫が必要だと判断しているから書かれているわけです。
主人公はどこに行っても疎外されるクズだというのを丹念に描いてます。

金閣寺は、劣等感を「革命」に接続する話であり、そしてその金閣に放火するという革命は自分の内面での悶絶でしかないから、犯行後、主人公がスッキリして一服するところで物語は終わるんです。
このあたり、いかにも自意識だけで回した作品として素晴らしく、三島由紀夫のすごみ、中でも金閣寺という代表作のすごみを感じるのです。
放火した後の主人公の悲惨さを常識的に書くような人だったら、三島自身の自決もなかったでしょう。
「2ちゃんねる」サーバー、米や中南米など転々 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

警察が2ちゃんねるの管理者を特定して告訴するらしいよ。


西村が告訴されるかどうかしらないけど、西村は「2ちゃんねるアドバイザー」として金も得ているはずなんで、たぶん告訴されると思う。
刑事告訴なんて警察・検察の本気次第だから。
Winnyの金子さんも結局無罪にはなったけど、かなり大変だったからね。

シンガポールのペーパーカンパニーというのも、2ちゃんに民事訴訟したい人をおちょくる方法としてはよかったかもしれないが、警察はこんなの認めないよ。

やらおんみたいに2ちゃんねるで年収何千万も得ている人はどうなるんでしょうね。。。
責任は問われないだろうけど、(2ちゃんがなくなれば)億万長者から一気に転落だからね。
友情にも独占欲はあるよ。
あなたがA君と親しいとして、しかしA君と親しいB君が気にくわないということはある。
恋愛感情ほど重くはなくても、人間関係のバランスの問題として嫉妬の感情を持つことはあるのです。

Twitterが素晴らしいのは、A君の行動が逐一見えるわけではないことだ。
もちろん可視化するのは可能だが、普通にやってる分には見えない。
A君がB君にリプライしているのは(あなたがB君をフォローしてないなら)見えない。
フォローしてるとしても、A君のリプライがB君の特定のツイートと結びついてないから、あんまりわからない。
もちろんリプライがどのツイートに向けられたのかは文脈を追えばわかるし、だからこそtogetterのようなサービスも可能なんだけど、ともかくリプライの関係性がわかりづらくなってる緩さがある。
他人の会話が追いづらいから、大好きなA君が他人と親しくしていてもわかりづらいし、妙な嫉妬でストーキングすることもない。

Twitterは、ある程度クラスタにわかれる。
クラスタごとの人間関係だ。
だが、この人間関係は相当にゆるい。
一学期の最初にグループが決まったら、そのグループで一年間固定化するようなものではない。
「グループ」の閉鎖性がなくて、同じクラスタ(趣味)の持ち主なら誰とでも話せる。

Twitterは人間関係が破綻しづらい仕組みだと言えましょう。
リプライを相手の特定のツイートに結びつけない仕組みは、最高なんだと思うんです。
「グループ」って美しい言葉に聞こえるけど、グループ以外の人間とは接触しないという冷たさもあります。
Twitterはそういう閉鎖性がないんで、人間関係の息苦しさが原因で脱退するということは、あまりない。
「友達の友達」がわかりづらいのがTwitterの特徴なんだけど、それはいいことなんですよ。

2ちゃんねるが長続きしてるのも「グループ」がないからなんだね。
IDはあるけど、毎日リセットされるから、名無しさんとして話し続けるわけだ。
そう考えると「グループ」のメリットって何なんだろうね。
グループってロックバンドみたいなものだな。
揉めて解散するためにあるようなもの。
産経新聞が今日の一面トップに2ちゃんねる強制捜査の件を載せてるんですよ。
これ昨年11月のだよね????

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120307-00000089-san-soci

昨年11月と同じ理由で、また再捜査が入ったということなんですかね。
昨年のことを今さらトップに持ってくるようだと、産経はかなり恥ずかしいんだけど。
この記事だと、最近また捜査されたということなのか、わかんない。

2ちゃんねるに捜査が迫っているなら、とても喜ばしいことです。
警察に専従チームが結成されたそうだからね。
あちゃーww某サイトついに罠にかかったかーwww|オタク.com

以前「明日もやられやく」が「ポリフォニカは終わったコンテンツなのか」を丸ごと転載して更新してました。
今度はやらおんがオタコムから転載したそうです。


言うまでもなく、まとめブログ自体が転載なので。
それをさらに転載という話ですが。。。

>55.とある名無しのオタコム:2012年03月06日 13:28 ▽このコメントに返信
>やら管は他人のふんどしを更に使いまわしたということでですか?

こういうことですよね。
他人の他人のふんどしという状態。
https://twitter.com/#!/TMR15/status/176690995537264641
367mime4.jpg




このツイートから6分後にはちまが記事。。


http://megalodon.jp/2012-0306-0715-29/blog.esuteru.com/archives/5956311.html


やばいだろ。

清水鉄平、清水仁志親子。
日本のネットをつまらなくした親子。


この流れで俺がソニーについて言及するとヤバイ?
いや、世界的大企業だから逆に俺は訴えないだろう。

まあ日本はステマ合法ですから、ソニーも合法だと理解した上でやってるんでしょう。
ただ、いずれ違法になるのは明らかです。
違法になるのが明らかなステマ行為をやってんのが、いかにも。

ほんとつまんねーよな。


日本が輝いていた頃、夢を見させてくれるビジョナリーな会社がソニーだったわけじゃん。
スティーブジョブズみたいなメッセージ性のある企業だったんだよ。

今や、清水鉄平とコンビ組んで、、、

日本経済の衰退だよね。
産業が衰退して、対人スキルだけの世界になってるから、とにかくセコイ。
父親への負い目。
これはとても重要です。
僕らが赤の他人から支配されるのも、これと関係してます。
支配者として僕らの前に立ちはだかる人間は、父親を騙るペテン師なのです。
赤の他人のクセして<父親面>をするので、僕らは誤魔化される。
なおかつ悪いことに、これが共同幻想として成立していることです。
赤の他人が父親面するのが完全に定番化しているので、それはペテン師どころか、至って正当な行為と考えられている節もあります。

父親への負い目、これは無くした方が健全です。
父親面するペテン師を排除出来るからです。
親孝行を説いて回るような人は異議を唱えるかもしれないが、では、世の中はギブアンドテイクだと言いましょう。
父親から多大な恩恵受けてるなら、(ギブアンドテイクの考えに従って)お返しすればいい。

しかし、父と子をギブアンドテイクの発想で考えるのはあんまり好まれない。
なぜなら、父親が糞だからこそ、偉大だったというのが実状だからです。
晩飯のお膳に粗食しか乗ってないような貧困層こそ、飯を食わしてくれる父親に感謝せねばならない。
いくらでも御馳走が出てくる裕福な家庭だと、あんまり<負い目>という感じではありません。
要は、父親への負い目って、かなり貧困と関係してます。

父と子の関係をギブアンドテイクで考えるという話ですが、これだと、貧乏な父親に価値はないという話になります。
<父>という共通のシンボルをわれわれが持つことが困難になり、家族という物語の不成立という問題に帰着します。
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