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サムスンは現状、Androidのスマホ市場を世界的に制圧している格好である。韓国のGDPの二割はサムスンが稼ぎ出している。だが、これはちょっとしたことで崩壊しうる。たまたま現在ではGalaxyがコスパ的に優れているだけで、他にもっといいのが出てきたら、Galaxyに依存しているサムスンは一気に没落する。

アップルであれば、そういうことはないわけだ。高くても買う、というか、むしろ高いから買うというアップル信者がそれなりにいるわけである。ジョブズが鬼籍に入ったので、このような信仰がいつまで続くかはわからないが、高いから売れるという構造がアップルにはある。低価格競争をしなくても、製品の価値さえあれば、それで売れるのである。高くても高さに見合うだけの性能があれば許されるので、そう簡単には没落しない。

Amazonはかつてインターネット最大の赤字企業と言われていた。これは慧眼なる創業者のジェフ・ベゾスが、市場を独占することが最優先と考えていたからである。独占すればその後は儲かるだけと考えていたから赤字を垂れ流していたのであり、そして現在は、対抗馬が入り込む余地がないくらいに圧勝しているわけだ。サムスンのGalaxyはこれとは違って、排他的に独占しているわけではない。

Galaxyはとても売れているが、アップルの売れ方とは異なるので、いつ沈没するかわからない。Galaxyでなければならない理由など無いので、どこかのメーカーがそれ以上を出した段階でサムスンは終わる。iPadはNexusより高くても売れるが、Galaxyはそういうわけにはいかない。サムスンには独占の排他的優位性がないのである。マイクロソフトとかグーグル、もしくはアマゾンを後から追い抜けないのとは話が違う。GalaxyはiPadのようなオンリーワンな魅力がないから、追い抜かれた段階で、駄目になる。現在世界的に売れている製品のうちGalaxyくらいに追い抜きやすい対象はない。マイクロソフトに対抗してパソコンのOSを作るような無理ゲーとは正反対であり、Galaxyに対抗するにはGalaxyより優れていればいいだけである。

サムスンがTizenというOSで勝負しようとしているのは、Androidの市場で世界的に圧勝しながらも、それに優位性がまったくないことを認識しているからである。万が一OSで主導権を握れば、独占の優位性が生じると思っているのだろう。ノキアの端末はあれほど売れていたが、現在苦境に陥っている。かつてフィンランドのGDPの4パーセントがノキアだったが、現在は1パーセント未満である。ノキアはSymbianというOSを搭載したスマホを出して失敗に終わっているが、たぶんTizenも同じ結果になるだろう。いずれにせよ、このあたりは低価格競争の問題になりそうだ。アップルみたいに「高くても売れる」ポジションをサムスンが築くことはない。
最近ジョンレモンという匿名ユーザーが上杉隆の急所を突いているわけだが、その上杉を擁護しているのが小倉弁護士である。まさにアンチ正義の弁護士らしい言動だ。上杉の虚言より、正義を振りかざすジョンレモンの方が許せないらしい。小倉弁護士は(上杉の言動には触れずに)匿名は卑怯というツイートを延々と繰り返しているのである。

小倉弁護士は話が通じない。昔からそうだ。小倉弁護士は一応は旧司法試験に合格しているのだが、なぜ頭の悪いツイートしか出来ないのか?

これはちゃんとした理由がある。弁護士の職業病である。弁護士は中立な立場で活動するのではない。片方を代理するわけである。弁護士は双方代理が禁じられている。争いの双方の話を聞きながら調停するようなことは出来ないのだ。あくまで当事者の片方の代理人として活動する。小倉弁護士の奇妙なツイートもこれでだいたい説明できる。小倉弁護士は(上杉から依頼されてるわけではないが)ひたすら上杉を擁護するツイートばかりしている。これが弁護士の視点なのだ。上杉とジョンレモンの双方の言い分を公平に聞いて判断するのは弁護士の仕事ではないし、(そういう双方代理は)弁護士法で禁じられている。

小倉弁護士のツイートを見ていると、福島瑞穂を思い出す。福島瑞穂も、彼女の言動は弁護士特有なのである。あくまで片側の言い分だけを徹底して主張するのだ。双方の言い分を汲み取るのは弁護士の仕事ではないので、片側の代理人として、その有利な材料だけを延々と言い続けるのだ。

こう考えると、昔からネットで活動している小倉弁護士が、有名でありながらも論客として認められていないのは当然のことである。上杉とジョンレモンの双方の言い分をバランスよく聞いて、鋭い解釈を示すことは出来ないのである。あくまで上杉の側に付いて、「ジョンレモンは匿名だから卑怯」と言い続けるしかない。(もちろんジョンレモンから依頼されて、ジョンレモンに有利なことだけ言うのも可能だ)。決して狂っているのではなく、片方の言い分の代弁者となるのが弁護士の業務であり、そのように訓練されているのだ。そういうわけなので、われわれは小倉弁護士の言動は職業病と思っておくしかない。物事をいろんな角度から見て、いろんな人の見解を踏まえながら総合的に考察するのは、弁護士には向いてないのだ。
カチェリーナは白い大理石の階段を降りて無人の大広間に向かった。そして中央に立ち、天井の壁画を眺めながら、すべての人生が無意味だったことを悟るのである。まったくそのような血筋でもないのに、お姫様の真似事をしていた滑稽な人生だった。ベルサイユ宮殿を模してバロック様式のお城を造らせてみたが、偏頭痛を癒すためにベッドに寝転がっているだけで人生の大半が過ぎてしまった。そしてその愚かな人生も結末を迎えようとしている。

「わたしには本当の人生がなかった。すべてが無だった」

カチェリーナは偏頭痛を理由に学校にも行かなかった。高給で雇われた家庭教師に教えを受けてはいたが、同年代の少年少女と同じ空間で人生を共にする時間がなかったのである。

「学校は人生なのだ。クラスメートが人生そのものなのだ。たまたま同じクラスになった人間が人生の重要人物として立ち現れる。そういう強制力は、世界の本質そのものだ。世の中の人間関係はたいていそのようなものだ。人生のそれぞれのフィールドにおいて、否応なしに固定的なメンバーで区切られ、そのメンバーで人間関係を築くのが人生なのだ」

カチェリーナはそれなりに賢明であったから、学校がユートピアでないことは見抜いていた。理想郷のように喧伝されていても、その内実は、生々しい人間の摩擦がある。だから、そのような面倒事は避けたのである。しかし、そういう生々しさに身を投じるのが人生の本質だと、死を前にして思うのだ。

「手を繋いで仲良くお遊戯できるわけではない。欲に満ちた人間たちが、面子を固定され、閉鎖空間で押し合いへし合いするのだ。わたしはそれをアホらしいと思い参加しなかったが、実は学校こそ人生そのものであり、学校での人間関係こそが、本当に濃密な人生なのだ」

カチェリーナは無人の大広間に座り込んだ。ここは世界から切断された空間なのだ。普通の人間が否応なしに巻き込まれる状況世界とは違い、あまりにも自由で、それがゆえに、虚無しかなかった場所だ。一度も「人生」に触れることのないまま死の瞬間は近づいている。その澄んだ青い目は世界を見ることもなく、お姫様として振る舞える相手としか接して来なかった。

「時代や状況を自由に選べるのなら、人生などないのだよ。わたしは自由に選ぼうとしたから失敗したのだ」

時間というカードはすべて切られた。ふかふかのベッドに寝転がってタブレットをやっていた時は、世界の空間と時間から切り離されているつもりだったが、その遊離状態においても、時間というカードは刻々と切られ、使える枚数は減り続けていたのだ。それを白紙にするがままに任せたのだから、おのずから、それに相応しい死骸のような結末しか得られないのである。
有村さんからこのようなお叱りを受けました。


https://twitter.com/y_arim/status/348664169584795650
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有村さんと言えば、ファッションメンヘラであり、どこも悪くないのに趣味で精神科に通院し、自立支援(一割負担)をいいことに、グルメのようにさまざまな種類の薬をあさって飲むのを趣味とされている、と思っていました。有村さんは、少なくとも、そのような仮面をかぶってきたはずです。ファッションでメンヘラをやり、ファッションで童貞をやる、そのように演じられてきました。

有村さんは多弁であるためわかりづらいですが、ファッションを装っていただけで、実はかなりの精神的外傷を抱えているのかもしれません。東大にストレートで合格して順調な人生を歩んでいた過保護なお坊ちゃんが庵野秀明の後継者を自称し、アニメ研究会の後輩にフラれて発狂というのは、深刻な理由を隠すための物語かもしれません。

こう考えることも出来ます。有村さんが庵野秀明を目指したのは、耳の聞こえない人がベートーベンを目指すような、そういう転倒性があった。何らかの拭いがたい問題を芸術に昇華させたいという必死の思いがあった。34歳になっても童貞であり、風俗にさえ足を踏み入れないのは、性的欠陥がある。何らかのひとかどの存在になれたなら、言い難い真相を打ち明ける日も来るだろう。

何にせよ、そのあたりの真相を探りたいわけではありません。

星島は幼少期から足に大やけどがありいじめられ、また親子仲も険悪であり、女性への激しいコンプレックスから、かなり歪んだ内面を築いた。星島は同人でかなり残酷な絵を描き続けました。星島は特にイケメンというわけでもないが、わりと整った容姿であり、プログラマとしては普通に稼いでいたから、足の大やけどがなければ大過なく人生を歩んでいただろう。問題なく恋人は出来ていたし、結婚もしていただろう。(ちなみに彼は30過ぎてから風俗で童貞を捨てたようだが、相手の女には満足出来なかったようだ。いわゆる地雷かもしれない)。

もし万が一、有村さんに星島のような背景があるのなら、今までの非礼を詫びなければならないが、しかしおそらく、東大生がママとの関係をこじらせてメンヘラになったのが正解だろうと思っている。加藤智大に敬称を付けている有村さんだけに、そっちの可能性の方が遥に高い。


Amazonについて書かれた「ワンクリック」という本を再読したので、それも含めていろいろ書いておこう。

われわれはAmazonに依存して暮らしているわけだが、創業者のジェフ・ベゾスはなぜかカリスマ扱いにならない。ベゾスの容姿が冴えないオッサンだからというのもある。グーグルのようなイノベーションではないという見方なのだろう。Amazonというと、ワンクリックの特許が悪名高い。「ワンクリックで注文できる」という誰でも思いつくアイデアで特許を取得しているからだ。たとえばアップルのiTunes StoreはこのためAmazonにライセンス料を支払っている。Amazonは世界を制したが、今ひとつリスペクトを集めていない。しかし通販の世界で圧倒的な成功を収めたのも事実である。

ベゾスは高校時代は宇宙工学にとても興味があり、プリンストン大学でもそのために物理学をやるつもりだった。だが頭脳に自信があったベゾスでも、プリンストンでは上には上がいると思い、物理学で頂点は極められないと悟ったらしい。プリンストンではコンピューターサイエンスを専攻し、プログラマーとしての才能を芽吹かせる。ベゾスは大学を卒業してからプログラマーとして就職しており、かなり凄腕だったとされる。プログラムの能力だけでなく、全体のマネジメントを任されることも多かった。あちこち転職するが、どこでも成功した。ラリー・ペイジがグーグルをプログラムしたとか、ザッカーバーグがFacebookをプログラムしたとか、そういう印象的な逸話はない。Amazonを起業した時は、初期のプログラムを社員二人と共に書いているが、単純なサイトという印象があるだけに、あまり鮮烈ではない(と思われてしまうのだろう)。

ベゾスの母親は10代でベゾスを身ごもり結婚したが、すぐに離婚している。その後、母親が再婚し、ベゾスは義理の父親に育てられることになる。ベゾスは実父については全然知らないそうだが、ここには屈託がない。ジョブズが「捨て子」としてトラウマを負っていたのとは対照的である。もちろんベゾスは母親が実母なので、ジョブズとは状況が違う。

本書で繰り返し強調されるのはベゾスの頭の良さと、そして頭のよい人間を採用したいという志である。採用時には大学進学適性試験(SAT)と大学時代の学業成績(GPA)のスコアを重視する。学歴重視はグーグルの文化と共通するものがある。ベゾスは妻を選ぶ時も、頭の良さを最重要視したそうだ。
禁欲主義のとても悪いやり方として「何もしない」というのがある。俗世に触れず、隔絶された清らかな世界に生きていれば、それだけで理想に到達している状態であるという錯誤である。人類に修道院を作らせたのは、そのような理想主義であった。現実に触れなければ、内なる理想は傷つかない。時間と人生を理想主義の贄として捧げることなのである。

われらが有村悠さんは新世紀エヴァンゲリオンをそのまま生きている。エヴァンゲリオンには絶対に乗らない。そしてアスカにフラれたことを永遠のトラウマとして生きていく。エヴァンゲリオンのテーマ性を、とてもネガティブに捉えて、実演しているのである。有村悠さんは東京大学文学部に七年間通い中退しているが、最初から通っていなかったわけではない。アニメ研究会の後輩に告白して「空気が読めない」となじられて発狂したのである。そして精神科に通院するようになった。これは有村さんの人生において最大の事件であり、挫折した大きな曲がり角であるため、御本人もこの話はタブーとされているようだ。ここからの有村悠さんの人生はひとりの女性を絶対視する世界観で刻まれていく。女なら誰でもいいという雑食の男もいるが、有村さんはそれとは対極だ。有村さんは全能の神の前で宣誓できるほどに完全な童貞だが、これは、有村さんの女性観が、女なら誰でもいいというのではなく、一人の女性を絶対視する遠近法で構築されているからである。どこかに特別な永遠なる女性が存在していて、その女性と結びつくまでは、大いなる未完な人生を生きており、その絶対的な女性以外は有象無象の雑魚として打ち捨てられ、その女性を手に入れるまでは人生をスタートさせる価値もないというくらいの、そういう頑迷な価値観で動いているのである。

有村悠さんが(才能もないのに)芸術家という自意識で生きているのは、このような女性観ゆえである。手に入るものではなく、「手に入らないもの」を中心に考えているから、そこには空想しかあり得ず、芸術家という自意識が生まれるのである。普通の人間なら、現実の女を食することで満腹になり、その後は別のことを考えるものだが、有村さんは常に空腹である。だから飢餓状態の中で、延々と女のことを考える生活を送っているのである。断食することでアスカの幻影がおぼろげな姿からくっきりとした輪郭を形作り、内面に根を張り、心象世界にきらめく幻想として確立され、それがマスターベーションの基幹となるので、われわれが有村さんに安い風俗をおごるような真似は出来ないのである。このような断食者は決して粗末な食事は受け付けないのだ。

有村悠さんは肉体的な童貞性を守っている限り、内面で何を考えてもセーフだと思っている。彼が年端もいかない少女の画像や映像を大量に蒐集しているのも、それは現実の世界で行われている行為ではなく、空想世界の中を駈けているだけという解釈なのである。同人活動も、そのような空想の悪食だからセーフである。肉体的に童貞であれば、何でもありなのである。内面で欲望が奔逸し繁殖するままに任せていても、それは現実というラインに抵触しないので、倫理的に問題はないということなのだ。アスカにフラれたという理由でハンガーストライキをやっているだけだから、そこには何の哲学もないのである。
https://itunes.apple.com/jp/app/hatenaburogu/id583299321?mt=8

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いつの間にか、はてなブログの方はiPhoneのアプリが出来ていたようだ。これはなかなか使いやすい。はてなのレベルを考えると、外注で作らせた可能性が高いが、万が一はてな社員がこれ作ったなら、少しは見直してもいいだろう。

面白いというか残念なのは、ソーシャルっぽい機能が組み込まれていることだ。他人のブログをお気に入りにして、「はてなブログ」のアプリで読める。他人のブログのエントリーがある種のタイムラインになる。はてなダイアリーにこの機能があれば、「はてな村」で生成される世界を構築できるわけで、広がりが感じられる面白い仕組みである。しかし過疎ってるはてなブログだと、ソーシャル機能も無駄である。同じく過疎っているはてなスペースにしてもそうだが、なぜかはてなダイアリーとは切り離したいようである。

よく知られるように、はてなブログのPro(有料版)は結構高い。月額980円、年額だと割引で8000円。一日500PVあれば、これくらいはグーグルアドセンスでペイするが、逆に500PV未満だとProにするのは赤字。昔のようにはてなダイアリーが賑わっていた頃だと、一日500PVくらいは簡単だろうが、ブログは冬の時代である。この御時世にブログをやって、一日500PV集めるのは容易ではない。

あと問題点としては、競合するFC2のアプリも結構レベル高い。FC2はもちろん無料である。FC2からはてなブログに移行する理由が見当たらない。

昔みたいに、はてなでダイアリー書くだけで結構なアクセスもらえる構図があればいいのだが、今はそうではない。はてな近藤は無能なので、はてな匿名ダイアリーを流行らせてしまった。個人のダイアリーに書いても見て貰えないので、はてな匿名ダイアリーに書く人も多く、はてなダイアリーがますます衰退することになってる。
わたしは長くネットをやってきて、でたらめをたくさん書いてきたが、それが問題になったことは一度もない。問題になるのは他人の急所を突いた時である。
経歴詐称とか過去の不祥事とか、そういう指摘をしてしまうと、弁護士が出てきたりするのだ。でたらめは誰もがスルーするのだが、急所を突くと(当然ながら)猛反撃してくるのである。

最近上杉隆がジョンレモンなる匿名の人間に追い詰められている。ジョンレモンの署名運動に乗っかっている人間もたくさんおり、上杉はかなりバッシングされている。そして上杉を擁護するのが小倉弁護士である。上杉に対するバッシングは「いじめ」だという趣旨のツイートを延々と繰り返している。

小倉弁護士の言動は、まさに弁護士全体の象徴であるとも言える。法学というのは<正義>へのアンチテーゼである。暴走する正義を断固たる決意で阻止しようという人間が法曹を目指すのである。基本的に法律書はアンチ正義として書かれているから、そのアンチ正義の思想に同化しないと弁護士にはなれない。

ジョンレモンと上杉の関係性で言えば、どう考えても、ジョンレモンが正義なのである。上杉の急所をジョンレモンが突いた格好であり、そして、上杉は嘘の多い人物なので、過去の言動も含めてバッシングされているのだ。こういう正義の発動を見れば、アンチ正義である小倉弁護士が燃えないわけがない。正義を振りかざすジョンレモンのような人間を糾弾するために弁護士になったのだから、小倉弁護士の人生にとって象徴的な敵なのである。小倉弁護士がジョンレモンを非難するのは、ジョンレモンが<正義>であるからに他ならない。だから、われわれがジョンレモンの正しさを証明しても無駄なのである。<正義>を阻止することが正義であるというアンチ正義の思想が小倉弁護士の根本なのだから、それをわれわれも理解しなければならない。
生来の偏頭痛は、カチェリーナと現実世界の間に大きな障碍を置いた。それは肉体的な拷問であり、脳が壊死していく畏怖だった。この疼痛さえなければ、世界というものの肉感に溶け込み、芽吹いていく生命の手ざわりや、まばゆい黄色に咲き乱れるアカシアの匂いを感じ取ることが出来ただろう。カチェリーナはひたすら五感を麻痺させ休むことに徹していたから、大地を歩く時の素足の痛みも知らなかった。人間というものの愛おしさや、その悪意の生々しさに触れることもなかった。そして現実世界の方もそしらぬ顔で彼女の横を通り過ぎていった。カチェリーナはウクライナで最高の美少女として生まれてきたが、現実世界に参戦する意志のない人間は相手にされない。偏頭痛という絶対に壊れない壁が、この世界の空間性と時間性に調和して生きることを妨げたのである。ベルリンの壁は崩壊し、ソビエト共産主義も崩壊しウクライナは独立したが、カチェリーナの偏頭痛の壁だけは絶対的だった。カチェリーナは柩の中に入ったままこの世界に生まれ、そして柩の蓋を開けることのないまま立ち去っていくのだ。

そういう彼女が救いを求めたのがワイアードだった。現実世界と関わるとっかかりを欠いていたから、仮想空間の支配者になることを求めたのである。まるで開拓者になったような気分で、一日中ベッドに寝転がりながらツイッターをやっていたが、結局何も得られなかった。錬金術は破綻したのである。架空のデータを積み重ねることで、いつかそれが光を浴びて燦然と輝く日が来ると願っていたが、終わってみれば、がらくたが夢の跡として転がるのみである。同じような救われない衆生がこの世には大勢いて、そのような、何者にもなれず、痕跡すら残せないまま世界から退場していくのっぺらぼうの面々のひとりとなったのだ。

半死半生でカチェリーナは居城の尖塔に昇った。そこから景色を見渡し、地平線の果てまですべてが自分の領地であることにあらためて気づく。そこでは世の中の歯車として働く人がたくさんいるはずだが、まるで無人の世界のように思えた。現実を感じ取るのを拒んで生きてきたので、音のないモノクロームの空間が広がるだけである。彼女はこのテリトリーから出ることのないまま、死を迎えようとしているのだ。ベルサイユ宮殿を模して作らせた居城も、今となっては虚しいだけである。
時々「なぜ日本にはスティーブジョブズが生まれないのか(日本の大企業の社長はジョブズのようになるべきだ)」みたいな論調を見受ける。これはとてもおかしな意見である。ジョブズは創業者だから好き勝手できた。ビルゲイツでも、ラリーペイジでも同じことである。Facebookのザッカーバーグでも創業者だから好き勝手に出来ただけだ。Amazonのジェフベゾスも同じである。

IBMとかヒューレット&パッカードみたいな歴史の長い企業は、ソニーやパナソニックとたいして変わらない。アメリカにはイノベーションがあるというが、そんなことはない。平社員として入社して、出世して社長になるという人間はアメリカでも駄目なのである。

そもそもジョブズはノースキルである。プログラム出来ないし、エンジニアとしても三流、アーティストを気取っているが自分でデザインしてるわけではない。そういう人間がアップルを世界最高の企業に出来たのは、創業者であるからに他ならない。
ジョブズはピクサーも成功させているので、ある種の天才であるのは確かだが、ああいう経営スタイルは創業者だから出来たことである。ピクサーはジョージルーカスが離婚した奥さんに慰謝料払うために現金が必要だからジョブズに売り払ったわけだが、実質的にジョブズが創業者のようなものである。

ビルゲイツ、ザッカーバーグ、ジェフベゾスはプログラムのスキルが高いことで知られる。ラリーペイジも(バグは多かったようだが)グーグルの雛形は自分でプログラムしてるので、一流と言えるだろう。

天才的なプログラムスキルを持つ人間が起業したことで、米国がITを主導しているのである。ジョブズはノースキルであり、ウォズニアックのスキルに頼っていただけなので、(自分は出来ないが人を使うのが天才的という人間なので)あんまりお手本とは言えないのである。

結論的に言えば、日本人はなぜプログラムが出来ないのか、を考えた方がいいだろう。(ジョブズが日本で大人気なのはプログラム出来ないのに天才経営者だからかもしれない)。基本的に天才プログラマーが自ら起業することが、覇権を握るためには最重要なのである。
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