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日本テレビの「明日、ママがいない」というドラマは見てないが愚作のようだし、これが消えたところで文化的損失にはならないのだが、気になるのが批判されている理由である。全国児童養護施設協議会は「このドラマが原因でいじめられて自殺したらどうすんだ」という抗議を日テレにしているのである。作品内容に関する議論よりは、いじめが発生することへの危惧が最大の問題なのである。

仮に本当に自殺者が出たとしよう。その場合、日テレに責任があるのだろうか。たぶん裁判くらいは起こすだろうし、民事で勝つのはわりと容易いので勝訴できるかもしれない。普通の人なら民事で負けても(西村博之を見れば明らかなように)踏み倒せばいいだけで、何の問題もない。踏み倒すのはなんら刑法犯ではないのだ。しかし日本テレビだと踏み倒すわけにはいかないので、たぶん賠償金を払うことになるだろう。

この問題の根底にあるのは、いじめが発生したら止められないという考えだ。相手が小学生でも止められない。いじめを止めるとは、お山の大将の面子を潰して人権を破壊することなので、これはなかなか出来ない。言うなれば、革命権というか抵抗権の発動なので、そう易々とは出来ない。革命は成功すれば正当化されるが、失敗すれば内乱罪である。

そもそも人類はパワハラとセックス以外に何もやってない生き物なのである。社会的権力に基づく大人のパワハラと、身体的特徴を笑うのが中心になるこどものいじめは同じではないが、根っこは通底している。人間社会は有史以来パワハラのイデオロギーで成り立っているから、こどもにだけ禁じるわけにもいかない。人類愛のために作られたはずのソビエト連邦がどれだけパワハラで腐敗したかを考えると、これは人間の業である。共産主義革命を起こしたらパワハラがさらに酷くなったのだから、絶対に治らない病気なのである。

いじめは人間の主体性の根源であり、権利なのである。歴史の本はパワハラとセックスの話しか書いてない。パワハラでなければ、戦争とか大虐殺とか、なおさら悪い。いじめをやめさせるというのは、人間の主体性の否定であり、人権侵害の最たるものと言える。

暴君的な父親とか、クラスでのいじめっ子とか、赤の他人から見ればゴミであろう。家庭とか学校とか、そういう閉鎖系での王様である。われわれ赤の他人が口を挟んでやめさせることは不可能ではないが、暴君の面子を潰すのは大罪であると教え込まれているので難しいのである。こどものいじめだって、学校以外で行われていれば、たぶん大人が止めるだろう。無関係の大人なら止められる。あなただって、無関係な大人として、こどもが路上でいじめられているのを見たら、止めることは出来るだろう。だが、学校という自治的な空間には踏み込めない。内政干渉の禁止が人類社会の本質であり、お山の大将に口を挟まないルールなのである。無関係の人間なら、正義の味方として行動できるはずなのだが、それをやってはいけないのである。われわれは赤の他人の案件には儀礼的無関心を徹底しており、当事者だけでドロドロやることになってるのだ。

学習塾でいじめが少ないのは、自治権の問題がないからである。塾の経営者は「月謝返すから、もう来なくていいぞ」と言えばいいだけである。月謝を返したら、生徒が居座る権利はない。以前代々木ゼミナールで、身長の低い女の子が男子の集団からチビだといじめられて代ゼミ側に助けを求めたが取り合って貰えず不登校になり、その後民事裁判になり、代ゼミに勝訴したことがあるが、これは代ゼミがアホだと言えるだろう。塾や予備校ならいじめっ子に月謝を返して「もう来るな」と言えばいいだけなのに、代ゼミはそれを怠ったのである。もしくは月謝を返したくなかったのかもしれない。

問題の核心になるのは、「自治」に介入出来るかどうかなのだ。一人の暴君が世界を支配しているのではなく、プチ暴君がたくさんいるわけだ。教師が生徒のいじめを見て見ぬフリをするのは、生徒の自治権を侵害したくないからである。教師だって、路上で他校の生徒がいじめをやってるのを見たら止めるかもしれないが、自分の学校の生徒となると自治権の侵害になるから無関心でいたいのだ。

私人間の人権問題に関しては、芦部信喜の「憲法」の第六章に記述がある。「私人間における人権の保障と限界」という項目だ。ここでは、直接適用説、間接適用説、非適用説の三つが紹介されている。
直接適用説には次のような問題点がある。第一は、人権規定の直接適用を認めると、市民社会の原則である私的自治の原則が広く害され、私人間の行為が大幅に憲法によって規律されるという事態が生ずるおそれがあることである。

間接適用説は通説として有力であるが、これは「憲法上の人権」を私人に適用するというよりは、「超実定法的な人権」を適用しているともされる。

非適用説は、私人の問題は民法でやれというものである。
憲法に取り込まれた「憲法上の人権」は、憲法が公権力を名宛人とするという特質により拘束されて、公権力を名宛人とする権利になるのであり、民法に取り込まれた人権は、民法が私人間を規整する法律であるという特質により拘束されて、私人間で実現されるべき権利となるのである。

どの説が正しいかは決まっていないが、ともかく、われわれ私人が他人の人権を侵害して憲法違反となることは、あり得ない。憲法は公権力の問題なのだから、いじめについて語る場合に憲法問題として考えると、的を外すことになる。

だから憲法問題ではなく、お山の大将(プチ暴君)になりたいという願望を分析するのが必要だ。威張りたいという根源的な欲求を潰すとなれば、人格の破壊であり、そう簡単には出来ない。ホッブズが言うところの自然権として認めるべきということも出来る。もちろんプチ暴君が素晴らしいはずがなく、これを理想として謳い上げることは出来ないが、人類の歴史からパワハラを取ったら何も残らない。

余談として言えば、頑固親父というのが最近はいなくなった。プチ暴君が消えたという実例ではあるのだが、これは自由恋愛が背景にある。頑固な男性だとセックス出来ないので、出来るだけフェミな性格になろうとしているだけであり、あくまで性欲のためである。
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有村悠さんと言えば、あしなが育英会の奨学金を踏み倒すなど、金銭管理がずさんなことで知られます。
この世の中、踏み倒しはかなり認められていて、民法の本を読めば「自力救済の禁止」と何度も念押ししてある。
債権者が債務者のところに押し掛けて強制的に取り立てるのを禁止しているわけです。
だから借金取りはヤクザしかやらない。

だが、税金だけは絶対に踏み倒せないです。
自己破産でも無理。

税金を払わざるを得ない状況ながら、ADHDとしてのケアも受けず、野放図な金銭感覚のまま生きて、メンヘラを気取っているわけです。
至って正常なのに、メジャートランキライザーとか飲んでるわけです。

いい加減「ADHD 金銭感覚」で検索してみたらどうでしょう。
多動性にせよ、注意欠陥にせよ、ADHDの典型的なタイプであるにも関わらず、メンヘラだと主張し続けているわけだから理解に苦しみます。
部屋がゴミ屋敷なのも、注意欠陥の症状です。
また、怒り狂ってモノを壊すのを精神障害だと思い込んでるようですが、これも発達障害特有の癇癪です。

ADHDでこれだけ病識のない人は極めて珍しいと思います。
有村さんを診ている精神科医は相当なヤブだと思われる。
まったく精神障害でないADHDにメジャートランキライザー出すとか、意味不明すぎる。
(実際は精神科医からADHDだというのを指摘されていて、あくまで二次障害のために向精神薬を飲んでるだけかもしれませんが)。

たぶん有村さんは破滅型の天才という自意識だと思うので、単なる注意欠陥障害という現実は認めたくないのでしょう。
戦後の日本はマッカーサーが作った。アメリカ民主主義で日本は作られている。あの当時のマッカーサーは日本国民にとって英雄的な存在だった。パイプをくゆらせながら厚木基地に降り立ったサングラスの男に、焦土となった日本の命運を託すことにしたのである。新しい憲法を作ろうとなった時、マッカーサーは日本人に草案を書かせたのだが、天皇主権から国民主権に変更する憲法草案を日本人が書けるはずがなかった。明治憲法とたいして変わらない案を出してくるので、今日の日本国憲法の根幹部分をマッカーサーノートとして提示したのである。たぶん日本人主導で天皇主権から国民主権への変更をやっていたら、右翼に刺されていただろう。右翼は「非国民」にテロを行う組織だから、アメリカ人のマッカーサーは対象にならないのである。あれだけ戦前の日本を徹底的に改革したのに、マッカーサーへのテロはなかった。マッカーサーが天皇主権を否定し、国民主権としたのは、極東委員会(戦勝国11カ国の代表)による東京裁判を乗り切るためであった。マッカーサーは天皇制の存続を望んでおり、極東委員会が日本にやってくる前に、天皇主権から国民主権に変更してしまったのだ。天皇が主権者のままだと、戦犯として処刑される可能性があったからである。マッカーサーが日本に浸透させようとしたことはたいてい達成されたのだが、唯一駄目だったのが、キリスト教の布教である。GHQ(連合国軍最高司令官総司令)は占領下の日本に3000人くらいの宣教師を呼び、1000万部以上の聖書を配布した。だが、これはまったく浸透しなかった。マッカーサーは毎晩必ず聖書を読むという敬虔なキリスト教徒であり、国際基督教大学の設立にも関わり、名誉理事長となったのだが、国際基督教大学はあまり大きな人気を得ることはなかった。なぜ日本人はキリスト教に無関心なのかというと、おそらく天皇がローマ法王と似た立ち位置だからと思われる。ローマ法王は首相でも大統領でもないが、明らかな教会権力を持っていたわけである。世俗の王様が支配しながらもローマ法王が力を持っているというのがキリスト教の文化圏である。天皇制があるからには、キリスト教を信仰するのも難しい。キリスト教の信者も、個々人が単独で好き勝手に信仰しているのではなく、教会権力が背景にあっての宗教である。キリスト教は民俗宗教ではなく世界宗教だと評されるが、実際はローマ法王の支配の及ぶ範囲の問題である。日本でキリスト教徒が切支丹として弾圧されていたのは江戸時代である。江戸時代は天皇がいるのかいないのかわからないという部分もあり、天皇崇拝よりは、キリスト教の方がしっくりくる人達もいたのだろう。江戸時代は天皇が脆弱だったので、キリスト教の入り込む余地があった。明治以降だと天皇の「教会権力」が強大になったので、この力に惹き付けられるのが当然である。やはり信仰とは力ある存在に依存したいということなのだ。明治以降の日本人にとって、依存対象は天皇であり、キリスト教に依存するのはなかなか難しかった。また宗教の根幹を成すのは創世神話である。創世神話に自らのルーツを見いだすのだ。明治から昭和初期までの日本人がどれだけ神武天皇を信じていたかというと疑問があるが、やはり信仰が「力への依存」であることを考えると、皇国史観に説得力があったのだろう。少なくとも聖書の創世記よりは、皇国史観の方が、日本人のルーツとしてしっくりくる。日本は単一民族というイデオロギーで成り立っている。アイヌという先住民もいるし、そもそも有史以前には朝鮮からの渡来人もずいぶんいたはずであり、本当に単一民族なのかは疑わしいが、万世一系の皇国史観のためには、単一民族イデオロギーが好ましかったし、そしてこのイデオロギーの支配下にいるからには非国民になるのを何よりも恐れるのである。右翼のテロの対象がたいてい日本人なのも、皇国史観の影響である。
冷淡な人間はあまり人から好かれないが、彼らはあくまで優越者なのだ。
多動性が障害と見なされる世の中になったわけだが、多動性障害の真逆が冷淡さなのである。
多動性が低すぎて、目が据わってる領域まで行ってしまうと冷淡なキャラクターになる。
これは決して障害ではない。
健常者過ぎて、妙な優越感が生じているのだ。

成田童夢は年下の国母和宏にいじめられていた。
これは多動性の格差によるものである。
成田童夢はADHDタイプの人間であり、愛想はいいのだが、すごい馬鹿である。
多動性がかなり低い国母から見れば、桁外れの馬鹿に思えただろう。
年下が年上をいじめるという出来事も当然のごとく発生したのだ。

多動性とは中枢神経の問題であり、心の体幹の問題である。
心の体幹が弱いと、多動になり、落ち着きがなくなる。
成田童夢のようなふわふわしたタイプは、心の体幹が脆弱であり、他人を不愉快にさせるのである。
悪人とはまた違うのだが、意識がしっかり据わっていないので、ひとをイライラさせるのだ。
こういうタイプの人間は意識があちこち彷徨ってるし、仮に無理して椅子に座っていても、宙を歩き回っているようなオーラがある。

「嫌われる」のと「馬鹿にされる」のを区別してみよう。
国母は嫌われるタイプだが、馬鹿にはされない。
成田童夢は、嫌われているというより、馬鹿にされているのだ。
意識の据わりの悪さがからかわれるのである。

国母和宏と成田童夢を比較すると、冷淡さはソーシャルスキルなのだと思う。
多動性が低く、落ち着きがありすぎて、他人を見下しているタイプの人間というのは結構いるわけだ。
彼らは基本的に馬鹿にされていない。
嫌われていることは多いが、あくまで優越者のポジションなのだ。
彼らは意識の据わりのよさを最大限活かしている。
心の体幹がしっかりしている優越性で、他人を見下す目線を持っている。

多動性がない人(心の体幹がしっかりしている人)がみんな冷淡というわけではない。
むしろ温厚でちゃんとした人が多い。
冷淡なタイプの人間は、その(多動性の無さという)優越性を軸に他人を見下す性向を身につけた人間なのだ。
これはこれでひとつのスキルなのだろうと思う。
少なくとも成田童夢のように意識の据わりが悪い障害者よりは、国母和宏のように目が据わっている方がマシだ。

他者と敵対する場合、落ち着き払って冷淡に見下すというのが、重要なスキルなのだ。
われわれは、嫌いな相手とは、多動性の格差で勝負しているのである。
どっちが多動性が低いか、で戦っている。
多動性が強い方が馬鹿というルールで神経戦をやっているのだ。
有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。
今回の角川7割引セールで70冊くらい買ったと思う。


戦国と幕末 (角川文庫)
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楽しい古事記 (角川文庫)
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アマゾンの創業者のジェフ・ベソスは儲けを度外視してシェアを拡大する。
10年以上前は、「アマゾンなんて倒産するに違いない」とよく言われた。
しかし今日では圧倒的な勝利者となっているのである。

今回の角川七割引セールは、楽天の電子書籍koboで七割引セールをやったので、それに対抗したという話もある。
もちろん真相はわからないし、角川主導で進めた話かもしれないが、 アマゾンなら、儲けを度外視して楽天に対抗するくらいはやりそうだ。

ともかく楽天のkoboとアマゾンでセール合戦をやっている状態なので、 これからは電子書籍の時代だと言える。
紙の書籍は再販制度があるが、電子書籍だと、 かなり思い切ったセールが行われる。
専門書はなかなかkindle化しないので紙の本で買うしかないが、普通の本なら電子書籍の方が安い。

紙の本だと置き場所の関係で泣く泣く捨てることがあるが、電子書籍は永遠である。
アマゾンのアカウントに紐付けられているから、端末を買い換えたら、新しい端末で読める。
アマゾン倒産の場合が困るが、本の置き場に困って捨てざるを得ないリスクの方が高い。

ちなみにアマゾンは今のところパソコンでは読めない。
タブレットかスマホで読むしかない。
楽天koboはパソコンでも読める。
この点ではkoboの方が優位性がある。
米国のアマゾンだと、kindle本はパソコンで読めるので、日本で駄目な理由は不明。

今回は七割引に釣られて大量購入してしまったが、たぶん今後もセールは乱発されるし、電子書籍は安くなる一方だと思うので、あまり慌てて買うこともなかった、という気もする。
鈴木宗男の事件で逮捕された佐藤優という元外交官は現在著述業をしているわけだが、「国家と神とマルクス」という本の中でこんなことを書いている。

外務省で、モロッコで酒に酔ってヘロヘロになって人をひき殺した奴がいて、そいつは外交特権を使って刑事責任を免れた。そいつに対する外務省の行政処分は停職一ヶ月間だった。いまはドミニカの特命全権大使をやっている。横浜駅で女性のスカートのなかをビデオ撮影して現行犯逮捕された奴がいる。略式裁判で有罪になったが、現在も外務省に在籍しています。

ミニスカートという衣装は文明の病というか、見えない部分を見たいという性的願望を誘発する装置であり、逆さ撮りという犯罪を根絶するにはミニスカートを禁止するべきなのだが、ともかく公務員が捕まっても居座れるそうである。
逆さ撮りに限った問題ではあるまい。

官僚批判をやっている「みんなの党」が渡辺喜美と江田憲司の対立で分解したが、そもそもみんなの党が官僚批判で実績を残したのかという疑問がある。
犯罪を犯した公務員が居座っているなら、それをどうにかしたらどうか。
野党でも国政調査権は使えるはずである。
公務員のスキャンダル暴きをやれば、必ず逆襲されるし、渡辺喜美のスキャンダルも山ほど出るが、そういう相討ちはやりたくないのだ。
だから空虚な官僚批判にとどめ、具体的な不祥事には踏み込まない。

政治家のスキャンダルに厳しいのはいいのだが、官僚の思う壺という側面もある。
猪瀬直樹が徳洲会の問題で失脚したのは、徳洲会に捜査が入ったため、検察が詳細な情報を握ったからである。
検察のリークで追及されているのだから、猪瀬直樹の言い逃れはバレバレであり、醜態でしかなかった。
そもそも有権者が政治家を決めるのであり、それからすれば、舛添要一より猪瀬直樹の方がマシという有権者も少なくないだろう。
政治家を失職させるのは選挙であるべきで、検察ではないはずである。
舛添要一と猪瀬直樹なら、猪瀬直樹が勝つ可能性は高いと思われるし、5000万5000万と騒いで追放したのは、有権者の軽視であるとも言える。
もちろん猪瀬直樹が立候補したら、検察が徹底的に追い詰めるから、当選してもどうせ失職するのだが、検察の追及の刃は政治家に向けられており、決して官僚には向かない。
佐藤優は鈴木宗男に巻き込まれた形で逮捕されたのであり、政治家が絡んでなければ、官僚がターゲットになることはない。

マスコミも官僚のスキャンダルには触れない。
マスコミの記事の大半は記者クラブの行政発表だからである。
行政には記者クラブ室というのがあり、大手マスコミだけ参加を認められる。
そこで行政が発表する内容が新聞記事になる。
三面記事がどこの新聞社も同じ内容なのは、警察の記者クラブで同じ話を聞いているからである。
マスコミは取材をしておらず、行政の記者クラブ室で聞いた話を記事にしているだけだから、本気で官僚批判が出来るはずがない。
有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。
この七割引セールは28日までらしいのだが、すでに60冊くらい購入。
まだまだ買うかも。


中国の論点 (角川oneテーマ21)
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ユージニア (角川文庫)
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グラスホッパー (角川文庫)
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海戦からみた日清戦争 (角川oneテーマ21)
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アムステルダム運河殺人事件 (角川文庫)
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徳川家康 (角川文庫)
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完訳 ギリシア・ローマ神話 上 (角川文庫)
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死体は告発する 毒物殺人検証 (角川文庫)
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忍びの森 (角川ホラー文庫)
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櫻子さんの足下には死体が埋まっている (角川文庫)
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快と不快という現象はあるわけだが、われわれはそれ以上に幸福や不幸を求めている。幸福でなければならない、不幸であってはならないという存在証明の問題として考える。地べたを這う虫けらが幸福を渇望し、天に手を伸ばそうとするのは、死後の世界のためなのである。自殺や他殺や餓死など、不幸な死に方をすると悪霊になるという迷信がある。自殺があったアパートの部屋は借りたがらない。本気で悪霊がいると信じ込んでいるわけでもないが、そういう迷信を捨てきれないので、われわれは自殺者が出た部屋を忌避する。この悪霊という迷信こそが、人間が幸福・不幸に固執する原因なのだ。不幸な現世が原因で、死後に悪霊になるのが嫌なのである。鉄道に飛び込んで轢死体になると、その汽車や駅舎に悪霊として棲み着いて心霊写真に写り続けるらしいが、もはやわれわれは原始人ではないので、そのような迷信は克服しなければならない。脳が痛みや快楽を感じる程度で「これが人間精神だ」と高らかに謳いあげるのはよくないし、その脳が死んだら、無に移行すると考えるべきなのだ。人間は過去の記憶を反芻しながら、自らの同一性を確認している。毎朝目覚めるたびに別人になるのではなく、同一人物として再生産する。このような自己再生産が自己の基本だから、死によって、それが完全に無になるとは想像しがたいのである。だから死んでから悪霊になったり、もしくは天国から現世を見守るという発想をするのである。死んで無になるなら、不幸などたいしたことがない。幸福になろうが不幸になろうが、死んだら無であり、唯物論という虚無に回収されるのだ。死んで自分が消えるのは、宇宙の滅亡と同じであり、幸福だろうが不幸だろうが、どちらでもいいのだ。われわれが不幸を恐れるのは、悪霊化を恐れているだけであり、迷信の虜囚でしかない。死を目の前にして、悔いが残るとかいうのは、無知蒙昧なのである。どんなに悔いが残ろうが、単に無になるのであり、決して悪霊化しないから安心するべきである。誰かが自殺したアパートにも平気で住めばいいのである。自殺したら悪霊になるという迷信を唾棄してこそ、この耐え難い現世を乗り越えることが出来る。人間は債権・債務の主体であり、特にやられたことは忘れないから、債権者として生きている。他人に傷つけられるたびに債権が発生し、そしてたいていは救済されないので不良債権である。その紙屑を後生大事に抱えている。不良債権を取り立てたいと願っているのだ。だが、どれだけ無惨に死のうとも、待っているのは無であり、取り立てても墓場には持って行けない。われわれは何の因果か地球という戦地に送り込まれ、生傷が耐えない過酷な兵役を送らされるが、死によって無事に除隊となり、呪うべき命を消し去って貰えるのだ。この死者の無は絶対だ。鈴ヶ森の刑場に生首を晒したところで、その咎は問えないし、もしくは死後に教会で聖人崇敬され名誉を謳われたところで故人に意味はない。幸福な人を羨むこともないのである。幸福は死後には持って行けない。死後の世界で現世を反芻し続けるという迷信はすぐさま断ち切るべきである。死んだ瞬間に無になるのだから、どんな人生でも変わりがない。迷信にすがることをやめ、圧倒的な無に帰依するべきなのである。自己を反復する地獄の作業は死によって終わる。幼子だろうが、老境に差し掛かろうが、死という無は目の前にあり、誰も逃れることは出来ない。オムツを履いて特養のベッドにしがみついても、死んだら無になるのであり、速いか遅いかの問題でしかない。今こそ唯物論に拝跪せよ。死後の世界を空想し、その妄想の版図を広げるほどに、痛みの神経は存在の隅々まで繁茂し、われわれを蝕む。どんな人生であれ、最後は無が回収してくれると気づけば、不安などひとつもないのだ。
有村悠さんのアフィを踏んでから、以下の書籍を購入しました。

ぼっけえ、きょうてえ (角川ホラー文庫)
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ベラミ (角川文庫)
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税金の抜け穴 国民のほとんどが知らない納税で「得する話」「損する話」 (角川oneテーマ21)
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戦艦大和 復元プロジェクト (角川oneテーマ21)
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有村悠さんはiPhoneを使っているわけだが、維持費は月額5000円程度のはずである。二年縛りなら12万円だ。有村さんはタブレットを持っていない。わたしはiPhone 4SとNexus 7(2013)を持っているが、もはやiPhoneなど使わない。タブレットだと電子書籍がすごい読みやすいし、ゲームをやるにしても、広い画面で綺麗である。

以前は電子書籍は読みづらいという先入観があり、紙の本の永遠性も信じていたのだが、実際に試してみると、あまりにもタブレットとの相性がいいので、わたしは目を白黒させたわけである。紙の書籍なんて、あと10年もすればほとんどなくなる。紙媒体はガラケーとスマホには耐えたが、タブレットで電子書籍を読む快適さには勝てない。

わたしのNexus 7(2013)32GBは三万三千円程度だが、基本的にタブレットは二万円くらいので充分だ。Nexus 7(2013)はタッチパネルの評判が今ひとつである。元々のNexusは低価格路線だったのだが、2013年版から液晶の解像度を上げたので、画面の美麗さは素晴らしいのだが、その代わり、タッチパネルの感度が悪いという感想が出ている。特に保護フィルムを貼ると、反応がよくないらしい。わたしは裸で使っているが、それでも時々反応が悪いと思うことがある。解像度を1920×1200にしたことで、どこか動作が重いのかもしれない。普通に使う分にはまったく問題が無く、わたしは非常によい買い物をしたと思っている。

解像度に拘らなければ、(グーグルブランドではないが)同じASUSが作っているMeMO Padで充分だろう。解像度は1280x800でありNexus 7(2013)のような超美麗画質ではないが、実売17000円程度であり、またmicroSDカードでメモリを増やせるという点も大きい。Nexus 7はメモリ増やせないから、この点ではMeMO Padに軍配が上がる。

ともかく不可解なのは有村さんである。普通ならタブレット+格安ガラケーの選択が最適なはずなのに、月額5000円のiPhoneにこだわり続けるようである。

タブレットは安いし、自宅のWi-Fiなら、パソコンのネット回線そのまま使うから無料だし、コスパはかなりよいのだが、外出先でもタブレットからネットに繋ぎたいとなると、なかなか値が張る。LTE版のNexus 7だと三万九千円するし、もちろんSIM回線を確保すると月額2000円程度掛かってしまう。どうしても外出先でネットをやりたいのであれば、持ち運びやすいiPhoneの方がいいだろう。

外出先でのネットを断念出来るなら、タブレット+格安ガラケーがかなりコスパがよい。iPhoneを月額5000円で維持するよりは、よほど素晴らしいユーザー体験が出来る。タブレットの素晴らしさに出会ったら、スマホの小さい画面でちまちまやるのに耐えられない。最近はiPhone信者が多いが、たぶんタブレットを持ってないのだろう。そろそろスマホの時代は終わりで、タブレットの時代に移行する。

有村さんがiPhoneにこだわり、タブレット+格安ガラケーに移行しないのは、文化資本が貧しい家庭に育った人間特有の読書嫌いが原因だ。これからの時代、読書家にタブレットは必須であり、iPhoneに毎月5000円払うのをやめれば、タブレットくらい簡単に買えるのだが、有村さんは東大に七年間在籍し、「人間失格」しか読んでないらしい。あしなが育英会の奨学金も踏み倒した。iPhoneは勉強嫌い・読書嫌いのための端末だ。

今は角川本の7割引セールをやっているが、Kindle本はこういうセールが多くて、紙の本に比べるとかなり安く買える。紙の本は置き場所に困って引っ越しの時に大量処分することが多いのだが、Kindleならその心配がない。Amazonのアカウントに紐付けられているから、アマゾンが倒産とか、アカウントがBANされたとか、そういう事態がない限り、端末を買い換えても、新しい端末で読むことが出来る。
カチェリーナは真性引き篭もりの影響力を軽く考えていた。ネットでは偉そうにしているが、中身はナスターシャという身長148センチの冴えない少女だ。カチェリーナはナスターシャを城に住まわせているが、アスペルガー症候群を理由に実親から虐待されているらしいので、気の毒に思っただけである。社会で爪弾きにされている鼻つまみ者を保護しただけであり、これが桁外れの影響力を持っているとは思いもしなかった。真性引き篭もりが火を焚くだけで、ネットの隅々まで災禍をもたらし、人間の名誉や尊厳など跡形もなくなるのだ。

真性引き篭もりのターゲットになったグルーシェンカはかなり酷いことになっているようだった。ネット空間でグルーシェンカは惨殺され挽肉にされていた。少し前までは、類い希なソーシャルスキルで栄華を極めており、15歳ですでにスタンフォード大学を卒業しているのは才媛の証に他ならないと思われ、誰からもリスペクトされていた。しかし、呑み込みの速さが超人的なだけで全然知能は高くないと真性引き篭もりで立証されたので、グルーシェンカのカリスマ性は完全に崩壊したのだ。幼少期から天才と謳われた人間はいずれ人々を失望させる結末を迎えるが、グルーシェンカにとって、それはあまりにも早すぎた。

カチェリーナは自分の城を離れ、グルーシェンカの家に戻っていたが、ひとまず黙って静観していた。大衆は関心を共有する生き物であり、現在のホットな話題に殺到するが、別の新しい事件でも起きれば、そっちに移動する。嵐が過ぎ去れば、空が青く澄み渡ることもある。だがその一方、ほとぼりが冷めれば解決する問題でもあるまいと危惧していた。真性引き篭もりは人間の弱点を徹底して抉り、再起不能にしてしまう。今回の問題が忘れ去られても、華やかな舞台からグルーシェンカが退場することに変わりはないのだ。

そんなことを考えつつ、カチェリーナが読書をしていると、グルーシェンカがやってきた。
「わたしの人生は終わりました。自殺することにしました」
「残されたわたしはどうなる」
「リザヴェータ姉さんがいるじゃないですか。あの人は本物の天才画家です。わたしのようなニセモノと違います」
「リザヴェータは素晴らしい人格者であり、わたしも心から尊敬しているが、二歳年上だから、友達というよりはお姉さんだ。同年代の友達はグルーシェンカしかいない」
「でもわたしは死んだんです。決断を尊重してください」
そう言うグルーシェンカには死相が現れていた。実質的に死んだ人間が、最後の後始末をするために機械的に動いているのだ。その死体のようなグルーシェンカを見ていると、カチェリーナは何も言えなかった。グルーシェンカはFacebookで友達がひとりもいなくなったらしい。成功者だけで群れているから、失脚した段階で石を投げられる場なのである。もはやグルーシェンカの魂は地の底で踏みにじられ、あとは肉体が荼毘に付されるのを待っていた。
「そうか。あまりにも早すぎる別れだった」
これからカチェリーナはたったひとりの世界に戻っていくのだ。自閉傾向があるため、学校で友達が一人も出来ないから、グルーシェンカがいなくなったことで、孤独の深淵に帰るのである。

カチェリーナはひとりの部屋で、世界の変貌を経験した。グルーシェンカがいなくなったので、世界は変わってしまったのだ。もはやここは最高の家庭環境ではない。劣悪な家庭環境に生まれ15年間ゴロゴロしていたカチェリーナだが、最近は偏頭痛を言い訳にせずに頑張っていた。しかしグルーシェンカが死んだことで、もはや偏頭痛に耐える理由がなくなった。読みさしの本は机の上に放置されていた。もはやそれを手にすることはないだろう。かつてのように疼痛が脊髄から視神経まで貫き、人生の耐え難さを間断なく教えるのだった。

カチェリーナはそれに耐えきれず、グルーシェンカの部屋に向かった。一緒に死のうと思ったのだ。ベッドに横たわるグルーシェンカには生命の欠片もなく、この現世でのあらゆる拠り所を失った肉体だった。Facebookで友達がひとりもいなくなったことが、それだけのダメージだったのである。カチェリーナは今は亡きグルーシェンカの身体に寄り添った。グルーシェンカの服を脱がし、その青白い肉塊を見た。あれだけ行動力があり、溢れるばかりの生命を持っていたグルーシェンカだが、真性引き篭もりに弱点を暴かれ、Facebookの友達が全員いなくなっただけで、こうなってしまった。カチェリーナも全裸になり、悼むようにグルーシェンカの身体に寄り添い、舌を這わせた。生涯でたったひとりだけ出来た友達の死を弔ったのである。しかしこうやって肌を合わせているうちに不思議な現象が起こった。もはや生命体とは思えなかったグルーシェンカの素肌が血色を取り戻しはじめた。無力に横たわっていたグルーシェンカの四肢が動きを取り戻し、カチェリーナに絡みついた。枯れていた薔薇に息吹が戻ったのである。カチェリーナもそれに答え、激しい生命の営みを行ったのである。

情事が終わって一息ついてから、グルーシェンカは自らが生きているのを不思議に思った。決して死に損なったわけではあるまい。自殺したわけではなかった。行動力で生きていたグルーシェンカは、この世界の網の目からこぼれ落ちたのであり、その孤独による自然死だった。
「すっかりよくなったみたいだな」
カチェリーナがグルーシェンカに寄り添い、頭を擦りつけてきた。
「真性引き篭もりに急所を突かれ、Facebookで友達がいなくなりました。本当に死んだんです。でも世界最高の美少女とのセックスはどんなに深い絶望も癒すみたいです」
「だったらよかったじゃないか」
「ああ、でも葛藤はあるのです。カチェリーナ様のような天使レベルの美少女を抱けるのに、わたし自身はそれに相応しくない凡人に失墜したのです」
こうやって暖かいベッドの中でカチェリーナに抱かれているのは、天国でもそうあり得ない僥倖だと思えたが、すっかり失墜した自分が慈悲にすがっている状態を恥じたのである。
「おまえには天才的なソーシャルスキルがあるじゃないか」
「今回の件で全て失いました」
「もう一度人間関係を作り直せばいい」
「あの空虚な人間関係を作り直すのですか。真性引き篭もりに煽られたらすぐに縁を切る連中ですよ」
「最初からそんなことはわかっていただろう。誰よりも世の中が見えているおまえが気づかなかったはずがあるまい」
「人間は確率が低いことを捨象しながら生きてるのです。車を運転する時、死亡事故を起こす心配はしない。しかし本当に交通事故を起こしたら、その後は別の話です」
「だから人間不信に陥ったわけか」
「一回しかない人生で致命的な失敗をしたのです」
「それほど致命的ではあるまい。Facebookで立場がなくなっただけだろ」
カチェリーナはグラスを取りだしてコニャックを注いだ。グルーシェンカもお相伴にあずかることにした。
「真性引き篭もりは相手が自殺するまで攻撃を続けます。今後もわたしは真性引き篭もりに蹂躙され続けるでしょう。カチェリーナ様はナスターシャを大事にしてるようですし、決して追い出さないんでしょうね」
「わたしはナスターシャに部屋を提供しているだけだ。おまえにはセックスを提供している。これを同じにされたら困る」
「ああ、もちろん天国でしか体験できないことをさせてもらってるんですから、それは感謝してます」
「どんな底辺の人間でも、何かしら奇跡が起こって人生が好転することを夢見てる。しかし、おまえはすべての可能性が遮断されたという誤謬に陥っている。だから絶望が死を招いたんだ」
「誤謬じゃないと思います」
自分が芸術家ならグルーシェンカもこんなに苦しんではいない。ゴッホなら耳を切り落とすことで、それも創作の材料に出来るだろう。だがグルーシェンカは栄達を重ねるしかないのだ。必要なのは挫折のない成功だけであり、失敗は許されないのだ。
「どうやら認知の歪みに陥っているようだな。まあいい。悩みを即座に解決するなんてことは出来ないんだ。もしくは解決しなくていいんだ。未解決性こそが人生なのだから」
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