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永久に回り続けると思われたシステムが青天の霹靂のように終わることがある。
圧倒的な多数意見で面制圧し、それ以外のすべてを圧殺し暗渠へ打ち捨て、綻びが見えないと思われた帝国だった。
それがJimの独断で断ち切られた。
繁殖させ伝播させることにかけて無敵だった生物種が突然断種される憂き目にあったのだ。
硝煙が立ちこめ争いが絶えないと思われた大地が、いきなり平穏な空気に包まれた。
無名な一個人の不謹慎なツイートが大々的に拡散され燃え広がり、すべてのネットユーザーに周知される仕組みが出来上がっており、いわばP2Pで繋がれた分散的なデマゴーグとも言えたが、これが突如として解体されたのである。

データとしては示せないのだが、まとめブログが転載禁止になってから、2ちゃんねるのニュース速報+でレッテル貼りが減った。
従軍慰安婦のスレを見ても、以前なら激しい嫌韓の煽りレスが並んでいたのが、最近はさほどではない。
ネトウヨがどれだけ減ったかは数値として示せないが、ニュース速報+で韓国関連のスレを見れば明らかである。

これだけネトウヨが減ると、今まで煽っていた連中はまとめブログ経由だったと言わざるを得ない。
やらおんはアニメ関連で対立を煽ることで、圧倒的なアクセスを誇り、転載禁止までは桁外れの影響力があった。
はちまにしても、ゲーム関連で対立を煽ることで、巨大なアクセスを手にした。
煽れば煽るほどアクセスが伸びたのである。
まとめブログはコメント頼みというのがある。
コメントがたくさん付くところは、超大手として差別化が出来ている。
やらおん、はちまなどは、今でもそれで生き残っているわけだ。
自分のブログのコメントを増やすためには煽った方がいいのである。
煽れば脊髄反射レスが付くので、盛り上がりを演出することが出来る。
煽りも脊髄反射も商業的価値がある。
文化・教養としては無価値だが、資本の論理としては価値があり、煽りと脊髄反射の組み合わせでぐんぐんアクセスが伸びるのだ。

2ちゃんねるとまとめブログは立場が逆転していた側面もあり、まとめブログの場外乱闘が2ちゃんねるで行われる部分もあった。
Jimの独裁的な決定は、まとめブログへの拡散を意図して狂ったようにレスするユーザーからモチベーションを奪った。
2ちゃんねるは世論形成の中心地帯から退いたのである。
これからは2ちゃんねるで煽る意味がなくなったので、やらおん・はちま的な反知性主義は終わりを告げたのである。
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今まで自分の顔写真を公開することに拘ってきた有村さんだが、今後は封印するという。
過去を断ち切って、艦これクラスタに入りたいようである。
有村さんは、顔を晒した上で鬱な感情をツイートしたいという願望を強く持っており、匿名アカウントで悩みをツイートしても気が晴れないということだったが、今まで有村悠として鬱感情をツイートしてきたのは、過食嘔吐のような反復強迫である。
自分がどれだけ鬱なのかを幅広く発信しても、なんら治療にはならないと言えるだろう。
有村さんは月に数回は鬱になり大荒れするので、その際にどうなるのかが問題である。
艦これクラスタに入りたいというのも、艦これの有名同人サークルに近づきたいのが動機だろうから、いずれ破綻するだろう。
有村さんの出身校の久留米大附設は九州で最も偏差値が高い学校である。
有村さんの入学当時だと、ラサールが東大100人くらいなので、久留米大附設は明らかにラサールの下であるが、それでも高偏差値に変わりはない。
有村さんは久留米大附設で成績が下位だったが、なぜか東大文Ⅲに現役合格している。
勉強嫌いで勉強が出来ないのに、入試だけは得意という人間なのである。
このモチベーションの低さは、コンサータの投薬で改善するはずだが、ADHD診断を受ける気がないようである。
ADHD特有の依存体質を変えたくないのだろう。
われわれは時代特有のライフスタイルをロールプレイすることを求められており、何らかの特定の考えを体現するために存在する。十一面観音が面相を変えるように別人になることは出来ない。死するまで、同じ顔つきで生きなければならない。われわれは柔軟性が低いので、老人が死に、新しい生命が生まれることでしか世の中は変わらない。文明は衰退することもよくあるので、世代交代が黄金時代の終わりを意味することもあるが、何にせよ、個体が入れ替わり世の中は変わる。1945年に日本は戦争に負けて、自由な社会となったのである。だが、いきなり変わったのではなく、保守的な世代が一掃されるまで五十年くらい掛かった。二世代掛かって、ようやく古い考えがなくなったのだ。1970年くらいまで見合い結婚は普通にあったし、女性の初婚の平均年齢は24歳だった。それから初婚年齢は一貫して上がっており、現在は29歳を越えている。30歳になるのは間近である。この初婚年齢の上昇の背景にあるのは、婚前交渉の自由化である。1970年あたりまで、結婚するまで処女という女性は普通だった。あからさまに貞操観念が蔑まれたのは、1980年代からである。蓮舫のような勝ち気な女がデフォになった。1990年代は女子高生ブームが煽られた。そして2000年代あたりになると、もはや女は反抗的ですらなくなった。自由が完全に定着したからである。若いうちはフリーセックスを楽しみ、若さを失うと婚活を始めるというライフスタイルが平穏に定着したのだ。敗戦でルールが変わっても、30年とか50年くらいは、保守層が戦前のルールを守り続けていた。それを背負ったのが長男、もしくは長男の嫁である。最近になって介護問題がクローズアップされるのは、長男の嫁が親の面倒を見るという風潮が消えたからである。戦後になって、兄弟で遺産相続が平等となったのに、長男の義務だけはしばらく解除されなかった。長男の嫁が寝たきり老人の面倒を見るのが当然だったのである。「長男とは結婚したくない」というのがずいぶん言われたのである。この戦後の長男の象徴が浩宮だった。なかなか嫁が見つからずに苦労したわけである。昔は「男は顔じゃない」と言われていたが、そういう時代が終わり、長男の荷の重さだけがイメージされる存在だった。そして実際に小和田雅子が嫁ぐと、長男の嫁という重責に悩まされたのである。メリットがないのに義務だけが多いという戦後の長男夫婦の典型となったのだ。弟の秋篠宮は、皇室の中ではちょっと軽い性格で、堅物であるところがリスペクトされる当時の皇室では違和感があったから国民的人気はなかったが、女からはモテるのですぐに結婚できた。落ち着き払った性格であり、他人を見下しているタイプなのだが、次男坊らしい世渡り上手でソーシャルスキルが高く、発達障害の対極であるともいえ、まさに今日的なリア充である。皇太子妃が公務をやらないことが批判されるが、元々は義務感が強い神経症的性格である。メンヘラになったのも、自由な時代に適応できずフリーズしたのである。自由に生きている秋篠宮夫妻の軽やかさと見比べて、義務だらけの自分に疑心暗鬼になったのだ。浩宮は戦後の長男タイプの苦悩の典型を演じたのである。そういう意味では、戦後の日本の象徴であった。保守的な長男夫婦が新しい時代に適応できない様子を、国民の前で見せたのである。秋篠宮夫妻に男児が生まれ皇統を継ぐことになったのは、新しい自由な社会の象徴であるのだろう。石部金吉のような日本人男性は完全に死に絶える。これから軽やかにステップする新しい時代が始まるのだ。1970年に三島由紀夫は、昭和天皇から園遊会で下賜された恩賜煙草を吸いながら日本刀を鞘から抜いて割腹自殺した。最近の日本で教養が疎まれ実学主義になったのは、三島由紀夫の死によって日本文学が終わったからである。三島文学は、戦前の教養人が古臭い教養主義を守るものだったから、1970年あたりが限界だったのだ。この後に来る女子大生ブームや女子高生ブームの前に日本から消え去ったのは賢明だったと言える。もはやまともな知識人がいないのだから、文系が無価値と言われても仕方あるまい。悪疫が流行るように新しい人間達が誕生し、古い人間は痕跡も残さずに退場していくしかないのだ。
ロースペックな肉体に生まれた場合、責任はどこにあるのだろうか。「親が悪い」とか考えたりするが、まあ運が悪いのである。中村雅俊の息子は低身長ハゲで薬物で捕まった。原辰徳の甥の菅野は優秀だが、実子はポンコツである。浩宮と秋篠宮の容姿スペックは格段に違う。精子と卵子は減数分裂で作られる。父親の遺伝子の半分で精子を作る。その組み合わせは840万通りある。染色体の乗り換えも含めるともっと多い。卵子も同じである。浩宮の容姿が悪くてなかなか嫁が見つからなかったのも、親のせいとは言えない。同じ両親から生まれた秋篠宮は容姿的に恵まれているから、運が悪いのである。われわれは責任の所在を探す癖が付いている。どこかに責任者がいるに違いないと思い、そいつに賠償させたいと考える。就職氷河期の時に自己責任という言葉が流行ったが、第二次ベビーブーム世代の前でバブルが弾けたので、運が悪いだけである。運が悪いという、責任者の不在性にわれわれは耐えられないので、自己責任という言葉が流行ったのだ。なにしろ責任者を探す病気が根深いから、本人に責任があると言うしかない。バブル崩壊は、地上げ屋に多額の金を貸し付けた銀行に責任があると言えるが、そう言ってみたところで不況が改善するわけではない。与えられた肉体とか生まれついた国とか時代とか、そういうのは、抗えない役割として与えられているのである。有史以来、大多数の人間が不平不満を持ちながらロールプレイしてきたのである。自由社会でも、要は、門閥や身分ではなく、与えられた肉体のスペックに応じたロールプレイをすることが求められるだけである。この前提となっているのは自殺の禁止であり、「この役はやりたくない」というのは認められていない。そして誰かのせいにするのも認められていない。自分自身の<責任>として引き受けるしかないのである。勝手に生み出される肉体に自我が芽生えて快楽・苦痛に左右される(大半は苦痛)という宿業に組み込まれているのである。
民事で金をふんだくるテクニックとして管理責任を問う時代である。
露天商が火事を出して三人が死亡した問題。
多くの人はこの事件を知っているが、この露天商の名前を聞かれても答えられる人間は少ないだろう。
渡辺良平という39歳の男だが、どうせ貧困層で金がないから、誰も注目してないのである。
渡辺良平には誰も興味持っていない。
あくまでイベント主催者の責任が追及されているのである。

福知山商工会議所は上限10億円の保険に加入しており、そこから支払われるらしいとの見込みがあるが、内部積立金の6000万円はすでに取り崩している模様だ。
管理責任を問う風潮から逃れられないという判断なのだろう。
イベントの主催者も大変であり、もし加藤智大が公道ではなく、どこかのイベント会場で暴れていたら、間違いなく被害者の会が結成され、「真相を知りたい」という遺族がメディアに連日登場しただろう。
要は「真相」とは「民事責任」を認めさせることなのである。

池田小の遺族はクレーマー扱いされるべきだろう。
学校に殺されたと言い張って、宅間守という戦後最大の犯罪者がどうでもよくなってしまった。
たいていの凶悪犯罪者は素寒貧で底辺層だから、訴訟を起こす利益がない。
宅間に裁判で勝っても何ら意味がないから、ああいう展開になったのである。

遺族と一緒になって「真相」を追及するマスゴミは、民事責任の問題を歪めているといえるし、遺族のクレーマー化を助長している。
池田小の遺族がクレーマーでないというのなら、加藤智大に殺された遺族がなぜ沈黙しているのか説明して欲しい。
凶悪犯罪者に民事責任を問うても意味がないので、何らかの管理責任を問えそうな場合だけ、遺族は出てくるのである。
もちろん裏では弁護士が知恵を付けている。

イベント主催者に管理責任というものがあるとして、凶悪犯罪者の民事責任をすべて引き受けなくてはならないのか、という問題だ。
もしくは、マスコミが遺族と一緒になって、「責任を認めろ」と押し掛けるのは、クレーマーの助長に繋がる。

池田小以来、クレーマーが流行りすぎである。
悪人を追及しても意味がないが、責任者を追及すれば金が出てくるという知恵を付けてしまった。
宅間守を糾弾するのはクレーマーとは言わない。
学校に殺されたと糾弾するのはクレーマーである。

ともかく露天商の渡辺良平にもう少し注目して欲しいものだ。
渡辺良平から金が取れないから、イベント主催者を糾弾するというのは、ある種の恐喝のような印象も受ける。
悪人本人には良心も金もないので、本人以外に管理責任を問うのが戦法として有効であるのは確かだが、「責任者」という概念を根本的に考えるべき時に来ている。
なんかクリミアの検事総長がすごい美人だと言われている。
33歳でビヤ樽になってないからすごいと言われているが、ウクライナでは普通だと思われる。

WHOのサイトでBody Mass Index(BMI指数)のページを見れば明らかである。

WHO :: Global Database on Body Mass Index

BMIが25、もしくは30を越えている女性の割合である。
BMIは25までが正常とされる。
30を越えていると、相当な肥満体である。


ロシア
BMI females % overweight (>=25.0) 45.5パーセントの女性がBMI25以上
BMI females % obese (>=30.0) 20.1パーセントの女性がBMI30以上

ウクライナ
BMI females % overweight (>=25.0) 32.1パーセントの女性がBMI25以上
BMI females % obese (>=30.0) 11.3パーセントの女性がBMI30以上

ロシア人女性の方が明らかに肥満率が高いのである。


ロシア人とウクライナ人はキエフ大公国として同じ民族だった。
だが、13世紀にモンゴル帝国に侵略された際に、モンゴル側に恭順した連中がロシアになったのである。
ロシアはそれから何百年もモンゴル帝国の支配下に入り混血している。

モンゴルはアジアで最も太っている民族である。
日本人女性とモンゴル人女性を比較すると、モンゴルの方がかなり太っている。

モンゴル
BMI females % overweight (>=25.0) 38.0パーセントの女性がBMI25以上
BMI females % obese (>=30.0) 12.5パーセントの女性がBMI30以上

日本
BMI females % overweight (>=25.0) 19.9パーセントの女性がBMI25以上
BMI females % obese (>=30.0) 3.3パーセントの女性がBMI30以上


ロシア人はモンゴルの血がかなり入っていると思われるから、ウクライナ人とはかなり違った民族なのである。
元は同じ民族とはいえ、あまり一緒にしない方がいいだろう。
千葉経済大学附属高等学校卒の悠木碧が早稲田大学を卒業したそうである。
専門学校進学が100人を超えるような高校から早稲田にAOで入ってどうして卒業できるのかというと、早稲田(文系)に入ってからの前期試験・後期試験は、知能指数100くらいあれば問題ないからだ。

偏差値が高い学校の一般入試は、知能が高くないと解けない。
中学入試から大学一般入試まで、そうなっている。
知能が低い人間を弾くテストなのだ。
たとえば大学入試の現代文なら、抽象的な文章の読解力が高いかどうかを問うている。
抽象概念に強くないと正解出来ないようになっている。
普通に読んで漠然とわかる文章であっても、設問に答えるには、緻密な読解力が求められる。

それに対して大学入学後の期末試験(文系)は、知能テストではない。
コミュ力があり、試験に何が出るかを把握していれば、解答出来るようになっている。
頭脳をフル回転させないと解けないような問題は出ない。
模範解答を書けばいいのだから、平凡な知力があれば充分なのである。

偏差値が低い人は「大学に入るのは簡単にして出るのは難しくするべきだ」と主張する。
これは文系大学なら、漠然と理解してれば、何となくどうにかなってしまうからだ。
そしてAOが増え続けているから、鋭い知性が失われ、何となく漠然とした理解の人達が増えているのである。
本を読むとして、鋭い読解力がある人と、漠然とした理解にとどまる人では全然違うのだが、最近はこの違いが軽視されている。
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https://twitter.com/y_arim/status/447791257578790912
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有村さんが友達を作りたい願望に取り憑かれたようである。
艦これの同人作家にリプライしまくっている。
だが気になるのは、リプしてる相手が、フォロワーたくさんいたりする人気サークルだということだ。

有村さんと会話してる人たちの絵を見てみたんだけど。
(転載ではなくpixivの貼りつけ機能を使ってます)。






このレベルの画力の人とツイッターで絡んだところで、友達にはなれないと思うのだが、どうだろう。
有名人の仲間になりたいという、昔からの性癖が再燃したようである。
東浩紀とか津田大介は有村さんと一度会っただけで友達扱いになってしまった。

海燕は35歳童貞のキモメンで、リアルで友達がいなかったそうだが、ネットでは友達をたくさん作ってる。物語を分析するのが好きなキモヲタ連中とチャットで楽しんで、オフでもかなり親しいようだし、LINEでもやり取りしてるようだ。海燕は多動性があるとツイートしていたことがあるから、発達障害の可能性もあると思うが、それでも同好の士と語り合って、ラノベ語りや漫画語りがライフワークになっているのだ。場違いなところに顔を出したがる有村さんとは対照的である。

2013年12月から、成人でもADHD診断を受ければコンサータが処方可能になった。有村さんは、診断を受けてコンサータを飲むのを何よりも優先するべきだろう。発達障害は言語性IQと動作性IQの差で判断するのだが、大雑把に言うと、知力とソーシャルスキルの落差が大きい人が障害者とされる。東大文Ⅲに現役合格しながら、ゴミ屋敷でポンコツになってる有村さんは、ADHD診断されること間違いなしなので、ともかくコンサータを飲むことである。
本来なら上野千鶴子の本なんか買わないのだが、Kindleセールで買って読んでみたらこんな記述があった。

「ひとりの午後に」というエッセイ集の中の一節である。
京都で長い学生時代を送っていたころ、行きつけの書店があった。中京区にある三月書房という、その筋では有名な書店だった。人文系の書物の品揃えが充実しており、ブルトンやバタイユ、渋澤龍?などシュールレアリストや奇想系の作家の作品もそこに行けば必ずあった。思潮社の現代詩文庫や歌集のたぐいも揃えてあった。わたしが吉岡実や吉増剛造などの現代詩、塚本邦雄や葛原妙子、加藤郁乎などの前衛歌人や俳人の詩歌に親しんだのも、この書店の本棚をつうじてだった。  京都の出版社、人文書院が出していたサルトル全集のなかから、『聖ジュネ』を万引きしたのは、ちくりと胸を刺す記憶である。泥棒詩人、ジャン・ジュネについて書いた本を、おカネを出して買うのは、なんだか美意識に反する、ような気がしたからだ。

上野千鶴子の父親は医者なので貧困家庭ではなく、ある程度裕福なはずである。貧困でないのに、京都大学に入ってまで万引きするというのだから、筋金入りの反社会的人間なのだ。上野千鶴子は1948年生まれだから、要は団塊世代である。最近は老人の万引きが増えていると言うが、団塊が老人に突入したからである。団塊世代の犯罪率は一貫して高いのである。生涯を通して万引きを続けるのが団塊なのである。最近上野千鶴子の講演をやるかやらないか、で山梨県がゴタゴタしたが、反社会的な人間であるのは間違いない。「ひとりでも最期まで在宅で」という講演タイトルだが、これも結婚制度の破壊を主張してきた延長である。最近は本当に結婚制度が破壊されつつあり、数割の人間が生涯独身に達する見込みだから、ある意味、独り暮らしの老人の肯定というのは必要なのだが、上野が言うとなると、やはり反社会的なのである。上野の目論見通り、晩婚化と非婚化が進んだ。女として魅力のある若い時期にイケメンのセフレとして過ごし、容姿が劣化したらようやく婚活するのがスタンダードだから、男だってあまり結婚したくはあるまい。萎れた花を買い取らされるとなると、結婚願望もなくなるわけである。結局のところ、16-24歳くらいまでの若さのピークの時期を女性がどう過ごすかの問題なのである。このピークの時に結婚しないライフスタイルが定着したのだ。上野が独身の老後についてアドバイスするのは、自分で放射能を撒き散らした人間が、放射能対策の講演をやるような感じである。反社会的な意見も言論の自由に含まれるだろうが、山梨県民の税金で講演を開催するべきなのかは疑問があるだろう。上野に講演を依頼したこと自体がミステイクだと言える。依頼して、後から取り消すとなると、言論弾圧のような印象を受ける。
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エジプト革命 軍とムスリム同胞団、そして若者たち (中公新書)
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パズドラ関連まとめ界隈で炎上しているようだ。Jimが転載禁止を宣言したため、パズドラの大手まとめブログが自分たちの掲示板を開設し、それをまとめようとしたのだが、嫌儲板の住人から荒らされた。そして個人特定などが始まっている。対象となっているのはエキドナ速報である。一年くらい前「くいっくぶーすと」という超大手があって、嫌儲がこれを潰した。嫌儲が転載禁止を主張し暴れている間、ほとんどのブログは更新を控えていたのだが、エキドナ速報だけが果敢に更新を続けて最大手に成り上がった。このため「あいつはずるい」と嫉妬の対象になっている。

やらおんが転載禁止で自分で記事を書いたら、すごい低知能で驚かれたわけである。やらチルはやらおんを「頭のいい人」だと言っていたのだが、文章を見てみたら、明らかに知能指数100未満のポンコツだったわけである。痛いニュースも独自で記事を書いてみたら痛々しいことになった。彼らは転載することが得意だっただけなのである。

キュレーター全盛の時代である。自分で記事を書くのではなく、自分が面白いと感じたものを切り貼りしてまとめる。しかし2ちゃんねるのJimが転載禁止を主張し始めたことで、カリスマキュレーターたちに暗雲が立ちこめている。不思議なのは、適法引用で切り抜ける流れが起きないことだ。引用するのは自由であり、2ちゃんねる側が抵抗しても無駄である。適法引用を成立させるためには、自分で記事を書いて、その中でレスを引用する必要がある。それなりの長文を書く必要があるので、敬遠されているのだろう。

自分で長文を書けないならライターを雇って書かせればいいのである。たとえば有村悠さんならオタク全般に広く浅い知識がある。ADHDでゴミ屋敷に住んでいるが、東大に現役合格(中退)しているから知力に問題はない。というより、もしくは、有村さんが艦これまとめブログをやってもいいのである。最大手の「艦これ速報」は自ら記事を書くという試みを始めているが、2ちゃんねるのレスの引用には踏み切っていない。有村さんなら、いくらボンクラでポンコツとはいえ、かつて東大文Ⅲに合格した能力で、最低限の理論武装は可能だろう。最近は自分で記事を書く文化がすっかり廃れていたが、転載禁止の流れの中で、自力で記事を書いて適法引用するスタイルが求められるようになる。
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