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ホットリンク(電通の孫会社)の件は、本来ならマスメディアで報じられていいはずだ。ニコニコ動画の取締役が麻生太郎の甥であることも含め自民党が関与しているのだから、西村周辺で世論操作が行われていると思われるし、報じない方がおかしい。だが不自然なくらいに報じられないのである。電通による圧力であるのだろう。電通はタウンミーティングで二度やらかしているわけだ。一度目は小泉のタウンミーティング。もう一つは裁判員制度の導入を巡るタウンミーティング。裁判員制度のタウンミーティングで「サクラ」を動員していたのは産経新聞社だが、裏では電通が絡んでいる。ネットではもう「サクラ」が当たり前と言っていいのだろう。特にまとめブログが検索上位を独占している現状では、2ちゃんねるでの工作は極めて効果が高い。情報操作は隠れてやるものだから、たいていは表に出ない。不手際でお漏らしした時に、断片がわかるだけである。その断片から想像するしかない。想像力は世界の理解の基本である。いちいち説明してくれたり、本当の真実を教えてくれるほど世の中は親切ではない。舞台裏のカラクリは秘密だから、想像力で理解するのである。想像力は厳密な正解でなくともよい。妥当であればいいのである。出来るだけ妥当性の高い想像をして、世界を認識するのだ。少なくともわれわれはJimが転載禁止にしてネトウヨが激減するのを見たのだから、あれは自生していたのではなく、人為的に植林されていたと推測できるわけである。自民党に有利な「サクラ」だったのだ。これだけ自民党が支持されているのは、いろいろネット工作を頑張ったのだろう。第二次安倍内閣が誕生した時、ナイナイ岡村が「お腹が痛くなった人」と揶揄したらネットでバッシングが凄かった。身体障害とか大病ならともかく、単なるストレスの下痢である。だからこそほとぼりが冷めたら、平気な顔をして首相として再登板したのだ。第一次安倍内閣が倒れたのは、下痢の問題ではなく、社会保険庁の年金記録問題(2007年)で自民党への不信が生まれ、参院選で大敗したのが大きな原因だ。社会保険庁は組合が非常に強いので、出来るだけ仕事をしないというモラルハザードが起こっていた。これより前の2004年、小泉内閣の時はグリーンピアが問題となった。自民党の厚生族と官僚が一緒になって、過疎地に無駄な施設を作りまくった。退職後の天下りのためである。これを廃止するために4000億円の損失が出ている。グリーンピアを考え出したのは厚生省年金局長の横田陽吉だが、この人物は自民党公認として宮城一区から立候補して落選している。つまり自民党と厚生省の協同作業である。特に誰が悪いかと言えば、田中角栄と鈴木善幸である。過去の腐敗を断ち切れず自民は信頼を失い、とうとう民主党に政権交代したのである。厚生官僚と自民厚生族の腐敗で政権交代となったのだから、民主党に行政改革が託された格好だが、何しろ自治労が支持母体だからまともにやるわけがない。政権はあっさりと自民に戻った。自民党の立場に立って、どういうネット戦略をするかと考えれば、鳩山由紀夫がアホだったとネットで書き続けるだろう。鳩山くらいに印象の強いアホはいないのは確かなので、格好のネタである。鳩山と対比させることで安倍晋三が救世主扱いになるし、グリーンピアや社会保険庁問題を誰もが忘れ去る。もちろん自民がサクラを使って工作していると断定するなど出来ないのだが、自民があれだけ腐敗して野に下ったのに、鳩山鳩山の一点張りで安倍晋三が救世主扱いになるのは不自然だと思える。真実は誰もわからないが、そういう工作の可能性は考えてもいいだろう。安倍晋三が行政改革をやるなら問題はないが、打ち出されるのはアベノミクス・消費税・集団的自衛権である。行政にメスを入れようとすると、官僚がスキャンダルをリークしてガタガタになるのは前回の政権でわかっているので、そこには触れない。自民党はまったく生まれ変わっておらず、単に官僚の前でおとなしくしているだけだ。マスコミは行政から教えられたことを報道してるので、リークがなければ報道する材料もないのだ。この世の多くの事象は、誰も正解がわからず、永遠にわからないから、想像するしかないのである。想像力は世界の本質であり、存在の本質だ。本当のことは誰も教えてくれないので、いろいろ想像して世の中のカラクリを推察することが重要だ。われわれはエスパーではないので、想像力には限界がある。他人が何を考えてるかは本当のところわからないし、家族の間でさえ秘密はある。親子でさえ正直には話さない。まして他人なら嘘だらけである。表向きの話を思慮無く受け入れるのではなく、裏側を想像することで、われわれは存在しているのだ。悪疫が流行るように情報は捏造され伝播していくのだから、その野放図な拡散に異議を申し立てるのが心あるネットユーザーの役割である。正解はなくとも、ホットリンクの顧客に自民党の名前があったり、ドワンゴの取締役が麻生太郎の甥だったりするのだから、裏のカラクリを想像しなければならない。
われわれは自らの生活史がガラス張りになることは望んでおらず、よほど恵まれた人生でない限り、墓場まで持っていく秘密はある。自らの網膜に焼き付いた出来事を誰にも語ることのないまま死んでいくのである。柩の中の死に顔は何を語ることもない。生まれてから死ぬまでの事実性のすべてが、われわれの存在に他ならないのだが、人はそれに鍵を掛けようとするし、つまびらかにすべてを告白することはない。自叙伝を書く人はいるが、肝心な部分は筆を省く。誰にでも秘密があるのが、われわれの存在の本質だと言えるのである。お互いに不完全な情報を持ちながら、憶測や想像で接しているのが人間社会なのだ。自分語りをする際に多少の化粧で糊塗することは認められている。素顔は晒したくないというプライバシーの希求により、人々の裏側の疵は隠され、国家の都合の悪い秘密も闇に葬られる。時間の中で不可逆的に事実が確定されるのが世界の本質であるのに、その事実は曖昧にされ、多くがねじ曲げられたり、闇に葬られる。いろんな意味で世界は想像力で成り立っているのだ。

大英帝国の象徴であるヴィクトリア女王には血友病の遺伝子があった。その血を引き継ぐアレクサンドラはロシア皇帝ニコライ二世に嫁いだが、世継であるアレクセイが血友病になった。転んで怪我をするだけで、ものすごい騒動になるわけである。その当時は治療法がなかったので、皇后はこの問題で塗炭の苦しみを味わっており、心痛の極みであった。そして血友病を治せると称するラスプーチンにすがった。これによるラスプーチンの宮廷支配がロシア革命の遠因になった。皇帝ニコライ二世一家はロシア革命で皆殺しになった。しかし、末娘のアナスタシア皇女が生き残りとして現れたのである。アナスタシアに逢ったことのある貴族達は、本人だろうと証言することもあった。かなり似ていることは確かだった。1956年にイングリッド・バーグマン主演で映画が作られるなど、大衆の耳目を集めたが、真偽が判然としないままアナスタシアは死んだのである。本物かニセモノかという事実性はひとつだが、ひとびとがその真実を知る由はなかった。歴史にはこういうわからないことがあるのだ。しかし最近になってDNA鑑定というものが出てきたわけである。この鑑定によって、アナスタシアと称していた女は偽者であることが判明した。死刑囚がDNA鑑定で無罪となり釈放となることもある。葬り去られ確認不能だった事実も、DNAの照合によりわかるようになったのだ。とはいえ、DNA鑑定でわかることは限られている。本人か別人かどうか、ということだけだ。

取材というのは茶番である。記者が行政からリークして貰うだけだから、どれが新聞種になるかは行政が決める。大手マスコミだけが入れる記者クラブなる特別室で御菓子が用意されることもある。警察があいつがあやしいと言えば、マスコミは篝火とガソリンを持って現場に殺到するが、これも警察次第なのである。袴田事件では、被害者家族の生き残りの長女が(再審開始の翌日に)死んだわけだが、静岡県警は「事件性がない」の一言で済ませた。警察が貝になれば、それでおしまいなのである。袴田事件の被害者家族は子どもに家庭教師が付くくらいに裕福だった。生き残った長女は家族仲が悪くて孤立していた。資産家の家に強盗が入ったわりには、あまり物盗りの形跡が無く、怨恨の線が疑われた。生き残った長女に多額の遺産が入ったので、穿った推理をするまでもなく、この長女と情夫が真犯人なのだが、なぜかスルーされた。そしてこの長女は袴田さんの再審開始の翌日に死亡した。静岡県警が情報を出さないから、飼い主のマスコミもだんまりなのである。ライブドアの野口が沖縄で死んだ際、警察は自殺だと断定した。あちこちに刺し傷があり、腹の傷は深さ8センチ横12センチであった。自殺とすると、切腹して、それから自分で介錯するためにあちこち斬りつけたとしか思えないが、そんな不自然な死に方があるだろうか。包丁を自らの腹に突きつけ、8センチの深さまで押し込み、血に塗れた臓腑を切り裂きながら、横薙ぎに12センチも移動させる箍が外れた自刃であり、戦国時代の侍とてここまでは出来ない。かなり高い確率で殺人だと思われるが、警察が自殺だと決めたら自殺である。自殺か他殺か、事実はひとつだが、これも永遠に判明しないのだ。

冤罪が疑われる事件として有名なのは帝銀事件である。これは何とも言えない事件である。袴田さんの場合、被害者家族の生き残りの長女という有力な容疑者がいるのに比べると、平沢はどうにも怪しい。袴田さんが真犯人である可能性は寸毫も認められないが、平沢は何らかの形で事件に関与している可能性はある。

平沢貞道が帝銀事件の容疑者となったのは、この前に未遂事件が二つあったのだが、そのうち安田銀行荏原支店で差し出した「厚生技官医学博士松井蔚」という名刺が残っていたからである。この松井博士は実在の人物で、名刺を交換した人物を虱潰しに調べると平沢がいたのである。平沢は松井博士と名刺交換した事実を認めながら「財布をスラれたときに名刺は無くなった」という。これでかなり怪しいと見られたのである。この問題を考えると、平沢が疑われるのは、それなりの理由がある。帝銀事件では犯人が名刺を持ち去ったため残っておらず、受け取った支店長は名前を憶えていなかった。仮にこの名刺が松井博士のものであるとすると、名刺が二枚あることになり、平沢の疑惑は晴れるが、ともかく犯人が名刺を持ち去り、支店長が記憶してないので仕方がない。帝銀事件の実行犯はかなり毒物の扱いに手慣れていた。画家の平沢貞道が帝銀事件を実行できるとは思えず、冤罪と想像される最大の理由がこの点である。当初、警察は旧陸軍関係者を中心に調べていた。松本清張の「小説帝銀事件」ではこんな風に書かれている。

犯人が毒を飲ましたときに使った瓶、ピペット、医療器ケースなどの正体を突きとめるために、鑑識課の技師が、被害者を連れて、医療器具店や、瓶問屋を片っ端から調べて歩き、三カ月かかって、ようやく類似品を見つけ出した。それによると、いずれも戦前に出来た良質のものらしく、特にピペットと、医療用ケースは、軍で多く使っていたものらしかった。このピペットは特殊なもので、生化学や、分析化学関係のような、或は細菌学上の実験、軍関係の研究所などのほかは、あまり一般には用いられないものだった。さらに、そのピペットを入れて来た医療器ケース、瓶類は、戦後にはいずれも良質のものは生産されていないのに、生存者の話の様子では、そうとう良質なものらしいので、おそらく戦争初期のものと思われた。

だが、特に軍を強調した理由は何であろうか。これについての捜査本部の推定は次のようなものであった。第一に、犯人は、毒薬の量と効果に、強い自信を持っていたと認められることである。犯人が帝銀で使用した毒薬は、青酸化合物の溶液で、その濃度は五パーセントから一〇パーセント、一人に飲ました量は、だいたい五ccと推定された。この量は、青酸カリの致死量とすれすれの量であり、そこに、犯人が、最少の量でなるべく飲み易くし、しかも目的を達しようとした努力が窺われ、特に犯人が十六人を殺すのに、この溶液を、僅か一二〇cc入り小児用投薬瓶に入れて来て、これを一人に付二cc入りのピペットで二回半足らずを正確に計り出した点から見て、犯人は、これだけで十分目的を達し得るという、薬に対する知識と自信を持っていたことがよくわかるのである。もしこの自信がなければ、大事をとって、もっと濃度を高めるか、液量を増すかして、そこに素人臭い、なんらかのやり損いを見せる筈であるのに、このようにほとんど完全に近いまでに目的が達せられたということは、素人のまぐれ当りとして見逃すわけにはいかない、というのである。


松井博士は731部隊と関係があったため、実行犯は731部隊の誰かではないか、と囁かれた。だが、平沢が登場してから、旧陸軍の捜査の線は消えてしまった。GHQから圧力が掛かったという説もある。平沢貞道は帝銀事件の後に金回りがよくなった。これがかなり問題である。

平沢白説にとって、致命的なのは、昭和二十三年一月二十六日に、平沢に出所不明の大金が入っている事実である。これは、どのように平沢の側に立って贔屓している者でも、はたと当惑しないでは居られない。  弁護人団も、この金の出所になると、俄かに顔色が悪くなるのである。というのは、平沢は、金の点になると、弁護人にも曖昧なことしか言わないからだ。  平沢は一月二十八日に東京銀行へ、林誠一のチェーン預金を八万円し、一月二十九日平井の清水虎之助からといって、妻マサに渡したのが三万五千円、同じく三十日古河電機の西村啓造からと言って渡した一万円、同三十一日住友銀行の封鎖解除になったからと言って渡した九千円、合計十三万四千円は、確かに平沢が所持していたとみられている。


松本清張は春画を描いて貰った金だと推察しているが、画家にとって恥であるとしても、死刑と引き替えにして隠す事実とは思えない。松井博士の名刺の件と合わせ技で犯人と思われても仕方がない。警察は当然ながら松井博士も絞り上げているが、松井博士は何も知らないと貫き通した。そもそも松井博士が犯行に関わっているなら、松井博士の名刺を使うのは不自然であると思える。平沢は狂犬病の予防接種をした際に、コルサコフ症候群になっている。端的に言えば脳の病気であり、言動が不安定で虚言癖が多いとされる。なにしろ脳がおかしいのだから、不審人物としての要件が備わっており、警察が犯人に仕立て上げやすいタイプではある。帝銀事件の容疑者として怪しいというよりは、普段から怪しいのだ。帝銀事件で平沢が犯人だと断定できる物的証拠はないのだが、この頃は旧刑事訴訟法だから、自白さえあればいいのだ。(袴田さんは法律が変わっても自白を強要されたが)。また当日の平沢のアリバイも何とも言えない。東京丸の内に昼頃にいたのはわかっているのだが、時間が判然としない。一応は東京にいるわけだから、(犯行時刻は午後三時過ぎだが)豊島区の犯行現場に行けないことはない。だが、いろいろな条件を考えると、午後三時に到着は無理だと言われている。疑われる要素がいろいろあるのは間違いないし、共犯者の可能性も疑われるわけだが、平沢は一切を否定し、95歳で没した。死刑囚として32年を過ごした。その確定判決の前も含めると40年くらい檻の中で過ごして死んでいったのである。真犯人が誰なのかという事実はひとつだが、これは永遠に判明せず、曖昧な謎として続くだけである。
有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。

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有村さんと言えば、昨年10月頃はやけにテンションが高く、編プロのバイトに二週間ほど通うなど、生まれ変わった姿を見せた。
しかし艦これイベントで武蔵が取れず、その敗北感でメンタルを壊した。
それまでの高揚感が嘘のように崩れ去り、精神科に駆け込んだのである。

なんか数日前からメンタルの調子が悪く寝込んでいるらしいが、4月23日から始まった艦これイベントの挫折が原因だと思われる。
昨年10月は資源を使い果たして発狂したが、今回は最初から無理だとわかって落ち込んでいるようである。
艦これは資源を溜めるゲームである。
貯蓄のゲームだ。
イベント(戦争)をやるのだから、平時の準備が必要である。
今回であれば、イベント前に資材をそれぞれ最低50000は集めておかないと戦い抜けない。
浪費癖のある有村さんが、そこまで備蓄しているはずもなく、早々と諦めたのである。
そして4月29日に予定されているCOMIC1を欠席するそうである。
まったく気力がないそうである。
イベント(戦争)までにどれだけ備蓄出来るかというゲームなのだから、今後もこういうことは繰り返されるだろう。
有村さんの艦娘も不幸である。
有村さんが浪費癖で散財してしまうから、艦娘たちはどんなに出撃したくても資材がない。
他の提督の艦娘はイベントで頑張ってるのに、有村さんの艦娘は蚊帳の外なのである。
有村さんの父親は浪費癖があり、女癖も悪い遊び人だったが、その父親と同じことをしているのである。
有村さんは自分の快楽のために平時に浪費したから、イベント(戦争)になって、艦娘が出撃出来ないという事態になっている。
娘の学費を使い込んで、後から鬱になっているような状態なのだ。
親に金がないと挑戦する機会を奪われるという現代的な問題である。

グーグルと言えば、世界的な検索エンジンである。
それ以上に、世界的な広告代理店である。
機械的に広告を出しているから「代理店」という表現がふさわしいかわからないが、ともかくグーグルの収益の大半が、広告事業である。
グーグルアドセンスとグーグルアドワーズでの売り上げは世界全体で年間三兆円である。

ここで問題となるのが、まとめブログである。
なにしろグーグルアドセンスの規約違反となるサイトが検索エンジン上位を独占してしまったのである。
規約にこだわって、まとめブログのアドセンスを禁じるとなれば、少なくともグーグル日本法人は真っ青になるだろう。
グーグルの広告はアドワーズ(検索結果に応じて出る広告)が七割とされるので、アドセンス(ブログに貼る広告)の比重は小さめだが、とはいえ、世界で年間三兆円のビジネスだから、まとめブログのアドセンスを拒否するとなると、日本法人はかなりの売り上げ低下になる。
ライブドアがまとめブログにプレミアムアドセンスを又貸しするのは、グーグルが認めていると思われるが、これは商売として当然の措置なのだろう。

グーグルはNAVERまとめに関しては、いろいろ話し合った結果、プレミアムアドセンスの使用を認めないことにした。
不特定多数が編集するため、管理仕切れないのだろう。
またNAVERまとめは検索結果にズラズラ並ぶわけではない。
検索すると、たいてい1ページ目にNAVERまとめが出てくるが、あくまで一件である。
同じドメインがズラズラと並ばない仕様になっているからだ。
それに対してまとめブログは個々のドメインが全部違うから、似たようなブログがズラズラと並ぶことになる。

グーグルは零細ブログのSEOをことごとく弾く技術があり、もはやSEO業者が成立しないくらいである。
だが、大手同士が連合すると弾かないし、一日に50くらいのゴミ記事を量産しても何とも言われない。

ブロガーからキュレーターに覇権が移動している時代である。
2ちゃんねるのレスから作られたまとめを弾くべきとは言わないが、ズラズラ並んでいる状態を本当はどうにかするべきだろう。
過去にはツイッターが検索上位にくる問題があったが、それは対策された。
これはツイッターが世界的なサービスだからである。
2ちゃんねるまとめブログは日本だけの問題なので、これは弾かれないし、グーグル日本法人も、ライブドアがプレミアムアドセンスを又貸しするのを認めざるを得ないのだ。
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201404/0006885395.shtml
神戸市西区の男性(55)が、医師免許を持っていないのに医学博士や医師を名乗り、三木市を中心に兵庫県内各地で約10年にわたって健康に関する講演活動をしていたことが22日分かった。男性は同様の肩書で約8年間、同市内のコミュニティーFMでもレギュラー番組に出演。男性は取材に対し「知識を伝えたかった。ずるずると肩書を使ってしまった」と話した。三木市は、講演の依頼状況などを調査する。

男性は経歴について「大阪府内の小中高校を卒業後、東京都内の私立大医学部に入学。2年で中退して渡米し、カンザス州立大の生物・工学系大学院を修了した」と説明している。

講演は知人の代わりに依頼を受け、知人の肩書を使ったことがきっかけという。講演のチラシなどでは「東京大医学部卒業」「米・ニューヨーク州立大博士課程修了」などと紹介していた。

三木市によると、男性は2013年度、公民館などで計4回の講演を実施。講演料は2時間で2万円程度だったという。FM「エフエム三木」では2006年から、男性が一人で語る週1回30分の健康番組を放送。出演は無償だった。

男性は2年ほど前、「総合医療研究所」と称する事務所兼住居を神戸市西区に構え、理事長名義の名刺も作って活動していた。

男性は「亡くなった母の病気に付きっきりで仕事もままならず、医療費も高額だったため、活動を続けた。講演料は頼まれれば返す」と話した。

三木市は近日中に男性と面談し、支払った講演料などを調べる。「今後のことは弁護士と相談する」としている。(堀内達成、中川 恵)


「Dr.キムの身体まるごと若返り熟」という番組だったが、在日韓国人のため実名報道は無し。
最近の日本は小保方もいるし、ネットで経歴詐称する日本人もずいぶん見てきたから、韓国特有の嘘だとは言うまい。
八年間も番組が続いたのはFM三木というコミュニティFMだったからだろう。
この人物は灘高主席とか、昭和天皇の心臓を手術したという設定もあり、もう少し知名度が高ければ、速攻でバレていたと思われる。

何にせよ人種を問わず経歴詐称は多いので、人の経歴を疑う自由が欲しいものである。
経歴を疑っただけで裁判を起こされるリスクはある。
ネットでは経歴を盛る山師が多いので、疑念を差し挟む自由は欲しいものである。
もしくは経歴を世間に公開するなら、それを証明する義務くらいはあってもよさそうだ。
自分でプロフィールに書くのに証明はしないとか、そういう詐称が横行している。
それにしても、大きな嘘の方が、なぜか信用されるようである。
山中教授でさえ、当初はSTAPに疑いを掛けていなかった。
内面まではわからないが、人を疑うのは失礼という常識が働いたのだろう。
小保方にしても、真っ黒に決まってるわけだから、そろそろ逮捕しなければならない。
ES細胞を捏造した韓国の黄教授でさえ逮捕され、執行猶予付きだが有罪となった。
竹田恒泰が二股を掛けたのが話題となっているが、そもそも皇族は色好みであるし、変人も多い。
今上天皇のような常識人は少数派である。

昭和天皇が結婚する時に「宮中某重大事件」が起きたのだが、このゴタゴタを起こした久邇宮家はトラブルメーカーの集まりである。

なお文章の煩雑さを避けるため、
久邇宮朝彦親王(初代)
久邇宮邦彦王(二代目)
久邇宮朝融王(三代目)
という表記をすることにする。

久邇宮朝彦親王(初代)は、幕末の頃、公武合体路線の孝明天皇から厚い信頼を受けていたため、後の新政府から疎まれていた。幕末の八月十八日の政変(1963年)で長州藩を排除するクーデターを行っている。池田屋事件(1864年)では、この久邇宮朝彦親王邸への放火も計画されていたが、新撰組の活躍で未然に防いだ。ともかく後の新政府側が排除したい皇族だったのだ。
1867年に孝明天皇が崩御(たぶん暗殺)したため、久邇宮朝彦親王は失脚。明治維新後は幕府再興を画策したという言いがかりで逮捕され、それはうやむやになったが、広島藩預かりとなった。これを主導したのが岩倉具視であり、孝明天皇の暗殺の首謀者としても、よく名前が挙がる。このあたりは公家の間での権力闘争である。
その後、朝彦親王は許され、1875年(明治八年)に久邇宮家を創設した。(名前が久邇宮になったのはこのときからである)。過去に僧籍に入っていた頃に神社の巫女を妊娠させているし、なかなかアクティブな人間である。

その久邇宮朝彦親王の政治性を引き継いだのが息子の久邇宮邦彦王(二代目)である。娘の良子女王が(皇太子時代の)昭和天皇と婚約したのだが、この良子女王に色覚異常の遺伝の疑いがあることがわかったので、山県有朋が婚約解消に動いた。
戦前は皇族が軍隊に入るのが普通だったし、昭和天皇(当時は皇太子だが)の妃ともなれば、未来の大元帥を産む立場でもある。今日でも自衛隊では色覚異常だとパイロットになれないとか、いろいろ制限がある。この当時だと、色覚異常があると海軍兵学校には入学出来なかった。色覚異常は致命的だと山県有朋は主張したのだ。首相の原敬も婚約は解消するべきという立場だった。また西園寺公望も婚約解消すべきとの意見だった。ただ、山県有朋は長州閥である。良子女王の母親は薩摩藩藩主島津忠義の娘であるから、山県有朋が反対したのは長州閥の利権のためという意見もある。
軍隊で皇族は特別扱いであり、実際、良子女王の兄の久邇宮朝融王は色覚異常があったが、皇族は無試験なので海軍兵学校に入っている。皇族は戦争にも参加したが、戦死した人間は1人もいない。最前線で戦うはずもなく、ある程度安全な場所に配置されていたわけである。天皇は統帥権を持ち陸海空の最高指揮官(大元帥)となるが、天皇が戦闘に参加するわけではないので、色覚異常が致命的とも言えない。

久邇宮邦彦王(二代目)は娘の婚約解消を阻止するために様々な策を弄し、怪文書が乱れ飛んだ。久邇宮邦彦王が折れないため、ひっそりと婚約解消することは出来ず、これ以上の混乱を防ぐため、婚約は破棄されないことになった。原敬は久邇宮邦彦王が昭和天皇の外戚としてトラブルを起こすのを危惧していた。壬申の乱や南北朝を考えれば、皇族同士の争いは絵空事ではなく現実にありうるので、トラブルメーカーである久邇宮邦彦王は不安の種だった。だが、久邇宮邦彦王は1929年(昭和四年)に55歳で死去してたので、そういう懸念は回避された。

久邇宮邦彦王の息子の久邇宮朝融王(三代目)も問題児だった。これがずいぶん遊び人だったようである。昭和天皇の婚約問題の後、決まっていた自分の婚約を解消しようとする事件を起こしている。久邇宮邦彦王も婚約破棄を強硬に主張し、後に婚約が破棄されることになる。このダブルスタンダードな行動を見て、この親子はおかしいという見方が広がり、少しは山県有朋にも正当性があったのではないか、とも思われたようだ。久邇宮朝融王は婚約破棄に成功した後、別の女と結婚したのだが、浮気で侍女を妊娠させる騒動を起こしている。久邇宮は三代続けて野心あるトラブルメーカーだったのである。

この親族は他にも下半身スキャンダルが結構ある。久邇宮邦彦王(二代目)の腹違いの兄弟が東久邇宮稔彦王である。敗戦直後に首相になった皇族である。
この人物は、明治天皇の娘と結婚した後、フランス留学中に現地で不倫して愛人を作り、日本に帰りたくないとゴネた。臣籍降下を申し出るくらいに強硬な姿勢だった。大正天皇が危篤だと連絡しても帰られなかった。大正天皇が崩御して、ようやく帰国となったのだが、この際もずいぶん大変だったようだ。

久邇宮朝彦親王(初代)の兄弟の北白川宮能久親王は彰義隊に担がれて、その後は蟄居生活になった。それが終わってドイツに留学したら現地の女性と婚約してしまった。日本に帰国後、考え直して婚約を解消することになった。また晩年にこの能久親王の隠し子が二人出来てた。この二人の子どもは皇族にするのは無理ということで、伯爵の扱いになった。

この北白川宮能久親王の息子が竹田宮恒久王であり、明治天皇の娘と結婚している。その子孫が竹田恒泰である。

同じく久邇宮朝彦親王(初代)の兄弟の山階宮晃親王は妹(実際は二歳年下の叔母)と駆け落ちする事件を起こしている。竹田恒泰はこのあたりの皇族と血が繋がっているのだから、二股くらいは普通と言える。


※参考文献
「闘う皇族 ある宮家の三代」浅見雅男
今までこれだけ恥知らずな人間を見たことがない。Jimが実権を掌握し、痛いニュースが転載しなくなってからネトウヨが消滅したわけである。こいつは(ノ∀`)という顔文字で誤魔化しているが、中身は相当な悪党である。今までのネトウヨ(馬鹿を競い合う連中)が工作だとバレたのだから、普通なら二度と顔を出せないはずだ。しかしこの厚顔無恥なゲス野郎が舞い戻ってきた。とうとう2ch.sc経由で2ちゃんねるの転載を再開したようである。Jimが転載禁止にしてからおーぷん2ちゃんねるのバナーを貼り、そこのレスをまとめていたが、すでにバナーは外したようだ。おーぷん2ちゃんねるはそこそこレスが付いており、お茶を濁すには充分な書き込みがあるが、たぶんそれでは読者も物足りず、アクセスも減っているのだろう。騒動が落ち着くまでひっそりと身を潜めるタイプの人間が、哨戒網に引っ掛かることを承知で、自ら先陣を切り勝負に打って出たのである。これに追随するものが多くなれば、まとめブログによる面制圧の力学で勝利するのだろう。お互いにアクセスを回し合う大動脈が復活し、ネットのどこを探しても2ちゃんねるのレスしかない世界の復活である。おそらく痛いニュースは西村から転載OKと言われたから大丈夫というつもりなのだろう。また平然とイナゴの大群を送りつけてくるのだ。この痛いニュースというというゴミクズはビジネスに徹しているから、空気のような存在と錯覚されているが、こいつこそが親玉であり、悪の根源なのだ。2ちゃんねるで草生やして煽り続け、自分のブログで(ノ∀`)とかやってるのである。西村に2ちゃんねるの所有権はないのである。Jimと共謀してJimに名義を移したわけである。通謀虚偽表示は返還を求めることが出来るので、西村は裁判で返還を求める権利を有するが、逆に言うと、まだ西村は取り返してないのである。西村が法廷で自分が2ちゃんねるの真の所有者だと立証し、Jimから奪還するまでは、Jimのものである。西村は一刻も早く法廷に立つことが求められる。数日前に、2ch.netの広告を扱っているTKテクノロジーの取締役に西村がいたり、浪人の電子決済をやっているmaragaのイストも怪しげであることが発覚した。これにより、西村へのバッシングがトーンダウンした印象もある。驕れる者は久しからずという故事来歴そのものの失脚をしていたはずの西村が、まだまだ資金を奪還しうるということだから、水に落ちた犬とは言い切れないので、われわれも気を削がれたのだ。ダグラス・マッカーサーの生まれ変わりと言われたJimも、支配を完成させたわけではなく、どこから西村の配下の手が伸びてくるかわからないゲリラ戦の様相を呈している。Jimを支持したくても、西村周辺が資金を奪い取る可能性もあり、Jimに払ったはずの金が西村の懐に入るという不安は払拭出来ないので、われわれは意気阻喪せざるを得ないのだ。ライブドアは親会社がLINEなので潰れることはないが、プレミアムアドセンスの又貸ししか儲かる事業がない状態だと思われる。グーグルの検索上位をライブドアのまとめブログが占拠しているのだから、巨額の広告費が乱れ飛ぶビジネスである。西村とライブドアの繋がりというのは、まったく証拠がないが、西村がライブドア寄りに行動しているのは確かと言える。今回の痛いニュースは、巨額の収入が先細っていく不安によるパニックだと考えることも出来るし、脳髄に快楽が染みついて生活レベルを落とせないことによる発狂と見ることも出来るが、一番槍をもって戦火の発端を開くからには独断とは思えず、戦功を挙げ戦利品を持ち帰れば、それなりの恩賞があるのだろう。これからまた煽り(わざと頭の悪いレスをする行為)が流行る。脳死レベルのネトウヨが演じられ、どれだけ頭が悪いかを競い合う学級崩壊の状態に戻る。われわれは時代という流行病の中で存在しており、同時代人と情報を同期し合うことから逃れられないのだが、よりによって西村と同時代に生まれたというのは、あまりにも絶望的な文化的貧困である。ただ、われわれはJimにより、リテラシーを教えられた。2ちゃんねるで多数の工作が行われる実態がまざまざと示され、なおかつ検索エンジン上位も独占しているタチの悪さも含め、西村や痛いニュースのカラクリを見せてもらったのだ。痛いニュースのようなネットゴロが復権するとしても、われわれはこいつが情報に毒を混入させる工作の仕組みを知ったのだから、今まで通りというわけにはいくまい。
強者と弱者という世界観で世界や人間を捉える人が多いのだが、強者はハイスペックとは限らない。
実のところ、われわれが強者に逆らわないのは、相手がハイスペックだからではなく、取り巻きがわらわら湧いてくるからである。
こちらが孤立することが想定されるので、逆らわないわけだ。
強者と戦うというのは、十人くらいを相手に戦うことなのだ。
アメリカで銃乱射事件が起きるのはそういうことである。
弱者は孤立しており、四方八方に敵影がある。
取り巻きを作るのに成功した人間を強者と言う。
ドラえもんといういじめの教科書があるが、ジャイアンとは別に出木杉君というキャラがいるのが興味深い。
ジャイアン的な強者とは別に、出木杉君のようなハイスペック人間がいるという構図を提示しているわけだ。
強者とは遺伝子スペックの問題ではなく、取り巻きと孤立という図式で見た方が現実に近いと思われる。
実際のところ、美青年で頭脳明晰で運動も出来るような人間はいじめのリーダーにはならない。

クレッチマーの体型論は、ある程度当て嵌まっているが、しかし傾向の問題でしか無く、当て嵌まらないのが多々あるので、今日的に評価されているとは言い難いし、跡目を継がれることもない。
だが、学問的厳密性は別として、人間がある程度類型化されてるのは、われわれが人生での体験で知っていることである。
厳密には分類できないが、ある程度パターンはあるわけである。
たとえば闘士型の人間。
肩幅が広くガッチリしており、肥満というよりは筋肉の固まりという印象を受ける。
わりと鈍足であることが多く、運動神経もあまりよくない。
頭脳明晰というタイプでもない。
だが、弱者から見ると、何となく強そうなのである。
そして威張るタイプにもなりやすい。


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たとえば石本太一は闘士型である。
出木杉君タイプとは懸け離れているが、ジャイアン的なオーラがあり、だからこそ関東連合のリーダーにもなったのだ。
関東連合がハイスペック集団かというと、そんなことはないわけだ。
何にせよ、強者・弱者というありきたりな人間観ではなく、ジャイアンと出木杉君の違いという観点から人を見てみるのも面白いだろう。
出木杉君が乱暴狼藉に及ぶかをよく考えた方がいいし、またニーチェ的な強者であるかどうかも疑問である。
多数派を形成する力学と、遺伝的なスペックの善し悪しは別問題である。
有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。

種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)
Kindle版
販売: 株式会社 光文社
¥ 853

種の起源(下) (光文社古典新訳文庫)
Kindle版
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ミッドウェー海戦 第一部 知略と驕慢(新潮選書)
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有村悠さんが通っていた久留米大附設は九州で偏差値が最も高い学校である。
有村さんが入学した当時はラサール全盛期なのでラサールの方がずっと上だと思われるが、ともかく、有村さんには久留米大附設高校卒という肩書きはあったわけである。
有村さんは数学がまったく出来ないことで知られるが、どうやら物理もまったく出来なかったらしい。
赤点だが、お情けで進級していたという疑惑が生じてきた。
こうなると、本来は高校中退レベルと言えるし、久留米大附設の偏差値自慢も出来づらくなるだろう。

久留米大附設で落ちこぼれ、東大でも落ちこぼれという結果なわけだが、底辺貧困母子家庭で、親族もすべて高卒以下の底辺であるからコネなどありようもなく、入試だけはガチだと思われる。
東大二次でも数学は0点だったが、歴史年表の丸暗記で得点を稼ぐなどして、奇跡の合格を果たした。
入学試験だけがやたらと得意という人間は本当に存在するわけである。
視野が狭い人がいる。指摘しても、視野という概念自体を理解できないようである。それが視野の狭さなのである。まずは「視野が狭い」という紋切り型の表現をやめて、周辺視野という言葉を使うことである。焦点を合わせてないところが見えているかという問題だ。これが狭いのは例外なくマイナスである。そして発達障害の診断の大きなポイントとなる。これは眼の障害ではなく、脳障害である。

アイコンタクトという言葉があるが、コミュニケーションにおいて重要なのは、さほど眼を合わせないでもお互いの視野の範囲を確認することである。眼をじっと見るのではなく、周辺視野で他人の目線を探っているのである。目線を動かすとは、自分の意識の方向を他人に伝える行為である。自分が見たいものを見るのではなく、他人にシグナルを送るために目線を移動させるのである。発達障害(周辺視野が弱い人)は、うまくアイコンタクトが出来ていない。われわれの日常的なコミュニケーションは視野検査そのものなのだ。目線を外すことが特に重要なのである。目線を外すのは、決して「見ない」のではなく、周辺視野に切り替えて見ているのだ。軽度の発達障害なら、周辺視野が弱いことを理解させるだけでも、少しは改善するはずである。

ゴフマンの儀礼的無関心という概念があるが、健常者(定型発達者)は意識せずにこれをやっている。街を歩く人達は、それぞれ周囲に関心がないかのごとく歩いている。これは本当に無関心なのではなく、無関心を装いつつ、周辺視野で観察しているのだ。もちろん友人・知人などとちゃんと話す時は、目線を頻繁に合わせたりするだろう。発達障害があると、目線を合わせたり、目線を外して周辺視野で確認したりする使い分けが上手くできない。というより理解できていない。まさに自閉であり、内面世界の住人なのである。儀礼的無関心ではなく、外面世界に本当に関心がないのである。肉体をこの世界に存在させながら、意識は内面に沈潜しているのだ。外界を認識する能力が弱いので、認識する気もなくなっていくという悪循環だ。発達障害がいじめに遭うことが多いのは、目線でシグナルを送るという基本を知らないからである。もしくは周辺視野で周りをそれとなく観察するというルールを知らないからである。

周辺視野がトレーニングで広がるかどうかは何とも言えないが、広がるかどうかは別として、トレーニングを通して、目線の使い方や周辺視野の問題を教えるのはあり得るだろう。「視野が狭い」というより、そもそも周辺を確認する気がないことが問題なので、その重要性を意識させることが大事だと思われる。
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