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はるかぜが指原にリプを送って返して貰ったのに、こういう無神経なリプをしたようである。

https://twitter.com/harukazechan/status/490489411860049921
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おそらくは親しさのつもりなのだろう。
はるかぜ親子はお世辞を言うのが嫌いらしく、自覚があるのか無いのか、無神経な発言をするのである。
はるかぜと指原の薄い関係を考えた場合、向こうが親しさを感じるかというと、かなり疑問である。
指原も知力は低いにしても、対人関係は馬鹿ではないから、無遠慮さで距離を縮めたいというはるかぜ親子の意図は当然わかるわけである。
たとえば乙武ははるかぜの無遠慮さを寛大に受け止めるという立ち位置であり、はるかぜの無神経さで距離が縮まった成功例だが、乙武としても無神経さに寛容であることをアピールしたい意図があったのだろう。

お世辞を嫌って無遠慮に振る舞うのは、多動性が原因である。
落ち着きが無く距離だけは縮めたがる人間が、こういうことをするのである。
指原がファンとセックスしたのは事実であるが、それを無神経にネタにするのがすごい。
指原のスキャンダルは、決して空気が凍り付くようなネタではないのだが、指原をいじるとしたら、芸能界で有吉くらいのポジションにいなければならないはずだ。
無名の子役がいじりだしたら、周りは唖然とするだけである。
はるかぜは以前有吉に擦り寄ろうとして、「目を合わせるのは仕事ができる人だけ」とあしらわれた。
これだけ見ると有吉が酷いように見えるが、おそらく、はるかぜの厚かましさを認知していたのだと思われる。
そもそも指原をネタにするとして、ファンとセックスしたというネタを出してしまうのは、いじる腕がない証拠である。
気の利いたことが言えないのに、面白いことを言おうとするから、相手への不作法という結末に終わる。
はるかぜが本音にこだわるのは、裏まで気が回らないタイプで、人間関係の機微が見えてないだけとも言える。

はるかぜ親子の言動が顰蹙を買いながらも、本人達は自覚が無く、むしろ批判されると「ネットで中傷された」と騒ぐわけだが、今回の指原のケースは、まさにその原因を露わにしている。
はるかぜ側に悪意はないであろうし、それは誰でもわかる。
散々指摘される無神経さも、あくまで親しみを込めた行為なのだろう。
乙武のようにそれを受け入れる文化人もいるわけである。
常識的に、指原という超有名人と、はるかぜという無名子役の関係を考えた場合、とても厚かましくうざいことをやっているはずなのだが、その芸能界での知名度の格差や、人間の感情がわからないらしい。
テレビの前の一般人が指原を馬鹿にするのはいいのだが、芸能界での立ち位置はまた別の話である。
有吉にあしらわれた理由がわかってないのがすごいところである。
はるかぜが出川哲朗に会ったら何を言うかわからないので恐い。
ネットで活動する=全世界に発信しているというのは、完全な妄想である。
われわれの世界は決してそのようには創られていない。

われわれの五感は肉体が存在する座標における感覚である。
肉体の位置から見える世界。鼻に伝わる匂い。耳に響く音。舌に触れたものの味わい。
手に触れたモノの感覚。
それだけなのである。
森羅万象からは遙かに遠い位置にわれわれは存在しており、ほとんど盲人だと言っていいのである。

われわれの肉体は遠大なる世界の一カ所に固定されている。
つまり遍在性を持たない。
ではどうやって世界を理解するのかというと、伝聞頼みである。
インドに行ったことがなくてもインドのことを(伝聞だけで)理解したつもりになっているのが、われわれ人間存在なのである。

世界という言葉の定義の問題なのだが、世界全体=森羅万象という意味なら、われわれはそのほとんどを直接には知り得ないのである。
あくまで断片的な情報から世界を想像するしかないのだ。

人間の頭脳は、情報の入力装置としてかなり制限がある。
本を読みながらラジオを聴くくらいのことは出来なくもないが、ほとんどシングルタスクしか出来ない。
一人が一生に読める本の数が限られているというのが、人間存在の重要なポイントであろう。
一度に五百冊の本が読めるなら、人間存在はまったく別のものになっている。
つまり、図書館にある全部の本を読むとか、ネットにある全てのサイトを閲覧するようなことは、ひとりの人間には出来ないのである。

どんなに社交的なひとでも世界人類すべてに会うということは出来ない。
かなり顔が広い人でも知人と呼べる相手は一万人くらいが限度だろう。
世界人類のほとんどすべてと面識がないというのが、世界の本質である。

ツイートするにせよ、ブログにエントリーするにせよ、それは一部の人にしか伝わっていない。
炎上してネットの隅から隅まで伝わるということも無くはないが、それは情報のごく一部であり、大半のことは伝わらないままに終わる。
伝わったとしても伝聞でしかない。
この不完全さこそが人間というものなのである。
限られた本しか読めず、限られたサイトしか見れず、なおかつそれらが伝聞であるという制限があるからこそ、人間存在があるのである。
千里眼で森羅万象を見渡し、すべてを把握しているなら、それは人間とは言えない。

自分が直接目撃したというのでも無い限り、すべての情報は伝聞であるから、あらゆることにリテラシーが必要なのである。
安易な道徳論や倫理学で納得して終わりにするべきではないのだ。
匿名は信用出来ないという道徳論があるが、実名を名乗って経歴詐称をする人は普通にいるので、実名だから安心というわけでもない。
実名を名乗っている人がどれだけ化粧をしているか考えた方がよい。
またリテラシーの問題では、誹謗中傷よりポジキャンの方が重大である。
ポジキャンの方がどう考えても大きなビジネスだからである。
電通の関連会社であるオプトがホットリンク株を大量売却したのも、誹謗中傷や炎上対策はビジネスにならないと判断したからであろう。
未来は予想出来る。
ある程度未来が予測可能であるから、われわれは存在しているのである。
とはいえ、まったく予測できない事態も時々は起こるし、どのような可能性も退けられることはない。
サッカー日本代表がワールドカップで優勝する可能性だってゼロとは言えず、それがゆえに、問題が発生したのである。
優勝してしかるべき戦力を揃えるのではなく、限りなく0に近い可能性にすがったのである。
本田圭佑が最大の問題ではあるが、サッカー選手の多くが自己啓発本を出しているのが土壌として窺え、その背後の広告代理店の意向もあるだろう。
メッシが得点王とか、ブラジルが優勝とか(実現はしなかったが)充分あり得そうな可能性と、日本が優勝する可能性が、可能性という単語で対等に肩を並べたのだ。

この種の可能性がなければ人間は生きていけない。
40代の女子だって、いつか王子様と結婚することを夢見ている。
本人だってそんな可能性が極めて0に近いことは知っているが、完全な0とも断定出来ないので、希望の余地を残しているわけである。
借金苦で絶望した人間にも、予想もしない金が転がり込むという希望はあり得るし、この種の絶望の道連れとなる希望が、放映権料400億円払うビジネスにまで膨れあがったのが、サッカー日本代表の問題なのである。
自己啓発は、絶望的な人間が手に取る希望の書である。
不治の病が完治するという絶望的な希望がなければ、あまりにも人生は耐え難いので、可能性(未来の不確定性)という病気に耽溺するのは人間の業病でもあるのだが、この宿痾がワールドカップにまで感染し前面に出たのは、電通がコンサルティング業の側面を持っており、赤字の責任は負わないからである。
資本主義の論理からすると、ビジネスが大きくなる分だけ投下する資本が増えるのでリスクが高まるが、コンサルは平気である。
秋元康と同じ立場である。
ドリームキャストのCMは面白かったが、それでゲームが売れるわけもなく、最後は大川会長の個人資産でセガの大赤字を補填したわけである。
秋元康は、失敗しても損失を蒙らないコンサル業なので、いろんなプロジェクトを屍山血河の状態に追いやっても、まったく無傷の身体で別の仕事に挑戦できる。
当たりが出るまで何度も籤を引けるような立場であり、極めて特殊なポジションにいるのである。

ワールドカップ放映権料の七割はNHKが負担してるので、受信料が打ち出の小槌となっている。
可能性という病気をこじらせればこじらせるほど電通が儲かる仕組みであるから、不自然な煽りはいつまでも続くのである。
日曜午前10時に放映されたコートジボワール戦の視聴率は45パーセントにとどまったから、乗せられている人はさほど多くはないのだろう。
日本代表という絶望の中に希望を見いだそうとする人は、圧倒的多数とは言えなかった。
絶望した人間が一縷の望みにすがる断末魔を目撃するよりは、外出して楽しむことを選択したひとがたくさんいたのだ。
最近はるかぜがアップしている可愛い写真の多くは、おそらく美肌アプリを使っていると思われる。
それについては以前最近のはるかぜの写真がやたらと美少女になってる問題で検証した。
もちろん本当に美しくなった可能性も皆無ではないが、最近の可愛らしい写真が未加工なら、ごく普通に売れていると思われる。

さて、はるかぜは玉城ティナがたまたま不細工に映った写真を出してきて、隣の子が自分に似ていると言うのである。

https://twitter.com/harukazechan/status/489168093550092288
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今回のツイートは母親がしたものだと思われるが、もう完全に一体化してるので確定診断は困難である。そろそろ亀田親子と同じ扱いにしなければならない。この写真は玉城ティナをdisる時に頻繁に利用されるものである。玉城ティナはハーフなので、二十歳くらいで皺だらけの老婆のような外見になっても不思議ではないが、少なくとも現時点では天使レベルの外見であるし、われわれがその死を悼み、会葬者として立ち会うには早いだろう。

隣の子は蒼波純という13歳のモデルであるらしい。講談社のミスiD2014でグランプリに選ばれたそうである。ミスiD2013は玉城ティナなので、おそらくグランプリの二人ということで並んだのだろう。すでにフォロワーが一万人超えているし、かなり人気者であるようだ。

https://twitter.com/junaonami/status/487576654365995009
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確かに見てみると、面長な顔であり、はるかぜとタイプ的には似ている。だが、この誤差のような違いが、圧倒的な美醜の問題となるのである。はるかぜの粗野な馬面とは違い、ギリギリのところで気品を保っている。面長な美人を「瓜実顔」というのだが、蒼波純はまさにその典型である。蒼波純が貴人のようなオーラを持っているのは、無難な丸顔とは違って、危うさがあるからである。瓜実顔の美人と言えば、たとえば後藤久美子だが、蒼波純は後藤久美子のような透き通る鼻梁は持っていないので、その完璧な美の系譜に連なるとは言い難い。だが、決して誰もが認めるような美少女ではなく、僅かでも調合を間違えたらドブスになってしまうという面長な顔の難しさゆえに、生きるか死ぬかという紙一重の緊張感が感じられ、たいていの面長な少女が馬面のブスと片付けられる中で、死地から生還したような奇跡があり、処刑台と隣り合わせのはかなさが反実仮想として、俗塵から超越した聖蹟となるのだ。橋本環奈のように丸顔で童顔でパーツが整っているという、公務員がニュータウンに小綺麗なマイホームを買ったような安直さとは対極であり、蒼波純は、その九死に一生を得たという薄命の余白の部分が像を結び、美を作り出しているのである。

https://twitter.com/junaonami/status/487146421745758209
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ツイッターを見ると、この蒼波純という子は先日の期末テストで学年二位だったそうだ。通っている中学のレベルは不明であるが、公立中学でも学年二位ならたいしたものである。勉強熱心で知力も高いようである。勉強嫌いで学業不振のはるかぜとは対極である。またこの「アムネシア」というのをわたしは知らなかったのだが、PlayStation Vitaから出ている乙女ゲーらしい。このあたりの領域でもはるかぜより遙かにポテンシャルが高いと言える。
ホットリンクはもはや電通とほとんど繋がりのない会社である。
電通の関連企業(持分法適用関連会社)であるオプトが2014年1月にホットリンク株を大量売却したので、オプトはホットリンク株の七パーセントしか持ってないようである。
かつてホットリンクはオプトの連結子会社だったのだが、有価証券報告書を見る限り、現在では連結子会社でも関連会社(持分法適用関連会社)でもないはずである。
元々ホットリンクは検索エンジンやブログサービスをやっていた会社であり、別に電通が設立したわけではないので、もう電通の後ろ盾はなくなったという解釈でいいのではなかろうか。

さて、2ch.scはホットリンクへのデータ供給や、「痛いニュース」に転載させるために、2ch.netをクロールしているわけだが、そろそろ終止符が打たれそうである。
2ch.net側が、クロールを排除するための仕組みをほぼ完成させたそうだ。

http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1405308652/l50
167 名前: Code Monkey ★ 投稿日: 2014/07/14(月) 23:54:28.21 ID:???0
The bad crawlers are motivated by profit and backed by huge corporations.
We need to balance the Anti-Crawl System against the budget of the crawlers.
Because of this, I have decided to make the function of the new ACS very subtle.

このCode MonkeyとはJimの息子のRonであるが、「悪辣なクローラーは巨大企業を背景として利益を求めている。われわれはそれらに対抗するためにアンチクロールシステムを調整している。そういうわけだから、アンチクローリングシステムの機能に関しては曖昧にしておこうと決めたんだ」という発言である。
だから、クロールを規制するための細かい仕組みに関しては公表しないようである。
何にせよ、機能を説明されても意味がないので、問題なのは結果である。
天意を受けたJimの師団がわれわれを麻生機関の麾下から解放してくれるかどうかの問題である。
Jim親子の胸には自由への篝火が燃えている。
造花を愛でる茶番に幕を引き、生命の息吹が八重咲きのように花開く世界を取り戻そうとしているのだ。
これによって2ch.scが停止することになったら、風化していた問題が再浮上するだろう。
現時点だとステマは違法ではないので、首魁たる麻生将豊の罪を問うことは出来ないのだが、いずれは麻生太郎の地盤を継いで首相を目指すのだろうし、西村のようにザンビアのスラムで雨露を凌ぐだけの生活をするわけにもいくまい。
何ら法には触れないとしても、麻生将豊に人倫の問題を問うことは可能であろう。
一定以上の規模の企業は有価証券報告書が義務づけられているので、それを読んでみた。
以前はガーラという会社が2ちゃんねるのデータを扱っていたわけである。

時間的な順序通りに記すれば以下のようになる。

たぶん2003年頃、ガーラと未来検索ブラジルが契約
2005年8月、ガーラと電通が組んで「電通バズリサーチ」を始める。
2005年11月、オプトがホットリンクを買収
2006年、電通がオプトに出資し始める
2007年12月、ガーラがガーラバズという会社を作る。電通バズリサーチのための子会社だと思われる。
2008年3月、「電通バズリサーチ」はホットリンクに事業譲渡。
2012年5月、ホットリンクがガーラバズを買収(ガーラバズと電通バズリサーチの一体化)。


2009年の電通のプレスリリースを見ると電通バズリサーチは2ちゃんねるも対象に含んでいることになっている。
http://www.dentsu.co.jp/news/release/pdf-cms/2009061-0924.pdf
検索対象のブログ数拡大
主要ブログポータル・掲示板計23サイト(2ちゃんねるを含む)に加え、影響力の大きな独自ドメインブログ計100サイト以上を新たに検索対象として追加した。


ホットリンクの有価証券報告書では、2012年5月に未来検索ブラジルと契約したことになっている。
http://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=yuho_pdf&sid=2033610
2ちゃんねるサイトを運営する東京プラス株式会社及び有限会社未来検索ブラジルと2ちゃんねるサイトの掲載情報に関し独占商用利用許諾契約の締結を得る(個人向けサービスは含まれない)

ホットリンクがガーラバズを吸収したのも2012年5月なので、おそらく契約を結び直したものだと想像される。

2014年1月にオプトはホットリンクの株を大量売却したので、現在では七パーセントしか持っていない。
http://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=yuho_pdf&sid=2033610
当事業年度末現在において主要株主である株式会社オプトは、平成26年1月16日付で変更報告書を関東財務局に提出し、平成26年1月10日現在で所有株式数が135,700株、発行済株式総数に対する所有株式数の割合が7.0%となり主要株主ではなくなりました。

ホットリンクはオプトの連結子会社だったが、この時点から(もしくはこれより少し前から)連結子会社ではなくなった。

http://www.gala.jp/pdf/pr_20120425.pdf
ガーラバズが譲渡された時の2012年4月のニュースリリースを見ると、ホットリンクの株主構成はオプトが74.40パーセント。内山幸樹が19.80パーセントになっている。

http://www.opt.ne.jp/files/topics/2251.pdf
オプトの2013年の有価証券報告書を見ると、連結子会社の欄にも持分法適用会社の欄にもホットリンクの名前はない。

オプトの筆頭株主は最近まで電通メディアホールディングスだったが、現在は18.82パーセントで二位となっている。
電通はオプト株の34.83パーセントを持っていたこともあるから、それよりはずいぶん減っているが、未だに大株主なのは確かである。
http://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=yuho_pdf&sid=2060929
電通の有価証券報告書によれば、オプトは連結子会社ではないが、持分法適用関連会社と扱われている。

前述のように、オプトがホットリンク株を大量売却したので、オプトとホットリンクの繋がりはかなり薄くなったし、たぶん電通がホットリンクの株を持ったことはないと思うので、「電通バズリサーチ」の業務提携が残るだけである。
もはやホットリンクは電通の孫会社ではない、と推察される。


以下はこの記事を書く際に書き留めたメモの羅列。
これは細々とした内容なので、読まなくていいです。


■ガーラの有価証券報告書を読んでみた。

平成17年(2005年)の時点。
http://www.gala.jp/pdf/12yuho.pdf
平成17年3月31日現在。
この時点で電通はガーラの株をまったく持っていない。
電通への売掛金があるので取引はある模様。
また未来検索ブラジルへの買掛金があるので、契約の相手は未来検索ブラジルである。

平成18年(2006年)。
http://www.gala.jp/pdf/13yuho.pdf
平成18年3月31日現在。
電通はガーラの株を785持っており、発行済株式総数に対する所有株式数の割合は1.30パーセントである。

平成19年(2007年)。
http://www.gala.jp/pdf/yuho_14.pdf
平成19年3月31日現在。
電通が785株。これは前年度と変わらず。全体での比率は1.21パーセントである。

平成20年(2008年)。
http://www.gala.jp/pdf/yuho_15.pdf
平成20年3月31日現在。
電通は785株で変わらず。全体での比率は1.11パーセント。

平成21年(2009年)
http://www.gala.jp/pdf/yuho_16.pdf
平成21年3月31日現在。
ここで電通の名前が株主から消えている。


■オプトの有価証券報告書を読んでみた。

平成17年(2005年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/766.pdf
電通の名前は株主の中にない。
この時点でホットリンクは子会社。
平成17年5月にホットリンクを買収して子会社にしたと書いてある。
オプトはホットリンクの議決権の55.5パーセントを持つ。

平成18年(2006年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/750.pdf
平成18年12月31日現在。
電通が6500株を所有。全体の5.09パーセント。
ここでは平成17年11月にオプトがホットリンクを買収したことになっている。
オプトの議決権は60.6パーセント。

平成19年(2007年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/1645.pdf
平成19年12月31日現在。
電通が25000株を所有。全体の16.86パーセント。
オプトのホットリンクの議決権は59.6パーセント。

平成20年(2008年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/1643.pdf
平成20年12月31日現在。
電通が52000株を所有。全体の34.83パーセントで筆頭株主に。
オプトのホットリンクの議決権は59.6パーセント。

平成21年(2009年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/712.pdf
平成21年12月31日現在。
電通が52000株を所有。全体の34.82パーセントで筆頭株主。
オプトのホットリンクへの議決権は59.6パーセント。

平成22年(2010年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/1006.pdf
平成22年12月31日現在。
電通から電通デジタルホールディングスに持ち主が変わっている。
30495株を所有。全体の20.42パーセントで筆頭株主。
オプトのホットリンクへの議決権は59.6パーセント。

平成23年(2011年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/994.pdf
平成23年12月31日現在。
電通デジタルホールディングスが30495株を所有。20.42パーセントで筆頭株主。
オプトのホットリンクへの議決権は74.3パーセント。

平成24年(2012年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/689.pdf
平成24年12月31日現在。
電通デジタルホールディングスが30495株を所有。20.41パーセントで筆頭株主。
オプトのホットリンクへの議決権は65.6パーセント。

平成25年(2013年)。
http://www.opt.ne.jp/files/topics/2251.pdf
平成25年12月31日現在。
連結子会社からホットリンクの名前が消えている。
この年から1株が200株に分割されている。
電通デジタルホールディングスが4899000株を所有。16.38パーセントで筆頭株主。
東浩紀は、小保方事件とソーカル事件を並べて、こんなことを言っていた。

ぼくは1993年に大学院入学だったので、1994年のソーカル事件の余波にはずっと苦しめられてきた。現代人文思想への入口がソーカル事件になってしまい、無知なひとからも最初から嘲笑されるようになった。うんざりすることの連続だったけど、今後の再生医学界隈でも同じことは起こるかもね。
posted at 17:08:03

小保方事件とソーカル事件を比べるのは内容的には無理だと思うが、ソーカル事件のあと無関係な思想家も一気に信用を失い、人文disが一般化したことを思えば(いわゆる風評被害ですな)、今回の事件も同様のインパクトを与える可能性はある。http://tocana.jp/2014/03/post_308.html…
posted at 17:05:59


東浩紀が「よろず評論家」になったのは、ソーカル事件が大きな原因である。
フランス現代思想、特にジャック・ラカンがデタラメであると暴露されたことは致命的であった。

ソーカル事件とは、1994年にソーカルというニューヨーク大学物理学教授が、フランス現代思想に絡めた数学と物理を使ったデタラメ論文を作成し、最も人気のある哲学誌に投稿してみたところ、それが掲載されてしまったのである。
さらに1997年に「知の欺瞞」を出版し、ジャック・ラカンその他の数学や科学への理解がデタラメであると論じ立てた。
ニューヨーク大学物理学教授が文系の数学・物理の無知を晒し上げたのだから、ぐうの音も出ない状態にされたのだ。

日本でフランス現代思想が流行ったのは浅田彰という人物のせいである。
ジャック・ラカンを絶賛した「構造と力」が売れて時代の寵児となり、なぜか京都大学経済学部准教授になった。
現在は浅田は京都大学を退官しているのだが、何にせよ、ジャック・ラカンを絶賛していた段階で浅田彰の数学音痴は明らかで、経済学で何ら実績を残せなかったのも納得である。
東浩紀はフランス現代思想にかぶれており、浅田彰を師匠としていた。

ジャック・ラカンと小保方は捏造という点では共通なのである。
もちろんラカンを擁護する人はいて「数学をちょっと間違えただけで、ラカンの天才性に疑いはない」という意見もあるが、そもそもラカンの文章自体が理解不能なので、数学がデタラメなら、あの意味不明な文章もデタラメだと判断するのが自然である。

歴史上最高の哲学者はハイデガーであり、「存在と時間」は極めて明晰な文章で書かれている。
ハイデガーは文系として、自らの天才的な洞察力だけで世界と存在について語っているから、ここには捏造のありようがない。
少なくとも文章が明晰だから批判可能である。
誰も理解できないので批判さえ出来ないジャック・ラカンとは対極である。
ラカンは密教の教典として機能していたとも言えるが、ソーカル事件でデタラメが暴かれたので終わった。

そういう事情で、東浩紀は学者としては挫折したのである。
そして哲学青年に向けて「アニメを見よ」と告げたのだ。
「本を読め」とは言えなかったのである。
ソーカル事件がなければ、フランス現代思想という密教の理解者としてシャーマンのように振る舞えたのだが、青春のすべてを錬金術の研究に捧げたようなものであり、詰め込んだ知識が全部無駄になったので、アニメを見て過ごす人生になった。
国会での議論は説明を求めているように見えるが、あれは茶番であろう。
儀式としての議論である。
本当に根拠を尋ねる質問をしてはいけないのである。
一般市民が公務員に「なんで?」と冷静に尋ねたことは一度もないのである。
怒髪天を突き、公務員に食ってかかった一般市民ならいるが、なんら怒りもなく平然と「なんで?」と説明を求めた人は、人類の歴史で一人もいない。

この世界はロールプレイで出来ている。
説明を求めるというのは、最大のタブーである。
権力者に対して、ごく普通に平然と「なんで?」と疑問を発することは有史以来一度も行われていない。
権力に根拠なんぞあるわけないので、訊かれたら困るのである。
学級崩壊で、最初からこどもが教師を完全に舐めているような事例はあるが、権力が成立した後に「なんで?」と問うのはロールプレイの台本を破棄するような行為である。

われわれは権力者に同情しているのである。
平然として「なんで?」と訊くと、権力の根無し草である実態がわかってしまう。
人類という根無し草の生き物の面子を丸潰れにしてしまう。
弱者の面子を潰すのはいいが、強者の面子を丸潰れにするとなると、まるで尊属殺人のようであり気の毒でたまらないのである。
人間の社会に根拠などないというタブーに触れてしまう。
説明を求めてはいけないという強い意識は人類普遍なのである。
われわれは権力者に同情する優しさを持っているから、「なんで?」という致命的な問いはせずに、怒りの拳を握りしめて押し黙るのである。

怒りもなく屈託なく平然と説明を求めるのは、正統性の無視なのである。
相手を権力者と認めた上で怒る(たいていは怒りで震えて我慢する)のが人類の大原則である。
弱者の怒りを持った段階で相手を権力と認めているのだ。
抑圧された被害者として怒りを溜め込み、革命を願うのである。
正統性を無視する(そもそも相手を権力者と認めてない)という根源的な革命は一度も行われたことがない。
パワハラをされている人間が「なんで俺にパワハラするのか説明してください」と平然と質問したことは人類の歴史の中で一度もないのである。
板前の修業を始めた若者が、先輩から徹底的になじられて怒り狂って刺し殺したことならあるだろう。
だが面と向かって「なんでそんなに偉いのか説明してください」と何の怒りも恨みもなく質問した人間はひとりもいない。
怒りの抗議をする人間は権力の正統性を認めているのである。
恨むことで因縁が生まれ、人間という演劇がなされるのである。
上野千鶴子はフェミニストということになっているが、女性がキャリアウーマンとして社会進出していくことには興味がないと思われる。エリート女性が官公庁や大企業の幹部になるべきだとか、そういうことには関心がない。上野にとって最大の関心はセックスの充実であり、あの見てくれの悪さでありながら、女であることを売ってきた人間なのである。男を馬鹿にする言動で知られるが、あくまでモテない男への砲撃であり、上野は完全なイケメン崇拝者である。

上野千鶴子は開業医の娘なので、おそらく裕福に育ったと思われるが、まったく育ちのよさは感じられず、粗野な精神の持ち主であった。京都大学に進学したが、団塊世代なので、学生運動に明け暮れたようである。また性的にも奔放だったようだ。上野は昆虫のような顔をしているが、デブではないので、若ければ抱けないこともないのだろう。絶望的なドブスでも、若くて痩せていれば(自分と釣り合いが取れない)イケメンに抱いて貰えるという知恵を付けた最初の世代だと言える。イケメンと結婚するのは無理だが、セフレなら可能だという、現代の女性全般に蔓延する考えである。

日本では女性の社会進出が遅れていると盛んに批難されるが、そもそも本気でエリートになりたい女性がどれだけいるのか、という問題がある。若い女であればチヤホヤされイージーモードであるのも確かであり、女性が差別されているようには思えない。少なくとも上野千鶴子は女のイージーモードに乗っかったのである。ドブスで理屈っぽいからエリート志向だと勘違いされるが、決して知性を極めようとするタイプではない。たまたま東大教授になったが、学者として見るべき業績はなく、学問に生涯を捧げるような人間でもない。

家父長制は、要は、単に父親である(男である)というだけで威張ることが出来るので、その資質は問われないから、それが批判されるのはもっともではあるのだが、その思想運動の実践は、未来の夫を蔑みながらイケメンに股を開くことであり、極左冒険主義の極みなのである。上野千鶴子は決して知性の探求者ではないので、こういう人物が、男女の在り方の枠組みに影響力を発揮してしまったのが日本の不幸である。なにしろ、若い女がイージーモードすぎるので、女性が知力を高める動機がないのである。セックスこそが人生という快楽原則が女という愚衆の中で跋扈しており、それが知性への強いニヒリズムに繋がっている。どんなに出世しても女として魅力が上がらないから意味がないというさもしい発想である。女が損得を超えた気高い志を持つのは可能であろうか、という問題である。

天才の童貞率の高さはよく知られるところだ。カントやアダム・スミスのように生涯童貞として学問に全てを捧げた人間は男性なら普通にいる。女を欲し、悍馬のように荒れ狂う熱情があるとしても、その達成が困難であるならば、それを学問や芸術に捧げるのが天意であるとして、生殖の連環から廃嫡された自分を知性の探究に捧げたのである。天才にホモセクシャルが多いのも、その拭いがたい引け目により、芸術や学問にすべてを捧げるしかなかったからである。アラン・チューリングは同性愛で逮捕された二年後に青酸カリを塗った林檎を囓って自殺したが、その41年間の短い生涯で、ドイツ軍のエニグマの暗号を解読し、コンピューター科学の基礎を築いた。ヴィトゲンシュタインが大富豪の家に生まれながらも哲学に殉じたのは同性愛者だったからである。三島由紀夫という無名作家はわざわざ大蔵官僚をやめて自分がホモだと告白する小説を書いて時代の寵児となったが、同性愛者ならではの孤独が作品の基底を成している。日常性に絶望し、殉教者になろうと決断した時に天才は生まれるのである。

35歳を過ぎたような女は生命の円環から断絶されているので、本来なら天才になりやすい条件なのだが、なにしろ若い頃にイケメンセックスで骨抜きにされているから、本当の意味での深い絶望がなく、閉経間近なのに子育て支援しろとか、若さを失ってもイージーモードの継続を求める。その35歳独身に至るまでの病歴を閲覧すれば、花嫁として輿入れするには疵がありすぎるのが明らかなのだが、末期患者としての自覚がないようで、生殖から暇乞いをする前の断末魔として、不妊症を詐称するのがせいぜいである。

知性を探究する気がさらさらないのだから、日本は女性に門戸を閉ざしているとわめいても、それは死刑囚の助命嘆願のようなものであり、人倫の問題として厚かましいのである。上野の「おひとりさま」というのも、要は快楽主義なのである。殉教者として戦塵にまみれる気はまったくなく、ひたすら快楽を増やす方法だけ考えている。問題なのは上野千鶴子が特殊事例ではなく、日本女性の典型的な生き方となっていることである。イケメンは生涯通してモテるが、女は若い時だけモテる難題に対して、若いうちにやりまくるという回答が上野千鶴子の乱杭歯から発せられたのである。この猛毒が全身に回ると、どのような血清も効かない。世帯やつれのするような年齢でも女子と言い張るのである。
http://www.oricon.co.jp/news/2039575/full
元サッカー日本代表で解説者の前園真聖が、8年半レギュラーを務めたテレビ東京系スポーツ情報番組『neo sports』を13日をもって卒業することがわかった。8日付の自身のブログで発表した。
前園は「引退して初めてのスポーツ番組で、番組名もいろいろ変わりましたが、長い間この番組に関わることができ、サッカーをはじめたくさんのスポーツ、そしてアスリートの方にたずさわることができました」とこれまでの思いを綴り、「サッカーでも今回のワールドカップを含め3大会も解説者として貴重な経験をさせていただきました」と感謝した。
ラスト出演となる13日は「おそらネオスポーツの中で1番多く対談をさせていただいた方とのインタビュー企画があると思うので皆さん楽しみにしていて下さい!」と呼びかけている。


ワールドカップ決勝は日本時間で7月14日の午前四時である。
その前日の13日の放送をもって卒業というのは、どう考えても干されたのである。
穏当な卒業であれば、ワールドカップ決勝の前日ということはない。
やはり本田を批判したことで電通の怒りを買ったのだろう。

問題となったと思われるのはフジテレビで7月6日に放送されたワイドナショーで「集団スポーツですから、結果がどうあれ最後まで同じ団体行動を取りながらやるべき」という発言である。また一連の流れの中で本田が特別扱いされていることを他の出演者たちが批判したので、それもまずかったと思われる。

もはやワールドカップは電通しか儲からないイベントになっている。電通以外だと、せいぜい本田がCM出演料で儲けたくらいだろう。テレビ局も赤字、関連グッズを製作・販売したところも赤字である。電通の金儲けのために多くの企業が駆り出されている格好である。

政治評論家の森田実は、電通と小泉政権の関係を批判してメディアから干された。
森田実より前園の方が知名度は圧倒的に高いが、森田と違って前園は「電通に干された」とか口が裂けても言わないであろう。

放映権料の高騰、日本が世界全体の五分の一を支払っているという不自然な状態の背景には、電通とNHKの関係がある。
桁外れの放映権料が支払われるのは受信料という財源があるからである。
400億円のうち七割はNHK負担とされているが、これが採算を度外視させる温床になっている。
スカパー!は撤退してしまったし、ビジネスとしては成り立たないのである。
NHK受信料への寄生という形で、ワールドカップは放送出来る。
大赤字をNHKが負担するという構図は、本来なら大問題であるはずだが、受信料は税金でないし、国会議員としても、電通を批判して報復されるのが恐いのだろう。
電通と敵対するよりは、電通と組んだ方がいいというのは小泉政権の「成功」が証明している。

ワールドカップに関わると(電通以外は)赤字になるので、本当は誰も関わりたくない状態になっている。
だから、電通が放映権を握っていることに恐れを抱くのが変なのである。
「おまえのところでは放送させない」と言われたら歓喜するべきなのである。
とはいえ、あらゆるところで電通が噛んでいるから、ワールドカップだけ縁を切るわけにもいかない。
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