Archive
8月21日をもって、ミスiD2015のファイナリスト10人が決定。
この他に選考委員推薦があり、それも含めて決まるのは8月29日である。
ミスiDは何人も選ばれる。
その中で、一人がグランプリに選ばれる。
グランプリが選ばれるとは決まっておらず、特に傑出した存在がいなければ選ばれない。
2013年は玉城ティナで、2014年は蒼波純である。

ともかくネットでの票で決まったのが以下の十人である。

1位 緑川百々子
2位 深海誉
3位 篠崎こころ
4位 伊藤麻希
5位 黒宮れい
6位 奥村真友里
7位 甘夏ゆず
8位 鈴木えりか
9位 中嶋春陽
10位 水野しず

一位通過はミスiDが決まっており、緑川百々子(20歳)は、後はグランプリになれるかどうかである。
元々はネットアイドルらしく、現在はソニー・ミュージックアーティスツ所属である。
この子は可愛いと思うし、足も長いので全身像も綺麗なのだが、20歳という年齢を考えるに、ここから(容姿的な)伸び代はないだろうし、すでにフォロワー二万人いる知名度だと、すでに実力がわかっている中堅選手ということであろうし、グランプリには選ばれないと思う。

この10人すべてが、セミプロとか売れないアイドルとか、もしくはそこそこ売れてるけど世間な知名度が今ひとつのアイドルとか、そういう類である。
このミスiDはハロプロみたいな正統派の美少女を集めるのを目的としておらず、むしろ変わった子を集めるのが趣旨なので、地下アイドルっぽいのはいいのだが、グランプリは出ない気がする。

わたしとしてはNo.54の桃香という子が可愛いと思っていたのだが、10人からは漏れた。
今のところ地方でpeach sugar snowというアイドルをやっている13歳である。
ミスiDの投票は地下アイドルとしての基礎票で勝負している感もあり、地盤の弱さもあったに違いない。

momoka01.jpg
momoka02.jpg
momoka03.jpg



13歳で158センチなので、将来的に170を越えることも予想され、アイドルとしては長身過ぎる。
また顔に関しても、美少女に見える時もあれば、そうでない時もあり、やや癖のある骨格である。
童顔で丸顔だと、どう転んでもそれなりに可愛く成長すると予想できるのだが、この子の場合、これからの成長期ですごい美人になることもあれば、二目と見られないブスになる可能性もある。
華奢で手足が長く、等身のバランスが綺麗なので、アイドルというよりは、モデルの方が向いているかもしれない。
容姿的にファイナリストに追加されるとは思うが、この子は数年後の容姿が予測できないので、グランプリは無理であろう。
とはいえ、ファイナリストには入れて欲しいものである。
すでに選ばれている10人は中途半端に人気がある面子ばかりなので、一軍でレギュラーが取れなかった人の集まりとも言え、そういう再チャレンジの場みたいにはならない方がいいだろう。
わたしが書いたエントリーを岩崎夏海が取り上げたところ、はるかぜ親子がそれを岩崎夏海が書いた記事と誤解し、噛みつくという場面があった。
この一連のやり取りは消したらしいが、見ていた人が残している。

08-20 08:07 岩崎夏海
“はるかぜ。毒親。喩えが古すぎる問題。猫アレルギー疑惑。
| ブログ運営のためのブログ運営” http://htn.to/z5hSJW


https://twitter.com/harukazechan/status/501968965879345152 ←ツイ消し
08-20 14:48 はるかぜ
え、文章のプロなのにこんな公に悪口かいちゃうの、しんじられない
RT @huckleberry2008: “はるかぜ。毒親。喩えが古すぎる問題。猫アレルギー疑惑。
| ブログ運営のためのブログ運営” http://htn.to/z5hSJW


https://twitter.com/harukazechan/status/501970408522788865 ←ツイ消し
08-20 14:54 はるかぜ
ぼくは猫でなく犬アレルギーだし、母はアイドルではないし、発達障害が窺えるとかって、
医者でもないのに診断していいんですか。仮にもことばでごはんを食べている人が、
こんなことしていいんですか。http://htn.to/z5hSJW


08-20 14:58 はるかぜ
永谷園のCMの撮影のときに、いぬが同じスタジオで撮影してて顔がまっかになって、
それでいぬアレルギーがあることが分かったよ、ってblogに書いたことはあるけど、
ねこは生まれたときからずっと家にいるしアレルギーとか何もないです。
いいかげんなこと書かないで。


https://twitter.com/harukazechan/status/501972197913530369 ←ツイ消し
08-20 15:01 はるかぜ
仮にぼくがこの人のいうように発達障害だったとしても、そのことを悪口っぽいニュアンス
で書くのはたくさんの発達障害の人に対してもおかしいし、物書きとして最低だと
おもいます。


https://twitter.com/harukazechan/status/501972927198158848 ←ツイ消し
08-20 15:04 はるかぜ
一般の人が好き勝手にうわさをばらまくのは、こういう仕事してる限りどうしても
避けられないことだけれど、仮にも言葉を紡いでごはんを食べている人が堂々と公開
していい文章じゃないとおもう。
偉い作家さんかもしれないけれど、人として恥を知って欲しいです。


08-20 15:06 はるかぜ
そうなんですか!ごめんなさい。自分で書いたのかと思ってしまいました。
その点については、あやまってきます
RT @RU** @harukazechan ブログを書いたのは岩崎さんじゃないですよ


08-20 15:10 はるかぜ
岩崎先生はじめまして春名風花といいます。
先ほどは、先生の記事でないものを先生が書いたと言ってしまい、すみませんでした。
削除訂正してお詫びします。
あの、先生はどういう意図でこの記事を紹介されたのですか? RT @huckleberry2008:


08-20 15:13 はるかぜ
仮にぼくがこの記事の人のいうように発達障害だったとしても、そのことを悪口っぽい
ニュアンスで書くのはたくさんの発達障害の人に対してもおかしいし、最低だとおもいます。


08-20 15:17 はるかぜ
訂正します。
岩崎夏海先生の貼っているリンク先は、先生本人が書かれた文章ではありません。
誤解させるような返信をしてしまい、申し訳ありませんでした。
ただこの記事はちょっとひどいです。
岩崎先生がどのような意図でこれを紹介されているのか分からないので、直接たずねて
みようとおもいます


08-20 15:22 はるかぜ
先生本人が書いた記事だと誤解してしまったツイートは訂正・削除しました。
すみませんでした
RT @huckleberry2008 “はるかぜ。毒親。喩えが古すぎる問題。猫アレルギー疑惑。
| ブログ運営のためのブログ運営” http://htn.to/z5hSJW


08-20 18:49 岩崎夏海
@harukazechan こんばんは、岩崎夏海と申します。
意図は、Twitterだと真意を上手く伝えられないので、ここで語ることはしません。
ですから、何も書かずにリンクだけ貼りました。
もしリアルで対談をする機会などございましたら、そのときにお話しさせていただきます。


08-20 19:11 はるかぜ
@huckleberry2008 岩崎先生お返事ありがとうございます。
それは先生は近い考えってことでしょうか(ω)
どちらにせよあの文はすごい悪意あるし事実とちがうこと多いしひどいので、
あまり人にすすめないでもらえたらうれしいです。よろしくお願いします。にゃふ


2008年頃のスレを見たら、はるかぜ(娘)が猫アレルギーだという話題が出ていて、子どもが猫アレルギーなのに猫を飼う毒親は酷いみたいに言われていた。
はるかぜは過去のツイートを全消去してるから、昔のことは確認できない。
だが、あれだけ写真をアップしているわりには、猫と戯れているものが見つからないので、話の筋は通る。
はるかぜ(母親)はすごい猫好きらしいので、中川翔子の件で大量にツイートしていたのははるかぜ(母親)なのではないか、と危惧したわけである。
はるかぜ(娘)が猫アレルギーなのにはるかぜ(母親)が猫を飼い、猫好きだとツイートしているなら、児童虐待と言うしかない。
犬アレルギーなのを猫アレルギーだと誤解されたということだが、はるかぜ(母親)の中身が出てしまった時に多用する遁辞の典型である。
はるかぜ一家には猫がいて、はるかぜ(娘)は大の猫好きということなら、これから猫と戯れる写真をたくさんアップしてくれるに違いない。
わたしははるかぜ(娘)の人権問題を心配しているだけだから、猫と戯れながらニコニコ生放送でもやってくれれば素晴らしいと思う。
女が若いとチヤホヤされるものである。それは男のスケベ心でもあるし、またお約束でもあろうかと思う。チヤホヤしないのも、それはそれで失礼である気がする。中川翔子(29歳)は、25を過ぎた女が、だんだんチヤホヤされなくなるという典型的な状況に直面している。考えてみれば、10年くらい芸能界の第一線でやってきたのだから、功成り名を遂げた立場である。隠し子がいる元ホストと交際していた件で、若い女を甘やかすというスケベ心が多くの人から一気に消滅し、29歳の磊落した実像が、幻想の煌びやかさを失った悄然たる裸城として現れてきたのである。10年くらいは権勢を誇ったから、おそらく豪邸が建つくらいには稼いだであろうが、ここから先は嶮岨な山道になるであろう。戦略ミスというわけでもなく、若さのピークの間に最大限売れたのだから大成功者なのだが、今まで愛されていた分だけ、これから憎まれることも予想される。父親の中川勝彦は高校から慶應に入っているので、推薦入学ということはないであろうし、1962年生まれで慶應に一般入試で入っているなら知能も優れているだろうと思われる。中川翔子の容姿のよさや地頭のよさは、父親の血を受け継いだものだが、だんだん母親の悪さからくる非常識さが目立ってきた。若い女としてチヤホヤされる枠から外れたので、厳しい目で見られるから、地頭のよさに頼ってきた残骸という風に映じてくる。何度も書いているように芸能界で10年くらい第一線であったのだから、ここからタレントとしてのランクが落ちても、悠々自適であろうとは思うのだが、甘やかされる立場ではなくなったことで、無敗の王者が衰えて王座から陥落する苦しみはあるであろう。先ほどまで憧れの中心にあった人が、だんだん過去の人として痛々しくなっていくプロセスにわれわれは立ち会わされているのである。なまじ地頭がよいだけに、あちこちのイベントやら番組やらにゲストで呼ばれて知ったかぶりで合わせるのに最適のタレントだったので、30過ぎてやるだけの芸が何もない問題である。イラストの才能も歌の才能もあったのに、マルチタレントとしての仕事に忙殺されていたから、すっかり器用貧乏に終わってしまった。昨年リリースした「続 混沌」という楽曲は、今までの単に上手いだけの無個性な歌とは違って新境地を開いたかに思えたのだが、(わたしはこの歌はかなりよいと思うのだが)、今までと路線が違いすぎて、あまり評判はよくなかったようだ。女子アナが30歳になった時に直面する問題とも言えるが、局アナとは違って、芸能人としてかなり収入があっただろうから、そろそろ若い女の子としてのポジションから降りて、中年女性として細々と活動していくべきであろう。器用貧乏なタレントになったのは、ナベプロが失敗したわけではなく、意図的にそうしたのであり、30歳までに売り尽くそうという方針だったと思うし、若手女性タレントとしてかなりの人気を誇ったのだから、そろそろ潮目の変化を感じるべきである。ネットで延命しようとしても、隠し子付きの元ホストが彼氏だった件も含め、これまでに言わされたお世辞の分だけ悪罵を投げつけようというのがネット住人の心情であろうし、ろくなことになりはしない。
https://twitter.com/yukatan/status/34148475595661312
yukatanharukaze.jpg


かつてはるかぜが絶大な人気を得たのは、当時ITmeidaの岡田有花が持ち上げたからである。
3歳でブログ、9歳でTwitter 「都条例ぷんすか(ω)」のはるかぜちゃんに聞く (1/3) - ITmedia ニュースという記事を書いたのは岡田有花である。
小学生がツイッターをやるという行為に、岡田有花はとても感激し賞賛を惜しまなかった。

だいたいこの記事おかしすぎるだろ。

まず、はるかぜは自分の意見を貫いてかっこいいと岡田有花は書く。
普段から子どもであることに甘えず、自分の意見をはっきり言うため、「生意気」「こまっしゃくれている」と嫌われ、損することも多い。監督など仕事場の大人に甘えれば好かれるし、もっとせりふや役をもらえるかもしれない――と分かっていても、はるかぜちゃんは「自分を隠したくない」と貫く。


しかし普段は喋らないと岡田有花は書く。
Twitterやブログではよく“しゃべる”が、普段はおとなしい。家では部屋にこもってずっと漫画を読み、いろいろ考えているという。ネットは気持ちをはき出せる場所。「普段はあまりしゃべらないけど思うことはいろいろあって、怒った後とかに、Twitterにだーっと書いたり」するそうだ。


岡田有花さん、どっちなんだよ。
この記述を素直に受け取ると、仕事場では意見を言って衝突し、普段はしゃべらないということらしい。
どこの大御所なんだよ、と言いたくなる。

郁世さんはだいぶ前から“ステージママ”に飽き、娘の仕事に付き合うのにも疲れてきたという。子役を続けているのは、はるかぜちゃんの強い意思。「仕事があるしやわせにかんしゃなのです(ω)」「昔の仕事のろくがをみるといつも、へたに見えて後悔するから、何年たって見ても後悔しない演技をのこしたいです(ω)」――Twitterには仕事への思いもつづられている。

岡田有花は変換機能も知らないのかよ。
紙に書いてるのではないから、わざわざひらがなを多用するのは不自然である。


ITmeidaを退社した2011年段階では独身であり、その後は知らないが、果たして岡田有花は自分の娘にも小学生の頃からツイッターをやらせるのだろうか。
これは宮台真司の娘のパラドックスである。
90年代はネットがなかったので、宮台は天下無双だったのだが、「宮台は自分の娘にも援助交際させるのだろうか」と批判されることもあった。
当然ながらさせるわけがない。
宮台の娘がどうなってるか知らないが、まさかさせてないだろう。
岡田有花も宮台も、他人の子どもに無責任すぎである。
もちろん他人の子どもなんて赤の他人だから、ダブルスタンダードになるのは当然だが、自分の娘は保護し、他人の子どもに危ない橋を渡らせようという姿勢では、その底の浅さを見抜かれても仕方あるまい。
子どもを楯にしてムキになってる大人を笑うという点で、宮台と岡田有花は同じであり、またその楯にされた子どもの末路が暗澹たるものであるのも共通している。


はるかぜがわたしを批判してるのだが、問題の根幹である猫アレルギー疑惑には反論がない。
はるかぜの過去のスレを見ると、はるかぜ(娘)は猫アレルギーだと書かれている。
過去のツイートは全部消してるから、証拠は出せないのだが、猫アレルギーで猫に触れないとしたら猫好きというのは無理がある。


https://twitter.com/harukazechan/status/501551148252135424
haruakzeiede.jpg


このツイートも、猫アレルギーのはるかぜ(娘)が猫を抱いて家出というのはずいぶん奇妙に思える。
はるかぜ(娘)が猫アレルギーだという話は昔のスレに出てくるだけなので証明は出来ないのだが、やたらと写真をアップする割には、猫と戯れている様子がほとんどない。
はるかぜ(娘)が猫アレルギーなら、一連の猫に関するツイートははるかぜ(母親)によるものだと思える。
猫アレルギーの娘に猫好きという設定を押しつけているなら、人権問題である。

2001年生まれの13歳のわりにはおばさんみたいなツイートが多いという件だが、読者モデルという用語を知らなかったと突然言い出して、少し前の話と齟齬があると指摘されている。
特に最初のツイートは明らかにはるかぜ(母親)だと思われる。

https://twitter.com/harukazechan/status/496619712730525696
dokumo01.jpg


https://twitter.com/harukazechan/status/501941209661595648
dokumo02.jpg


何にせよ、本当にはっきりさせたいのなら、児童相談所の担当者とはるかぜ(娘)がじっくり話し合うことが必要だろう。
児童相談所の人は岡田有花みたいなお花畑ではないから、子どもの自由意思がどれだけ確保されているかをシビアに見るに違いない。
わたしはそれを望んでいるわけではないし、通報するつもりもないが、せめてネットで動画や音声を配信するなどすれば、はるかぜ(娘)がどれだけまともに話せるのかはっきりするだろう。
トークが出来ず、ほとんど文字でしか活動しない芸能人でこのままやるつもりなのだろうか。
アマゾンが流行り、実店舗のある書店が衰退する理由として、本の中身を事前に確認する必要などないからである。
定評のある本がハズレであることはほとんどない。
稀に紛らわしい自己啓発本を買ってしまうこともあるが、こういうのも慣れればだいたいわかるようになる。
☆5が並んでいても、感激して嗚咽してバンザイしているようなレビューが多ければ、中身のない自己啓発であることが多く、買う価値はない。
「嫌われる勇気」とか読んでないが、読まなくてもゴミだとわかるわけである。
たぶん読むとロックスターになったかのような自信が沸いてきて、スーパーボウルでスターになるのも容易いし、グラミー賞を取ることだって朝飯前だと思い込まされるのである。
人間は世界中にあるすべての本を読むわけにはいかないので、読む前から怪しいと思える本は除外しなければならない。
万が一「嫌われる勇気」がすごい名著であったとしても、人生の中で読める本の数は有限なのだから、他の本を読んだ方がいいのである。

たとえばレポートを書くとして、そのレポートを書くための本が欲しいという人がいるとする。
その場合は、中身の確認が必要であろう。
レポートに役に立たない本を買いたくないのであれば、その課題に適したことが書かれている本である必要がある。
だが、読書が好きな人であれば、質の高い本は何でも面白いのである。
課題に適してない本を買ってしまったとしても、それはそれで楽しめるのである。

こう考えると、読書が好きであればあるほど、アマゾンの方がいいということになる。
思惑通りの本でなくても、質が高ければそれでいいのである。
他人が美人だと言うのなら、何らかの美しさはあるのである。
今のところ電子書籍なら消費税が掛からないし、頻繁にセールもあるから、紙の書籍より明らかに安い。
未だに紙の本を買っている読書家がいるとすれば、本の中身を確認しなければならないという固定観念に囚われているだけである。
今はまだ電子書籍になっていない本も多く、特に専門性が高い本はなかなか電子書籍にならないが、これは時間が解決するであろうし、専門書の電子化が進むと、紙の本を買う理由がますます無くなる。

レビューがあるというのは、他人がすでに中身を確認しているのである。
わざわざ自分でもう一度確認する必要はまったくないのである。
自分で確認しない限りは信頼できない、ということはない。
本屋に行けば、ずらりと並んだ本の中身を直接見ることも出来るが、砂浜から砂金を探すような作業とも言えるし、その本に対する他者の評価はわからないわけである。
すでに他人が作った地図が用意されているのに、わざわざ自分で測量する必要はあるまい。

最近はレビューしている人が、その商品をアマゾンで買ったのかどうかが表示されるから、よほどのことが無い限り、嫌いな著者の本を購入して嘘を書くということはない。
名著を購入した上で、「薄っぺらい内容の本」と書いて☆一つを付けて、それが数少ないレビューだとしたら、その本の売れ行きを劇的に落とすことは可能だが、よほど個人的な恨みがなければやらないだろうし、レビューが多ければ、その低評価も埋もれてしまう。
逆に著者本人、もしくは身内が絶賛することはあり得るし、ステマが成功してしまうこともあるだろうが、これはやむを得ないのである。
今のところ、麻生機関のような大規模なステマが行われているとは思えないし、三木一馬が関わっているラノベはわからないが、ある程度固い書籍だと、それほど変なレビューはないと思う。
はるかぜが中川翔子の猫の件にやたらとこだわっているのだが、はるかぜ本人は猫アレルギーらしいという話もある。
2008年あたりのスレを読むと、そういう話が出てくる。
昔のツイートは消されているので、検索してもソースが見つからないから疑惑に留まるが、猫好きをアピールするわりには、はるかぜが猫を抱いてる写真がほとんど無いので、猫アレルギーである可能性は充分にあるだろう。
猫好きな母親が延々とツイートしている可能性は濃いのである。

http://www.logsoku.com/r/model/1185893550/
709 : 無名モデル[sage] 投稿日:2008/05/02(金) 13:01:07 ID:???
しかも○○放送「予定」!って
つくづく負けず嫌いだね。
猫アレルギーなのにまた増えてるね。かわいそうに。
触れなければ世話も出来ないのに私の猫って
まるでおもちゃ?

879 : 無名モデル[sage] 投稿日:2008/08/18(月) 00:26:38 ID:???
フウカチャンって猫アレルギーだったよね
それなのにこの数!?
ショコタン知らないの?
猫預かって気に入られようと必死すぎないか?
子供の病気よりショコタンか



https://twitter.com/harukazechan/status/501541379986575360
saikaiharukaze.jpg


わたしは超能力者ではないし、千里眼も使えないので、はるかぜの母親が娘を騙ってツイートしている場面を見たとは言わないが、しかし、生き別れのお母さんと会う番組という、いかにも昭和時代の喩えが出てしまうのは、やはり40歳くらいのおばさんがツイートしていると考えた方が妥当であろう。
はるかぜ本人は2001年生まれの13歳であるのに、その世代に合わないツイートばかりしているのだから、毒親が乗っ取っているに違いないのである。
はるかぜの母親はネットアイドルだったので、娘でもう一度人生を生きようということなのだろう。
レトロなものが好きという設定になっているが、単にババアがツイートしているだけである。
毒親は人生の簒奪者であり、人間に対する蹂躙である。
発達障害が窺えるような娘であるから、干渉しやすいタイプではあろう。
どれだけ娘が唯々諾々と従おうとも、共同でツイートしているのは、極めて深刻な異常性なのである。
小保方晴子をいますぐ刑務所に放り込んでも差し支えないのと同じで、はるかぜという存在も毒親がツイートしていると決めつけるべきなのである。

賞味期限が切れたのに、こうやって炎上させることで関心だけは維持できるのだから、恐ろしいことである。
抜錨したからには泥船でも漕ぎ続けなければならないのだろうが、通常であれば、メディアから退場して消えて無くなるのである。
大衆に暇乞いを告げた子役の末路など、普通は可視化されない。
ネットがあることで、断末魔の叫びが可聴周波数に入り込み、まざまざと聞こえてくるのであり、なおかつ、その叫びは消え去ることがない。
すっかり裸城になっているのに、世界地図から消えることはなく、ネットのバーチャルな世界には留まり続ける。
需要がなくても17万のフォロワーを通じて、供給を続けるのである。
40歳のババアがツイートしていると判断できず、13歳(2001年生まれ)のツイートだと信じ込む盲いた者達がいる限り、この児童虐待は続くであろうし、最初に持ち上げたITmediaの罪障の深さは限りない。
検証記事も出さずにほっかむりしているのは、不作為でカルマを積み重ねているのである。
はるかぜという問題を考える場合、まずは母親がツイートしているというのを断定するべきである。
これを断定しないと、この問題は解けないのである。
2001年生まれのはるかぜがおばさんみたいなツイートをするのを、信者は「はるかぜちゃんおばさん臭い」と微笑ましく思ってるらしいのだが、41歳の母親がツイートしていると断じるべきなのである。

母親が混じってツイートしているのだから、これは児童虐待なのである。
ステージママが炎上狙いのツイートをして、なんとか関心を呼ぼうという行為は、児童虐待でなければ、いったい何だと言うのだろう。

少なくとも、児童虐待の嫌疑は明らかに掛けられる。
母親のミスで、母親がツイートしたのがバレたことはあるのだから、娘を騙ってツイートしたことが一度もないとは言えないのである。
母親が娘を騙ってツイートしていると断じるならば、それこそ「奇跡の詩人」と変わりがないのだし、児童虐待に他ならないのである。

はるかぜの児童虐待が野放しにされているのは、多くの人が、母親がツイートしているのを証明できないと考えているからである。
前述したように、母親のミスが発覚したことはある。
だから断じてよいのである。
それに児童相談所が判断する問題であるから、われわれが、どのツイートが母親のものであると完全証明する必要はないのである。
99パーセントの可能性で、母親のツイートが混じっているのだから、そこで断じてよいのである。
完全な100に到達するのを待っていたら、この親子の抱えている問題はいつまでも解決しない。

ここまで問題が悪化したのは、判断を保留してきたおまえらのせいなのである。
母親が娘を騙ってツイートしているだろうなと思いつつも、断定するのは差し控え、保留してきたわけである。
もうこれ以上判断を保留してはならない。
母親が娘を騙ってツイートするという虐待が行われている可能性が極めて高いのだから、われわれは断じなければならないのだ。
断定した上で次の行動を考えることが必要なのである。

すべてがはるかぜ本人のツイートだと本気で考えている人間がいるとしたら、頭がおかしいか、人を疑うことをまったく知らないのだろうと思われる。
はるかぜ本人は、トークスキルがまったくないから、動画では使えないレベルであり、ほとんどが文字での活動なのである。
だからこそ、はるかぜ本人も、主体性が未熟なままで、母親と共依存しているのだろう。
このように子どもの主体性を奪い取り、娘を騙って母親がツイートするという行為を続けるのは、虐待でなければ何だというのだろう。
本来こういう破綻したステージママは淘汰されて終わりのはずなのだが、ツイッターという手段で延々とやっているわけである。
この母親の罪障は深く、決して許されるべきではないのである。
はるかぜは四ヶ月年下(学年はひとつ下)の蒼波純という少女をライバル視している。昨日のはるかぜは中川翔子の保健所問題に明け暮れていたが、蒼波純はその間に二つの塾に通っていたのである。

https://twitter.com/junaonami/status/500942821835034624
今日はテレビの録画を見ながら塾の宿題をしていました。 学校の宿題よりも量があります。 録画はアルドノア・ゼロと流星の絆をみました。 今から今日2度目の塾に行きます。 行ってきます!


蒼波純はミスid2014グランプリで、佐々木希と同じ事務所に入っているが、いかにも育ちが悪そうな佐々木希とは対極の存在である。欧州に家族旅行をしてドイツが気に入り、ドイツ語の勉強をするような教養豊かな家庭環境であり、やんごとなき身分のひとたちと同じような生活をしているから、ふんだんに買い与えている可愛らしい衣裳に、金色の糸で菊の紋章が刺繍されていても、なんら不思議ではない存在である。

日本は戦後に人口が増えすぎて過当競争であったから、「いかに他人に勉強させないか」というのが生存戦略になっており、勉強で人間性が歪むと主張され、遊ぶのが望ましいとされていた。20年前の女子高生がルーズソックスを履いて身体を売って遊び歩いたのも、宮台真司や朝日新聞によって遊びに動員されたのである。戦後生まれのノーベル賞受賞者は山中教授と田中耕一さんしかいないし、どう考えても1945年より前に生まれた日本人の方が知的レベルが高いのである。ようやく人口が減り始めたので、戦前のような少数精鋭に戻りつつある。

はるかぜは下層が放置されていく様子を披露し続けている。Aという意見が論破されると、Bという意見を真意として提出し、これまた論破されたらCという意見を真意として提出するという、とめどのないすり替えを行っているのである。そして全ての真意が論破されると、アンチに攻撃されているという被害妄想を膨らませるのである。蒼波純のような貴人に拝謁をたまらい伺候して親睦を深めるポジションでもないので、ただひたすら上流と下流の差を広げていくしかないのである。こういう勉強時間の格差は健全なことである。1945年からバブル崩壊まで50年持たなかったのだから、戦後の日本を支えていたのは戦前生まれであると言えるし、下層に配慮した戦後教育のコストはとても高く付いた。蒼波純が延々と勉強していて、はるかぜが延々とツイッターばかりやってるのを問題視するとしたら、蒼波純の学習時間が多すぎるので妨害して減らそうという話にしかならない。蒼波純に10人分くらい勉強して貰って、はるかぜの勉強時間が0の方が望ましいのである。この二人の学力差を埋める必要はまったくないし、差が付けば付くほど素晴らしい。
2014.08.18

認識と体験

われわれは森羅万象から疎外されている。
肉体に付属している眼球と鼻と耳と舌と手で世界を理解している。
これは極めて個人的な世界に他ならない。
その五感で把握しているもの以外は、他者からの伝聞で補っているだけである。
この個人的世界が人生なのである。

東日本大震災が発生した時に、福島に住んでいた人と、東京に住んでいた人では、意味が違うわけである。
東京在住者は、伝聞として福島のことは知っているが、自らの個人的人生として悲劇を体験したわけではない。
もしくは、東京に住んでいても、福島に住んでいる家族が死んだという人はいるだろう。
たとえば親が死んだとして、東京でその訃報に接するわけである。
親が死んでも構わないという人もいるだろうが、たいていはそういうことはなく、自分自身の問題として、(つまりまったく他人事ではない問題として)、絶望や悲嘆が頭を埋め尽くすのである。
われわれは家族と連帯することで人生を歩むように設定されているわけである。
東京でテレビを見ながら、赤の他人が死んだ模様を眺めるのと、自分の親が死んだという悲報に接するのとでは違うのである。
当事者として、親の死に接するという状況である。
これはまさに「体験」としての問題なのである。
地震そのものは体験してないにしても、そこで家族が死んだという他人事ではない体験をさせられるのである。

誰かの訃報に接するとして、それは単に死んだという情報を認識するだけの問題ではない。
嫌な相手が死んで笑みがこぼれることもあれば、自分の子どもが交通事故で死んで絶望することもあるだろう。
そのような「体験」としての問題が重要なのである。
自分の人生にとっての意味を体験するのである。

金が無くなって飢えて苦しんでいる自分を他人事として扱うことは出来ない。
大富豪として暮らすのも、極貧でみじめな生活をするのも、
どちらでも同じとするわけにはいかない。
極貧でみじめな生活なら、まさにそれを100パーセント完全に体験しなければならないのである。
いろいろと欲を断念することで、人生という重みを減じることも出来るのだが、
借金取りに追われ、借金を返すために東奔西走するとなると、
清貧を気取るわけにもいくまい。
われわれは森羅万象を洞察する千里眼など決して持ってはいないので、
あくまで肉体として人生を体験するだけなのである。
かつて三島由紀夫は「金閣寺」でこのように綴った。

人生に於て、永遠に化身した瞬間は、われわれを酔わせるが、それはこのときの金閣のように、瞬間に化身した永遠の姿に比べれば、物の数でもないことを金閣は知悉していた。
美の永遠的な存在が、真にわれわれの人生を阻み、生を毒するのはまさにこのときである。
生がわれわれに垣間見せる瞬間的な美は、こうした毒の前にはひとたまりもない。
それは忽ちにして崩壊し、滅亡し、生そのものをも、滅亡の白茶けた光りの下に露呈してしまうのである。


BABYMETALはかなり危険な存在であろうと思う。
ここまで美しさと歌唱力を兼ね備えたボーカリストはかつて一人たりとも存在しなかった。
橋本環奈くらいの美少女なら、日常性の範囲に留まるからいいのだが、SU-METALは他人を公開処刑するために生きてるようなものである。
他のアイドルはたまったものではないだろうし、それどころか、アーティストと称する女性ボーカリストすべても処刑してしまう。
これだけ突出した容姿と歌唱力をもって実在されてしまうと、もはや害悪を垂れ流す存在である。
あらゆるアイドル、もしくは女性ボーカリスト、もしくはひとびとの人生さえも、つまらないものに変貌させてしまう。
美とは排他的なものであり、誰かが発明した画期的な製品が大衆に行き渡るようなものではない。
おそらくBABYMETALは憎悪されるであろう。
他のアイドルが嫉妬するというレベルではなく、美の排他性からして、誰からも嫉妬されうる存在である。
大谷翔平が160キロ投げても他の野球選手の価値はなくならないが、SU-METALの超越性は、他のすべての存在を塵芥に変えてしまうのである。
美という問題に関しては、その排他的な超越性が、他のあらゆるものを死に至らしめる。
人生のあらゆることが無意味であるというニヒリズムに容易く繋がるのである。
ひとびとに絶望を与えるために存在していると言って差し支えあるまい。
BABYMETALのファンだと公言する有名人がいないのも、賛否両論が生じない完璧な美だからである。
100万人が見たら100万人が認める美なのだから、個人的にファンとして贔屓する必然性がないのだ。
外国人ならまだ他人事のように応援出来るかもしれないが、同じ日本人としては存在して欲しくないのである。
超越的な美がどれだけ排他的に振る舞い、人間に害毒を与えるかは「金閣寺」に長々と書いてあるから、述べる必要もあるまいが、こういう超越者の前では、あらゆる普通の人間の価値が崩壊するのである。
これから他のアイドルやアーティストがBABYMETALにどのような態度を示すのかも興味深いところである。
歌唱力も並外れているわけだから、お世辞を言う余地もないし、接するのがとても困難な対象であろう。
等身のバランスのよさに関しても、170センチを越えているような長身ならまだあり得るのだが、160センチくらいの少女らしい可愛さを保った範囲内で、ここまで美しい立ち姿を実現してしまうと、他の人間に生きている意味はあるのかという、重大な疑問を抱かざるを得ない。
たぶんアイドルは、超越性に手を伸ばすための存在であり、本当に超越的な美が上から降りてきてはいけないのである。
大谷翔平がどれだけ超人的なアスリートになっても、娯楽であるから、人間への否定にはならないが、美は人間存在の根幹であり、決して娯楽ではないから、このジャンルで超人的なことを具現化してしまうと、ニヒリズムしか生まないのである。
これより超越的なボーカリストは空想ですら思い浮かばないくらいのレベルに到達しているのだから、夢見る余地すら奪い取っており、あらゆる人間に対する処刑であるから、絶望しか感じさせない。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング