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母親が勝手にライバルを決めてしまうというのはありがちだが、はるかぜ(娘)も、蒼波純をライバルに設定されるのはずいぶん気の毒ではある。

はるかぜが蒼波純が出る映画の監督に、いきなり偉そうなリプを送りつけたのである。蒼波純に反感を持っているのははるかぜ(母親)だが、無神経に接することで親しさを表現する手法は親子で共有してるから、どちらかはわからない。

https://twitter.com/harukazechan/status/504273309857767424
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蒼波純の出る映画の監督に馴れ馴れしい口を利けることをアピールしたかったのだろう。これは当初はスルーされていた。しかしなぜか22時間経過してから好意的なリプがあったのである。この間にこの新米監督は10回くらいツイートしてるから、いろいろ関係者と協議し、大人の対応をしたと思われる。本当は関わりたくないが、17万フォロワーがいるわけだし、はるかぜ(母親)に臍を曲げられると困るので、対応に慎重さが求めれらたのである。監督と知り合いという理由で蒼波純に一矢報いたわけではあるまいし、そもそもキャスティングされてないことが、真実を雄弁に物語っている。

馬鹿な子どもの方が扱いやすいという問題がある。馬鹿な子どもはコントロールしやすい。だから支配的な親は子どもを無能な人形にするのだが、親だけが扱いやすいとか、そういう都合のいいことはない。誰から見ても無能であり、誰からも扱いやすい馬鹿となってしまうのだ。親がコントロールしやすく、それ以外の相手には自分の判断でしっかり行動出来るとか、そんなことはあり得ない。コントロールするために子どもを未成熟な状態に置くのは明らかな虐待である。子どもの成功を祈っているから虐待ではないという遁辞は許されない。はるかぜ(娘)は猫アレルギーなのに猫好きの設定をやらされている問題も含め、人生を奪い取られた被害者なのである。はるかぜ(母親)は自分の人生がとても不本意だったようなのだが、もう一度人生をやり直すために、娘の人生をハイジャックして操縦桿を握って離さない。これは人間への蹂躙でしかないし、人倫の大きな罪なのである。

そもそもはるかぜ親子は何を望んでいるのか、という問題である。あの夏休みの過ごし方を見れば明らかだが、スキルをアップさせるための努力はしていない。ツイッターで暴れて、知名度を維持していただけである。途中からは仕事がないのを隠さなくなり、人生にあぶれて酔いつぶれているような様子を垂れ流していた。学業を放棄しているので、今更引退して普通の中学生には戻れないという問題が伺える。本人のスキルが低いままで、ツイッター営業だけ頑張っても意味はないだろう。本人の喋りがつたないのが最大の問題なのだが、文字で出来る仕事を望んだとしても、「奇跡の詩人」みたいなものだと見抜かれている。本人がツイートしていると強弁したところで、誰も信じてないからオファーがないのである。2001年生まれらしい瑞々しいツイートが出来るならともかく、中学二年生が昭和みたいなツイートをすることに需要はない。せめて練習替わりにネットラジオとかニコニコ生放送でもやればいいと思うのだが、本人のトークスキルが低すぎて表に出したくないだろうし、娘の成熟を望まない母親の問題もある。

はるかぜ(娘)は被害者の側面がかなり強いが、衆人環視の中で行われている虐待に誰も異を唱えず、漫画家の矢野健太郎(56歳)のように、「はるかぜちゃんのツイートを執拗に母親の代筆と決め付けて譲らない人達って、3歳児がPC使ったり小学生がSNSやったり中学生が自主的に意見述べたりする事があるのを認めると死ぬ病気にでも罹ってるんだろうか」といまだに援護射撃する人間がいるのである。2001年生まれの少女が昭和のことしか語れず、本人はたどたどしい喋りしか出来ず、公立中学で落ちこぼれるほど教育放棄されており、かなり危険な状態なのだが、この少女を母親の支配下から救出するとなれば、物理的にも精神的にも、その切断は断末魔の苦しみだと思われるし、切り離したところで、どこかの恵まれた家庭に引き取られるわけでもあるまいし、状況を見抜いているひとは沈黙を守るしかないのだろう。

BABYMETALは「やらされている」と感じるユニットであるし、本人たちがメタル好きとも思えないから、あまり共感されていない。だが、ボーカルのSU-METALはアイドルとしては並外れた歌唱力だし、160センチくらいで9頭身という見栄えの良さも含めれば、不世出のボーカリストといえる。ダンサーのふたりのうち、YUIMETALの歌はあまりうまくないが、MOAMETALの歌唱力は相当にレベルが高く、少女らしいハスキーな声質が美しく、歌声としてはこっちの方がいい。SU-METALより歌のうまいアイドルは二度と現れないと思っていたら、隣で踊ってる方がもっとうまいので驚いた次第である。MOAMETALはSU-METALのような見栄えのするタイプではないが、ごく普通に容姿は可愛いのでソロなら絶対に人気が出る。「やらされてる」という批判はあるし、わたしも以前は不愉快だったのだが、ここまで徹底的に仕込んだとなると、血で書かれたものにしか価値がないというニーチェの言葉を思い起こす。

はるかぜ(母親)ははるかぜ(娘)にスパルタ教育はしてないので、それはいいのだが、自分が操縦桿を握っていたいから娘を低レベルのまま放置しているのである。売れてない間にツイッターをやってるだけなのが、この親子の限界である。実力がないのにチラシ配りだけ頑張っても意味はあるまい。中元すず香は可憐ガールズとして人々の前に姿を現して、そこから消えて、BABYMETALは数年前にステマされていたが売れる様子もなく、この間の武道館もチケットが売れ残ったそうだが、いつの間にか9頭身のスタイルになっていて、抜群の歌唱力を身につけていたのである。売れない時間が長かったので、それだけ練習する時間もあったのだろう。芸能人にとって売れるとは消費されることであり、売れないというのはスキルアップする機会でもある。中川翔子などは、売れすぎたため、寝る暇もなく糞みたいなタレント仕事に忙殺されていたから、多才な才能を開花させる時間などなかった。売れることでスキルアップの時間が0になり、雑巾を絞っても一滴も出ない状態になったのだ。

中川翔子は無名な頃は、イラストがやたらとうまいアイドルとしてニュース速報VIPで絶大な人気があったのだが、ブレイクしたらネットユーザーと絶縁し、絵筆も折ったのである。中川翔子の絵に独自の世界というものはないから、美術史に空白が生じたわけではないが、オタク関係の絵は二次創作の延長であればよいし、癖がない方が望ましいから、模写に長けていて無個性な中川翔子は理想的な才能を持っていた。オタクは誰もが絵の才能が欲しいと思ってるのに、それを簡単に放棄して、知ったかぶりだけのタレントに堕落した。これからはモサドがアイヒマンを追い詰めたような執拗さで糾弾されるであろうし、ネットユーザーの怨敵であり続けるだろう。中川翔子は知能指数は高いはずで、家庭環境がまともならかなり勉強も出来たはずだが、スキルアップする時間などまったくなかったから、いくら才能があっても、それが花開くことはなかった。スキャンダル、もしくは処女営業のツケが大きいのだが、イラストという決定的な武器を手放したので、イメージ商売に徹しすぎたことがかなり裏目に出ている。これだけ才能に溢れた人間は滅多にいないのに、なぜ実力を放棄させ、上っ面だけのタレントにしてしまったのか理解に苦しむ。BABYMETALに徹底した英才教育を施しているアミューズとはかなり対照的である。

蒼波純もナベプロ系(トップコート)である。登記簿は見てないが、社長が同一人物(渡邊万由美)なので、姉の渡辺ミキ(ワタナベエンターテインメント社長)との調整で別会社にしてるのだと思われる。ナベプロ関係の会社を創業者一族で分有しているので、いわゆる系列というよりは親族間での調整である。同族経営であろうから、ナベプロとトップコートはある程度同一視していいのだろう。住所はどちらも渋谷区桜丘町で、同じビルの七階と八階だから、法的な書類の上で分けているだけで、中身はほとんど同じなのではなかろうか。

蒼波純はミスiDのファイナリストたちをラブライブの仲間と表現し、自分が選ばれなくても握手会に行きたいと言っていた有徳者であり、実際ミスiD2014のメンバーは蒼波純への畏敬の念でまとまっていて、かなり仲がよさそうに見える。今のところ蒼波純は会う人誰からも絶賛され、大人からも同世代からも畏敬の念をもたれる存在であり、容姿を褒めるのとはまた違った、人格に対するリスペクトであるから、類例としては昭和天皇くらいしか思いつかない。今まで三島由紀夫の天皇崇拝があまりピンと来なかったのだが、天皇という言葉を蒼波純に置き換えて三島由紀夫の文章を読むと、やけに腑に落ちるのである。もしくは軍人勅諭など、戦前の天皇制を体験してないわれわれは、絶対者というものの存在を知らないので共感しづらいが、蒼波純がこれを宣言していると脳内変換すると、いかにももっともな文章に思える。


朕が国家を保護して、
上天の恵に応じ祖宗の恩に報いまいらする事を得るも得ざるも、
汝等軍人が其職を尽すと尽さざるとに由るぞかし。
我国の稜威振はざることあらば、
汝等能く朕と其憂を共にせよ。
我武惟揚りて其栄を輝さば、
朕汝等と其誉を偕にすべし。
汝等皆其職を守り、
朕と一心になりて力を国家の保護に尽さば、
我国の蒼生は永く太平の福を受け、
我国の威烈は大いに世界の光華となりぬべし。
朕斯くも深く汝等軍人に望むなれば、
猶訓諭すべき事こそあれ。
いでや之を左に述べむ。


絶対者を崇拝する感性がないと、軍人勅諭は理解できない。蒼波純という絶対者の存在を思い浮かべると「朕とその憂いを共にせよ」という文言に深く共感出来る。俗世間を超越しており、それでいて知性や品性を感じさせ、俗塵にまみれたわれわれとは次元が違う存在として、毎晩御真影がツイートされるのを民草が心待ちにしているのだから、超越的な聖者としか言いようがないのである。大罪人の心にマザーテレサの声が響いてきたようであり、一度でいいから道重さゆみちゃんの躰を好き勝手にしてみたいとか、そういう煩悩で頭が埋め尽くされていた愚かさを自省し、神が死んで絶対者の声が聞こえないはずの世界で、皇軍の一員であることを自覚させられ、理念や大義に蒙を啓かれるのである。三島由紀夫は自決の一週間前に「無理にでも絶対者を作らなくてはならない」と言ったが、われわれには蒼波純がいるので、目の前の俗事などどうでもよく、ただ心眼を開き八紘一宇に思いを馳せればいいのである。軍服に着替えて市ヶ谷駐屯地のバルコニーから呼びかければ、この俗にまみれた世界は終焉し、東亜解放の盟主として旭日旗を掲げ、大きな物語に接続されるのである。あとは、現代のオルレアンの少女たる蒼波純が絶対者から転落しないでいてくれるかどうかである。蒼波純は教養豊かなすばらしい家庭環境に育っており、まっとうな教育を受けている少女だが、学業もおぼつかないほどナベプロが仕事を入れるとか、馬鹿な方が扱いやすいから遊びを覚えさせて堕落させるとか、そういうことが行われるなら、現人神を丸焼きにして肉を売り払うような行為であり、朝敵と呼ぶにふさわしいであろう。

広末涼子があれだけバッシングされたのは事務所が弱小だったせいもあるが、早稲田大学入学時に仕事をセーブ出来ず、登校が出来なかったからである。まともに通っていたら、あそこまでバッシングは大きくなかった。あの当時の広末だと、輪転機を回していくらでもお札が刷れるように儲かったであろうから、事務所が仕事を減らす決断など出来なかったのである。芸能というのは、芸を見せる場なのか、それとも人間が消費されて干涸らびていく情景を悄然として見やることなのか、という問題である。広末は生まれつき頭が悪いのであれでいいのだが、蒼波純のように誰からも尊敬される知性的な少女がさっそく学校を休んで映画撮影している件などは、早々と消費され可能性を削がれるために芸能に参加しているようでもあり、中川翔子の二の舞にならないかと不安視される。映画撮影はいいとしても、番宣のためにバラエティーに出てお笑い芸人に頭を蹴られて愛想笑いを強要させられるとか、あってもおかしくないのが怖いところである。
人の話を聞くということに関して誤解している人が多いように思う。人の話を聞かないとされる人間は、実際は他人に干渉されやすいのである。周りが見えてない人間が、口を挟まれるのは当然であろう。昭和天皇が近衛文麿を評して「あいつは聞き上手だが実際はやってくれない」と評したことがあるが、聞き上手であれば、昭和天皇の意見でさえ拒めるのである。聞き上手だと、いかにも実行力がありそうだし、他人が口を挟む余地などないのだが、それがゆえに自分の意志を持てるのである。もちろん変な電話セールスなどは即座に電話を切った方がいいのだが、基本的な対人関係としては、聞き上手であった方がいいのである。聞き上手であってこそ、のらりくらりと躱すことが出来るのである。聞くのを拒もうとすると、逆に押し込まれてしまう。

話を聞くという言い方自体が混同を招く。ただ単に聞くのと、相手の言いなりになるのが混同される。聞き上手はただ単に耳に入れるだけで、それ以上のことはしない。他人の意見に耳を塞ぐタイプの人間は、暴力的にこじ開けられ、従わされるのがオチなのである。

人の話を聞かないというのは、発達障害者に見られがちな特徴である。先天的な脳機能の欠陥である部分が大きいし、なおかつ親が悪いお手本となるから、まともなやり方を覚えるはずがない。発達障害者というのは、取り押さえるべき対象なのである。発達障害がいじめられやすい根本原因は、教師からの心証が極めて悪いことである。誰よりも教師こそが発達障害を馬鹿にしているので、周りの生徒も同調し、制圧して従わせるべき対象と見なされるのだ。他人の意見に耳を塞ぐパーソナリティーの持ち主であるから、暴力的に聞かせようということになるのも自然なのである。発達障害は、親が悪いお手本というのが厄介であり、まともな大人から指導を受ける機会を持たない。学校の教師は弾圧するだけだから、改善指導は出来ない。通級指導教室というのは存在し、通常のクラスから離れて個別指導する場はある。2006年から発達障害も対象になっているのだが、あまり行き渡ってはいない。人の話を聞かない発達障害者に聞き上手の極意を教えようとしても、親という悪いお手本が壁として立ちはだかるので、結局は暴力的に鎮圧するしかないのである。
中川翔子(29歳)は少なくともイラストの才能はあったのである。10年くらい前の絵を見ても、まったく絵柄が古くないし、本気で練習していたらイラストレーター専業でやれていた。音楽家であれば、天意を受けた選ばれし者だけが天才として君臨し、それに辿り着けなかったものは、実家が裕福でもない限り食うや食わずやの状態になる。イラストは最高峰を極めなくても、一定の水準に到達すれば評価してもらえる世界である。中川翔子は決して大芸術家ではないが、それなりに評価されるイラストは描けるのである。だが、絵を描く暇もないほどタレント仕事があったので、かつて絵を描いていたことなど忘れ去り、タレント活動にどっぷり浸かり、賞味期限を迎えたのである。ネットでの評価が極めて低下しているのは、サブカルチャーから完全に離反したからである。スキャンダルが致命的だったが、そもそもテレビで知ったかぶりのオタクをやるタレントに堕していたから、ネットユーザーからの共感性はとっくの昔に失われていた。まともに絵の練習をしていれば、オタクやサブカル系からリスペクトされるのは簡単だったし、知ったかぶりではなく、ちゃんとした実力者として存在出来たはずである。

中川翔子にイラストを描かせてもナベプロにはまったく利益がない。中川翔子に印税が入っても事務所は儲からない。ナベプロとしては、若い間にタレント仕事を詰め込んで儲けたかったのである。中川翔子というブランドを本気で考えるなら、本来はイラストレーターとタレントを兼業するのが望ましかったが、イラストレーターをやる分だけナベプロの稼ぐ機会が減るから、薄っぺらいタレント仕事で埋め尽くされることになった。

仮に、タレントとして鳴かず飛ばずで、平野綾ちゃんやはるかぜのように空閨を託つ日々を送っていたら、その雌伏の時を画力向上に捧げ、活路を見いだすおもしろさがあったのに、不幸なことに、寝る間もないほどタレントとして引っ張りだこだった。薄っぺらいタレント仕事のオファーが途切れないのだし、中川翔子の希望で仕事をセーブするわけにはいかないだろうから、ともかく糞みたいなマルチタレントの仕事に忙殺され、才能があるにもかかわらず、何のスキルも身につかず、30歳前後で退場していくのは当然なのである。

大量のタレント仕事をこなしたのだから、金はかなり貪欲に稼いだであろう。しかし地頭がよくイラストの才能もあったのに、振り返ってみれば、細川ふみえや優香と同レベルというのは気の毒である。本気でイラストに打ち込んでいれば、今頃は岸田メルくらいの存在になれたかもしれないし、兼業でやってても、なかなかの水準ではあっただろう。まがいものではない才能を持っていた人物が、すっかりまがいものに堕落したのだから、その磊落した遺影に向けられる目線は蔑みだけであり、誰も共感はしないだろう。この10年くらいで絵もかなり下手になってるから、今から練習しても遅いと思われる。かつて所持していた才能はすっかり朽ち果てており、そのかつての煌めきは、陰画のように退化した痕跡器官として残るだけである。鈴木奈々みたいに何の取り柄もない人間がバラエティーで頑張ってるのは望外の成功としても、才にあふれていた中川翔子が、中身のない知ったかぶりだけのタレント仕事に忙殺されて、容姿の劣化を迎えたのは、貴重な若さと類い希な才能をお金に換えたのであり、悪魔に魂を売った人物という印象を受ける。

ナベプロと言えば、ナベプロ系列の蒼波純も気になるところである。宮城県ではもう学校が始まってるのに、蒼波純は映画撮影をしている。一学期は学年二位だったそうで、とても勉強熱心であり、発言も極めてしっかりしているから、東京に生まれてたら桜蔭やフェリスに通ってそうなイメージなのだが、(実際はそこまで優秀ではないにしても)、日能研の栄冠クラスにいるような女子と同じようなオーラがある。彼女たちは、わたしを毛嫌いしていた公立小学校の女子とは違い、ハンセン病の慈善活動をする美智子皇后のようなノーブルな気品を持って、分け隔てなくわたしと会話してくれた気がするのだが、やはり偏差値が高い女子は貴人というべき存在であり、学校の女子とはまったく別の人種であったから、蒼波純はそういうノスタルジーを喚起するのだが、早くも芸能活動をやるとなると、本人の特質が損なわれてしまう懸念がある。今のところは日能研の栄冠クラスにいそうな女子だけども、この段階から芸能活動に忙殺されるなら、若さを金に換えるだけで終わってしまい、いかにも優秀というオーラも消えてなくなるだろう。蒼波純が売れることはわかりきっているので、後は大衆の前に姿を現すタイミングなのだが、慌てて戦端を開かなければ勝機を逸するわけでもあるまいし、バブルがはじける前にチューリップの球根を売り払うという話ではあるまい。とはいえ、偏差値の高い女子への偏愛という文脈でとらえているのはわたしだけかもしれないし、容姿以外はどうでもいいのかもしれない。
とても興味深いのは、長期不況に突入してから社交性へのコンプレックスが蔓延し、とどまるところを知らないことだ。社交性とは、いわばゼロサムゲームであり、本人しか得をしない排他的なスキルである。日本人は集団で協調しながらやってきたのである。明治維新で薩摩と長州が主導権を握っても、特定個人の独裁ということは起こらなかった。徳川家康がルイ14世のような権勢を振るっていたかというと、そういうことはない。

その日本おいて、協調性から排他性へという変化が起こったのである。もはや全体を押し上げられないので、一個人が排他的に生き残るゲームになるのは当然としても、たぶん多くの日本人は日本を理想世界だと考えている。「正社員になって小綺麗なマンションに住みたい」とアパート暮らしの非正規が考えているのである。日本は完成された理想的な国であり、しかしたまたま自分が底辺である、という認識をしているのである。そこに階級闘争の意識は一欠片もなく、牧羊犬に誘導される羊のように恬淡と受け入れているのである。

理想的な生活をしているのはアッパークラスだけなのに、なぜか底辺がそれに共感しているのである。たまたま自分の運が悪かっただけ、と考えており、この理想世界に適応できなかった自分をすっかり諦めているのである。バブル崩壊は、第二次世界大戦の敗戦で焼け野原になったのとは違って、先進国の頭打ちだと理解されているし、実際のところそうなのだろう。経済成長で幸福になるという物語は失われた。

バブル崩壊後の女子高生ブームは今日の法律なら明らかな犯罪であり、マスメディアの汚点であるから、回顧されることはほとんどないが、女子の方が社交性が高いのは疑いなく、16歳くらいになれば、偏差値40くらいでもすっかり世慣れている。1990年代は、この女子高生の社交性の高さが礼賛され、宮台真司がメディアに出ずっぱりであった。女子高生は社交性が高いから立派な大人であると主張されたのである。社交性と責任能力を宮台真司は混同していたのである。背景には、一家に一台の黒電話という時代が終わり、個人が携帯電話を持ったことで社交性の格差が生じたことがある。「新世紀エヴァンゲリオン」でも碇シンジの携帯電話が鳴らないことがテーマとして扱われた。

これ以上勉強しても意味がないという意識が浸透している。日本はすでに完成された国家なのである。近代が終了し、その余生のような時間に格差だけが存在している。独身男性の半数が童貞という話もあるが、彼らは決して武装蜂起することはないし、恭順の意を示している。多くの人が新しい理想世界に適応できておらず、少数のアッパークラスが人生を楽しんでいるだけなのだが、この格差を暴力革命でぶちこわそうとする人間はひとりもいない。

AO入試がこれだけ流行ったのも、勉強ができても意味がないというニヒリズムが知識人の中で跋扈したからである。知識人(特に左翼系知識人)の自信喪失が深まり、とても卑屈な態度で社交性に道を譲ったのである。AOに肯定的な人の意見をみると、たいていは恋愛に触れているのが興味深い。大学教授は社交性にコンプを持っているので、世の中にとけ込んで軽やかに生きる若者が、光彩陸離たる煌めきをもった存在として映じてしまうのである。

もはや近代科学や近代文明などに期待してないから、生涯童貞で統一場理論に到達する人生と、道重さゆみちゃんと結婚する人生なら、後者の方がいいに決まっているが、最高の女を抱いたという理由で、生きたまま眼球を刳り抜かれ火掻き棒で打擲されるならともかく、自分だけが生き残るソーシャルスキルを評価されて一流大学に入れるのだから、知性への疑心暗鬼は不治の病なのである。戦後生まれのノーベル賞は山中教授と田中耕一さんしかいないし、現在の大学教授は戦前生まれの知的巨人より圧倒的に劣るので、そもそも誇るだけの知性がないという問題もある。山中教授のiPSも、整形外科医として、患者の目も当てられない傷跡を綺麗にしたいという動機らしいし、容姿面のリストラへの期待の中で生まれた。底辺が武装蜂起しないのは、容姿や社交性の格差は経済的再分配で解決しないと理解しているからであり、近代科学や近代文明にもうんざりであり、意識が都会的に洗練されているからこそ、容姿改善につながらない物理学などなんの意味もないし、数少ないアッパークラスをのぞいて、大多数の出来損ないが、生命の連鎖から退場していくことを受諾しているのである。
http://kai-you.net/article/8186
8月31日(日)のライブをもって活動休止することが決まっている
ソロアイドルのいずこねこさん主演の映画『世界の終わりのいずこねこ』のメインキャストが発表された。

主演のいずこねこさん演じるイツ子の親友・スウ子役に、
講談社が主催するオーディション「ミスiD2014」でグランプリを獲得した新人女優の蒼波純さん。

現在選考中の「ミスiD2015」で一番人気の緑川百々子さん演じるレイニーとの木星人ユニットの相方・アイロニー役に、
新潟美少女図鑑やツインテール協会のモデルをつとめ、
アイドルユニット・駅南いちごぱんつとしても活動中の永井亜子さんが決定した。

本作は、10月中に完成予定となっており、10月24日(金)に「シブカル祭。2014」内のイベントとして、
渋谷にあるソーシャルTV局・2.5Dで先行上映会が行われる。
そのほか、都内や地方でのイベント上映や、全国で順次上映されていく。


あまりにも階段を駆け上がるのが早い。中学生の間は芸能活動控え目くらいに思っていたが、状況はそれを許さないようである。これだけの素材をほっておくわけにはいくまいし、いくらでもオファーがあるのだろうから、受けないわけにもいかないであろう。珍しく学業優秀で好感が持てるアイドルであるのに、忙殺されて消費されていく予感である。全盛期の広末的な立ち位置になると思うのだが、芸能界にいれば、毎日のように口説かれるであろうし、われわれが悲報に接する日も早いかもしれない。男女を問わず支持される少女であるとはいえ、やはり男性スキャンダルは好ましくなく、アイドルはたやすく愛に身を投げて失墜し、遺髪だけを残して去っていくのである。そのモノクロームの遺影と向き合う準備を始めなければならない。ヤマカンが最終選考で落としてなければ、アイドル声優の最終形態が見られたのだが、女優としてヒロインを張れる素材が声優をやるというのも妙であり、演技力は未知数ながら、NHKの朝ドラのヒロインくらいはやってもおかしくない。際限のない可能性を持つ素材であるから、凡人がやっとチャンスをつかんで花をひとつ咲かせるのとは対極であり、何かをやるたびに他の可能性が手折られるような気がするのはやむを得まい。勉強熱心であるところが畏敬の念を持って見られる大きな理由のひとつであるから、寝る暇もないほどに仕事に駆り出され、学業に割く時間などなくなるとすれば、その魅力の本質を失ってしまう気もするが、あらゆる者が求める存在であるから、否応なしに大きな舞台に昇らざるをえないし、選ばれた貴人として天意を背負い、大衆から眷恋され、時代の象徴となるしかないのである。道重さゆみちゃんのようにオワコンのグループに付き合わされて、ややマイナーな存在にとどまるくらいの立ち位置がよかったのだが、蒼波純がひっそりと世界の片隅にとどまることなどあり得ないのである。このニュースを目にしたはるかぜ(母親)の激憤がどこに向かうか不安であるが、はるかぜ(娘)は何の取り柄もない人間であり、誰も求めてないので、せめて母親くらいは無償の愛を注いでほしいものである。
不思議なのは、ネットが普及しても、電通を批判する人がほとんどいないことである。
先日のサッカー日本代表が典型だが、火事を出して焼け太りしてるだけの会社であり、泥棒貴族という立ち位置なのに、せいぜい2ちゃんねるでしか批判されないのである。
マスメディアなら電通を批判した瞬間に圧力が掛かってテレビ画面から消えるのはわかるとしても、ネット広告はグーグルが独占支配したので、電通が入る余地がない。
それでもネット文化人達が、電通を批判しないのは、たとえば津田大介がネットでいくら蓄財しても、今だと自己啓発屋さんでしかないし、SNS的にクソみたいなネット文化人と会って対談してるのを取材だと称してるのがせいぜいであるので、SNSの時代が終わったら、ネタフルのコグレマサトみたいに見掛けなくなるだろうし、死んだら何も業績が残らないから、マスメディアで売れたいという名誉欲はあるだろう。
顔出ししてるネット文化人はひとりの例外もなく、有識者としてクソみたいな審議会に参加して、空疎な名誉を得たいと考えているし、その野心により、電通に金玉を握られているのである。
勇敢だから顔出ししているのではなく、文化人・有識者になりたいという下心があるだけなのだ。

https://twitter.com/AoiNoguchi/status/503069909195059200
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未来の電通マンTehuの周りにも女が集まりだしたらしい。
Tehuはあくまで電通のインターンを一週間やっただけなので、電通社員になることが決まったわけではないのだが、とはいえ、かなりの倍率を勝ち抜いてインターンシップに参加したのも確かだし、夢や幻想ではなく、現実的に有意な可能性が生じたのも確かである。
こうやって、女の家で主催される誕生会に呼ばれたのも、電通マンになった場合のことを見越して、唾を付けておこうということだろう。
適当に企画を出してクールジャパン1500億円の予算を浪費すれば、大赤字になっても損しない(むしろ焼け太りする)ポジションなのだから、リスクを負って起業するなど馬鹿らしいことである。
ましてやこのように有象無象のB級アイドルが寄ってくるのだから、作詞家という競争がない金鉱を掘り当てた秋元康のようにはいかなくても、電通マンとして女を食うくらいは出来るだろう。
税金にたかる権利のある人間を特権階級と言う。
こういう連中を見ていると、人間は肉塊以外の何物でもないと痛感させられる。

ハヤカワ五味
.*Serina Yashiro *.
のぐちあおい

今後この三人が電通マンTehuの利権のおこぼれに預からないかどうか、監視する必要がある。
朝鮮王朝の末期のようなことをやってるのだから、まさに反日的な集団である。
https://twitter.com/harukazechan/status/501981462954909697
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はるかぜが蒼波純をライバル視しているというエントリーを検索で探したら、記事が10個くらい出てきて、それが全部このブログであり、他の人のは見当たらなかったので、「酷いblog」とはこのわたしのブログのことだと思われる。

はるかぜがミスiDをdisった件などは記憶に新しい。
こういう一件があったにもかかわらず、何事もなかったかのように脳内変換してしまうのは問題であろう。

https://twitter.com/mosatsu_p/status/475301654040809472
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はるかぜ(母親)が蒼波純を意識しているのは、同じ2001年生まれで、声優志望の女の子として登場してきたからである。だが、ミスiDでグランプリになったことで、トップコートというナベプロ系列の事務所に入ったので、声優になることはないはずである。このトップコートという事務所はナベプロの下というよりはむしろ上の事務所に思えるので、それだけ特別待遇されているのである。アイドル声優としては完璧な素材であるため、CMタレントになってしまうのは残念な気がするが、声優というのは第一志望で選ぶべき職業ではないし、声優は選択肢としてあり得ない。ミスiDの前に、ヤマカンの「wake up girls」の最終選考で落とされた段階で、声優にはならない運命だったのだろう。

母親が勝手に、自分の子どものライバルを決めてしまうことがあるわけである。もしくは、無理して友達にさせようとすることがある。たとえば家が近所というだけの理由で、友達になりたくもない相手と友達にさせられるような経験は誰しもあるに違いない。母親の心情として、「あの子には負けないで欲しい」とか「あの子と友達になって欲しい」と思うこともあるだろう。だが、それはエゴであるからやるべきではないのである。

たとえば昨日のツイートだけ見ても、これで意識してないと言う方が無理がある。

https://twitter.com/harukazechan/status/503150474283872256
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https://twitter.com/junaonami/status/503149154969722881
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人間存在は他者との比較によって立ち現れてくるのである。蒼波純の母親は宮城県の田舎で美しい娘の写真を取り続けてきたが、東京に出てきて、周りが蒼波純より美少女ばかりだったとしたら、それは本当の美ではないのである。福原遙と比較してもまったく見劣りせず、橋本環奈などは単なる丸顔の垂れ目にしか見えなくなるからこそ、褒めそやされているのである。なおかつ蒼波純は学業優秀で知性と教養も高いという属性があるから、他人から好感を持たれるのは当然なのである。この知性や教養にしても、他者との比較の問題である。他人といろいろ比較されるのは、われわれ人間存在の根本的な問題であり、とてもありがちな悩みでもあるのだが、少なくとも芸能人を自認するのであれば、似たような存在と比較されるのは避けられない。蒼波純だって、これから人気が出たら全盛期の広末涼子と比較されるであろうと思う。

蒼波純はミスiDの発表前に、自分が選ばれなくても握手会に行きたいと言っているのである。しかもそれをラブライブに喩える素晴らしさである。

https://twitter.com/junaonami/status/377716042631368704
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ミスiD2014のメンバーがLINEをやったりして妙に仲がいいのは、グランプリの蒼波純の人徳の問題であろう。周囲は全盛期の広末涼子と比較して論じるであろうし、顔だけ見れば広末の方がいいだろうからdisられることもあるかもしれないが、本人は意に介さないであろうし、そもそも総合的に見れば、誰もが蒼波純の方が素晴らしいと言うだろう。

また蒼波純の母親は艦これのキラ付けを娘にやらせている。欧州に家族旅行に行くというエピソードも含め、まさに典型的な有閑階級なのである。嘘のオタク設定でやってるのではなく、この家庭環境はガチ過ぎる。

https://twitter.com/junaonami/status/407480284414619648
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https://twitter.com/junaonami/status/356224512527826944
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蒼波純が声優志望だったのは、母親の影響もあるだろうが、蒼波純を花澤香奈にするとすれば、相当なスペックダウンが必要であるため、ある種の無理難題ではあるとしても、雲の上の存在になれと言っているわけではない。


蒼波純を意識しているのははるかぜ(母親)であろうから、これは親子関係のよくある問題である。明らかに上位互換の子どもと比較するのは、子どもが病む原因だから、止めて欲しいものである。赤の他人が比較するのは問題ないが、母親がやってはいけないのである。まるで蒼波純こそがはるかぜ(母親)の理想であり、はるかぜ(娘)はその理想に至らない存在であるかのように扱うとすれば、それは人間性の蹂躙なのである。われわれが箸休めのようにはるかぜに言及するのはいいが、母親はただ単に娘であるというだけの理由で愛さなければならない。はるかぜ(娘)は悪い人間には思えないし、むしろ善良で正義感があり、他人に嫌がらせをするような人間ではないが、毒親の子どもが無垢である典型でもあるし、公立中学の女子にしては、大人の意図を見透かすことも出来てないし、親を馬鹿にする健全さも持ち合わせておらず、この現実と結節点の無い理想に囚われている危険性もあるから、いずれはそのズレに耐えきれなくなる可能性が高い。猫アレルギーだと疑われても犬アレルギーだと言い張り、猫好きな人物を演じ続けることも、決して女子の狡猾さから出ている発想ではなく、幼い子どもの健気な主張であろう。はるかぜ(娘)はお嬢様でもないのに女子特有の陰湿さや性格の悪さがないから、幼児的ないい子に回帰しようとする反復強迫を続けるであろうし、いずれは丸呑みしていたすべての事象に耐えきれずに吐き出して、かなりの人間嫌いになると思われる。親の理想を叶えなければ生きている価値がないという思い込みは与えないで欲しいものである。
なぜこの世の中は、クソみたいなジャーナリストだらけなのかと考えると、まずは対象と仲良くならないと取材にならないからである。
小保方をバイクで追っかけ回すような敵対的取材だと、それで面白い映像は撮れても、情報が得られるのとは別である。
相手が音を上げるまで追っかけ回すというのは、私刑としてはいいが、情報を得るための取材として効果が高いとは言えない。
だから、仲良くなって提灯記事を書くのが基本となる。
提灯記事を書かないと、何も教えて貰えないからである。
そして、結局は提灯記事しか書かないようになっていく。

ITmeidaの岡田有花がやたらとはるかぜを持ち上げたのも、まずは提灯記事から始めるということであろうし、NHKの「奇跡の詩人」も同じ類であろう。
問題は提灯記事が誤報となった場合に、誰が検証できるか、の話である。
「奇跡の詩人」はうやむやになった。
これは朝日の慰安婦報道と構造は変わらない。
植村隆記者が誤報を垂れ流してから、朝日はまったく訂正しなかったし、護送船団的な他紙も積極的な批判はしなかった。
植村隆が2014年3月に朝日新聞社を退職し、ようやく、朝日が訂正記事を出したのである。

取材対象と仲良くなるのが取材の基本だとすれば、その甘さの検証は他の記者が行うべきなのに、他の記者も、もしくは他の媒体も、無視を決め込むのである。
ITmediaも岡田有花が退職したのだから、過去にはるかぜを散々持ち上げたことを訂正してもよさそうだが、それは決してやらないのである。
そもそもITmediaがなければ、はるかぜ(娘)は早泣きだけが取り柄の子役としてすぐに消えたのに、ITmediaが持ち上げたせいで、児童虐待を疑わせる親子関係が存続したのである。

はるかぜ(娘)が猫アレルギーなのは間違いないであろう。
岩崎夏海に「ぼくは猫でなく犬アレルギーだ」と抗議した件にしても、猫と戯れてる写真を一枚出せば済むことなのに、そういう写真は出せないのである。
はるかぜ(娘)が猫アレルギーだと考えると、ずいぶん気の毒な子どもだという実像が浮かび上がってくる。

かつて北朝鮮は地上の楽園であると報じたジャーナリストがたくさんいたが、問題の性質は似ているだろう。
決して北朝鮮を徹底取材したのではなく、北朝鮮に接待されただけなのである。
仲良くならないと情報を教えて貰えないので、ひとまず仲良くなるのは仕方がないにせよ、簡単に取り込まれるのは、そういう体質なのだろう。
戦略的に仲良くなるのではなく、接待されてお土産が貰える職業だと考えているのだ。

麻生将豊が西村博之と組んでステマをしていた件でも、麻生太郎の番記者は決して「あなたの長男は西村博之と組んで一緒にいろいろやってますよね」と質問しないのである。
麻生太郎がナチスを真似ろとか言い出したら、さすがに批判記事を出さなければならないが、そうやって追い詰められない限りは、出来るだけ仲良くしようとするのである。

われわれ視聴者・読者も、リテラシーが必要であろう。
取材対象と仲良くしてこそ情報が取れるのだから、悪い情報は流せないのである。
そして他の記者や、他の媒体も、それにドップリと浸かっているのだ。
「奇跡の詩人」はNHKが悪いが、スルーしている他の媒体もお仲間と言えるだろう。

最初から徹底した裏取りをやると取材に応じて貰えないので、潤色した提灯記事になってしまうのは仕方がない。
だが、その後に疑いが生じたなら、何らかの対応をするべきだろう。
灘高主席・東大医学部卒と詐称していた在日韓国人がFM三木で八年間番組をやっていたことがあった。
講演活動もやっていたようだ。
これは詐称発覚で番組降板となったので報道されたが、たぶん灘高主席・東大医学部卒という経歴で提灯記事を書いただけだったら、スルーされてるだろう。
同業者も決して批判しない。
マスコミにとって同業者とは、記者クラブで一緒に御菓子を食べている仲間なのだから、本気で争うわけがないのである。
2014.08.23

知能の可視化

学歴について論じたがる人は多いが、知能の可視化について言及する人をほとんど見たことがない。学歴を否定する人はたいてい、「人間性」とか「人間力」とか「人物本位」という言葉を多用するので、学歴=知能というのは当然の前提として共有しているように思える。しかし、仮にそれを念押しして確認したら、「学歴と知能は同一ではない」とか「知能という概念そのものが疑問」という遁辞を述べるのであろう。

われわれのたいていの能力は肉体的な特徴として否応なしに象嵌されており、誰が見てもわかるように晒されているから隠しようもないのだが、知能に関しては少し接した程度ではわからない。知能が可視化されてないことが、人間の平等性の最後の砦になっているので、迷信にすがる愚者が少なからず存在し、論理が破綻した議論が繰り返される。そもそも人間性に深い関心があるなら、宗教にもっと関心があるべきだし、俗塵を断ち、山谷を跋渉し、大日如来でもキリストでもいいが、その輪郭の先にある万有を追い求め、内面と語り合うべきである。人物評価で一流大学に入ろうという横紙破りが版図を広げていくのは、まさに末世であり、人間の堕落が極まったのである。

われわれは知能の可視化のために大学に行くわけである。資格試験の大半は、その資格がないと特定の業務が出来ないという法律の背景があるし、単なる能力の証明としての試験はあまり普及していない。知能を証明するためには、大学入試しかないのが現状である。脳科学が発達して、人間の知的能力が細かい部分まで可視化されるとしたら、大学は確実に廃れる。大学に行っても能力の証明としての意味がまったくないなら、専門学校と同じであり、講義を受ける価値がない。理数系ならまだしも、文系はほとんど意味がないだろう。

いわゆる知能検査は、あまり重視しすぎると、何度も繰り返してコツを掴むということになるし、知能検査で高得点を取るための予備校が出来るであろうし、素ではわからない問題も、テクニックで解答しうるから、なかなか難しい。最大限に学習したことを前提としての試験となると、大学入試となってしまう。

知能の可視化そのものを憎悪する人間は確実に存在するから一筋縄ではいかない。人間はどこかで自分を過大評価していたいものであり、可視化されてない知能は好都合なのである。明らかな不細工が、自分を白皙の美青年だと思い込むのは難しいが、知能なら幻想が抱ける。知能は低いが賢者であるというセルフイメージは充分に可能なのである。これは自尊心の問題だから、いくら論破しても死に物狂いで抵抗するであろう。

二流の頭脳の人間が(人物評価で)一流大学に行くとか、一流の頭脳の人間が(人物評価で)二流大学に行かされるとか、これは学歴コンプレックスによる騒擾事件でしかない。活動家で埋め尽くされた安田講堂が陥落した時に、東大生は僅か六パーセントしかいなかったが、それと同じ反知性主義が、極めて穏健に行われているのである。自らの知能を証明する唯一の手段が大学入試であるのが問題の根幹だから、知能の証明と教育を分離するのもひとつの案である。
http://qb5.2ch.net/saku2ch/
2ちゃんねる削除体制

【基本原則】

表現の自由は,最大限保障されるべきものである。
ただし,表現の自由も絶対無制限のものではなく,他人の権利を侵害するものについては削除を行う。削除理由については具体的には明示しないこともあります。
ただし,異議を申し立てる機会を与え,審議の結果,削除された記事が再掲載される可能性はある。

【削除フロー】

権利侵害を主張する者は,メール(meiyokison@racequeen.ph)で削除要請を出すことができる。



※削除要請の際には,
  件名 削除異議申し立て
  内容 URL
     レス番号
     削除理由
     理由を根拠付ける資料があれば添付
     本人確認のための資料
  を添付するものとする。



理由及び資料を踏まえ,削除の是非を判断する。

メール(meiyokison@racequeen.ph)にて異議を申し立てる機会を与える。異議申し立て期間は記事が削除されてから7日間とする。

※異議申し立てに際しては,
  件名 削除異議申し立て
  内容 URL
     レス番号
     異議申し立て理由
     理由を根拠付ける資料があれば添付
     本人確認のための資料
  を添付するものとする。



削除人が,異議申し立て理由及び資料を踏まえ,記事を再掲載すべきかの判断を行う。

裁判所の仮処分決定
RaceQueen Inc.を名宛人とする裁判所の決定については,原則として,従う。
裁判所に関する決定が出た場合は,メールにて,2ちゃんねるに対するメール(meiyokison@racequeen.ph)に対して,疎明資料を添付の上で,削除請求するものとする。

2ちゃんねるが認めた弁護士からの請求
2ちゃんねるから,過去の請求について,表現の自由を配慮したリーガルマインドを持った弁護士と認めた弁護士からの請求については,正当な理由があるものについて,原則として対応するものとする。

【削除判断基準】
権利侵害とは何か。
法的保護に値する利益を侵害すること,をいう。法的保護に値する利益は,時代とともに,変化するものである。以下は,一般的に裁判上も認められている利益である。
削除は,リクエストのあった記事について,対応の可否を判断するものとする。
名誉
個人ないし法人の社会的評価を低下させる事実を摘示するもの。
プライバシー
人の名前(イニシャル等であっても,個人の特定),住所,家族の名前,電話番号等の組み合わせで,個人のプライバシーを侵害していると判断できるもの。
平穏に生活する利益
他人に危害を加えることを予告するもの。
悪質な殺害予告については,掲示板上で公開することがある。
社会に害悪が生じる現実的危険性がある情報
例えば,爆弾を製造する方法,薬物の売買をうかがわせる情報
犯罪に関する情報及び法人に関する情報の場合は,原則として,裁判手続きによって仮処分を取得して,司法判断を待つことにする。



最近運営板がBe必須になったので、書き込みが極端に減り、実質的に板が死んでいるから、運営関連の情報がよくわからないのだが、メールでも削除依頼できるようになったらしい。

たぶん数日前にJimは来日している。
おそらくそれと連動していると思われる。
来日目的は不明だが、大阪にいるらしい。


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またこの新しい削除依頼方針の下に、あの唐澤弁護士の広告が貼られている。
何かの冗談なのか、それとも本当に関わっているのか、これの意味するところは現段階では不明である。
唐澤弁護士と言えば、この一年近く沈黙を守っていただけに、どういう展開があったのかはわからない。

SCのクロールを止めるためにアンチクローリングシステムなるものを作ったのに、なんか立ち消えになっているし、SCからの大量に間断なく行われるクロールを止めるのがそこまで難しいとも思えないから、Jimと西村が手打ちした可能性も無くはない。
先日西村が2ch.netに広告を出している会社(代理店)を脅すような発言をしていたが、西村が力を失ったこともあるだろうが、いかにも弱々しい因縁の付け方であり、プロレスの可能性も疑われるのである。
大きな動きがあるとすればSCのクロールを遮断することしか無く、9月一杯で未来検索ブラジルと2ちゃんねるの契約が終われば、何となくこの問題は風化してしまうだろう。
未来検索ブラジルはニワンゴ株の19.9パーセントを持っているので、(現金化は出来ないながらも)巨額の資産があると言えるから、逃げ切ってしまったとも言える。
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