Archive
やまもといちろうは100億円の資産があるという設定で活動しているのだが、このようなRTをしていた。

https://twitter.com/kirik/status/524124866371657728
jikoshinkoku.jpg


われわれの世界では、経歴の自己申告に頼っているわけである。他人の自己申告に疑問を呈するのはなかなか難しい。隣に住んでいる人がグーグルの社員だと自称していたら、ああそうですかと言うしかない。疑ってみるとしても、徹底的な追及などしない。

とはいえ、自己申告で押し通せるのは赤の他人だけである。飲み屋で東大医学部卒の医者だと詐称している客がいるとして、第三者として疑わしいと思っても、その証明を求めるわけにはいかないが、さすがに企業が採用するときは本当に東大卒か確認するであろうし、病院が医師を採用する場合に、本当に医者なのかどうかはチェックするのが当然である。本人がそれを拒めば採用しないというだけである。つまり、経歴のチェックというのは、赤の他人が行うことは出来ず、あくまで採用する時だけに条件を付けられる、とも言える。採用/不採用という問題の時には経歴チェックがあるのだから、社会的に経歴チェックはあるのである。

問題なのは、フリーランスで活動している人である。採用/不採用のプロセスがないのだから、経歴チェックを受けてないのである。どのような経歴を自己申告しても、第三者はその証明を求めることは出来ない。

自己申告した経歴を赤の他人に証明する法的義務はないし、たとえば誰かが東大卒だと詐称しても、採用/不採用という場面でなければ、卒業証書の呈示を求めるわけにもいかないから、疑わしくても放置しておくしかないのである。とはいえ、法的な義務がなくても、立派な経歴を自己申告してフリーランスで活動している人間は、その経歴の信頼性を確保するのが普通だと言えよう。もしくはわれわれとしても、本人が自分で証明しない限り、立派な自己申告には半信半疑の姿勢を取るべきなのである。

自分の人生をフルオープンにして生きている人は歴史上ひとりもいないと言ってよく、誰でも言いたくないことはあるのである。というか、そのような恥の概念こそが個人を形成しているのである。恥じたり見栄を張ったりする感情こそが、自分と他人の間に境界線を張り、われわれの存在を成り立たせている。なんでもオープンにするとしたら、自分の人生を完全な他人事と見なしているということである。特別にやましいところがない人にしても、やはり個人的な事情は秘密にしておきたいのである。このあたりの恥の感情が尊重される結果として、自己申告をチェックできないという問題が発生するのである。採用/不採用という場面ではさすがに経歴チェックがあるので、社会的に最低限の経歴の確認は行われているのだが、それ以外の場面では、他人の自己申告に手出しは出来ない。とはいえ立派な経歴が自己申告されていたら「この人は本当に東大卒なのだろうか」と疑う自由くらいは、当然確保されてしかるべきであろう。自己申告する自由と、それを疑う自由が並列しており、この決着が付かない曖昧性が、自己という秘密の存在を成り立たせてるのである。この曖昧さこそが人間であり、また歴史性であるとも言えるのである。自らの主体性によって世界を理解しているというのは、要は自分の五感の範囲しか把握してないということである。森羅万象を千里眼で見渡しているのとは対極であり、自分の五感の範囲外にあるものは想像や伝聞で理解するしかない。それぞれがプライバシーを隠しつつ、なんとなく探り合ったりしている関係性で、世界は成立しているのである。であるから、他人の自己申告は話半分で聞くべきなのである。こちらから「証明しろ」と言うことは出来ないのだから、あまり真に受けないことが大事である。
大森靖子という大罪人のババアがいるわけだが、一応は道重さゆみちゃんを信仰するという善行は行っているわけである。
大森靖子はミスiDで、なぜか金子と黒宮をごり押しして相当に不自然な審査結果をもたらしたわけである。
大森がこのような不正を行ったことを道重さゆみちゃんが知ったらどう思うだろう?

何より道重さゆみちゃんが悲しむとすれば、ごり押ししておきながら、それが露見したら、大森がすっかり手を引いてしまったことである。
ごり押ししたいなら、最後まで推すのが責任であろう。

そもそもミスiDの不正というのは、東大に裏口で入ったとか、そういう深刻な問題ではあるまい。
さほど受賞メリットのない賞である。
大手芸能事務所で売れるのが分かってる子なら、絶対に貰いたくない賞である。
オリンピックでドーピングしたとか、そういう深刻な問題とは違い、大森靖子が責任を持って金子と黒宮を推せば済む問題であろう、と道重さゆみちゃんなら考えるはずである。
ミスiDという賞の性格を考えれば、審査員である大森靖子が金子と黒宮を何が何でも推したいという情熱が見えれば、ある種の理解が得られるかもしれないし、たぶん道重さゆみちゃんなら理解してくれるはずである。

少なくとも、大森靖子が金子と黒宮のごり押しを認めて、今後も責任を持って推し続けるなら、この問題は解決されると思うのである。
なにか不純な動機があったなら話は別だが、あくまで純粋な動機に基づき、あまり幸福ではなさそうな金子と黒宮をどうしても推したい理由があり、今後も責任を取って推すのであれば、道重さゆみちゃんも納得するであろうし、それならばわたしも応援をしてもいいくらいである。

東大に裏口入学とか、オリンピックでドーピングとかは絶対駄目だが、ミスiDという賞の性格を考えれば、何が何でもアピールしたいという情熱の強さも評価ポイントとなるはずである。
大森靖子が金子と黒宮をごり押しした事実を認め、今後もふたりを全力で推していくというのなら、道重さゆみちゃんも暖かく見守るであろうから、わたしも暖かく見守ろうと思うのである。
このまま大森靖子が逃げ回って、金子と黒宮を放置している事実を知ったら、道重さゆみちゃんはさぞかし残念に思うであろうし、心を痛めるはずである。
大森靖子が金子と黒宮の今後に責任を負い、最後まで情熱を持って全力で推すというのなら、(東大入試やオリンピックで不正をしたわけではないのだから)、道重さゆみちゃんも認めてくれるであろうし、わたしだって、これ以上責任を追及はしまい。
全員の賛同は得られないにせよ、ミスiDという賞の性格を考えるに、何が何でも推したいという真剣さが伝われば、一定の理解はされるだろうと思われる。
東浩紀は今でこそ真面目系クズの代表とされているが、昔は他人に対して真剣な回答をするタイプの人間であった。そのマジレス厨な性格が笑われていたので、「ブロックした」とか「議論に値しない」と連呼するキャラに変更したのである。ネットで何かを問われて真剣に答えても馬鹿なだけというのは確かであり、マジレスしないのは正しい選択なのだが、東浩紀は悪い方向に向かっただけである。本来ならネットを遮断して書物に向かうべきなのに、マジレスしないという宣言を反復強迫で続けているわけである。この世に生まれて道重さゆみちゃんを抱くのは不可能だが、過去の天才が書いた書物は誰でも読めるようになっている。天才が書いた書物だから読んではいけないということはないのである。知性という観点から言えば、どんな女でも抱けるような読書空間が存在しているのである。わざわざネットで知能の低い人間を捜さなくても、人類最高レベルの、女で言えば道重さゆみちゃんに該当するレベルの天才が書いた書物を好きなだけ読めるわけである。東浩紀は商売上の都合もあり、半端な知性の人間も相手にしないといけないから、議論厨はやめられないのである。マジレスはしないが議論に首を突っ込んでしまうという混乱状態がずっと続いており、だからこそ真面目系クズと言うしかないのである。そもそもネット住人批判というのは間違っている。ネットの住人のレベルが低いのではなく、現実の人間のレベルが低いだけである。街を歩いていて、他人の思考は見えないから、どれだけ馬鹿なことを考えているか気付かないだけである。ネットが悪いのではなく、ネットによって人類の頭の悪さが可視化されているだけである。人類の半数は知能指数100未満であり、ネットだとそれを痛感するだけなのである。だいたい「ブロックした」とか「議論しない」と騒いでいるのでは、マジレスしているのと大差がない。低能な人間を避けたいのであれば、過去の天才の書物を紐解くべきなのであり、それでもネットに向かってしまうのは、東浩紀があまり天才肌ではないという問題でもあるだろう。ソーシャルスキルが低いのにアスペルガーではないという中途半端な自閉性しかないから、ネット中毒が関の山なのである。とてもありふれた軽佻な内向性の持ち主であるから、どちらにも行けないのである。現在進行形のことに無関心を貫けない性格であり、それでも軽い内向性があるから、本当の意味での深い関心はなく、まさに東浩紀が批判しているネット住人の醜い事例そのものと言えるのである。内向的だが孤独を貫けるわけでもないという性格は、本人の生まれつきの気質の問題であるから仕方がないのであるが、ソドムの住人を批判する前に、自らの体臭に気を遣うべきである。中途半端に内向的な性格だから、最高峰のエリートにもなりきれず、変わり者の天才にもなれない了見が狭い人間であり、またそうやって蹌踉し続ける東浩紀の前に、ツイッターという悪い道具が登場し、裸城を防衛する日々が続く。悪所通いをしながら娼婦に説教してるのと何ら変わりがない。
講談社はミスiDというアイドルオーディションをやっているわけである。
元々ミスiDというのは、ミスマガジンの後継のミスコンなので、講談社のヤングマガジンがやってそうな賞という印象を抱いていたのだが、実行委員長の小林司は2013年6月から週刊フライデーの副編集長になっている。

蒼波純がミスiDに応募した時点ではミスiDはフライデーと無関係なのだが、その後で小林司がフライデーの副編集長になったので、問題がややこしくなっている可能性がある。

講談社の企業としてのコンプライアンスが問われる。
ヤングマガジンがミスコンをやるのはいいが、フライデーがそれを引き継ぐのはまずいのではなかろうか。

講談社が女優やアイドルを生み出すコンテストをやるのはいい。
講談社がフライデーという芸能スキャンダルを扱う雑誌を出すのはいい。
だが、これが結びつくと、大企業としての姿勢が問われる。
ここは完全に切り離すのが、大企業として求められる姿勢である。
芸能人を生み出す部署と、芸能人のスキャンダルを扱う部署が重なっているというのは、決して好ましくない。

昨年のミスiDの応募時点ではフライデーと無関係だったが、今年からは関係しているのである。
そして、昨年までは不正の欠片も見られない賞だったのに、今年から妙なごり押しが疑われるような結果が出たのである。

講談社という法人格で運営されているとしても、一人一人の社員には別々の権限があるはずである。
講談社という大企業ではいろいろな事業をやっているわけだが、「芸能人のオーディションを行う部署」と「芸能人のスキャンダルを扱う部署」が重なってしまうのは、社会の公器として好ましいとは言えないであろう。
スキャンダル対策をしたい大手芸能事務所が、講談社の芸能オーディションにあれこれ配慮する可能性も無いとはいえず、社会の公器として、もしくは公正なジャーナリズムのために、襟を正す必要があるだろう。
ミスiDを続けるなら、ヤングマガジンに運営を戻すとか、ともかく、芸能スキャンダルを扱う部署とは完全に切り離さなければならないはずだ。
フライデーの副編集長がミスiDの実行委員長を兼任している現状は解消するべきであろうと思う。
情実で作られたグランプリと笑顔で話せるのは女子ならではの感性である。
まあそれがソーシャルスキルであり、曲がったことが許せないとか、そんな頑固な心情を出す時点で女子らしくないのだけど、女子らしい社交性の長所と短所のうち、短所を強く見せられているわけである。
金子を押し込んだせいで、選外になった子もいるのだから、もう来年からこの賞で頑張る馬鹿はいない。
単純な多数決ならグランプリはマーシュ彩だったはずである。
マーシュ彩はあんまり頑張ってる感じではなかったが、桃香ちゃんとかこの賞がガチだと信じ込んで本気で頑張っていたわけである。
いや、努力アピールすればいいものではないが、純然たる魅力で判断しても、桃香ちゃんは最低でも五位以内にはいるはず。
マーシュはやる気なかったからいいとして、選ばれるはずなのに弾き出された桃香ちゃんに小林は謝罪でもしたのだろうか。
なんか相手の事務所が弱そうだからなめてんじゃねーの。
小林は講談社の社員でしかないし、社長じゃないんだからな。
小林を敵に回す=講談社を敵に回すと考えている人が多いみたいだけど、それは考え直した方がいいだろう。
まさか講談社の上層部が、これを認めているとは思えないし、むしろ不祥事を起こした社員と考えるのが妥当である。

そう言えば、弾き出された桃香ちゃんは、なぜか大森靖子個人賞を貰っているのである。
大森靖子が弾き出したのに、個人賞を与えているのは、ある種の補償のつもりなのだろうが、しかし一連の経緯を考えれば、ある種のブラックジョークのようなものであり、何ら名誉回復にはならない。
大森靖子はサイコパスという印象が深まるばかりである。

第二回目までは情実がない珍しい賞だったのに、なぜか第三回目では情実だらけになったのである。
黒宮も明らかに大森靖子のごり押しである。
そもそも黒宮は容姿だけなら正統派アイドルをやれるわけで、問題なのはこんな可愛い子がなんでヨゴレをやってるのかといううさんくささであり、親が相当にやばいのはもちろんであるし、他にも変な大人が裏にいてもおかしくないわけである。
金子と黒宮のコンビにしてるのは、この二人が(大森によって選ばれた)共犯関係だからである。
共犯者として仲良く出来るのである。
さすがに他の面子と共演すると、長時間の作り笑いは無理であり、この作為的に選ばれた二人をごり押しすることに決まっていたのだろう。

誰かが金子(もしくは黒宮)を批判しないとまずいんじゃないか、という思いはどこかにあるはずで、もしくは大森靖子がやばい状態と思っていても、ミスiDの面々は中途半端に仲良くなってるから、大森に何も言えないであろう。
おまえらは絶交するほどの仲良しでもないんだろ。
大森靖子と中途半端な仲の良さであるから、こうなっているのである。

審査員の中で唯一真っ当な批判をしていたのは安藤美冬だが、彼女は仲良し集団に入ってないからこそ、ごく普通に「これはおかしい」という感想を言ったのだと思う。
また彼女はこれが小林一人の問題であるという前提で話しているが、彼女は元々集英社の社員であるから、この認識は信用できるだろう。
講談社上層部がこれを命じているわけではない、と安藤美冬は判断しているわけで、決して小林より上の判断ではないはず。
マーシュはともかく、頑張ってた桃香ちゃんなど、出来レースで不合格になるために全力でやってたわけで、そのあたりを念頭においた義憤だったはずである。

お披露目があった9月27日の蒼波純の様子が変であり、2015の面子がまったく言及してないのは、唯一NGを出せる力のあるのがトップコート(ナベプロ)だけだった、ということだろう。

いずれにせよ、第二回までガチだったのに、第三回は審査員(大森靖子)の情実だったわけであり、果たして第四回はあるのか、という疑問は残る。
黒宮しか金子と関われないので、ミスiD2015全体の印象の薄さという問題がある。
なんかこれだと選ばれても選外でも同じでは無かろうか。

そもそもミスiDに選ばれるメリットはあまりない。
蒼波純は無口無表情であるから、他のオーディションでは通りづらかっただろうが、そもそも家が金持ちであるし、本人の知力も高いから、女優になれなくてもなんら困らないのである。
蒼波純本人は花澤香菜を活動のイメージとして頻繁に上げていたのだから、ステップアップしすぎたとも言える。
またファンが多いような少ないような、何とも言えない状態なのは、ステップアップするたびにファンと距離を置く構図があるからであろう。
わたしはライブに行くのは好きだが、舞い上がって挙動不審になるのが嫌なので、接触系イベントは行かないから、そもそも蒼波純の実物を見たことすらないのだが、だから執拗に書き続けているわけである。
ちなみに接触系イベントは、自分が嫌だというだけであって、本人にはやって欲しいと思っている。
自分は死んでも道重さゆみちゃんと握手したくないししたこともないが、ファンと距離を置くような道重さゆみちゃんは考えられない。
何にせよ、ステップアップ出来る人の場合、ミスiDを出発点にすると、グランプリを取るためにファンと出来るだけ距離を近づけるわけで、それ以降は、レベルが上がるたびに距離を置くことになるから、悪印象を残す可能性も高い。
蒼波純も悪印象を避けるためにツイッターを無理して続けているのであろうし、負担は大きい。
というか、わたしがこうやって批判的に書いていること自体が、ミスiDを出発点にしたことの重荷なのである。
女優がファンと接触しないのは当然なのだが、応募した時点では女優になるなど考えてもいなかったのだろう。

さらに気になるのは、活動義務の問題である。
ミスコンなのだから、一年間の活動義務はあるのが当然だが、それを過ぎても何かしら義務がありそうなのが不思議である。
蒼波純は元グランプリであり、(常識的には)活動義務が終わっているはずなのである。
蒼波純のファッションショーにしても、なぜ金子が一緒に出るのかさっぱりわからない。
金子は蒼波純のツイッターをフォローすらしてないので、蒼波純としても関わりたいわけがない。
フォローしてないのは金子の意向ではなく、トップコートからのNGが掛かっているのかもしれないが、どちらにせよ共演したい相手ではない。
蒼波純の所属事務所のトップコート(ナベプロ)には佐々木希をはじめとする有名モデルがたくさんいるので、講談社のおこぼれをもらう立場ではない。
ミスiDの契約内容は、一般に公開されているわけがないので不明ではあるが、なんかいろいろ疑問に思っているところである。
ファンとは疎遠になっていくのに、小林とか大森靖子との関係は切れないのだから、どうなってるのだろう。
所属事務所の力があるだけに、不自然さは感じるわけである。
ふとわたしの中で閃いた仮説があるので、これを一応紹介しておく。
あくまで仮説なんだが、こう考えるとずいぶん筋が通るわけである。

ミスiDという講談社のミスコンが大森靖子に乗っ取られている状態である。
グランプリの「金子りえ」は少なくとも四人の審査員が明確に拒絶したのに、大森靖子のごり押しで選ばれているのである。
賛成したうしじまいい肉でさえ、「金子はうそつき」とか他日のツイートで言ったりしてるし、たぶん大森に命令されて賛成票を投じたと思われる。
要は誰も支持してないブスがグランプリになったのである。

金子りえだが、ハロプロの元研究生と同姓同名である。
ミスiDグランプリの金子りえが過去から芸能活動をしていることは、審査員の加藤一華がたまたま見知っていて、それにより発覚している。
この過去は金子りえにとって消したい過去なのは間違いない。
「金子りえ」が芸名である可能性はかなり高いと思われる。

で、思ったんだが、金子りえという芸名を使うのを考えついたのは大森靖子ではないだろうか。
大森靖子なら当然ハロプロに詳しいし、芸能界引退済みの金子りえと同姓同名にすれば、過去をうまく隠せそうだと思いついた可能性がある。

金子りえが本名であるかもしれないのだが、なにしろ、「りえ」がひらがなであることも含め、ハロプロ元研究生と同姓同名なので、過去の芸能活動を調べようとすると、ハロプロの方ばかり引っかかるので、本名か芸名か判然としない。
わたしの検索スキルの問題もあるが、存在しない情報を探している可能性もあるわけだ。

金子りえは大森靖子が連れてきてミスiDグランプリに押し込んだわけである。
この経緯からすると、金子りえという芸名を大森靖子が付けたという可能性は充分あり得る。
これはかなり筋の通る仮説だと思うので、ひとまず呈示しておく。
トップコートオーディションのWeb投票が今日からスタートした。

ここに出てるということは、つまり絶対にアイドルにならない子だから、どうでもいいのだが、やはりこの中村麗乃ちゃんは相当に可愛い。

Web投票が本当にガチかどうかわからないが、ともかく可愛すぎるので票がたくさん入っている。
投票どうこうではなく、圧倒的な美少女なのである。
まだオーディションの段階だが、この子が所属するのはもう決まっているわけである。

http://tc20th-audition.com/finalist_detail.html?page=6








この子は2001年9月27日生まれなので、蒼波純と同い年なのだが、この事務所でアイドルやることはないから、一緒に活動することはないと思われる。

蒼波純も、ここ最近の活動を見ると、アイドル路線はほぼ無く、またせっかく東京に出てくるのにファッションショーしかやらないとか、男子票も完全に切っているように思える。
かなり男子受けするタイプだから男子票を大量にかき集めるべきなのに、女子向けにやりたがってるのが理解できないのだが、小林Pが男子ファン嫌いなので、その問題もあるのだろう。
声優志望→アイドル志望→女優志望と確実にステップアップしているのだが、この中村麗乃ちゃんが美少女過ぎるので、いずれ蒼波純が声優落ちしてきて顰蹙を買う可能性もなくはない。

もちろん片方が勝利し片方が敗北するというわけではなく、両方とも売れる可能性が高い。
だが、事務所が推すのは中村麗乃ちゃんの方になるので、蒼波純の優先順位は下がる。
蒼波純は小林Pの方針なのか、出来たファンを捨てていく焼き畑農業タイプとも言えるし、こっちの中村麗乃ちゃんの方が、小林Pの影響力がないので、完全に世界の違う人として安心して見られる。
ミスiD2015グランプリの金子りえ。
なぜか芸能界を引退している元ハロプロの子と同じ名前である。

通常の応募ではなく、大森靖子の推薦という形でミスiDに出ている。
審査員の加藤一華は売れないアイドル歴が長いが、昔から金子のことを知っているらしく、おそらくここを起点にいろんな噂が流れ、審査員の竹中夏美と草野絵美は金子に拒絶反応を示している。

うしじまはこの三人の行為を陰湿であると批判して金子を推していたが、お披露目会の当日に金子りえが嘘つきというツイートもしている。
大森靖子に従って金子を推しただけで、うしじまは実は金子に好印象を持ってないと思う。

https://twitter.com/PredatorRat/status/515541882932166657
kanekousotsuki.jpg




なお、このあたりの諍いと無関係の安藤美冬も金子に対して明確なマイナス評価をしているわけである。

八時間の遅刻をしてきたのが「大物」と褒められていたり、わけがわからない。
なぜか正統派アイドルがことごとく選外になっており、特にマーシュ彩の選外はかなり疑問である。

なぜここまでして金子をグランプリにしたのか疑問だし、またグランプリでない黒宮がセット売りされているのも奇妙である。
黒宮のツイッターは大森靖子だけをフォローしているので、すべてが大森靖子の独断で決まったと解釈するのがひとまず妥当ではあるのだが、なぜ大森靖子にそこまで権力があるのか不明であり、さらに裏があるのかもしれない。
そろそろ現実を冷静に見ないといけない。蒼波純はアイドルにはならない。彼女はトップコート(ナベプロ)に入っているわけだが、もちろん容姿だけで所属が決まったわけがない。ナベプロで演技指導とか歌唱指導をして、資質を見ながら所属が決まったはずである。そしてトップコートに決まったと言うことは、おそらく演技では高評価を受けたはずである。そして歌唱力では、低評価かどうか知らないが、さほど高い評価は受けてないはずである。

こう考えると、アイドルをやることはないのである。本人の資質として、演技力が評価を受けているはずなので、あくまで女優である。性格的にはアイドル系ではあるのだが、たぶん歌唱力での評価が低いのでアイドルはやらない。女優をやりつつアイドル属性を持つことはあるだろうし、CDの数枚は出すかもしれないが、本当のアイドルにはならない。これは仕方がないことである。演技の方が評価されてるのに、アイドルを選択するのは意味不明である。AKBみたいに歌が下手なアイドルもいるけれど、女優になれるのに「歌が下手なアイドル」を目指すのはあり得ない。

そしてアイドルでなければ男性ファンとして応援することは無理なのである。いくら堀北真希や石原さとみが美人でも、男性ファンが応援するのはちょっと変な気がする。向こうとしても変な理想を求められて負担が増えるだけだから、必要としてないだろう。

蒼波純は性格的にアイドル向きなだけに、
歌唱力>演技力
なら望ましかったのだが、
どうやらこれが逆らしいので、女優になるしかないのであろう。
こう考えると、アイドルとして応援する対象から外すのが適切であろうと思われる。

蒼波純に理想のアイドル像を求めるべきではないのである。女優として自由に恋愛し、いろんな相手と付き合って経験を重ねていくのだから、理想のアイドルになってくれと要求するのは無理がある。蒼波純は性格がアイドル向きなだけに、極めて残念ではあるのだが、そろそろ現実を認め、あくまで女優なのであり、アイドルはやらないと判断しなければならない。声優志望からアイドル志望になり、今は女優志望に落ち着いたのだが、これは本人の資質を見極めて選択してきた結果であり、女優という最後の解答に落ち着いたのである。

そもそも道重さゆみちゃんの代わりがいるはずがない。考えてみると、わたしがやたらとアイドルに興味を持ち始めたのは道重さゆみちゃんが卒業発表したあたりからであり、道重さゆみちゃんの代役をやってくれる都合のいい存在を探しているだけである。根っこの部分ではわたしは道重さゆみちゃん以外の人類すべてが嫌いなのであり、その耐え難さの問題なのである。超越的な存在が死に絶えるというテーマに向き合わされており、わたしが蒼波純を応援するとしても、かつて三島由紀夫が大きな物語を回復するために天皇制にすがりついたような行為であり、その背景には、信仰の喪失と根深いニヒリズムがあるのだから、死ぬまで治らない長患いとなる。

三島由紀夫の「金閣寺」では第一章でヒロインが死ぬのである。
偶像の失墜である。
そこからの無意味な人生を金閣という超越性に結びつけようという愛憎の物語なのである。
最後に主人公が金閣に放火するとき、『臨済録』の有名な言葉を述べるわけである。

道流、爾欲得如法見解、但莫受人惑。向裏向外、逢著便殺。逢佛殺佛、逢祖殺祖、逢羅漢殺羅漢、逢父母殺父母、逢親眷殺親眷、始得解脱、不與物拘、透脱自在。

当たり前だが、これは文字通り、仏を殺せとか父母を殺せという意味ではない。
愛着や崇拝の対象をすべて断ち切ってこそ解脱が得られるということなのである。
少なくとも三島由紀夫は解脱出来なかったので、ここから天皇崇拝に向かうのである。

第一章で道重さゆみちゃんが死んで、第二章で蒼波純が新ヒロインになってくれるという都合のいいことはないのである。道重さゆみちゃんがいなくなるのだから、回復不能な超越性の喪失に決まっているのである。地球人類から道重さゆみちゃん一人を取り除くだけで、この地球という土牢で畜群がはい回っている現実が露呈されるのだから、絶対者を失うことは致命的なのである。

わたしも出来ることなら道重さゆみちゃんの卒業にあわせて殉死したいわけである。
金閣寺の主人公も、金閣の最上階の究竟頂で死のうとするわけである。

私はその戸を叩いた。叩く音は激しかったろうが、
私の耳には入らない。
私は懸命にその戸を叩いた。
誰かが究竟頂の内部からあけてくれるような気がしたのである。
そのとき私が夢みていたのは、
確かに自分の死に場所であったが、
煙はすでに迫っていたから、
あたかも救済を求めるように、
性急にその戸を叩いていたものと思われる。
戸の彼方にはわずか三間四尺七寸四方の小部屋しかない筈だった。
そして私はこのとき痛切に夢みたのだが、
今はあらかた剥落してこそおれ、
その小部屋には隈無く金箔が貼りつめられている筈だった。
戸を叩きながら、
私がどんなにその眩い小部屋に憧れていたかは、
説明することができない。
ともかくそこに達すればいいのだ、と私は思っていた。
その金色の小部屋にさえ達すればいい。


しかし、ここで扉は開かないのである。
それが人間の本質なのである。
金閣寺の最終行は「生きようと思った」と意図的に空々しい言葉で終わるのだが、当然ながら、超越性が失われた世界を生きていくニヒリズムが強く示唆されているのである。

蒼波純は俗世間を超越しているカリスマ性があり、聖者としての気質があるから、道重さゆみちゃんに並び立つ存在であったはずなのだが、残念なことに、男子が応援する対象にはならないのである。小林Pが男性ファン嫌いなので、あえて女優に専念させているということも考えたのだが、トップコートに配置されている段階で、歌唱力は低評価(演技力は高評価)なのだろうと判断するのが適切であろうし、アイドルをやることはないし、男子禁制のイベントに参加する件も、小林P皇帝の寵姫として仕方が無く、わたしが勝手に道重さゆみちゃんと重ね合わせていた少女はもう存在しないのである。
アイドルでなければ、男性ファンとして応援しづらいというのは石原さとみとか堀北真希の事例で述べたとおりである。蒼波純がアイドルとしての路線を捨ててないように見えるのは、万が一女優としての評価が得られなかった場合の保険でしかない。

道重さゆみちゃんがいなくなるというのは、こういう意味なのである。
誰かが引退したら次世代がカバーしてくれるという話ではなく、時空を超えた超越性への結節点を失ったということであり、修復不能な断絶なのである。
このところ俺の中で名状しがたい怒りが版図を広げてるのは、道重さゆみちゃんがいなくなることと関係しているのだろう。道重さゆみちゃんがいなくなって、おまえらみたいなのしか地球上にいなくなるわけだから、超越性への信仰が完全に絶たれたという無常観である。だから俺はつまらんことで切歯扼腕し憤激するわけだが、俺一人しか激怒してない些事を書けるからブログなのである。通俗的な、どこにでもあるような大衆的な怒りが見たいなら、「痛いニュース」でも見てりゃいいだろ。これは非常に個人的な怒りを血涙で綴った文章というだけである。思いついた怒りを片っ端から乱杭歯のように突きだしていくだけだから、読むに耐えないとか文句つけんじゃねーぞ。

とにかく腹が立つのが講談社の小林司である。こいつは講談社の社長でもないし、オーナーでもない。だが、何となく、アイドル全般を引き受けるポジションをつかんだので、自分の周りにアイドルを侍らせることしか考えていない。今度蒼波純が宮城県の山奥から東京に出てくるのだが、やるのは小林司が企画したファッションショーなのである。つまり男子は見られないということだ。おまえらにはどうでもいい話だろうが、俺が胸くそ悪いのは事実だ。そもそも蒼波純はトップコートという非常に強力な事務所に所属しているので、ファッションショーに出ようと思えばいくらでも出られるのである。ステージで女王様のように振る舞える気質ではないから出ないだけである。それが女の扱いがうまい小林司に呼ばれるといそいそと出かけていくのである。ファッションショーという男子禁制の場を選んだのも、小林がやたらと女性ファンを欲しがっているからなのである。女性アイドルを侍らせて、なおかつファンも女性だらけが理想というのが小林司なのである。

こいつがやってるミスiDという企画も最初はおもしろいと賞賛されていたのだが、だんだん自分の取り巻きのアイドルを集めることしか考えなくなり、今年度は本当にひどい面子が集まった。もうファンとかどうでもよくなってて、自分さえ楽しければいいというのが貫徹してるのである。アイドルの面接ではなく、キャバ嬢の面接をしているのと同じ状態になったのである。繰り返すが、こいつは単なる講談社の社員であり、決して講談社の社長でもないしオーナーでもない。いろいろ講談社の中で画策し、アイドルを自分の周りに集め、男子ファンを排除するのに成功しただけなのである。道重さゆみちゃんさえいれば、こんな愚にも付かない奴に怒りの矛先を向けることなどなかっただろうに、難民として、道重さゆみちゃんの後継を探してると、変なのに出会ってしまうのである。これからこの地球上にこういう奴しかいないのだと考えると、絶望以外に何が出来るんだよ。こうやってネットに書いておけば、この怒りで書き散らしとぎれとぎれになってるエントリーも、いずれ逸文として線を結び、この末世の風土記となりうるかもしれない。この絶望まみれの文章が、道重さゆみちゃんの素晴らしさを描き出すことにもなるだろう。

ともかく小林司だよ。アイドルプロデューサーがアイドルを独占しているという苦痛であり、だから三次元はやめておけという話にも繋がるが、おまえらが粗製濫造されたラノベを買いまくるから、読むに耐えなくなった。問題の本質は小林司が楽しければ楽しいほど、この俺がつまんねーんだよ。蒼波純を連れてきて、男子禁制のショーに出して、女性ファンとワイワイやるのは、小林司はさぞかし楽しいだろう。だが、おまえが愉しんだ分だけ俺が胸くそ悪いのも確かである。俺が怒り狂ったからどうなるわけでもないし、決して銃は取らないし、鞘から剣を抜くこともないし、戦塵にまみれる気は毛頭無い。単なる害虫駆除だから、こんなものは俺の軍歴に入らない。小林司という女の扱いがうまい講談社社員について、このブログに記しておくだけである。この怒りは一刷毛で描けるものではないから、大菩薩峠くらいの長さにはなる。

小林司は栄華を極めており、我が世の春であろうが、おまえは石油王でもなんでもなく、単に女の扱いに長けているだけの講談社社員なのだから、せめて俺はこの問題を世に問い、憂さ晴らしくらいはしようと思っているのである。問題の根幹にあるのは、小林のやってることがビジネスになってないことで、せめて金儲けの発想が有れば男子ファンにも配慮するんだろうけど、こいつは講談社の正社員で年収1500万円だから、利益が上がろうが大赤字出そうがどっちでもいいから、自分が楽しいことだけを追求し、宮城県から蒼波純を読んできて男子ファンには見せないということを平気でやるわけである。せめて小林が利益のことを考えれば、蛇蝎のごとく嫌っている男性ファンも大事にするだろう。赤字でも黒字でもこいつの年収1500万円は変わらないから、もう自分の周りをアイドルで取り囲んで、女性ファンと歓談することしか考えてない。

問題のファッションショーでも明らかにチケットが売れ残ってる。蒼波純のファンの大半が男子なのだから、そりゃそうだろう。講談社自体が腐ってるのだろうし、何を言っても仕方有るまいが、だが、小林司が楽しい分だけ俺がつまんねーことだけは伝えておくし、こいつが関わってるだけで、やたらと不愉快な思いをさせられることは確実なのである。これ以上被害が拡大しないように俺は警鐘を鳴らし続ける。ひとまず腕が砕けるまで鳴らし続けるが、腕が砕けたら別の手段で鳴らす。俺が絶命しながら鳴らし続けても止めなくていい。道重さゆみちゃんなら絶対に媚びないし、こんな企画は絶対に受けないから、小林司みたいな泥棒貴族は限られてたんだろうけど、こういう風潮は油田火災のように広がって、もう元には戻らない。プロデューサーに媚びるアイドルしかいねーのかよ。本当に世界が変わってしまうことを痛感している次第である。とにかく小林司が楽しくなるほど、俺がつまんねー法則があるんだよ。小林司が独占的に蒼波純と語り合って、なんで俺が楽しいんだよ。それで俺が楽しめたらおかしいだろうが。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング