Archive
われわれ菊地最愛原理主義者は

中元すず香=デーモン小暮
菊地最愛=山口百恵

と考えているわけである。

16歳でアイドル絶頂期の時に海外10箇所を回るツアーとか、これは日本語不自由な中元のためにやってるようなものである。
なんで山口百恵がデーモン小暮の売り出しのために協力しないといけないのよ?
しかも中元よりもあちゃんの方が英語が得意なんだから、これはアイドルというより介護スタッフだろ。
ワールドツアーじゃなくて新聞拡張団だよ。

今回の武藤彩未ちゃんの渋谷公会堂を見て、あらためて素晴らしいと思ったし、ライブ歌唱力の安定感はいつも通りだが、難点であったアイドルとしての立ち姿もとても美しく仕上がっていた。
わたしは五メートルくらいの距離から見てたので、その美しさは錯覚ではない。
昔の武藤彩未ちゃんなら突っ立ってるだけですごい美少女だったんだろうけど、かつての美少女の魅力とはまた別の、大人の歌手としての綺麗な立ち振る舞いを身につけたように思える。
「歌の上手いデブ」とか「面白いデブ」という枠で見ていたのだが、これは認識を改めなければならない。

問題は代表曲である。
武藤彩未ちゃんを担当しているアミューズ社員は武道館とか寝言を言っている前に代表曲を作れ。
彩未ちゃんの実力は最高だが、ブレイクするだけの楽曲が揃ってない。
本間昭光は解雇で構わない。
東京女子流やベイビーレイズみたいに、武道館ガラガラで失速することも避けたい。
世紀の大傑作でなくても、A.Y.Mと同等の曲が三曲くらいあれば、ごく自然に武道館になる。
A.Y.Mと同等の曲を三曲用意しろというのは、現実に可能だからやれよ。
とにかく大人のつまらん事情が多すぎるだろ。
武藤彩未ちゃんの楽曲製作体制に関しては、アミューズ社員が本気でプロデューサーや作曲家と喧嘩して改革しろよ。
最高のアイドルにに最高の楽曲を用意するために本気で喧嘩することも出来ないなら、いらねーんだよ、そういう担当者は。

武藤彩未ちゃんはもあちゃんと同じステージに立てるだけの完成度になってきた。
彩未ちゃんはまだ楽曲が足りてないだけで、もあちゃんと共演させてもいいだけの力はある。
ソロへのこだわりなんて大人に言わされた台詞であり、ファンもこだわってない。
彩未ちゃんともあちゃんが組むとなれば、当然ながらあの超人気アイドルも参加したがるであろう。
そうなるとベビメタは中元一人になってしまうが、あいつは一人でやればいいだろ。
中元とグループ組んでも何のメリットもないんだから、一人でやらせておけ。
中元と組んでも、もあちゃんに何のメリットもないだろうが。
中元と一緒にやることによってどんなメリットが発生するのか説明してみろよ。
とにかく渋谷公会堂の武藤彩未ちゃんの素晴らしさを見て、ますます中元はクソという確信が強まった。

武藤・もあちゃんは、今こそ集結するべきであろう。
これならもあちゃんの活躍の場も与えられるはず。
なんで中元の脇役で人生のピークの16歳を過ごさないといけないんだよ。
ひとつもメリットがないだろ。
中元が売れるんなら一人でも売れるだろ。
もあちゃんを新聞勧誘の景品みたいに扱うんじゃねえよ。
もあちゃんは洗剤とかビール券じゃないんだ。
山口百恵と同等の扱いをしてもらえないなら、武藤彩未ちゃんとの合流を目指すべきである。
同じアミューズなのだから独立騒動ではないし、単なるユニットの組み直しである。
少なくとも、菊地最愛ちゃんと、あの超人気アイドルに、武藤と中元のどっちと一緒にやりたいか、意志を確認し尊重して欲しいものである。
武藤彩未ちゃんは突出した歌唱力とMCのスキルがあり、それには何ら懸念がない。問題なのは、アイドルとしてステージに立てる容姿なのか、ということであった。デブ問題も含め、ステージでの立ち姿や立ち振る舞いに難があると感じていたからである。歌が上手いだけの腸詰めのような女が出てくるのではないかと、相当な不安を抱えながら渋谷公会堂に足を運んだファンも少なくなかったに違いない。だがこの日の彩未ちゃんはおそらく19年間の人生の中で最も美しかった。スクリーンが設置されていなかったので、後方の人は見えづらかっただろうが、わたしは三メートルか五メートルくらいの距離から見ていたので、ただ単に痩せただけでなく、立ち姿や振る舞いの仕草も絶佳たる美であった。中元すず香はドブスだと100回くらい正直に書いているわたしが言うのだから決してお世辞ではない。この日の武藤彩未ちゃんは、まさにアイドルとして美しさの頂点にいたのであり、偶像としてステージに立つべき資格があったのである。唯一の課題であったステージでの立ち姿が最高の状態に仕上がったのだから、本人の出来映えとしては完全である。痩せているだけでなく、ポージングの見せ方も、まるでリプニツカヤの演技のようであり、その指先の神経の抹消まで伝わる意志は会場を飲み込んだのである。水野由結ちゃんが「彩未ちゃんに憧れている」というのは他人から見れば失笑するしかなく、アイドル界の頂点に君臨する水野由結ちゃんが、底辺で馬鹿にされている彩未ちゃんに憧れるわけがないと鼻で笑うしかなかったが、この日のパフォーマンスはまさに、観客のためというより、水野由結ちゃんに見せるために命を賭けた演技のように思えた。どこかしら甘えの見られる彩未ちゃんがベストの体重で挑んだのも、決して観客のためではない。自らはアイドルの頂点にいながらも底辺アイドルのファンでいてくれた水野由結ちゃんのためなのである。憧れに値するような存在ではない怠け者に憧れてると言い続けてくれるひとりのイノセントな少女の前で、今こそ愛がゆえに目覚め、存在を証明したいという強い意志であった。確かMCで後輩にお手本を見せたいという趣旨のことを言っていたはずだが、もちろんこれは水野由結ちゃんのためであり、むしろ握手券で繋がってるアイドルとファンとの下世話な関係とは違い、真実の愛であるからこそ、われわれは深い感銘を覚えたのである。

余談だが、この日のMCで触れたのは三吉と松井愛莉が近くの代々木体育館でファッションショーをやっているということ。あと堀内まり菜の誕生日でもあるので、ハッピバースデーまり菜を観客に歌わせたことだけである。可憐ガールズで渋谷公会堂のステージに立ったことがあるという話はしたが、中元の話は出さず。可憐ガールズの話をして中元の名前を出さないのはちょっと不自然であった。命綱である水野由結ちゃんと仲良しというエピソードは前夜祭ではしていたらしいが、今日はなかった。中元の話を避けて水野由結ちゃんの話をするのはまずいと考えたのかもしれない。

武道館でやりたいとMCで言っていたが、すでに箱を押さえているのかもしれない。わたしとしては最高の状態の彩未ちゃんのステージを至近距離で見てしまったので、豆粒にしか見えない武道館に行く気にはなれないが、ともかくここまで完成したのなら武道館でやるべき実力は完全に備わった。問題なのは代表曲がないことである。A.Y.Mは素晴らしくキャッチーな曲ではあるが、カラオケで歌われるような代表曲とはまた違うであろうし、もうひとつかふたつは決定打が欲しい。本間昭光に任せてると、代表曲は絶対に出来ないので、こいつの解雇が必要である。本間昭光が本当の大傑作を書くことは出来ないし、自分より才能のある人間を連れてくることも決してない。自分の仕事が無くなるようなことをするはずがない。ここで求められるのはKOBAMETALのような能無し社員である。KOBAMETALは左遷された能無し社員だからこそ、必死でキラーチューンを集めた。窓際社員から脱出するのに死にものぐるいだから、自分より優れた人間を集めて続けたのである。本間昭光にこの必死さはない。武藤彩未ちゃんは完全に仕上がった状態にあるので、あとはアミューズ社員が代表曲を用意することである。本間昭光は絶対に用意できないから、KOBAMETALのような窓際社員の方が望ましい。もしくはアミューズ社がどこまでシビアに出来るかということである。武藤彩未ちゃんはおそらく死にものぐるいで完全に仕上げてきた。アミューズ社も、キラーチューンができあがってくるまではすべて没にするくらいの徹底した姿勢が求められる。KOBAMETALが出来るんだから、他の奴に出来ないことはあるまい。繰り返すが、アミューズも決死の覚悟で立ち向かえ。本間昭光の顔に泥を塗る必要があるならどこまでも塗りたくれ。こいつに任せても代表作は絶対に出てこないから、誰かが引導を渡す必要がある。本当の傑出したアイドルが生まれようとしているのに、楽曲面の改革という汚れ役から逃げ回っているのがアミューズ社員の実態なのかもしれないが、本間昭光を解雇出来ないならおまえら全員やめろよ。武藤彩未ちゃんにふさわしい傑作が仕上がるまで何百曲でも書かせる鬼が求められているのであり、決断主義者なくしては世界は変わらない。
https://twitter.com/myogamaru/status/593033081843384320
mizunouyuui.jpg




武藤彩未ちゃんのライブの前夜祭に行った人のツイートによれば、それなりの体型に絞ってきたらしいので、ものすごい風船玉のようなデブがステージに登場することはなさそうである。

武藤彩未ちゃんは実力は申し分ないが、芸能スキルが高すぎて、どこかなめてる節がある。
才能に恵まれながら口先で終わってしまうのは中川翔子と重なる部分があるのである。

いかにも家族仲がよさそうな武藤彩未ちゃんは、家庭環境では中川翔子と対極ではあるが、練習嫌いのプロ野球選手のようなオーラがある。
口では頑張ってると言うが、中川翔子もそうだった。

中元すず香は何を考えているのかわからないが、真剣に打ちこんでいる。
周囲から見てさっぱりわからないし、隠れて努力しているという次元でもなく、おそらく変わり者特有の意志の強さはあり、命を賭けるくらいの真剣さで取り組んでいるはずだ。
ただ本人しかわからない世界に生きてるので、共感するのが不可能でありファンも少ない。

もあちゃんは愛のために真剣にやっているのがよくわかる。
もあちゃんは決して口先だけではない。
もあちゃんは人類愛が溢れるばかりに伝わってくるのでファンが増える一方である。
彩未ちゃんはどこかしら甘さがあり、その甘さを埋めるために気合いを入れる言葉をよく発するのである。

また不人気に悩んで、迷走し、妹分に頼った構図も中川翔子と似ている。
中川翔子はトラブルメーカーのはるかぜ(娘)と意気投合してナベプロに入れたし、武藤彩未ちゃんは、ベビメタの活躍で病んでるはずなのに、その超人気メンバーの水野由結ちゃんに頼っているわけである。
もちろんはるかぜ(娘)と水野由結ちゃんでは妹分としての価値が違いすぎる。

ネットで水野由結ちゃんについて調べると、武藤彩未ちゃんとの親しげな様子がたくさん出てくる状態にあり、苦戦している武藤彩未ちゃんも好印象は持たれやすい。水野由結ちゃんは金色燦爛たるビスク・ドールであり、半人半獣のわれわれでは到底近寄りがたい煌めきを放つ超人気アイドルであるが、この聖性の絶佳を極めた少女が天界の最も高い位置から、地獄の底にいる彩未ちゃんに手を差し伸べてくれるのであり、これが本当に最後の最後の命綱なのである。水野由結ちゃんは300万人くらいのファンがいるが、たぶん武藤彩未ちゃんのファンは100人いるかどうか怪しく、渋谷公会堂(2100人)が埋まったのも、かなりの部分は水野由結ちゃんの崇拝者が義理で来るような状態であろうと思われる。いくら水野由結ちゃんという天使の香り高さで人を集めようとも、肝心の武藤彩未ちゃんが肥満体で出てくるなら台無しだが、体型さえ絞ってくれれば、その歌唱力とMCの巧さは理解されるはずである。文字に起こしたらたいしておもしろくないのになぜか愉しい空間が作れる。言葉の接ぎ穂を探している時でさえ、その間が計算されているように思える。会場の空気をつかむ特別な資質があるのである。どれだけ落魄し落ちぶれようとも、水野由結ちゃんと指先を触れあわせたなら、塵や芥として暗渠に消えるはずの魂でさえ息を吹き返し、かつての美しい輪郭を浮かび上がらせるはずなのである。現状ではキラーチューンがないという問題もあり、まだ代表曲と言える楽曲がない。ブレイクするためにはキラーチューンが不可欠であり、アミューズ側でテコ入れする必要があるが、これは明日のライブの問題ではない。ひとまず痩せてくれていれば、実力は理解されるはずである。月明かりに洗われるようなステージで凛とした立ち姿を開き示すことさえ出来たら、水野由結ちゃんの奇蹟のエピソードがまたひとつ書き加えられる。
人類が70億人いるとして、ほとんどの人とは面識がないわけである。
それでも同一の世界を生きている。
たとえば猫という単語について考えてみる。
東京に住んでいる甲さんの飼い猫と、ニューヨークに住んでいる乙さんの飼い猫。
この二人はまったく面識がないし、生涯会うこともないのだが、猫の飼い主という共通の属性を持っている。
そして、甲さんの猫と乙さんの猫は「猫」という普通名詞で同一性があるわけである。
個体としてまったく別ではあるが、同じなのである。
もしくは甲さんと乙さんがソファーに座っているとして、その「ソファー」は同一性があるわけである。
別のソファーに座って別の猫を抱いているはずなのだが、しかしまったく同じなのである。
われわれはこういう普通名詞の同一性の中で生きており、そこである種の共通体験をしているのである。
決して同じ場所で同じ出来事に居合わせているわけではないのに、猫を飼うという共通の体験をしており、まったく別の個体なのに同一だと錯覚している。
東京の甲さんとニューヨークの乙さんは、まったく縁もゆかりもないはずで、日本語と英語の違いもあるのに、言葉は翻訳可能であり、ほぼ共通の普通名詞を使っているのである。
この普遍的な同一性こそが人間であり人類なのである。
猫に個別の名前を付けるとしても、結局は猫という普通名詞の存在なのである。
類友というのが世の中の法則であり、信者は推しに似るとも言われるが、なんかこいつの周りって、批判されると「嫉妬だ」と騒ぐ連中で固まっているわけである。
おそらく容姿以外に嫉妬する要素はあまりないと思うので、ブサメンをなめてるのだろう。

このところB'Zはネットでの動画の削除を徹底しているのだが、以前放置されていた頃は、盗作批判に対して「こんなこと書いてる暇があったらあなたの惨めな人生をどうにかした方がいいよ」という信者がYouTubeのコメント欄にたくさん湧いていたわけである。
これも類友の法則、もしくは信者は推しに似るの法則であり、人生の勝敗の問題として、すべての問題を考えているのである。
渋谷に豪邸を建ててたくさんの美人を抱いた稲葉の方が、(社会の底辺層と比較して)勝っているということなのだ。

少なくとも稲葉浩志の才能に嫉妬している人間は誰もいないと思う。
また容姿に関しても、稲葉がミュージシャンの中で突出したイケメンだということはない。
若い頃のYOSHIKIとかTAIJIの方がよほど容姿がいいであろう。
そもそも容姿に恵まれてるのがミュージシャンの基本であるから、同業者の中で、実は稲葉の容姿はさほど突出してないと思うのだが、なぜか絶対的なイケメンの代表なのである。

同業者の中で実は特別と思えない稲葉がやたらとイケメン扱いになるのは、比較対象が一般人のブサメンだから、としか言えない。
稲葉の目線は底辺を突き刺してくるのである。
バブル時代にこいつから嫌な思いをさせられた人間はずいぶんいるだろう。
男でこいつに憧れたりしてる人間がいないのが最大の証拠。
また女性ファンも実は稲葉のことを異次元のスターとは思って無くて、そこらのブサメンとは格が違うという認識なのだろうと思う。
https://twitter.com/y_arim/status/591590423732203520
sasebo01.png


https://twitter.com/y_arim/status/591778869260128257
sasebo02.png


https://twitter.com/y_arim/status/592160972371927040
sasebo03.png


https://twitter.com/y_arim/status/592278811124703232
sasebo04.png


まさにバブル紳士である。
売れない同人作家として名を馳せていた有村悠さんが、今はこのようにして艦これバブルに乗っかっているわけだ。
売れないはずの本も売れてしまう、まさにバブル。
面倒だから調べてないが、たぶんこのパソコン10万円くらいするはずだし、一年くらい前に買っていた5万円くらいの安っぽいパソコンはどうしたのだろうか。
わざわざ飛行機で佐世保のイベントに行って100部売ってくる感覚がよくわからない。
東大の同窓会にSkypeで参加というのもわけがわからない。
そりゃあ社会的地位のある人たちばかりだろうし、有村悠さんに好意的に接するに決まっている。
これだけ危険度が高い負け組は滅多にいないのだから、身の安全のためにかなりご機嫌を取ったのだろう。
加藤智大と同じ枠だから天皇陛下のように扱う必要がある。
パズドラといえば、三月のスクエニコラボで曲芸士という法外に強いキャラを出して、ゲームそのものが終わったとされたわけである。曲芸士を出した直後は運営への怒りが大廈高楼のごとく聳え立ったのであり、これぞ王朝の崩壊する瞬間であろうとも思われたが、その革命前夜の緊迫感はすっかり過去のものとなり、なぜか普通の状態に戻っている。曲芸士がやたらと強いのは確かで、そこに目がいってしまうと、今まで多額の課金をしていた人ほど萎えたと思われる。だが、さほど本気でやってないユーザーからすると、インフレへの傾斜で面白くなった。曲芸士を投入したのに合わせて、既存キャラがいろいろパワーアップ可能になってきたから、あれこれ素材を集めるために、わたしなどは久々にパズドラに課金してしまったし、この浮ついた景気のよさが楽しいのである。高額課金者には気の毒だが、彼らは白色テロで粛清されたのである。

インフレに付いていくために課金させられてるのだから、野心に火を付けられ虚妄たる強さに駆り立てられているわけであり、どこまで手を伸ばしても本物は掴めないのだし、ガンホーという虚業の王様の思う壺だが、とはいえ所詮は5000円程度で買える贅沢である。これがモバゲーだと、他のユーザーと対立させられて言葉の暴力を交わし合い憎悪しか残らないのであり、あの手のソーシャルゲームの凋落は当然なのであるが、パズドラなら趣味として戦乱を愉しむだけであるし、罵り合うギルドも存在していない。能う限り遊びを愉しみ自己満足で完結できるのがパズドラなのである。

モバゲーやグリーを体験したユーザーは本当にトラウマを抱えているのである。モバゲーやグリーが嫌いなのはもちろんだが、あそこで出会ったユーザーは許し難い仇敵であり、本気で憎しみ合ったことは確かなのである。無料のゲームなら、君子危うきに近寄らずとアカウントを消すだけだが、課金してるとやめるにやめられないし、いざこざとなればそれは永遠なる怨恨となる。これはあまり記述されないゲーマーの精神史であるが、この現実世界よりさらに酷い末法の世がモバゲー・グリーによって作り出されていたのであり、あの堕地獄だけは二度と足を踏み入れるまいという強烈な嫌悪感が脳に刻まれているのだ。札束で喧嘩させるのはずいぶん利口ではあるが、同じ人間を何度もだませないから、えげつなく富貴を求めた結果としてゲームユーザーから蛇蝎のごとく嫌悪され、あの通りの低迷である。
はるかぜがBS-TBSの討論番組でレギュラーの座を掴んだということなので、ほんの少しだけ見てみた。はるかぜと言えば、静止画像だと分かりづらいが、動画で見たらADHDの見本市というべき挙動不審さが持ち味だが、あまりそれが見られなかった。もしかするとADHD診断を受けてコンサータを飲み始めたのかもしれないし、あるいは、いつもの挙動不審さはババアの指示を待っているのが原因とも思われるので、ババアがいなければこんなものかもしれない。挙動不審でなければ、はるかぜ(娘)はさほどブスではない。こいつのドブスオーラは、挙動不審である気持ち悪さが大きな原因であり、おとなしくしてれば、ごく普通に可愛いと思う。わたしは25歳以上の女性にしか興味がないので判断が付かないが、岡田斗司夫や乙武やTehuなら、はるかぜ(娘)は充分に性の対象となるはずである。

討論の中身だが、あまりADHDの症状がなかったのはいいのだが、ネットの話を振られると厳しすぎる。普段はあのババアと一緒に暴れているわけである。プロ市民みたいなものだし、いずれは社民党から立候補でもするんだろうから、普通の女子中学生の意見を求められても言葉に窮するわけである。まさか毒親と一緒にエゴサーチして暴れている様子をテレビで話すわけにも行かないので、作り話を言うしかないから、ここが苦しさなのである。

想像だが、はるかぜババアは挙動不審者のはずである。林家ぺーが出演していると必ずパー子の甲高い笑い声が付属してくるわけだが、たぶんはるかぜ親子はあれと近いわけである。ババアはパー子とさして変わりがないに違いない。はるかぜ(娘)は挙動不審さを取り除けば、平均的な女子中学生の可愛さはあると思うが、あのババアがいる限り、どこか接触不良で壊れてるような気持ち悪さは拭えないであろう。あのババアは馬鹿だからひょうきんなことをやって目立てば受けると思ってるんだろうけど、林家パー子の笑い声と同じなわけだし、ババアのせいで娘が気持ち悪い存在になっているだけなのである。容姿をどうにかしようとするよりは、落ち着きとか品性を身につけた方が早いのだが、「お母さんが面白い」と言われたくて仕方がないのである。ババアが林家パー子みたいなことやるから、娘がドブス扱いになるのが現実であり、仮に落ち着きがあったら、そこそこ可愛いのではないかと思う。ツイッターやってる限りババア(林家パー子)の素っ頓狂な声が聞こえてきてしまうので、はるかぜ(娘)が自分の言葉で喋れる環境を用意出来るかの問題であろう。男子は解剖学的にも右脳と左脳があまり繋がってないし、内面と世界はあまりシームレスではないのだが、女子は内面と世界がシームレスな人が多いから、はるかぜみたいに気持ち悪いのは珍しいのである。ツイッターやめさせて、仕事にババアを帯同させなければ、意外と普通になるという気もする。
birthdaynaakgawa.jpg


https://twitter.com/Harapone/status/591091347278274561
nakangawa30.jpg

https://twitter.com/kkprincess17/status/591159416356933632
shoko30.jpg



中川翔子の人気低迷はなんと言っても30歳という年齢であるし、例の隠し子がいる元ホストとのスキャンダルである。
また代表曲がないのも大きな問題である。
ずっと処女という設定で、田村ゆかりみたいな活動をするつもりだったのかもしれないが、それは破綻した。

はるかぜと一緒にネットで一暴れして見せて反感を買い被害者を気取っているが、しかしその前から上述したような理由で限界だったのである。
中川翔子は若手女性タレントとして失敗してないし、むしろ大成功を収めたのである。
賞味期限が来たというだけの話だ。
若さを失ってチヤホヤされなくなったのは芸能界での現実なのだし、ネットユーザーのせいにするのは筋違いであろう。
元々ブレイクしたきっかけがネットでの人気だったことを考えると、どういう神経をしているのか、という問題だ。

バースデーライブが売れ行き不振のため、過去に退会したファンクラブの会員にまで案内を送っているという情報も出ている。
これは2ちゃんねるだけでなく、ツイッターで報告している人もいるから間違いない。
顰蹙を買っていることもあれば、懐かしいから行くという人もいるようだが、苦戦していることは間違いない。
もう田村ゆかりさんにはなれないので、若さを失ったことを自覚し、大人の中年女性としての売り方を模索した方がいいと思われる。
https://twitter.com/y_arim/status/591582109782806528
sensi.jpg



有村悠さんは最近は艦これバブルで金銭的余裕があるらしく、戦史の本を買い込んでツイートし、いかにも歴史に詳しいというふりをしている。

有村悠さんが歴史の本など読むわけがないので、エアギターならぬ、エア歴史家なのである。
ツイッターで本を見せびらかしてるけど、ブッシュマンみたいな環境で育ってるから絶対に読んでないことは明らかである。

有村悠さんは東大で歴史を勉強したという嘘を付くために東大文学部西洋史学科に進んだが、歴史の本は一冊も読んでない。
中退というお墨付きもあり、いわば法科大学院にいきながら司法試験不合格だった人間が法律を語るような状態になっている。
法科大学院なら入るのは簡単だが東大合格は違うというのかもしれないが、東大に七年間在籍して太宰治の人間失格しか読んでないし、東大で同期の漫画家との人脈を自慢したら「俺は有村悠とはまったく友達ではない」とネットで明言されるレベルだから、東大で鼻つまみ者だったのは間違いない。
東大文学部西洋史学科に進んだのなら本当に勉強して歴史を学んで卒業した方が素晴らしい人生になるだろうという常識は通用しない。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング