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かつては精神と肉体を区別していたわけである。
肉体を交換したいというのはわれわれの根強い願望であるから、その願望に従って切り分けていた。
だが、精神と肉体の区別などあり得ない。
五感についていうなら、これはすべて肉体の機能であり、肉体と精神を切り離したら五感もすべて無くなると考えなければならない。
心の目という安易なものは誤謬である。
肉体を切り離しても視覚は残るという都合のいいことはない。
おそらく、肉体と精神を峻別する場合は、何かしら透明人間のような状態をイメージしているのである。
普段のわれわれにとって肉体は拷問器具であり、肉体の制約の中で悶絶するのが人生なのだが、これを逆転させて肉体を自由にしたいという願望が精神という概念を夢想させる。
肉体には快楽と苦痛がセットされていて、苦痛の方が大きいのであるが、精神体になれば肉体の便利な部分だけ使って自由自在になれるという妄想。
実質的には超能力者になりたいということなのである。
心の目を説く人間が、実は万能の肉体を求めているという問題である。
肉体が消えると(感覚器官が消えるにも関わらず)認識の範囲が広がるという絵空事。
70億人が超能力者だったらどうするのかという懸念はないらしい。
制限された肉体でお互いに向き合っているからこそ自分が存在し得る問題。
この自分というものをどうやって消すかが課題なのだが、これを温存しようという発想だと心の目という迷妄が生まれる。
肉体が消えて精神だけ残るなら、苦痛が消えるのと同時に快楽や世界認識も消えるはずなのだが、そこに至れないと、死後に霊魂が残るという妄執を抱く。
肉体感覚のすべてが消え去るのが死である。
もはや近代社会は完成しており、そこから先は横這いで歴史の終わりというのは、ごく普通に言われていたわけである。
これらも生活は便利になり続けるが、人類としてはほとんどやり尽くした感がある。
相対主義が猖獗を極めることは誰もが予想していた。
先進国全般において階級が固定されていく。
身分制度とはまた別の資本主義の階層化だから人権問題になりづらく、もし変更するとなれば、家庭環境のシャッフルとか非現実的な案しかないので、ほぼ経済力を背景とした家庭環境の固定化で決着したと言える。
所得の再分配はあるとしても、親を変更するのはあり得ない。

あまり予想されていなかったのは草食化であり、カウンターカルチャーの消滅である。
自分は子孫を残さない方がいいという発想が蔓延している。
結婚することが性的な報酬とならなくなった。
端的に言えば、成人してから頑張っても手遅れであり、未成年の頃から恋愛対象として魅力がなければならない。
おばさんと結婚するなら美人でもブスでも大差がないという認識が浸透している。
自由恋愛によって社会が盛り上がると言うよりは、結婚が人生の目標ではなくなり、生まれつきの容姿格差へのあきらめが版図を広げ、それがある種の悪魔祓いのように人間の欲望を鎮めて、すっかり憑き物が落ちた様子が草食化なのである。

こうなってくると、苦痛を伴う努力はしなくなるし、なにがなんでも成功しようという欲望もなくなる。
あるとすれば、何ら利益を求めない努力であり、努力を苦痛と感じない人の世界である。
努力が苦痛でない人は普通にいるし、勉強するのが好きという理由だけで、特にメリットはなくても勉強する人はいる。
未来は無欲な人間に託されている。
おそらくは努力という言葉自体がなくなり、成功報酬が無くても全力を出せるかどうかの問題になる。
われわれは20世紀の共産主義の失敗を知っているので、無欲な世界を理想郷として想見することなど出来ないが、第三次世界大戦でこのディストピアが焼き尽くされて世界がひっくり返るまで、年代記を記す意味がないほど平坦な社会が続き、端から欲がないひとたちで埋め尽くされる。
この世に生まれたらその環境に身を寄せるだけで終わりというのが自由主義社会の結末である。
はるかぜに対する批判として、フォロワー17万人が多すぎるというものがある。
また、ナベプロ移籍前はフォロワー17万4千だったのに、今は16万8千である。
ナベプロに入ってからフォロワー購入を禁じられているというのが仮説。

フォロワー購入と言えばキンコン西野が実際にやってみせたのがよく知られている。
これが2014年4月15日である。

https://twitter.com/nishinoakihiro/status/455868520761270273
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はるかぜは過去のツイートを消しているが、2014年3月2日にキンコン西野と会っている。



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時期として言えば、キンコン西野がフォロワーを購入する一ヶ月前にはるかぜと会っているわけだ。


ネットで適当に検索してみると、フォロワー一人の相場は三円くらいである。
それより格安のもあるし、わたしも適当に調べただけだから、ざっと見て相場が三円だと思っただけである。

三円の相場だと、30万円出せばフォロワー10万人になるし、それより格安のもあるわけだ。

さすがにわたしも確信はないのだが、フォロワー17万人が多すぎる問題と、ナベプロ移籍後にフォロワーが減り続けていることを勘案すると、ひとつの仮説としてはあり得ることである。

はるかぜの場合、生きているアカウントがやたらと少なそうなのは確かで、17万のうちかなりの部分は放置されているはず。
これに関しては、ツイッターがブームになった頃にフォロワーを伸ばして、すでに飽きて放置した人がたくさんいるという想像が適切であろうが、とはいえ、購入説も仮説としては一応残しておきたい。

あくまで仮説を紹介しただけであり、決して確信はないが、一応は筋が通る話ではある。
この仮説を証明は出来ないが、あまり説得力のある反論も出来ない気がする。
中元すず香に会えてよかったという人はたぶんいないと思う。中元すず香のライバルという立ち位置で居合わせると、ただ災難でしかなく、これが一過性の痛みならまだしも、完全に心を折られて終生の疼痛となる。アクターズスクール広島での鞘師里保。バトン部として重音部と対決させられた武藤彩未ちゃん。もしくは中元すず香の実姉。なんか中元と比較対象にされると心が折れている。

男子から見て、中元すず香はストライクゾーンから外れているので、女としての魅力はさっぱりである。中元日芽香は特別な美少女ではないし乃木坂で人気もないようだが、それでも女子として平均的な魅力はある。中元日芽香は芸能界ではその平均性によって埋没するし、このまま際立つところ無くフェイドアウトだと思うが、リアルではかなりモテるはずである。男子はこういう感じの女子が好きだからである。あんまり特別な要素は求めてない。おそらく一般人として生きていたら中元すず香に負けることなど無いのだが、芸能界だとそうではないのである。男子のストライクゾーンに当て嵌らない方が、芸能界では特別な存在として扱われる場合もあり、高身長の女性モデルなどはその典型であろう。

男子にとってストライクゾーンへの適合ということでいえば、水野由結ちゃんはその典型である。普通の平均的な女子としての魅力を持っている。もちろんゆいちゃんはかなりハイスペックなのだが、なぜか高嶺の花だと感じさせない普通のいい子であるから絶大な人気があるわけだ。すべてがストライクゾーンで男子の急所ばかり突いてくるゆいちゃんと、すべてがストライクゾーンから外れる中元すず香は対極の存在である。

いくら中元すず香のスタイルがいいとは言っても、一般人女性で中元の外見になりたい人はいないはずである。痩身ではあるが、女の子らしい華奢な骨格ではないし、かなり男子に近い。オジー・オズボーンみたいな顔だから可愛さは一欠片もない。われわれが中元すず香に何かしら違和感もしくは劣等感を憶えるのは、ジェンダーのルールに反しているからである。女子と言いながらほとんど男子なので、このズレが耐えきれない。中元の実姉や鞘師里保や彩未ちゃんにしても、いずれも女子らしい可愛さはあったわけだが、これによって余裕があったとは思えない。芸能界という場所で中元すず香に向き合うと、劣等感を憶えていたはずである。一般人なら中元すず香という喪女など相手にするまでもないが、芸能のステージとなれば、男子から見たストライクゾーン、つまり女子としての平均性から外れているからこそ、その異形性が何かしら超越的なイメージに変換されるのである。ステージならナヨナヨした女の子より中元すず香の方が見映えがするのは間違いないし、そこには明らかな威圧感があり、鋭い目線で睥睨されているような気分になるだろう。

水野由結ちゃんが相手ならその可愛さを素直に認めればいいのだが、中元すず香は男ならイケメンということであるし、女として魅力は0だから、この異形性への対応が難しい。中元すず香は実寸が160センチ前後だと思われるが、中元に接する人は、何かしら高身長のモデルを相手にしているような感覚を受けてるはずである。中元すず香の性格が男前の姉御肌なら、見た目も中身も男前ということで接しやすいと思うのだが、まったくそういう性格ではないし、そもそも何を考えてるのかわからないから、どう接していいのか苦慮するであろう。中元すず香が明らかな美人なら、雲の上の存在として憧れるという選択肢もあり得るが、やはり微妙な顔なので、これは認めたくないという嫉妬めいたもやもやとした感覚が残るのである。
団塊世代はやたらと非常識で犯罪率も高いのでADHDの特徴を兼ね備えている人が多いが、ここだけ先天的な障害が多いなんてあり得ないし、やはり世代的な価値観として、短絡的で衝動的な言動を肯定しているわけである。
たとえば田母神俊雄(1948年生まれ)はやたらと短絡的な言動をする人間だが、おそらく先天的な脳障害ではないだろうし、団塊世代特有の非常識な人間だと考えた方がよさそうである。
短絡的な言動を個性だと思っているから治す気が全くない。

おそらくこれは下克上精神の問題である。
このところ発達障害という概念が流行し、多くの人が障害者とされているが、この背景には下克上精神が無くなって人生を諦める風潮がある。
出来損ないだと診断して貰いたがっている。
団塊世代だとあきらめが悪いので、どれだけ出来損ないでも、もしくは出来損ないだからこそ断念しない。
下から這い上がろうとするからこそ、非常識な人間がたくさん作られたのである。
端的に言えば身の程知らずなのだが、逆に現代のわれわれは身の程を知りすぎている。
出来損ないがあがくのは浅ましいと考えている。
そして団塊世代を見て異常だと思うわけである。
身の程をわきまえるのが果たして絶対的な正解なのかというと疑問はあるが、現代人はあきらめがよくなった。

出来損ないなのにあきらめが悪いというと、どうしてもはるかぜ親子が思い浮かぶが、あのババアはかなり高齢であると思う。
話題の選択がやたらと昭和で古くさいし、あれだけあきらめが悪いのは、かなり昔の人間であるはず。
はるかぜ(弟)が中学一年生なので、40歳で出産してババアは52歳というあたりだろう。
52歳だと考えると、あの感性の古くささや、どこまでも悪あがきをして下から這い上がろうとする姿勢もなんとなく納得がいく。
科学文明が発達するとしても、もはや近代社会は成熟しきっており、人類としての成長はないという認識が広がっている世情である。
生活が便利になっても人間自体の進歩はないと確信されていて、大半の人は自分という存在を未来まで生かしたいと思っていない。
人類はこれから先も(別の生物に進化しない限り)進歩しないし、脳がこのままの状態だとそれこそ頭打ちだから、脳障害ということにして終了させたいのが基本のはずだが、昭和精神そのままのババアにはいろいろと考えさせられる。
2015.06.26

時間と体感

おそらく時間は無くてもいいはずである。
そもそも、われわれは現在しか経験していない。
現在の連続を生きているのだから、過去も未来もなくていい。
時間は体感として捉えているものだから、十秒で十年を体験してもいいのである。
十年が経過するとしても、決して十年という時間が積み重なって目の前にあるわけではなく、次から次へと消えていくので、あくまで体感だし概念の問題である。

実際はわれわれの人生にとっては時間が重要であり、時計を見ながら生活しているから、時間の流れが体感に過ぎないという真理にはなかなか到達しない。
現在という瞬間のループ構造であるはずなのに、時間を確認し続けることで、時間が実在しているかのように錯覚する。

どうしても記憶の再生というのは止まらないらしく、われわれは現在という時間を生きながらも、過去の出来事を頻繁に思い返している。
これは書物を紐解いてようやく読めるのとは対極であり、思い返したくなくても強制的に浮かんでくるわけである。

現在が次から次へと抹消されて新しい現在が発生して行くのだから、直線を引いていくように時間が流れていくイメージは本当は正しくはないのだが、こうやって過去の記憶が頻繁に浮かんでくるとなると、どうしても過去-現在-未来と直線的に考えるしかないのである。

過去というものは、物理的に強制されていると言うしかないのである。
時間は次々と捨て去られて消去されていくのに過去の実在を信じているのは、物理的な現実が時間の因果関係(前後関係)によって成り立っているからである。
目の前にあるパソコンを粉々に破壊したら、その壊したという事実が物理的に確定するから、撤回不能な過去として認識される。
壊さなかったことにしようと元に戻すことは出来ない。
物理的に変化する状態が時間という概念に紐付けられていて、その前後関係は動かせない。
だから、実際は現在しかないのに、何となく素朴に過去というのがあると考えるのである。
なぜゆいもあが中元陣営にプロテクトされているのかと言えば、そもそも発端が重音部とバトン部の戦争であり、重音部が勝利したからである。共倒れしていれば、ユニットの組み直しは当然あったはずだが、重音部が明らかにブレイクしたからには、バトン部が敗者として鞭打たれるのは当然である。

中元すず香と武藤彩未を重音部とバトン部として対決させたこと自体は妥当であった。なあなあでやっていては、赤字を垂れ流している地方自治体のようになるから、この二人に競争させて勝利者と敗北者をはっきりさせようというのは、アミューズ社の合理的な判断だと思われる。資本主義社会では黒字か赤字か明確にしなければならないし敗者を救済することは許されない。

とはいえ、武藤彩未ちゃんが中元すず香に反感を持つのは当然である。重音部とバトン部として戦争をさせられて、水野由結ちゃんという最重要拠点を奪い取られたのであるから、恨み節があるのはもっともである。いくら敗北者であるとはいえ、武藤彩未ちゃんが水野由結ちゃんを育成したのに、その貢献度が抹消されているのだから、怨嗟が生じないほうがおかしい。バトン部が敗北したのだから、水野由結ちゃんを中元陣営に抑えられるのは仕方がないとしても、育成した貢献度まで無しにされて、初代生徒会長という立ち位置さえ無かったことにされそうな勢いである。

この構造の原因は、KOBAMETALより上の人間が、KOBAMETALの独裁に物言いを付けないからであろうし、それでいてKOBAMETALが出世した様子も見受けられないという中途半端さであろう。重音部をプロデュースしたKOBAMETALが勝利したのに、それ相応の地位を与えられず、それでいて暴政は黙過されている。だからゆいもあを戦利品として幽閉し、武藤陣営(バトン部)には決して塩を送らないことになっている。

ヒャダインと川上マネージャーの険悪な関係にしても、ヒャダインは決して天才作曲家ではないが、なぜかあの変な曲がももクロと相性がよすぎて、ヒャダインがプロデューサーのようになってしまったからである。川上マネージャーがももクロのブレイクを自らの手柄だとはっきりさせるために、ヒャダインを追放したのである。

川上マネージャーがスターダストの取締役になったように、KOBAMETALがアミューズ役員にでもなればいいのだろうが、今のところなってはないし、また自分で作曲してないから印税も入らないし、勝利者として確固たる地位を築いたとはいえない。だからこそ、まるでロシアがクリミア半島を占拠しているかのように水野由結ちゃんをプロテクトし、武藤彩未を世界地図から消そうとしているのである。

結局のところ、重音部とバトン部の戦争は完全には終結していない。BABYMETALと武藤彩未を見比べれば、重音部が勝利したのは言うまでもないのだが、KOBAMETALへの恩賞が曖昧であるため、いまだに戦争が終わっていないかのようである。戦後処理が不調であるから、中元と武藤も講和できない。大人の代理戦争として中元と武藤を戦わせたのだから、大人の問題が片付かない限り、本人も手を取り合えないであろう。

彩未ちゃんは痩せればどこにでも出せる美人であるし、骨格が固まった19歳時点でこの状態だと、容姿が劣化したどころか、むしろ理想的な美しさとして完成したのであるが、いかんせんあの脂肪では見てくれの悪さ極まりなく、かなり難しい案件である。彩未ちゃんが痩せた状態だと、やはり美人は助けようということで、KOBAMETALより上の人が助け船を出す可能性だってある。失敗した赤字プロジェクトは整理するのが原則だとしても、痩せたという前提で考えると、いくらでも挽回出来る余地があるから、KOBAMETALが反対しても、それより上の人間が、ゆいもあとコラボくらいはさせてくれるかもしれないわけである。デブというのがともかく致命的なのである。痩せていたらアミューズの偉い人が下心丸出しで救済しようとする可能性はあり得るし、実際のところ、痩せて美人の状態だとしたら、彩未ちゃんを整理するのはそれこそ企業として損失である。

勝者である中元陣営の取り分が多いのは当然であるとしても、戦勝国が総取りするのは国際法としても人倫の問題としてもあり得ないし、そもそもすべてを奪い取られるとしたら敗戦国が降伏する理由もない。日本が東京裁判を受け入れてサンフランシスコ講和条約を結んだのは、マッカーサーが昭和天皇の無罪ありきで裁判を行い、天皇制が存続したからである。韓国や中国でさえ天皇を批判できないのだから、東京裁判の拘束力は絶対である。いくら敗戦国として批難を続けられようとも、天皇制という根幹部分だけは守られているのである。水野由結ちゃんという権益に関して、彩未ちゃんの取り分は0なのだが、これは言わば昭和天皇が絞首刑にされたようなシナリオであり、敗戦を受け入れる余地がない。現状の水野由結ちゃんは個人活動もないから、100パーセントすべてが中元陣営に帰属しており、これで講和というのは絶対にあり得ない。敗戦国にも最低限の権利はあり、せめて宣伝くらいは使わせてもらえないと講和は出来ない。むしろ武藤彩未ちゃんはKOBAMETAL+中元すず香に宣戦布告しなければならない。デブの状態の彩未ちゃんは剣も矢も折れた落ち武者だが、痩せた状態なら核ミサイルを搭載した原子力潜水艦くらいの威力はある。いわば再軍備によって世界大戦をもう一度行い、戦勝国(重音部)が敗戦国(バトン部)を民族浄化のように蹂躙し続ける現状に異を唱え、世界地図に武藤彩未を大国として復活させることも可能なのである。彩未ちゃんにとって水野由結ちゃんは天皇陛下のような存在であるはず。KOBAMETALが水野由結ちゃんの100パーセントを手にしている状態を認めてはならないし、講和が成り立たないなら戦争によってすべてを奪い返す必要がある。
20世紀後半はテレビ局スタッフからの報復に恐怖する社会だったのである。
あいつらと揉めたらテレビで晒されるということなのだ。
広瀬すずは中学生からラブホ通いという時点でどうでもいいのだが、こいつの失礼な発言がそのまま放映されたのは、スタッフによる報復である。
そしてそれに同調している2ちゃんねるユーザーの頭の悪さにあきれている次第である。

何年か前にたむらけんじが街頭でロケをやっていて、機材が女性にぶつかるということがあった。女絡みだから同伴の60代の男性も引っ込みが付かなかったのか、いろいろ文句を言うかしたらしい。たむらけんじが「仲裁」に入ったらこの男性が蹴りを入れたため警察に通報。たむらけんじは謝罪すれば事件にはしないと言い、男性がそれに応じたため、事件にはならなかった。これもよく考えると変なのである。この60代男性はたむらけんじが割って入るまでは手を出してないのである。

よく考えて欲しいが、この60代の男性は本当に悪いのだろうか。テレビ局のスタッフには決して暴力は振るってないのである。これがなんか「たむらけんじが災難」と報じられたのは、あまりにもおかしいし、それに同調していた2ちゃんねるユーザーの頭の悪さにも辟易とした。もしこの男性が凶暴性を発揮していたなら、たむらけんじはまず最初に110番するべきだろう。たむらけんじは公称180センチで、実際はそれほど無いとは思うが、特別な大男ではないにしても、横幅が広いし比較的大柄である。どうせこの60歳代の男性を押さえつけたから蹴られたんだろう。たむらけんじはテレビクルーの一員なんだから集団暴行みたいなものだよ。

広瀬すずの件は自業自得ではあろうが、これは自分の仕事を貶されてカチンと来たスタッフが放送電波によって報復行為をしたのである。おまえらがテレビクルーの横暴にも黙っているのは、トラブルになって報復放送されたら嫌だなという心理が働くからであろう。だいたいテレビクルーとかスタッフなんて、正社員を偽装しているだけで、実際はほとんど下請けである。テレビ局の名前を使っていても、たいていは正社員ではない。こいつらはいつも報復をちらつかせているのだし、新聞拡張団と似たり寄ったりのチンピラだ。

最近はテレビ見ないので知らないけど、かなり昔、島崎俊郎というお笑いタレントがいて、そいつの番組(日本テレビの深夜だったと思う)でロケ中のトラブルを繰り返し流して若い男性を晒しているのを見たことがあるが、その頃からおまえらのレベルが変わって無くて唖然としている。その男性は島崎俊郎に手を出したわけではなく「マイク向けるんじゃねえよ」とか怒鳴り散らしていただけだから警察に通報することも出来ないから、放送で報復したのである。しかもその番組の中で島崎俊郎が「俺は本当に腹が立ちました」とか言ってた。もう完全な報復のための放送なのである。一般人が怒鳴り散らしてるのを放送する価値ってないだろ。
ネットが普及してからいろいろ変わったし、出てくる一般人はサクラだろうし、かつてのような雰囲気ではないんだろうけど、未だに支配されている馬鹿がいるのだな。

テレビ局のスタッフから今までどれだけ多くの人の面子が潰されたか想像してみろよ。テレビ局の人間は一般人と違って、面子が守られているらしい。テレビクルーの面子を潰すくらいは虫を潰すつもりで平気でやれよ。広瀬すずの件もチンピラ同士の内ゲバくらいに思っておけよ。おまえらテレビクルーにビビってご機嫌取るのに慣れすぎだろう。



彩未ちゃんのカラオケライブの先行に一箇所だけ申し込んだらごく普通に当選していたので、応援している人の少なさを痛感するのだが、こうやって没落していくのはやはり美人が出てくるかデブが出てくるかという問題があり、ほとんどがデブなのだから目の保養と逆の苦痛を体験させられるわけである。たいていは社交性があると、自分の周辺がくっきり見えている。彩未ちゃんはかなり社交的なのに、なぜか盲目的であり迷走しているわけである。若い女だと、決まり事のように美人という記号性を持っているが、その論を俟たないはずの前提も欠いている状態である。4月29日に痩せた時は透き通る肌質の美人だったし、骨格も綺麗であるから、本質的に劣化したわけではないが、とにかくデブなので仕方がない。愛嬌のあるデブならまだいいが、まったくかわいげがないし、いかにも現実の壁にぶつかって病んでいる根暗で醜いデブなのである。彩未ちゃんは夢一杯の乙女だったはずだが、昨今の窮状により、極めて巨大な虚無と絶望に直面している。これはアスペルガーにありがちであり、自分の中での思いこみで現実にぶつかっていき、盲いた人間に似つかわしい挫折を繰り返すのだが、彩未ちゃんにアスペルガーの要素は皆無だと思われるので、現実認識の混迷が不思議である。なんか40歳を過ぎて婚活とか言っているおばさんに似ているのである。戦況を眺めた上で臨機応変に戦略を練るのではなく、ただひたすら願望だけがある。もう19歳なので骨端線はとっくに閉じているから、骨格はこれで決まっており、動かしがたい美人として完成しているのだが、自分の中の暗澹たる闇を育てるかのように、すべてを灰燼に帰するインフェルノというべき豪奢な脂肪がなめつくしていくのだから、やはり事前に築き上げていた理想が相当に高かったのだと思われる。芸能人だから当然とはいえ、やたらとプロモーションのハードルが高すぎた。これはアミューズの担当者の問題でもあるし、それにある程度は彩未ちゃんのお花畑な気質に合わせたのだろう。19歳なのに40過ぎて婚活してる女子の乙女心を持っているのは、現在の苦境からして、行き遅れたという感情が強いのかもしれない。水野由結ちゃんとは鉄の絆があるはずで、ゆいちゃんも何とかして宣伝したいと思っているはずなのだが、それでも擦り寄っていて見苦しいと言われてしまうのは、中元陣営の工作ではあれど、どうしても婚活おばさんが釣り合いもしない相手に擦り寄っている印象を与えてしまうからであろう。彩未ちゃんは婚活おばさんのような身の程知らずから脱却するべきである。40過ぎた婚活おばさんは19歳に戻れないが、彩未ちゃんは19歳に戻れるので、非現実を蹌踉し終の棲家とするには早すぎる。彩未ちゃんは百人一首を暗誦してるはずだが、藤原定家が選んだ人物はたいてい不幸である。成功の規模が大きい人を集めた歌集ではないし、痩せてる時の彩未ちゃんなら小野小町のように零落を嘆く資格もあるであろう。デブだと敗者としての美学すら演じられない。婚活おばさんのようにゆいちゃんに縋るのではなく、たとえ敗者として退場するとしても、ゆいちゃんが誇りに思える人物でいることが何よりも大事であろう。歴史は勝者が作るというが、敗者だって人気がある。平家物語で言うなら木曾義仲のように滑稽な退場をするのではなく源義経のように散らんとするべきだろう。ゆいもあが選者となって歌集を編むなら、彩未ちゃんは真っ先に載る人物であるはず。ゆいもあはCDを100万枚売ったというような理由では判断しない。彩未ちゃんの敗北は必定であるとしても、ゆいもあのような世界史的人物から強い信頼を勝ち得て、その青春の煌めきと遺失の痛みを語り継がれるとしたらそれ以上の栄誉はあるまいし、もはやここからは敗者の美意識の問題であるだろう。百人一首を忘れているならもう一度読み直すべきである。かつての痩せた立ち姿と凛とした人間性を取り戻し、あの絶佳たる歌唱力とMCのスキルのすべてがひとつとなり像を結んだなら、たとえ敗者として死するとしても、武藤彩未という存在は、ゆいもあが伝説として語り継いでくれるであろう。粗衣をまとい世間から蔑まれていても、人類の頂点に君臨するゆいもあだけはちゃんと見ているというのは、現代の貴種流離譚であるように思える。とはいえ、これはあくまで4月29日の容姿に戻った場合の話であり、やはり相変わらずデブなんだろうし、ライブにもデブで出てくるだろうから、武藤彩未はデブ。痩せろ。という結論に至るしかない。
なぜたいていの言葉は翻訳出来てしまうのかと考えると、言葉のすべては「あれ」だからである。
われわれは個々人が欲望を持っており、胃袋と性器が別々であるから、自分と他人が全く違うと考えているが、実際はクローンのようなものである。
自分のクローンが70億人いると考えても差し支えない。
自分のクローンと話すのだから「あれ」でだいたい通じる。
住んでいる環境が違っていても、この肉体をもってして世界に接する在り方はまったく同じ。
美人を見れば誰でも美人である。
これは宇宙の真理ではない。
目と鼻と口の並びを「顔」と呼ぶことが137億年前から決まっているわけがない。
顔は決して実体ではなく、われわれ人類(もしくは地球生命体)の概念である。
顔の美しい醜いとか、表情とか、すべて「あれ」として言えるものである。
本当に自分と他人と感覚が同一かどうか確認は出来ないが、同一だと考えるところに言葉は成立する。
同じ感覚器官や、「顔」を捉える仕組みを持っていると前提して「あれ」だと言うのである。
対象となる物体が実体として存在するとは限らないし、そもそもプログラムのような記号で表現されているのかもしれないが、人間の肉体に向かって映じてくる様子は、70億人誰にとっても同じであるから「あれ」という表現でいいのだし、他の国の人は「あれ」をなんと呼んでいるのかという具合でだいたい翻訳可能になる。
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