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https://twitter.com/SenBobCorker/status/809831809429241856
presidentbush.png


国務長官に指名されたRex Tillerson(エクソンモービルCEO)。
そもそも最初にこの話を持ち込んできたのはライス(元国務長官)とゲーツ(元国防長官)である。
その後で、ベイカー(元国務長官)、ラムズフェルド(元国防長官)、チェイニー(元副大統領)が推薦に名を連ねた。
つまりブッシュ政権のお歴々である。
今回は落選したジェブ・ブッシュも推薦しているので、ブッシュ人脈であるのは最初から明らかだった。

トランプ側としては国務長官の駒がおらず、トランプサポーター代表であるジュリアーニはあれこれと難点があるので、ロムニーを押し付けられそうになっていた。
トランプ側近はロムニーだけは阻止したいということで激しく抵抗していた。
だから渡りに船ということで、このエクソンモービルCEOを手放しで大歓迎したのである。
さすがに出てくる面子からしてブッシュとの繋がりは明らかだが、ともかくロムニーにでかい顔をされて、どっちが大統領なのかわからない状態にされる危機は脱したのである。

アメリカメディアはブッシュつながりであることを黙殺して、プーチンの話ばかりしている。
そしてこの国務長官の指名には上院の承認が二段階で必要であり、まず外務委員会で承認し、その後に上院全体で承認する。
この最初の外務委員会の方に、マルコ・ルビオがいて、彼がひとり反対すれば却下できてしまう。
そこでおしまいなのである。
この第一段階でひとまずルビオが折れて、上院全体で採決することにしたとしても、ルビオとグラハムとマケインが反対すれば却下できる。
そのためメディアがルビオを煽っているのである。

ここでルビオを止めるべく出てきたのが、まずはチェイニー元副大統領であり、ルビオに直接会って話をしたとされる。
そして、さらに加わってきたのが、ブッシュ元大統領(息子の方)である。
Bob Corker上院議員が、ブッシュ元大統領から推薦の電話を貰ったとツイートしている。

ブッシュ政権の連中が総出で応援している状態である。
これに対して、今のところアメリカメディアの反応は鈍い。
これまでプーチンを仮想敵にしていたので、これをブッシュ批判と合わせ技にする理論武装が今ひとつなのであろう。

ブッシュ親子に対する評価はいろいろあるだろうし、おそらく批判が多いにしても、親子合わせて共和党政権を12年やってきたわけである。
人材難のトランプ政権を見て、ブッシュ側から押し込んできたのであり、ブッシュ元大統領も出てきたのだから、ロシアのスパイとか、そういう論調は作りづらくなった。
ブッシュとプーチンをまとめて批判するのも可能ではあるが、いずれにせよ、トランプ批判に結びつけるのはなかなか容易ではない。
トランプはブッシュの外交政策を批判しているから、政策の食い違いを問うのは可能だが、とはいえ、ロシアのスパイみたいなネガキャンはちょっとやりづらい展開になってきた。
われわれが夜警国家を望むとしても、なにかあるたびに再発防止だという騒ぎが起きて、立法が強行されてしまう。
そして新しい法律だけでなく、再発防止のためとして、役人の腐臭がする公益法人が作られたりする。

認知症での自動車事故が最近増えているとされるが、そんなのはどうでもいい。
増えてるから立法が必要というわけではあるまい。
減っていようが、立法が必要なら立法すればいい。
「再発防止」というキャンペーンを警察がやりたがっているのがうざいわけである。

そもそもわれわれはマスコミ経由(記者クラブ経由)で警察発表を見ているだけである。
世の中で毎日毎日起こる数え切れない事件のうち、ごく一部が三面記事を飾るのである。

なぜこの記事がヤフートップなのか。
(なお記事は実名だが、伏せ字にした)。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161215-00000076-mai-soci
事故を起こした母親(79)に運転免許の返納を求めて口論になり、首を絞めて殺そうとしたとして、岡山西署は14日、岡山市北区西辛川、自称会社員、○○○○容疑者(54)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。母親は病院に運ばれ重傷の模様で、○○容疑者は「腹が立って殺そうと思った」と容疑を認めているという。
逮捕容疑は、14日午後6時40分ごろ、同居する母親(79)の顔などを自宅で殴り、首を絞めて殺害しようとしたとしている。岡山西署によると、○○容疑者は当時、飲酒していた。○○容疑者方をたまたま訪れた宅配業者が110番通報した。


容疑を認めているということだが、これは殺人未遂容疑を認めたということである。
たとえば「首を絞めたのは事実だが、殺す気などまったくなかった」と正直に言ったら、容疑を否認していることになるわけだ。
実際のところ79歳の婆さんの首を本気で締めたら簡単に死ぬから、本気のわけがない。
なにしろ、刑事も容疑者も法律の素人であるから、メクラとメクラが取調室で対面しているわけだ。
この程度のことで裁判官を煩わせるわけにはいかないから、「殺害する目的で首を絞めた」と素人刑事と素人容疑者で決着を着けるのも仕方がないのだが、とはいえ、世論形成のために殺人未遂罪にしたようにさえ思える。

認知症の自動車事故の再発防止などしなくていい。
認知症に自動車を運転させたら危険極まりないのは言うまでもないが、世の中にはいろんな痛ましい事故があり、それらの大半は放置されている。
立法が必要かどうかは、個別に判断すればよろしい。
こうやって特定のニュースだけ記者クラブで流して再発防止キャンペーンをやるのは情報操作と言うしかない。
人間は一度にひとつのことしか出来ない。
とはいえ、柔軟性のある人は、それなりにリソースを開けているので、たとえば決まりきった書類仕事をしながら、他人と雑談するくらいは出来る。

思い込みが激しいというのは、シングルタスクに脳が占拠されて、他にリソースを割けない状態である。
何かに取り憑かれたように一心不乱にやるしかないのである。

この取り憑かれる感覚は興味深く、あたかも何かに乗っ取られている状態なのに、その憑依性こそが自分だと思いこんでいる。
当然ながら、本当に悪魔に憑かれているわけではなく、あくまで御本人の頭の中で閃いたものであるから、これこそが自分だという思い込みも致し方あるまい。
「取り憑かれたような」というのは、他人から見るとそれくらいに盲目的で、猪突猛進してるという話である。

こういう思い込みが激しいタイプの人は、シングルタスクしか出来ない。
数学の難問を解いているならそれでいいのだが、簡単なことでさえ一心不乱にやってしまうのはただの不器用である。
難しいことは難しく考えて、簡単なことは簡単にやるというのが理想的である。
2016.12.12

制服と職業

制服と職業が紐付けられることで社会は作られている。宅配便の人が制服を着ているのは、それによって怪しさを消しているのであろうし、私服で宅配便をやっていたら、おそらく怪しげである。お互いのことを知らない都市空間において、制服は不特定多数に向けた名刺である。それによって自分の立場を社会的に開示しているのである。制服を真似して作ることは難しくないし、詐欺などもあるようだから絶対ではないが、ともかく、大まかにわれわれは制服で職業(社会的役割)を示すことに馴染んでいる。NPCとして決まりきった対応をすることが予想できるわけだ。どこかの飲食店に入れば、チェーン店でなくてもその店の制服があるのだし、見分けがつくようになっている。ひとつひとつ違うはずの人間存在がお店の店員さんという顔のない役割に埋葬されているとか、人間が道具に堕しているという言い方もあろうが、そもそもたいていは開き示すほどの内面を持ってないし、いろいろと納得した状態で埋没しているのである。むしろ認知的不協和をこじらせず、心の塵を払いつつ、ロールプレイに埋没してきちんとやれることが、ソーシャルスキルとして持て囃される。罪人を繋ぐ枷鎖ではなく、むしろNPCとして模範的な外骨格を形成することで、真人間であることを立証する。資本主義社会であるから、人間はその日暮しの思いつきではなく、ある一定の役割を繰り返すことを求められている。現在の世の中では、悪目立ちは死王に邂逅することであり、個性を開陳しようという流行り病は地上で廃れているが、そもそも素の生々しい状態に価値が無いのであるから、棺に釘を打ちつけるようにして切断されるに似付かわしい。
harukazebabaa.png



このところ狂飆が波を鞭打つが如く、はるかぜの攻撃的なツイートが投下されてくるが、やはりババアがやっているようだ。
ひらがなを多用するのが、いわば筆跡鑑定というか、見分け方のコツだとバレているのにやらかしてしまう。
小学四年生から、というより、ブログでは娘が三歳のときからこんなことばかり書いている。
これが小学四年生の筆となると天才だと持て囃されたのだからよくわからない。
ポリコレが考えた子ども像なのであろう。
こういう幼児的なツイートと同時に、クレカの審査がどうこうとツイートしてるし、方向性が支離滅裂なのだが、よほど目が曇っている人しか騙せまい。
この問題は時たま指摘している人がいるのだが、たいていは余談であるようだ。
数多の書物を探せば、この問題をメインにしている本だってあるだろう。
いや、必ずあるとは思うのだが、どうもこの問題への注目度は低くて、ちょっとした付け足しで書かれるのである。

たとえばADHDという概念を日本で有名にした「ADHD のび太・ジャイアン症候群」(司馬 理英子)ではこんな記述がある。
ある定年退職した小学校教師が、いじめに関してこんな意見を寄せてくれました。
「いじめが起こるのは、教師に問題があるんじゃないかと思うんですよね。これはだれにも言ったことはないんですけど。教師の気持ちの中に、『この子はグズだ、いやだな』とか、『どうして、この子はこんなふうなのだろう』みたいな気持ちがあって、それをまわりの子どもたちが敏感に感じとるんじゃないかな、と思うんですよ。それで、この子ならいじめても先生もうるさく言わないだろう、というような暗黙の了解ができるような気がします」
子どもたちがそういう教師のひそかな気持ちを敏感に察知して、いじめがある意味で容認されていると感じるので、いじめが継続して程度がひどくなっていくのではないかというのです。


この本では、この問題を指摘するにとどめ、話は広げていない。
たいてい、この問題はあまりメインテーマにならないのである。

たとえば空想癖がある人間は、いつも頭の中で別のことを考えているわけである。
目の前のことより、自分のファンタジー世界のほうが重要なのである。
これは教師からしたら、とても苛立つことである。
空想癖が悪事だと言われることはないが、自室で一人の時に限らず、他人を前にしても空想しているだろうから、周囲に注意を払ってないことは明らかである。

発達障害があっても、教え方がうまい塾の先生の授業なら興味津々で聴くかもしれないし、これは学校教師の授業が下手くそだという問題もあるが、しかし、興味を惹かれないからこそ「他人に関心を向ける」のが社会性とも言える。
むしろこの社会のつまらなさからすると、つまらない授業でも聴けるかどうかが肝心なのだ。

教師が露骨に生徒を馬鹿にすることもあるだろうし、これはこれで問題とするべきである。
教師はクラスの法を体現しているとも言えるし、お墨付きを与えることになるからだ。
とはいえ、上の空でぼんやりしている生徒を馬鹿だと思ってしまうのは仕方がないし、露わにしないように気をつけても、教師の印象は伝わるであろう。
問題の生徒を治療するか、もしくは保健室でファンタジー世界に浸らせておくしかない。
https://twitter.com/h_ototake
ototakekireru.png



一般人は有識者とか文化人として講演会とか、もしくは公的な諮問機関に呼ばれることがない。
ナイキやコカ・コーラがスポンサーに付くわけでもないし、有識者とか文化人とか、そういう立ち位置で報酬が得られるわけではないので、好き勝手にやっているだけである。
乙武は、たとえば東京都の教育委員に選ばれていたわけだが、一般人はそういうポリコレの苗床で育まれてきた人間ではない。
おそらく乙武は難しい局面に置かれていて、少なくとも現時点では、綺麗事を言っても報酬は得られない、のであろう。
本当にポリコレや綺麗事を愛していて、何かしら信念があるなら、無報酬でも永遠に綺麗事を言い続け、ポリコレであり続けるべきだ。
綺麗事で食えなくなったからポリコレを投げ出すというのも、どうなのであろう。
ともかく、乙武はこれまでポリティカル・コレクトネスや綺麗事で、有識者として立場を得て、ずいぶん報酬を得てきたのだから、そういう立場にない一般人を難じるのは筋違いだ。
綺麗事を言う有識者の背景が本当に綺麗なのか、詮索されるのは致し方あるまい。
それに、綺麗事を言う文化人活動を義務付けられているわけではないので、毒舌芸人に転向するのも自由であるし、いろいろ選択肢もあるだろう。
最近のDeNAの問題は医療関連の情報を調べると素人が書いた駄文が必ず上位に来るから、コンプライアンスの問題として非難されただけである。
NAVERまとめと同じことを医療関連の情報でやったからまずかった、というだけである。
グーグルはドメインの強さで判定しており、ドメインさえ強ければ、被リンクが少なくても上位表示されているのは明らかである。
ページランクではなく、ドメインランクになっているのが実態。
そしてそのドメインの評価についても、どうやらページの物量が物を言うようだ。
被リンクの数で、それぞれのページにランクがあるというのは過去の話と考えていいだろう。
ドメインが強ければ必ず上位表示なのである。
だから、とても安い報酬で人力で大量に書かせるのが跋扈している。
最低賃金というものはあるが、歩合という名目で、最低賃金を下回ることは出来る。
もしくは最低賃金を超えるためには、タイピング速度の練習と考えて、品質が低い文章を書きなぐればいい。

この問題の根っこにあるのは、グーグルがカスタマイズさせないことである。
グーグルのいろんなサービスは、ユーザーにカスタマイズさせない。
だからNAVERまとめを避けることは出来ない。
もちろん検索オプションというのがあるから、-naverと付けて、NAVERまとめの表示を避けるのは可能である。
もしくはchromeのアドオンで「Personal Blocklist」というのがあり、これはグーグル公式のものである。
これが流行ってないのは、まとめブログとか、そのあたりが、あまり広めたくないからであろうし、存在そのものが知られてないからであろう。

それに、何と言ってもこの規約が不味すぎる。

Personal Blocklist 拡張機能は、ブロックした URL を Google に送信します。ブロックまたはブロックを解除する際に、本拡張機能はブロックまたはブロックを解除した検索結果が表示されている URL も Google に送信します。ユーザーは、Google が品質とサービスの向上のためにこれらの情報を自由に使用することに同意したものと見なされます。

ブロックした結果がグーグルに送られて検索に反映されるとなると、芸能人が炎上するたびにイナゴ連中が「公式サイトをブロックしようぜ」と騒いで、その結果がページランクの低下や抹消として、検索に反映されることもあるわけだ。
ユーザーが個々人の判断でブロックするだけで、そうやってカスタマイズした結果は反映されないとした方が、集団的なネットイナゴの嫌がらせを排除できると思うのだが、あくまで反映させるのがグーグルの判断だから仕方がない。
つまり集団的な判断としてまとめられて反映されてしまうから、個人的なカスタマイズは出来ないのである。

なんにせよ、おまえらはイナゴであり乞食である。
「絶対に金は払わない」という乞食だから消費者ですらない。
NAVERまとめやDeNAを下げても、似通ったのが上がってくるだけ。
ネットコンテンツにお金を払うべきだというわけではないし、それについてはまた議論されるべきだが、そもそも、医療の専門的な情報がほしいなら医者に行くべきなのである。
愛情の押し売りは人間の根源的な願望だが、迷惑であるのは明らかなので普通はやらない。お金持ちがお金をくれるとか、美人がセックスさせてくれるとか、そういう押し売りはまずあり得ない。「愛」というのは物乞いである。おそろしい高望みである。愛情の押し売りが成功してしまうなら、社会が成り立たない。だから、愛するのが無効になるように社会は作られている。愛というのは頂点への渇望であり、最頂点の人間と並び立ちたいというという熱情だ。「何でもやる」という人に雑用を頼んだらどうなるのだろうか、となると、拒絶されるに違いない。たとえば右翼団体は典型的なストーカー体質である。昭和天皇が右翼団体に「活動をやめてくれ」とかトイレ掃除だけしてくれとか言っても絶対にやらないし、おそらく「陛下が洗脳されている」とか騒いで、重臣を殺すだけである。愛に身を焦がす人間は雑用に甘んじる生き物ではない。トイレ掃除だけでいいから役に立ちたい、という発想は絶対にしない。天皇と並び立つことが目的であるから、右翼団体にトイレ掃除を命じても憤激するのみである。だからストーカーを有効活用することは出来ないわけだ。自己愛の怪物というべき集団が雪景色を血化粧で染めるのも、普段は平均人に甘んじている人間のおぞましい内面を晒すべき歴史的出来事として、何らかの意味はあるだろうが、このような箍の外れた愛情が溢れても困るのであるし、繰り返してはならないグロテスクな標本として陳列されるだけである。金銭の等価交換原理だけが人間に身の丈を教える。時給1000円で雑用をやれと言われたら、仕事がない人間は喜んでやるわけである。そこには愛という傲慢さがない。愛は無償なのではなく、等価交換原理を無視しているだけである。金持ちがお金をくれるとか、美人がやらせてくれるなら無償といえるが、そうでない限り、愛とは身の程知らずでしかない。頂点を目指すのは人間的な欲求であり、そういう美食家としての傲慢さが無いなら機械の部品でしかないが、とはいえ、塵芥のような有象無象が頂点しか受け付けないという自己愛をこじらせても難儀なので、この社会を機能させるべく、金銭という物差しで人間を矯めていくのである。
お友達のお友達というのは厄介であり、「人気者」を奪い合って反目し合うことがある。誰とでもオープンな性格の人ならいいが、そうではなく、特定の親友を作ろうとするタイプだと、どちらが本当の親友なのか揉めたりするのである。つまり、親友というのは美化されがちだが、実のところ、他者が入り込めないマンツーマンであることが多く、二者択一を迫られるから、親友のお友達との闘争が厄介であり、むしろ害悪とさえ言える。これは恋愛感情とは違って、どうしてもこの人と結ばれたいという熱情などないので、決して恋敵ではないのだが、政治的動物として、政敵が生まれてしまうのだ。

このインターネットでさえ、分断工作というのがあるし、お友達のお友達は厄介な存在である。中途半端に誰かと仲良くなると、嫉妬なのか権力欲なのか、その人のお友達が出てきて、仲違いさせるためにあれこれ吹き込んだり煽ったりするわけだ。そしてそういう展開になると、親しさの格差の勝負として、わたしが敗北するのである。だから、わたしは誰とも親しくしないようにしている。何のメリットもないのに誰かと親しくなって、そいつのお友達から横槍が入るのが莫迦莫迦しいからである。

道重さゆみと鞘師里保も、中途半端に親しい関係であった。鞘師は道重の前では遠慮しており、天衣無縫な佐藤優樹のようにベタベタと接していくことはなかった。この結合の弱さからして、剥がされるリスクのある人間関係だったのである。道重も鞘師も、オープンな性格ではないので、親しさの紛糾が生じやすいと言える。

道重さゆみという売れないアイドルがなぜ売れたかというと、ベテランの中で一人だけ残り、モーニング娘。からヤンキー的なイメージを払拭し、清純派に切り替えるリーダーとなったからである。万年補欠のベテランがリーダーシップを発揮し、誰もが逸材と認めるルーキーと共に、チームを立て直す物語であった。そして道重と鞘師のカップリングを軸に据えて、いわゆる百合営業が機能したからである。欲にまみれた俗世間を超越した深山幽谷の仙境のように見えたのである。この山水画が現在ではただの絵空事でしかなかったと見なされている。

どうも道重さゆみの認識として、鞘師のおかげで自分が売れたとは思ってないのである。むしろ、自分が鞘師を売ってやっているという傲慢ささえ窺えた。そういう心の隙間に潜り込んだのが飯窪春菜という悪魔である。飯窪春菜の商品価値は0と言って差し支えないが、コミュニケーション能力が高く、道重にはかなり食い込んでいる。鞘師が鬱で倒れたときも飯窪は「笑った、笑った」とか謎のブログを更新していたから、裏事情は推して測るべしである。

道重と鞘師の仲が悪かったということはないだろうが、いろいろと遠慮のある関係であったのは間違いがなく、ふたりとも内向性があるから、分断工作を仕掛けやすかった。道重と鞘師がふたりともあっさりした性格でビジネスと割り切っていればよかったが、内向的な類友として中途半端な絆があり、そうかと言って肝胆相照らすほどの関係ではなかったから分断された。道重が鞘師とプライベートで食事に行ったのは2015年秋の一度きりだが、道重と飯窪は、道重引退後も会ったりしている。表向きには道重と鞘師のカップリングで見せているのに、裏ではそうではないという齟齬があった。

もはや、道重の話になっても、誰も鞘師とは関連付けない。道重や鞘師のプライベートを千里眼で観察するわけにはいかないので、ここは想像に委ねられているのだが、ハロヲタの多くは、もはや道重と鞘師のカップリングはビジネスだったと察しており、すっかり興が醒めている。

道重さゆみの勘違いはハロプロの上下関係システムから起こったことでもある。広島時代の鞘師は年上の中元すず香を実力でねじ伏せてきた。「歌は中元でダンスは鞘師」と言われるが、ふたりとも似たり寄ったりの音痴であるから、歌に価値はあるまい。中元すず香はリップサービス乞食であるし、ゆいもあを連れて鉢坊主のように海外を回っている。子どもの特権であるから、はるかぜ親子と同じだ。誰も本気で褒めてないから、外部からのガチの評価で言えば中元は鞘師より格下である。そして道重も鞘師より圧倒的に格下である。ハロプロでは道重はレジェンドであるが、そこから外に出たら、鞘師のほうが遥かに評価が高い。ハロプロの中での序列と、外部からの評価を区別できてないのが道重さゆみである。

そもそも鞘師は道重とのカップリングなど必要としていない。年上の中元すず香を捻り潰していたくらいの実力者であるから、組む相手は誰でもいいのである。℃-ute解散を踏まえると鈴木愛理が妥当だと思うが、愛理である必要はなく、誰でもいいわけだ。鞘師が「引退」した時は、マツコ・デラックスが鬼の形相で悲憤慷慨してみせたが、鞘師は逸材だとマツコが強調したのは、特別な才能を持った天才が、凡庸な有象無象の反感で失墜していく生々しい惨劇に耐えられなかったからであろう。道重神格化で、道重は飯窪春菜からずいぶんヨイショされたのであろうし、だいぶ気分がよかったのだ。その有頂天な女王様が、鞘師についていろいろ吹き込まれて、すっかり疎遠になり、身の程知らずになった。ハロプロ圏外ではまったく通用しないババアであるし、そのハロプロでも鞘師との関連付けを失って欺瞞を抱えた過去の人なのだから、相当にきついと思われる。これから道重が何かを話せば話すほど、鞘師とのカップリング時代が嘘くさくなるのだし、この売れていた時期が偽史として破棄されるのだから、売れなかった頃と同じ立ち位置になるのだ。若くても売れなかったのに、馬齢だけは重ねて、老境に差し掛かっているわけだ。鞘師と出会う前の道重さゆみに戻っただけである。

鞘師は大河ドラマ女優の松岡茉優さんがヲタ代表でもあるし、ハロプロ圏外からの支持はとても強い。中元みたいに海外で赤字ツアーをやらずとも、すでに確固とした支持基盤がある。そもそもまだ高校3年生だから復活するとなれば、多方面から支持されるのは間違いない。道重さゆみという「人気者」を奪い合っている間に、御本人が勘違いしすぎて、2015年は戦塵に塗れた乱世となったのだが、これはマツコが鞘師を支持したことで決着したので、なぜ道重さゆみというクルクルパーが今さら復帰を試みているのか謎である。ともかく真相は知らんが、ハロヲタの大半が道重鞘師のカップリングは嘘だったと察しているので、道重さゆみを支持する人がとても少ないわけである。
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