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世の中のことはたいてい説明されない。
岩崎友宏についても「気持ち悪い」としか言われてない。
だから理由が伝わってない。
虫酸が走る、吐き気を催す、生理的に受け付けない、このような感覚的な言葉で、岩崎友宏を蛇蝎のごとく嫌悪する気持ちは吐露されるが、あまりにも自明のことなので、これを腑に落ちるような理屈で説明することはない。
われわれが説明を省いているのは、言わなくても察しが付くと思っているからだし、気持ち悪い奴がなぜ気持ち悪いのか証明してみせる習慣がないからであろう。
説明しなくても気持ち悪いという共通理解は伝わるし、説明されてようやくわかる鈍感な人間は置いてけぼりにするルールであるから、説明は割愛される。
とはいえ、おそらく気持ち悪い理由について思考が省かれているのが問題であろうから、普段は素通りしている「なぜキモいのか」という命題について詳述してみる。
好意とは発情なのである。
さかりがついた状態である。
人間はいつも発情期ではあるが、野外ではセックスはしないし、きちんとした服を着て行動し、羽目をはずしていい例外的状況を除いては、「さかり」を露骨に見せてない。
つまり人間はいつも発情期という言い回しは、さほど的確ではない。
いつでもセックスが可能ではあるが、普段は「さかり」がついたような行動はしないし、性をタブーにしている。
好意が気持ち悪いのは、それが発情だからであり、発情が気持ち悪いからだ。
若い女が言い寄ってくるならいいが、さかりのついた男は、イケメンを除いて気持ち悪いのが当然である。
発情している男は、要するに勃起しているのだ。
女からすれば、勃起したオスが発情して迫ってくるやばい状態なのだから逃げまどう。
非日常的な時間において性を楽しむにしても、日常性から性は排除されている。
だから発情を剥き出しにされたら気持ち悪い。
岩崎友宏は頭が足りてなさそうだし社会常識を欠いていると思われるから、性を隠すというマナーは知るまいし、それこそ善意のつもりで発情している。
若い女の身体ならともかく、発情した岩崎友宏の勃起した男根が欲しいわけがないのは明白だが、善意の押し売りはいつも厄介である。
難儀なのは、発情して勃起している間は、求愛行動ならではの多幸感がありそうなことである。
この段階では、性愛の宴を思い描いてご機嫌かもしれない。
それが拒否されて逆恨みになると殺人鬼となる。
拒絶されるまでは夢気分で愉快であろうし、その認識の甘さはお人好しと言えるから、はしゃいでいる姿がいい人に見えることもある。
だがうまくいかなければ、パワー系なりの逆恨みや暴力に訴えるのであるし、冨田真由さんの惨劇を見れば、岩崎友宏がいい人であるはずがない。
@tomitamayu 腕時計をプレゼントする意味を知っていますか?大切に使ってくださいね(^^)


岩崎友宏についての報道はやや疑問があり、ニュースだけ見ていると、富田真由さんだけにロックオンしていたと誤解するであろう。
だが実際は、あちこちに恋着の対象がいて、ずいぶん存在を知られる荒らしだったようだ。
まず、富田真由さんの前に橋本愛に執着していたことは確実であり、「ヨッキー」というハンドルで荒らしをやっていたとされる。

http://ameblo.jp/illion-0107/

岩崎友宏が富田真由さんの顔面を滅多刺しにする事件を起こしたのは2016年5月22日だが、5月21日で更新が止まっているので、おそらく99%は岩崎友宏である。
岩崎友宏=ヨッキーであると断定して差し支えあるまい。

事件後に、他の人のブログのコメント欄で、「ヨッキー」を知る人達が話題にしている。
とりあえずリンクは貼らないが引用だけしておく。

2016/05/24 16:25
魔女です。
ご無沙汰しております。
とても久しぶりにアメーバを見ています。
なぜかというと、とてもショッキングな事実が判明したからです。
もう3年くらい前になりますか、ヨッキーという人の書き込みを覚えていますか?
橋本愛が好きで、当時の私のブログや、みなみさんのブログにどこかおかしな書き込みをしていた彼を覚えていますか?
先日あったアイドルの刺殺事件の犯人が彼だったのです。
とてもショックでとても驚いています。
ヨッキーと似たような文章を書くなと思って犯人のブログに飛んだあと、自分のパソコンに保存されているヨッキーのブログに飛んだら同じだったのです・・・
もともと不安定で犯罪予備軍ではありましたが、時々冷静にもなるのでまさか・・・という感じです。
どうにもショックが大き過ぎて、自分の中で消化し切れず、もしかしたらみなみさんなら彼を覚えているかも知れないと思い書き込ませて頂きました。


>魔女さん

驚きました。

もちろん覚えてますよ!
私はあの時そこまで彼を分析してはいなかったけど
魔女さんは結構頻繁にコメントされてましたもんね・・

気持ち悪い~くらいにしか思ってなかった。

まじで相当やばいですね。

日本の警察ももっと
サイバーストーカーを直視していかないとダメですよね。
彼女は本当にかわいそうだけど
魔女さんに火の粉がかからなくて良かったですよ。

ショックなのはすんごいわかるけど
あまり気に悩まないようにね。

あんな人がそこらじゅうにいるんですね。
怖いわ!


魔女 2016-05-26 22:01:25

そもそも私がブログを止めたきっかけは彼ですからね・・・
私のニックネームを使って私のアメンバーの人達(複数)の
コメント欄にコメントをしたり私の記事をコピペして自分の
ブログに張り付けたりされたのですが
それがきっかけで一部の人が私と彼は同一人物なのではないかと疑っているという話が
私の耳に入って来たのです。
それが誰かはその人は教えてくれませんでしたが・・・
私からしてみれば冗談じゃない!という感じでしたが、でも彼に対する怒りより
そんな噂を私のブログにコメントをくれている人の中に流している人がいると思ったら
疑心暗鬼を通り越してなんだかもう書くことが馬鹿馬鹿しく感じたのです。

それに偽名の件が収束した後、私が彼の相手をしなくなると私のブログにコメントを
下さっていた方のブログのコメント欄を酷く荒らし始めたので私がいなくなれば
そういったことも解決するのではないか?と思ったのです。

しかし、結局この様な事態になり・・・

私は個人情報が特定出来るようなブログではなかったので大丈夫でしたが
みなみさんはそうではないのでむしろみなみさんの方が危険でしたが
被害が及んでいなくてなによりです。


ではではヾ( ´ー`)



またヨッキーはihashimotoというハンドルで自演もしていたようだ。
「ヨッキー」として荒らしながら、それを「ihasimoto」というハンドルで揶揄しているのだ。

[ 53 ]ihasimoto2013/7/4 23:15
>> [52] TAISHIさん

そいつヨッキーじゃね?(笑)

なんかうざいでしょ(*^_^*)

どんだけ目立ちたがり屋さんなんだよ(笑)


岩崎友宏はあくまで「ヨッキー」というキャラクターを演じているつもりらしい。
病識がかなり強そうなので、これが逆に選民思想の原動力であるらしく厄介である。
統合失調症なら病識が生じれば改善なのだろうが、この手の人格障害者は、自分は普通ではないという病識を強めて悪化していく。
普通ではないからすごい人という変なロジックになっているのであろう。

またヨッキーは森川葵という女性モデルにも執着していたようだ。
わたしはモデルの世界などチンプンカンプンなので、このひとの顔や名前を拝見したのは初めてだが、seventeenの専属モデルだったこともあるそうだし、スターダスト所属だから、いわゆる地下アイドルではなく、そこそこのランクだと思われる。

いろいろ荒らしていたようだが、森川葵については自分のブログでこう書いている。

http://ameblo.jp/illion-0107/entry-11996974357.html
2015-03-03 22:06:23

北山詩織は橋本愛や広瀬アリスと同期で能年玲奈も出てた映画「告白」に出てましたね。
小松菜奈や冨田真由より上だと評価された人。あまり興味なかったな( ̄¬ ̄)
それよりも、シンガーソングライターの新山詩織の方が可愛いと思うのは僕だけか?

みんな19歳。

てゆーか橋本愛はSTモの時(18歳)にロマンポルノの劇場に入り浸っていたのか!?彼女の精神狂ってるね(汗)
それで「当たり前を当たり前にしていきたい」とかトチ狂ったこと言って、私常識人ですよアピールしちゃうんだから精神異常者決定♪ヽ(´▽`)/ヨッキーのお墨付き☆

森川葵
最近広瀬すずがしゃしゃり出てて、いまいちブレイクしきれてないもりりん。可愛いし演技もかなり上手いですよ。今年ブレイクするかな?名古屋の工業高校に行かず橋本さんと同じ日出か堀越に入ってたらまた違ってただろうに…

ドラマ「スプラウト」でジャニヲタに叩かれてブログ移設してからあまりブログは観てないけど、主演で映画に出てたりしてて昨年小松菜奈主演映画「渇き。」では橋本愛や二階堂ふみより存在感放ってたと思います。

「おんなのこきらい」これ観てみたいけど、DVD待ちかな(* ̄∇ ̄*)

ところで橋本愛の恋人?大野いとは辞めないのかな?もう辞めちゃてるのかな?
てか、いとさん彼氏出来たのかな?それだけが心配です(笑)
モデルで女優で高校生だったのになぜ彼氏が出来なかったのか超不思議。真面目ないい子なんだけど、声がキョドってるから、そこがネックかな(笑)

坂東希
E-girlsのメンバーは彼女以外知りません(* ̄∇ ̄*)
昔ブログによくコメントしてて、ケイティ・ペリーが好きだと言っていたのでペリーさんと呼んでました。

そんな思い出。

てゆーか、今時期に一斉に辞めちゃうんですね。今年は新たに大量に採用されるのかな?
集英社はモデルを抱えすぎて費用が掛かりすぎてたとか…雑誌が売れなくなったとか…
ま、Seventeenは全体的にケバいからな(笑)手本にしても多分モテない(*`ω´*)
なんだかんだ若い子はナチュラルメイクが一番いいよね。


障害者は不幸ということになっているが、端から見るとはしゃいでるのが多いのが実際であり、不幸であるにしても一人遊びの楽しさはあるのであろう。岩崎友宏にとって「ヨッキー」は他人事のようであるが、しかし「ヨッキー」が中核であり、端役のハンドルで「ヨッキー」に言及するのである。それでいて彼はまったく精神病ではないし、ホンモノの多重人格でもないから、病気で交代人格が発生しているわけではなく、かなり病識のある故意の自己解離として、ラシュモア山に象嵌された彫刻のように、いろいろな顔を並べて戯れ言を叢生させている。病識が強くなることで自らの非行の咎を認めて引き下がるのではなく、ただ単に故意犯としての露悪的な側面を強めて、血腥い怨恨を富田真由さんにぶつけたのである。「自覚」はあるが「反省」はしてないのだ。虞犯者が反省の演技だけ覚えてしまうこともあり、それも故意犯をこじらせていく過程なのだが、ともかくいくら病識があることを主張しても、行動そのものの改善、つまり不穏な言動を慎む生活態度として反映されないと、快方に向かうどころか、人倫を平気で枉げる悪知恵を付けたと判断した方がいいし、故意であることが尊厳の拠り所であるような人格障害の悪化と見做さなければならない。
他人を攻撃するのに理由を言うとしたら、おかしな人間である。
理由は説明しないのが常識。
理由を述べて他人を非難したりすれば、その相手から逆恨みされるだけでなく、周囲からも「余計なこと言わなけりゃいいのに」と思われるのだ。
誰かが追及されているのを見た時に、いかにもその言い分が正しくても、「正義面しやがって」とか、追及している側に生理的な嫌悪感を持つことはあるだろう。
こうやって不正義を黙過しているうちに、だんだんと腐敗が蔓延するのが人類の業病なのだ。
ともかくこういう具合であるから、他人を攻撃する時に理由は言わないということになる。
理由など言わずとも察しが付く。
わかりきってるから言わないのだ。
他人から嫌がらせをされるとして、理由がまったく不明ということは稀である。
この世界では、無言で力を振るえということなのだ。
言葉という刃物を振り回すことは許されない。
はっきり言えば、いじめを見るのは楽しいのだが、正義で追い詰めるのは見ていて楽しくない。
いじめは一方的だから楽しいが、他人を問い詰めたりするのはギスギスした揉め事だから楽しめない。
常識人は社交性最優先だから、ギスギス感をとても嫌がる。
誰か一人がスケープゴートになって終わりならいいが、ギスギス感が全体に伝わるのは嫌悪する。
だから道義的におかしなところがあっても見逃すことにしており、これが腐敗の原因となるのだが、常識人が常識人として不正義を看過しているからこうなるのだろう。
アスペルガーには特異な観察眼があるとされるが、やはり常識人は不正義を発見しても見なかったことにして終わりなのである。
アスペが超能力者なのではない。
常識人は「俺は見なかった」ということにしてしまうのだ。
アスペのような執念深さがないのが常識人であり、社交性として長所ではあるのだが、馴染んで馴れて受け入れるのが彼らの生き方であるから、社会を組み替える気はないのである。
さすがに腐敗が巨大化したら、普段は見逃す主義の常識人でさえも、メスを入れなければならないという心境になり、それを行う正義に拍手喝采を送ることも有るが、普段はギスギス感を避けるために不正義を見逃して和気藹々とやっている。
多様性というのはポリコレ用語であり、優劣を付けたくない場合に使われる。だが、現実には優劣があるので、タテマエと現実の軋轢が生じてくる。すべての文明はそれぞれに個性があり優劣は付けられないというのは綺麗事であり、実際は文明は存亡を繰り返し、世界地図は頻繁に塗り替えられる。アーミッシュのように数が少なければ、隔離して保護することもできよう。どちらが優れているかを決める必要はあるまい。だがイスラムはいずれキリスト教の人口を追い抜くので、アーミッシュのように扱うわけにはいかない。文明の格差を棚上げにするのは「保護」という認識であるから、人権枠というか障害者福祉みたいなもので、このような保護として尊厳を守ってもらうべきか、それは疑問がある。キリスト教の慈悲にタダ乗りすることで本当に嬉しいのか、と首を捻るしかない。多様性というポリコレ的な言葉はずいぶん上から目線であり、やはり無意識に優劣を嗅ぎ取っているからこそ、それを打ち消すために多様性という単語が口の端に上るわけだ。ここでの優劣とは近代科学の水準という意味である。イスラムは科学文明としてレベルが低い。近代科学が大正義というわけでもあるまいし、近代科学は幻想であり、宗教こそが真実であるのかもしれない。問題なのは、近代科学の後進国から先進国へという人口の流れである。イスラム教徒でありながら近代科学の恩恵だけは受けようというのである。イスラム圏はたくさんあるのだから、そこでアーミッシュのように、物質文明から遠ざかった生き方をすればいい。イスラム難民の難しさは、先進国にやってくる動機が曖昧、というより、食い扶持の問題であろうが、精神文明から物質文明への移動に際して、科学へのリスペクトもなさそうだし、近代化への志も窺えない。人口が多すぎるので、イスラムをアーミッシュのように扱うことは出来ないし、またイスラムが言論の自由を認めているのかどうか疑問であり、近代社会もしくは近代科学への見解が問われるべきであろう。イスラム圏に住んでいる分には、文明に優劣を付ける必要がなく、遠くの異世界の案件であるから、いわば深山幽谷の地に棲まう仙人のように見做して、それこそ多様性という言葉で曖昧にしておけばよろしいが、やはり近代社会で混在するからには、多様性という魔法の言葉は濫用するべきではないし、文明の優劣・格差が問われる。日本人だって中世までは人文系の教養を中国から一生懸命学んだし、欧米の科学文明に憧れて近代化もしたのである。このような学ぶ姿勢もイスラムには欠如しているし、むしろ日本のような島国の劣等民族のほうが、異国の文化を取り込みながら頑張っていると言える。
昔はスマホなどないから、「家が近所」というのが友達の大きな条件であった。
学校でそこそこ気が合う人間がいても、家が遠いと友達にはなりづらい。
気が合っても、家が近所でないと一緒に行動しづらいからだ。
固定電話が一家に一台あるだけだから、あまり頻繁に電話するのも気が引ける。
もしくは昔であれば、近所の人間のプライバシーはだいたい知っていた。
そのような地域共同体はかなり崩壊しているであろうし、個人が通信端末を持って遠隔地の他人と交流できるのだから、人間関係の地理的な縛りは緩んでいるはずである。

とはいえ、地理的な縛りが完全になくなったわけではあるまい。
インターネットを駆使して、遠距離の人間と友達になるのも可能ではあるが、たとえば自分が東京にいるとして、沖縄や北海道の友達と遊ぶのもなかなか難しそうである。

そもそも「帰属している組織」においての友達作りが人間関係の重大問題なのである。
帰属、あるいは所属でもいいが、その「仲間」と仲良くやることが求められており「友達を作れ」とはそういうことなのである。
北海道から沖縄まで全国津々浦々の人と毎日チャットで話してますと言っても、それは意味がない友達である。
友達を作るノルマとしては、ノーカウントとなる。
帰属・所属している組織において「友達」がいるかどうかが問題であるから、遠いところに無所属の友達がいても意味がない。
われわれは特定少数の村社会でうまくやることを求められている。
要するに派閥や会派を作れということであり、狭い盤面で駒を動かしながら立ち回り、陣地を押さえていく力が必要とされている。
普段から接している人間と、SNSでさらに親睦を深めるのはそういうことである。
arimuragekido.jpg


なぜか有村悠さんが憎悪を撒き散らしている。
今回は自分のツイートに対してネガティブな反応を受けたということだが、これはたまたまのきっかけであり、やはりいろんな人から敬遠されて恨みが溜まっているのであろう。
われわれは有村さんが大好きだし、まったく危険人物だと思っていない。
われわれは有村さんから好かれてないので、まったく恐くないのだ。

つまり、有村悠さんに好かれると怖いという問題である。
おそらく有村さんに好かれると、タダ飯、居候、無料セックス、無償の愛、生活費の無心など、物乞い行為がかなりありそうである。
有村さんがこれを実行しているわけではないし、いつも水際で止められているから、ほとんどが未遂であり、言いがかりとなるかもしれない。
だがどうも、この人に好かれて懐に入られたら傍若無人に振る舞いそうだし、かなり危ないというオーラがある。

われわれの多くが有村悠さんのことを好きなのは、われわれが美人でもないし、人気絵師でもないし、豪邸にも住んでないからである。
有村さんのターゲットから完全に外れているので畏れる理由がない。
好かれてない人間からすると、有村さんは善良で楽しい人物である。
いくら馬鹿とは言っても、東京大学に現役合格(中退)したことはあるから、話が通じないレベルのクルクルパーでもない。

では、有村悠さんが美人や人気絵師から拒まれる問題はどうすればいいのか。
これはどうしようもあるまい。
他人を好きになるたびに嫌われるからひねくれた人間になるのも仕方があるまい。
とりあえず不人気サークルと友だちになることから始めてはどうかと思うが、それは嫌なのだろう。
承認願望というが、これは誰でも持っているものである。
自己愛こそが人間である。
だが、この全能感を野放図にするわけにはいかないので、現実の額面を問うことになっている。
自己愛の強さが現実の額面を書き換えるような不正行為に至った場合に、見苦しい承認願望として腐った死臭を放つ。

わたしが脳内では陸上のスターのつもりだとする。
100メートルを8秒で走れる脳内設定で、オリンピックで金メダルを獲る場面を空想し続けているとする。
当然ながら、これは現実において覆される。
この現実というのも地球上の生命体の設定にすぎないが、ともかくわたしが100メートル8秒で走れないことは、他者に対して剥き出しにされている。

われわれが肉体を与えられていて、その性能が固定していて、「他者」という存在に対して剥き出しになっていることが現実の根幹をなしている。
100メートルを8秒で走るというわたしの脳内設定は、「他者」から唾棄されてしまうのである。
つまり、他者を求めているからこそ、ここが壁になる。
100メートル8秒で走れることを他人に認めさせることは出来ないので、ここが大きなネックであるし、現実に立ち返るしかない。
それで断念するとは限らないし、死の灰と言うべき大地から、自分が100メートル8秒で走れるという観念が懲りずに育っていくこともあり得る。
だが、どれだけ繰り返したところで、他人から承認されることはない。
肉体の性能が固定されているからこそ、額面を書き換えられない現実がある。

あるいは、100メートルを8秒で走れると嘘をついて、誰かがそれを信じたとすれば、他人から詐欺的に承認が得られたのかもしれないが、本当に100メートル8秒で走ってみせることは出来ないから、どこかで詰むだろう。

努力によって実力の額面を書き換えることは出来るが、素質の違いがあるので限度がある。
はるかぜがいくら頑張っても芦田愛菜の額面にはならない。
まったくすごくない人が、すごい人だという自己愛を持っているのが人間らしさかもしれないし、はるかぜ親子は現実の額面を認めないで生きていくのである。
とはいえ、やはり最後に問われるのは本当の額面である。
病識がない精神分裂病は異常者として隔離される。これをどういう理屈なのか、病識があればあるほど正常であるという奇妙な発想につなげる人がいるようだ。健康であれば病識などないのだから、自らの不健康を厭い、自覚症状を高らかに謳ってみせるのは反省の演技でしかなく、カルマの積み重ねである。痴れ者が微かな意識で正常さを辛うじて保っているのであれば、不具者と見なして差し支えないはずだが、理性の欠片がまだ残っているという変なプライドがあるらしい。人格障害はだいたいがこの手合いであり、箍が外れた精神状態を自覚しているというアピールを繰り返す。サッカーでPKを貰うためのシミュレーションのようなもの、いや、シミュレーションがバレるようにダイブしてイエローカードを貰いたいのかもしれないが、喩え話だから細かいことはともかく、この現実をゲームと見做してわざと倒れてみせるような芝居がかったことをするわけだ。本当に気が触れているのではなく故意である、という理非を違えた免罪符らしい。現実と空想の区別は付いているが、軸足は空想に置かれている。第三者が嗅ぎ分けるとすれば、現実というナマモノが傷んで腐乱していく瘴気が漂う。妄想ではない、つまり現実世界とのズレについて病識があるから大丈夫と思ってるらしく、ファンタジーの垂れ流しは平気でやる。自己愛という悪魔が棲みつき、深く友誼を結んでいる。自傷行為はだいたいが自己言及であり、みずからの血塗れの躰を他人事のように見ることで、その病める精神を延々と反芻する。壊れている自分を冷静に眺める正常な自分というのが病識であり、その意識を強めることで、自己存在の泥土を綺麗に浚ったつもりらしい。戦乱の颶風を吹かせ、狂奔のごとく暴れる輪廻を繰り返し、梁を上げるような火柱とともに灼熱が燎原の火のごとく広がり、森羅万象を飴細工のように枉げていくとしても、それを花鳥風月のように眺めている冷静な自分がいるらしい。
https://blog.twitter.com/ja/2017/0208safety
アカウントを永久的に停止された方が新しいアカウントをつくることを阻止するための識別ができるようにします。これにより、もっともよく見かけ、また大きな影響を与えやすい、罵倒や嫌がらせのためだけのアカウントを作成するケースを減らすことができると考えています。

トランプが当選したことで、ポリコレの反動が強まったという印象がある。
言わば踏み絵を踏むように、反トランプとして旗幟を鮮明にしなければならない。
IT業界は広告で生活しているわけである。
トランプ現象でツイッター社の広告が増えたわけではないそうだから、スポンサーに対してコンプライアンスを主張する実利の問題もあるだろう。

最近の大統領令は過半数の米国民が支持しており、ヒラリーの地盤である大都市での反対運動が目立つだけである。
移民を制限したいのが米国民の本音である。
そのような本音が繁殖する文化運動としてツイッターは使われたのであり、これは人類の革命であるが、やはり反ポリコレの拠点というイメージだと、広告は出稿してもらえない。

ようやく有権者の意識がアメリカ大統領選挙に反映され、左翼メディア支配に終止符が打たれたと思ったのに、なぜ逆の方向に行くのか。
まず前述のようなコンプライアンスの問題があるが、有権者はこれにノーを突きつけたわけである。
この有権者の姿勢が、企業広告に反映されていない。
まだ左翼メディアが死んでないのもあるし、有権者という畜群は、綺麗事にうんざりしているのに、企業には綺麗事で難癖を付ける矛盾した体質もある。
有料サービスにするつもりはないようだから、これについて長々と述べても意味はあるまいが、そもそも企業は何のために広告を出しているのかという根源的な問題に至る。
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このところ、ロシアへの強硬姿勢を求めるマケインが、制裁を解除したがるトランプを阻止する立法に動くなど、いろいろと対立している。
そしてトランプがマケインに暴言を吐いたりしているわけだ。

まずトランプが妙にロシア寄りなのは確かである。
ここは不自然である。
とはいえ、国務長官になったエクソンモービルCEOのティラーソンは明らかにブッシュの友達である。
ティラーソンはベイカーとかなり昔から友人であるらしく、そこからブッシュ周辺と親しくなったようだ。

数日前のスーパーボウルでは、ブッシュ(父親)がコイントスをしたのだが、それを客席から見ていたのがマイク・ペンスとジェームス・ベイカーであった。
この少し前にティラーソンが国務長官になったことと関係はあるだろう。

ベイカーはレーガン政権の一期では首席補佐官、二期では財務長官を務めている。
ブッシュ(父親)の時は国務長官である。

ティラーソンはエクソンモービルCEOとしてプーチンと友達であるからロシアとの関係を疑われているのだが、そもそもブッシュ(息子)のときの国務長官だったライスが推薦してきたわけである。
またティラーソンの承認で揉めている時にブッシュ(息子)が上院議員に推薦電話をしていたことも明らかになっている。

だから、ロシアへの懸念というのは杞憂であろうと思うし、こうやってマイク・ペンスとジェームス・ベイカーが並んで観戦しているのを見ると、トランプが単独で暴走しているというのは考えづらい。

1月30日にトランプはマケインをこのように批判したわけである。

The joint statement of former presidential candidates John McCain & Lindsey Graham is wrong - they are sadly weak on immigration. The two Senators should focus their energies on ISIS, illegal immigration and border security instead of always looking to start World War III.

第三次世界大戦をやりたがるのではなく、移民と国境警備とイスラム国に専念しろ、ということだ。
マケインはロシアと戦争をしたがっている、と言いたげである。

マケインの側の思惑はよくわからないわけだ。
マケインが、クリミア半島を巡っての正義のために純粋な怒りを抱いているかどうかは判然としない。
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