Archive
小泉進次郎は何歳なのかとふと気になって調べたら、4月で36歳になっていたそうだ。
2009年に議員になってから、これまで当選三回である。

だいたい人間は35歳で頭が鈍くなるが、ここから賢明さの格差が生じてくる。
哲学者や思想家だと、だいたい40歳にならないと主著は書けない。
頭が鈍くなってようやく、思索の結果が実ってくる。
もしくは実業の世界でも、若手起業家が成功させた後に、50歳くらいのベテラン経営者に実務を任せることはよく見られる。
頭そのものは35歳を境にして馬鹿になるとしても、賢明さで補うのは可能なのだ。
加齢で誰もが賢明になるわけではないし、これは学習機能の問題であるから、経験や思索の積み重ねを叡智に高めている人がそんなにいないのも確かである。

小泉進次郎は津田大介(43歳)と同タイプであり、やたらと注意力がしっかりしているEQ優位型であるが、津田はこのところ、加齢による頭の悪さをソーシャルスキルで糊塗できなくなってるし、誰もが認める馬鹿である。
津田大介とか、ロンブー淳とか元木大介とか、この手の人間は、周囲をよく観察して早々といろんなことに気づいているが、その手回しの良さが積み重なって賢者になるわけではないようだ。
人類の叡智とは無縁の人間である。

小泉進次郎は、あれこれと察しがいいが、おそらく学習機能は付いていない。
そろそろ若手議員という枠から外れるし、年齢的に頭が悪くなる一方だから、これまで持て囃された利発さを失う過程を見せてもらうことになるだろう。
「自由論」ジョン・スチュアート・ミル(斉藤悦則訳)
これまで長い間、法律による処罰をひとびとが恐れたのは、社会的に汚名が残るからであった。つまり、本当に効き目があるのは刑罰でなく汚名なのだ。じっさい、ほかの多くの国では法律による処罰を恐れてひとびとは意見の発表を控えたりするが、イギリスではむしろ社会的な非難を恐れて発言を控える者が多い。他人の好意にたよらなくてもやっていけるほど金銭的に余裕のある人を除けば、誰にとっても世間の評価は、自分の意見を控えさせる点で法律と同じくらい効果がある。パンを得る手立てが絶たれる辛さは、投獄されるのと変わらないだろう。たしかに、パンをすでに確保し、権力者や諸団体や公衆の歓心を買う必要のない人間なら、どんな意見でもあけすけに表明して平気でいられる。人から悪く思われたり、陰口をたたかれたりはするだろうが、それに耐えるために彼はことさら英雄的な性格を備える必要もない。

トランプがCNNにラリアットを食らわせている動画については話題であるから、仔細に渡る説明は省いてもいいであろう。
かつてトランプがWWEに参戦してCEOのビンス・マクマホンと対戦したときの動画にCNNのアイコンを貼り付けただけである。
ビンス・マクマホンの妻であるリンダ・マクマホンはトランプ政権の中小企業庁長官であるから、普段からの交友関係もありそうである。

この動画はただの一般人が作成してRedditに投稿したということだが、なぜかこの一般人が反ユダヤ主義者として、CNNに吊し上げを食らったのである。
身元については記事に出なかったが、CNNに謝罪をしてなんとか許してもらったようだ。
許しを請わなければ名前を出されていた可能性も十分ある。

なぜCNNに謝罪する必要があるのか謎だったのだが、どうやらCNNの経営陣やキャスターの顔写真を並べたユダヤ人リストを作っていたらしい。
顔写真にはそれぞれダビデの星が貼り付けられている。
この画像自体についてはビジネス・インサイダーの記者もツイートしているから、おそらくフェイクではない。
それに、問題のユーザーがCNNのユダヤ人リストを作っていたとすると、CNNに謝罪という不可解さにも筋が通る。
わたしは今のところ、この画像に並ぶお歴々がユダヤ人かどうかひとりひとり確認する作業はしてないし、そもそもユダヤ人だと明確にしているとは限らないので、これはあやふやな風聞に基づいたものであろうが、CNNの社長がユダヤ人なのは確かである。

CNN=ユダヤなのかどうかについては知らないし、そもそもユダヤとは宗教であるから、本人の信仰の問題でもある。
ともかく、そこにCNNが食いついてきたのである。
このような乱暴狼藉が話題にならないのは、人権団体のリンチは記事にならないということなのだろう。
人権問題でやらかすとトランプのような扱いになるから、大富豪でもなければやってられない。
今のところ問題のユーザーの身元は報じられてないが、脅しめいたことをCNNがやったのは、その一般人が大富豪でなかったからなのだろう。
CNNに頭を下げて、どうにか名前を報じないでくれ、と命乞いするしかなかったのである。
2017.07.05

合意の重要性

たとえばレイプされて自殺する人がいるわけだが、おそらくこの重大性が人間社会を作り出している。
合意なき性行為のダメージが軽いとすれば、レイプというのはそれこそ合意なく、もっと軽々しく行われるであろう。
人間社会では、どうしても合意が必要なのである。

この合意に至らない場合に、何らかの形で強行突破しようと考えるのであろうし、それがストーカーという形で現れるのである。
なぜ岩崎友宏が冨田真由さんをロックオンしたかと言えば、過去にいろんな人からブロックされているし、誰からも拒まれることはわかりきっているからである。
いわば人間最後の悪あがきである。
滅多刺しという凶行は、誰とも合意が成立しないことへの象徴的な復讐なのであろう。
そして合意の不成立という難題を血腥い惨劇として示したのである。

われわれ人間は合意を重んじているから、他人の意志を差し置くような行為に正当性は認めていない。
果たして、われわれが普段から、あらゆることで他人と合意しているのかというと疑わしいのだが、合意の重要性という認識はある。

社会契約うんたらという妄想も、合意がない社会はまずいという観念があるからであろう。
まったく合意したおぼえがない社会に住んでいるのは、とても都合が悪いのである。

セックスの合意と、社会的合意を同一に捉えるわけにもいかないであろうし、たとえば性奴隷にするのと、農奴に労働させるのでは、その蹂躙のレベルが違うであろうが、とはいえ、それなりに似通った感覚である。
おそらくこのあたりの理屈を突き詰めたり厳密に分類したりするとややこしくなるので、あえて大雑把にしておくが、われわれは自由な人間として合意することを望んでいるのである。
男女が合意して結婚する場合でさえ妥協の産物であろうし、人生の節目節目で渋々と承諾して生きているのが実態であるから、あれこれ強いられてこそ人間という言い方も可能だが、合意がなければ苦痛であるところが肝心なのである。
われわれは自明性をもって存在している。
わかりきっているのである。
やがて生きているうちに、一万円札は本当に一万円札だろうかという具合に、あれこれ自明性に疑問が生じてくるわけで、その哲学的な目覚めとともに、この世界は幻想であろうと思ったりして、この根無し草の存在について考えるのだが、やはり自明性に立ち返るしかなく、美人は美人でブスはブスという結論に落ち着く。
人間的な物差しがわれわれの脳味噌に組み込まれている、もしくはわれわれは物差しそのものである。
美人とかブスとか物差しで測って、それに対応した印象や、性交の空想なども含めて、それは肉体的な重みを持つ。

そして、俗事に取り巻かれていると、その自明性に没入するしかなくなる。
その俗事が他人事ではなく、まさに自分自身の経験するべき問題であるとするなら、山紫水明の仙境から俗界を想うようなことは出来ない。
この俗世間で形成されている事実性について、土を掘り返して根はないと言い立てることは無益であるし、そんなことは誰でも知っていることであるから、たとえば紙に一万円と印刷してあるとして、それが真札か偽札かというのは、社会的事実、もしくは社会的な信用の循環として明らかな答えがある。
俗世の煙塵を肺腑に染み渡らせつつ、ホンモノの一万円札を手にして、それに価値を感じるのは自明性なのである。

本能を否定するのも社会であるし、たとえばどの文明も身分制度から始まるが、やがてそれを廃止することになるわけである。
奴隷制の廃止は、それこそ一万円札が無効になるような出来事だが、これは個人の頭の中の操作で切り替わるものではなく、肉体的な重みを持って動いている現実が、それだけの歴史的なムーブメントとして変わるかどうかなのである。
頭の中で、諸々の事象を紙切れにしてみても、それは至って無益な試みである。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング