Archive
遺族がメディアに登場して厳罰化を求めることが繰り返される。この手の問題の根幹にあるのは刑罰が「軽い」ことである。われわれはこの不思議さを不思議に思い、首をひねりながら生きているわけだ。いじめる側がスクールカースト上位で、いじめられている側が転校させられるのと同じかもしれない。加害者は強者であり、被害者は弱者である。悪い人間は主役だから抹消されない。消えるのは被害者の方である。子どもの学校のいじめっ子と、大人の刑務所の囚人が重なるかといえば、完全な等号で結べはしないだろうが、濃淡はあれど、悪人は強者という側面が世の中にある。われわれが悪人に慄いているのは、子ども時代の原体験なのかもしれない。悪人を殺処分したくてもそれはできないのだが、時たま、社会的なヒステリーとして、それが行われるのである。いじめられっ子が殴られるのは日常であるが、いじめっ子を殴るのはタブーであるから、王様をギロチンにかけるような非日常である。普段の刑罰は、「ほどほど」に抑えられているので軽いわけだが、やはり「ほどほど」という刑罰観への不満があり、どちらが正しいのか知らないが、悪人を殺処分する狂乱が生まれるのである。普段だと、善人は弱々しく簡単に譲歩する気質なのに対して、悪人は鉄壁なので、それが強さなのだが、その鉄の壁を貫こうとするのである。考えてみると、弱々しい善人であれば、刑務所に行くくらいなら死刑にしてくれと思うだろう。「刑務所生活が嫌なので安楽死でお願いします」くらいのことは言いそうである。なぜ犯罪者があれほどまでに死刑を怖がるのか、とても不思議ではある。悪人は強いので、死んだほうが楽という発想がないのかもしれない。死刑とはそういう悪人の不死身さに対する鉄槌なのである。
美談の人の正体は詐話師であるが、お金のために欺いているとは限らないし、ただひたすら感動を求め、嘘の泥土に塗れていることもある。本当の話はおもしろくないので、おもしろさを求めた結果かもしれない。真実は素っ気なく淡白だが、嘘は華やかで感動できる。野良犬や野良猫の大半はどう見ても雑種であり、ペットショップで売られている純血種とは対極である。それでも、なぜか、ペットショップで買った犬猫が捨てられるというストーリーを言い立てる詐話師がいるようだ。野良猫というのを、「昔からの野生の猫」と捉えるのではなく、「捨てられた」と捉えたいらしいのである。野良猫が野外で繁殖を続けてきたという明々白々たる事実を認めたくないらしいのである。とにもかくにも、「捨てられた」というのが詐話師の語り口のトリガーとして極めて重要であるらしい。「捨てられた」という嘘をどうしても物語の根幹にしたいので、嘘まみれになる。なぜ「捨てられた」だと感動の強度が上がるのか、それは知らない、もしくは捨てられたからこそ「助ける」という展開につながるので当然の話かもしれないが、なんにせよ「捨てられた」が必須らしい。なんとなく野良猫を拾って飼いましたというだけだと、命を助けるという要素がないので、感動の強度が弱いらしいのである。ペットを飼うのは救助活動とは別だと思うのだが、どうしても等号で結びたいらしい。ペットショップで買う人は、見た目が可愛いから犬猫を購入するというエゴを隠さないし、愛玩のために買うだけだから、「捨てられた命を助ける」という感動物語を求めない人もたくさんいるのだが、逆に言えば、これが詐話師たちの仮想敵になりやすい。トイプードルが可愛いからお金で買った、スコティッシュフォールドが可愛いからお金で買った、それで愛玩目的としては用が足りているし、犬猫を可愛がるのに救助活動である必要はまったくないのである。なぜインチキな詐話師に限って「命を助ける」のが好きなのか、嘘つきが嘘を好む、それだけかもしれないが、もしかすると、愛玩目的とわりきっている人も、どこかしら後ろめたさがあるのかもしれないし、その心の隙に「犬猫の命を助ける」らしい詐話師が悪魔的に付け込むのかもしれない。
大半の人は朧気ながらわかっているし、わざわざ書くようなことでもないが、仔細まで言語化して輪郭を与えてみることにする。店員というのは、かなりの部分が万引き防止のために配置されている。あるいは資格試験を実施するとして、当然ながら、試験監督は必要である。いろんな意味で「他人を見張る」ための警備員が必要なのである。文字通りの警備員も必要だし、店員も警備員を兼ねる。世の中、他人の補助が必要でないことはたくさんあり、セルフで済むはずのことはたくさんあるのだが、不正をされると困るので、誰かが監視しており、それが人手となってしまう。「他人を見張る」という仕組みについてよくよく考えなければならない。根本的な問題として、われわれは過去を直接見ることは出来ず、カメラに映っていなければ、それは二度と映せない。記録してないことは記録されないのである。過去の未解決事件の真犯人は、という問題も、過去は無なので、どれだけ技術が進歩してもわからない。3次元空間で時間が流れていくというのは、そういうことであり、すべてが全消去されながら連続していく。しかし、消えるのは証拠であり、たとえば万引きされたら、その商品が欠落する結果は確実に残る。因果律は極めて強固であり、過去がリセットされるわけではない。過去が現在を作り出しているが、その過去は確かめようがないのである。監視カメラを大量に配置することで、目撃者を増やすことはできるが、無人店舗まではいかない。コンビニのセルフレジでさえ、多少はごまかせるから、使うのは憚られる。わたしは最近は自宅から数分のアマゾンロッカーを多用しているが、あれは人手を省けるし、こちらも配達を待つ必要がないので、あれがたくさんあれば、人手は省けるかもしれない。それはともかく、われわれの世界は因果が宿業のように積もりながらも、誰がガラスを割ったのかわからない、という問題がある。そもそもここまでは万引きなどの犯罪について述べてきたが、たとえば密室での談合とか、そこまで考えたら、本当にわからないことだらけである。隣の家で何をやっているのかもわからない。自分の人生すべてが可視化されることは誰も望んでいないだろうから、証拠が消えるシステムは人間存在を成り立たせる根幹かもしれない。
1と2があるが、1は興味深く読んだ。2は精神論的で中身が薄く同じ話の繰り返しが多くてつまらない。コミカライズされているようだが、わたしは読んでいない。同じ著者の「境界知能の子どもたち」という本があるが、これは読みやすい。ともかくこれらを読んでみて、いろいろ考えさせられた。境界知能(IQ71~85)の少年少女、表面上は知的障害者に見えないし、行政的にも知的障害者としては扱われないが、よくよく接してみるとオツムが足りてない人たちがいる。境界知能(IQ71~85)は人口の14%に該当するようである。そして彼らの問題として、認知機能の弱さが問題だという。視覚認知や聴覚認知が弱いというのである。ここを改善すれば、少しはマシになるらしい。噛み砕いて言えば、点数が低い理由として、そもそも問題文が見えてないことがあり、視覚認知の訓練で問題文が見えるようになれば、少しは点数が上がる、ということだと思う。あるいは他人から口頭で説明を受けて、それが理解できないとして、発達障害的には「空気が読めない」、つまり文脈の理解が出来てないから話の意図が伝わらないとなるが、この本の認知機能という話では、耳の力が弱いというのがメインテーマになる。どちらのアプローチが正しいというのではなく、境界知能の人への教育を前提に、まずは見たり聴いたりすることを、きちんとやるという話のようである。では、これで薔薇色になるのかというとならないだろうし、「境界知能の子どもたち」で紹介されているドリルの内容からして、ワーキングメモリーを鍛えようということのようだ。鍛えて上昇するものではないはずで、焼け石に水という感じもする。それに、ワーキングメモリー云々は、発達障害の根幹でもあり、結論は同じところに帰着する。視力が2.0でも見えているとは限らないとか、聴力に問題がなくても聞き取れてないとか、結局は発達障害の話に戻ってしまう。なんにせよ、恐ろしく思考が短絡的なのが非行少年の強い特徴というのが著者の主張であるようだ。少しでも思考してもらえば改善するということだろうか。
なぜかわれわれは嫉妬していると言われるのが嫌らしく、それは避けるようである。他人に嫉妬しないというのではなく、疑われるのが嫌であるらしい。本当に嫉妬しているなら恥も外聞もなく凶相を剥き出しにするが、濡れ衣を着せられると嫌なので、嫉妬という穢れを忌むのである。われわれが河野太郎に遠慮しているのも、なぜか人気者らしきオーラがあり、このひとに文句をつけると嫉妬していると言われそう、という内面相互監視の力学が働いているのである。このところわたしは社会保険料について腸が煮えくり返っており、なにかきちんと使われているならいいが、マイナ保険証の件で無駄な出費を生み出している河野太郎許すまじ、という怒りが強くなっている。で、河野太郎の力の源は、インターネットで人気者ということなのだが、果たして本当にそうなのか疑わしい。まあいい。もしかすると河野太郎への個人崇拝が極東の島国を覆い尽くしているのかもしれないが、わたしはそろそろ「嫉妬している」という軛から逃れ、河野太郎というゲロ以下の人間をボロクソに書く準備運動を始めなければならない。社会保険料こそ本当の血税である。河野太郎にとっては遊び道具だろうが、国民は社会保険料で血を流している。そもそも河野太郎が人気者に見えるのは、ツイッターでそれらしきやりとりをしているのがあるだろうが、このところ「X」と改名されて使いづらくなったので、ひとびとの洗脳が解けるべき時期でもある。そろそろ詐欺師の手品を見破り、河野太郎を小泉進次郎と同じ立ち位置にしなければならない。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング