Evernoteが合うとか合わないという話をよく耳にする。その基準は簡単だ。アプリとしての使い勝手(操作性)とかそんな問題ではない。あなたが現在生きている人生を受け入れているかどうか、それだけが問題です。今の人生を受け入れている人間ならEvernoteは楽しめる。逆に、自分の人生にネガティブなイメージを持っている人間にとってEvernoteくらいに楽しくないものはない。

たとえば最近明暗が分かれたというと海燕と有村悠さんである。ふたりともネットでそこそこ人気があった。しかし決してアルファではなく、細々とやっている程度だった。この二人にブロマガ初期メンバーの声が掛かった。76人という限られたメンバーに選ばれたのである。
有村悠さんは選ばれたことに気概を感じている様子もなく、ビックチャンスを与えられたという認識はまったくなかったようだ。そして海燕をdisっていた。

https://twitter.com/y_arim/statuses/245768508988874752


しかし、黙々と更新を続けた海燕には読者が付いていった。いつの間にか一日数万PV、そして有料読者1000人を抱えるまでになった。対する有村悠さんはろくに更新もせずに自分のブロマガを廃墟にしてしまった。有村悠さんはブロマガの担当者に頼まれて嫌々ながらやっていた感覚のようだ。せっかくステップアップ出来る機会を与えられたのに、それを認識していなかったのだ。

有村悠さんはそろそろ34歳、海燕は今年35歳になるということなので、海燕の方が僅かに年上だが、要はほとんど同い年である。この年齢になるまで二人ともゴロゴロ過ごしていたのは変わらない。この一年で明暗がわかれただけである。

そして人生が好転した海燕はEvernoteにライフログを付け始めたようだ。

http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/blomaga/ar218201
34歳まで何ひとつ管理して来なかった怠惰の負債はあまりにも重いですが、何ごとも始めるのに遅すぎるということはありません。きょうからぼくは自分の人生をそれなりにきちんとマネジメントし始めようと思います。
その端緒として、一昨日からライフログを付け始めました。おそらくこれをお読みの皆さんはライフログという言葉を耳にしたことがあるのではないかと思います。文字通り人生(ライフ)の記録(ログ)を表す概念で、人生のありとあらゆるものを記録しておくことを意味しています。

海燕がライフログをはじめたのは、「たまたま」とか「偶然」ではない。彼が自分の人生を肯定したからライフログを付け始めたのである。自分の人生を受け入れるとEvernoteに出会えるのである。自分の人生なんてゴミだと愚痴愚痴言っていた頃の海燕なら死んでもライフログなど付けないし、Evernoteの設計思想も理解出来なかっただろう。一回しかない自分の人生の素晴らしさに触れるのがEvernoteなのだ。


で、このライフログのために必須といってもいいサービスがEVERNOTEです。そういうわけで、数年前からアカウントは持っていたんだけれど、いままであまり必要性を感じなかったので使わないできたEVERNOTEを、ついに使い始めました。
いやー、これは便利です。まあ、あまりにもいまさらの発言だろうけれど、ぼくもようやくこの便利さがわかり始めました。
ダイエットするためには体重計に乗らなければならないように、人生を管理するためにはまず人生がどうなっているのかを知らなければなりません。
自分の人生だから何もかも良くわかっているように思えますが、実のところ決してそうではない。ただ漫然と生きているだけでは、自分がどのように生きているのかその正確なところを知ることはできないのです。

ブロマガで成功するまでの海燕は有村悠さんと同レベルだったから、決してEvernoteを理解出来なかっただろう。ゴミだと思っている自分の人生に向き合うのが楽しいわけがない。そういう生きる姿勢が変わったからEvernoteに出会えたのだ。海燕は決してポルシェに乗っているわけではないし、モデルの彼女が出来たわけでもないし、ロックスターになれたわけでもない。プロのライターとして食えるようになっただけだ。それでも、彼はそういう自分の人生を受諾し前向きに受け入れようという心境になったのだ。

有村悠さんはEvernoteに出会う資格を持っていない。一日中ゴロゴロiPhoneやってるからEvernoteくらい入っているかもしれないが、決して本当の意味では出会えていないのだ。頭の中の空想ではない現実の自分の人生を余すところ無く受け入れるなんて、有村悠さんには出来ない。彼に出来るのは、とても都合のいい奇跡の一枚をネットに上げることくらいだ。そこには空想的な自己愛しか無く、決してEvernoteの理念に乗れる現実感はないのだ。

今週の有村悠さんと言えば、東京大学のアニメ研究会の合宿に参加し、スパコミでは同人誌を漁り、そして恒例の新月お茶の会(東大サークル)にも参加した。遠い昔に東京大学を中退したのに、いまだにOBとして参加しているのだ。しかもふたつのサークルである。しかも合宿で寝泊まりまでしているのだ。これだけ積極的で物怖じしない有村悠さんが東大の同期と接点があるかといえば、たいていは切られている。東大卒で34歳なら大企業の正社員としてバリバリやっているだろう。そういう人間から有村悠さんを見た場合、どう映るかについては言うまでもない。有村悠さんはアニメ研究会の後輩女子にフラれたのがメンヘラ悪化の原因であり、「バールで顔面を叩き潰したい」というほどに憎んでいるらしいが、その子から「いつまで大学にいるつもりなんですか」と言われたことがあるようだ。それから時は流れ、有村悠さんはまだ東大のサークルに参加している。というより、時は流れていないのだ。Evernoteに記録出来るような時間は流れていない。有村悠さんは空想の中を走っているだけである。Evernoteに空想の余地などない。自分の現実だけである。Facebookのザッカーバークが実名主義にこだわり続けたように、Evernoteも等身大の現実そのもののためのアプリなのだ。少なくとも海燕は空想の自分で遊び続けるのをやめてEvernoteに出会った。有村悠さんがEvernoteに出会えるのはいつだろうか。







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