リツイートも含めて15万だが、それにしても数多くつぶやいたものである。そしてツイートすればするほどに、影響力がマイナス成長している。昨年ブロマガの初期メンバーに選ばれたのが人生のラストチャンスだったのだが、それも活かせなかった。

有村悠さんのツイートと言えば、たいていは女の話だ。そうでなければ金か東大の話である。なぜ童貞の有村悠さんが女の話を15万ツイートもしているのか。その理由は簡単である。アスカにフラれたのでエヴァンゲリオンに乗る意味がないからだ。アスカだけが欲しくて、有村悠さんはエヴァに乗ろうとしていた。アスカにフラれたのなら、エヴァに乗るのは全部無駄になってしまう。だから一日中ゴロゴロしているのである。
有村悠さんは東大アニメ研究会の後輩女子に惚れた。脈があると勘違いした有村悠さんは告白した。ところが玉砕。なおかつ「有村さんは空気が読めない」など批判を食らう始末だった。そしてその気の強い後輩女子はサークルに残り続ける有村さんを「いつまで大学にいるつもりですか」となじる。有村さんはその女子を思い出して「顔面をバールで叩き潰したい」とツイートしたことがある。
問題は何かというと、この後輩女子との一件が、有村悠さんの生活史の中で最大の事件であることだ。ここですべてが失われた。物語の意味が瓦解した。アスカにフラれてエヴァに搭乗するなんて、無報酬の苦役だ。シベリアに抑留されてるのと変わらない。アスカにフラれた世界で行動する必要があるのか。もう少し簡単に言うと、性的報酬が得られないのに走る意味あるのか、ということだ。かつて有村悠さんが挑戦した東大入試は違う。女の応援などいらない。ただひたすら東大合格という名誉のために勉強するのだ。これは受験生が禁欲的な空間に置かれるから可能なことである。テストを一問解くたびにお姉さんのおっぱいを触れるとか、そんな馬鹿な報酬は無用なわけだ。場の力学が禁欲なのだから、報酬など必要ないのである。東大があるから有村悠さんは東大を受験した。この段階の禁欲的な有村少年に雑念などない。
わたしがこのエントリーでアスカと言っているのは、性的魅力にはヒエラルキーがあり、そのラスボスという文脈である。アスカだけが突出して魅力があり、他の女は著しく劣るという世界観である。有村悠さんは東大文学部に7年在籍し、東大駒場から徒歩五分のところに住んでいたのだから、さすがに東大の図書館で三島由紀夫の金閣寺くらいは読んでいるだろう。金閣寺で言えば、ヒロインの有為子だけが類い希なる美しさを持っている絶対的少女だ。そして主人公はそれを手に入れることが出来ない。そこがニヒリズムの根源なのである。金閣寺の主人公は悪友の柏木にうながされて、そこら辺に転がっているような女を相手に童貞を捨てようとする。しかし、まさに捨てようとした瞬間に金閣が現れるのである。デブスの女の前に立ちはだかる光り輝く金閣。この燦然と屹立する永遠的な金閣を前にしてデブスを抱けるわけがない。

金閣寺の主人公は次のように言う。

私は今でもふしぎに思うことがある。
もともと私は暗黒の思想にとらわれていたのではなかった。
私の関心、私に与えられた難問は美だけである筈だった。
しかし戦争が私に作用して、暗黒の思想を抱かせたなどと思うまい。
美ということだけを思いつめると、人間はこの世で最も暗黒な思想にしらずしらずぶつかるのである。
人間は多分そういう風に出来ているのである。


有村悠さんはそろそろ34歳になろうというのに童貞で、しかも風俗に行かないと頑張っているが、要はアスカ以外に価値がないという発想なのである。女なら誰でもいいという発想の対極なのだ。女に関しては極めて美食家なのである。そして女への妄執を断ち切れず、女に関して15万ツイートを行った。女を断ち切ったところに生きる価値を見いだすということは出来なかった。
有村悠さんがエヴァンゲリオンに乗らないのは、アスカへの思いをこじらせたからである。アスカにフラれたという絶望的な事実に向き合いたくないので、何もしないで生きているのだ。フラれたのを認めなければ、物語的な時間は流れずにいてくれる。有村悠さんの外側の時間が流れ、有村悠さんの肉体が年老いても、物語的時間だけは止まっているのだ。あの後輩の女の子も(知らんが)結婚して子どももいるでしょう。有村悠さんの世界にもうあの子はいない。そういう事実を認識出来るかどうかなのである。

有村悠さんが興味深いのは、頻繁に童貞と自称するわりには、非モテとは言わないところである。ある種の貴族主義的な童貞を気取っており、「もてない男」という真実から目を背けている。女への理想をこじらせるのは文学の本質であり、東大文学部中退の有村悠さんはそのあたり文学的に取り組んでみればいいのだが、文学に傾倒した形跡も見られず、また文学的な才能の片鱗も見当たらない。しかし有村悠さんは存在そのものが文学である。内田裕也がロックであるのと同じ意味で、有村悠さんも文学なのだ。アスカに気持ち悪いと言われた後ですべての行動を放棄し、東大を中退して無為にゴロゴロするなんて文学として前衛的過ぎる。







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