乙武がレストランに同伴しようとした女は愚者である。彼女は乙武が二階のレストランに上がれないというだけで泣き出したのである。女に泣かれては、男は強くならなければならない。手足がない乙武でもそれは同じことである。女が泣くのは基本的に泣き真似なのだが、この愚者もそうである。われわれが朝食をシリアルで済ますようなお手軽さで泣いたのだ。コーンフレークに牛乳を掛ける程度の労力で女は泣ける。乙武がこの同伴の女について沈黙しているので想像するしかないが、二階でいろいろ交渉して困惑したのだろう。乙武のためにはバリアフリー原理主義を貫かなければならないが、しかし乙武を二階に運ぶのは無理がありそうである。だから立ち往生するしかなく、その困惑の表現として乙武の前で嘘泣きしたのだ。こうなると、乙武は英雄譚の主人公たる役目を背負わされる。われわれの人生は物語によって構造化されている。女が泣いたから助けるという、そういう物語性に投げ込まれたのだ。乙武に出来ることと言えば、店の名前をツイッターで晒してバッシングさせることだけだった。実際、くだんのレストランには無言電話が相次いだという。

こういう愚者を見ると、北斗晶がいかに賢者かというのを痛感させられる。北斗晶はたいして知能は高くない。だが、家族をサポートすることに関しては、とても賢さがある。北斗晶は決して佐々木健介をロックスターだとは思っていない。佐々木健介を憧れの眼差しで見て王子様であることを求めたりしない。しかし夫の限界を知りつつ、その中でうまく夫を立ててプロデュースしている。これは人間を見る目があるから出来ることである。夫に出来ること、出来ないことがわかっている。手足のない乙武に英雄になることを求めた愚かな女とは格が違うのである。あの愚者は徹底して他力本願だった。こいつくらいに他力本願な女は世界中を探してもいない。乙武を二階まで担ぎ上げることをレストランに求め、それが無理となると、「乙武さん助けて」と嘘泣きする。この愚者は一体自力で何をやったというのか。すべてが他力本願の固まりだ。王子様が白馬でやってくるのを待っているだけの傲慢さであり、お姫様気取りの最たるものである。

僕らは暗闇の中に生まれてくる。世の中での生き方を教えられず彷徨うこともある。だが、やがて暗闇に目が慣れてくるものだ。いつまでも暗愚ではいたくないものである。賢い人には人間が見えているのだ。北斗晶は女子プロレスラーとしても類い希なる存在であった。彼女は気が触れてデンジャラスクイーンをやっていたのではなく、プロデューサーとしての才能があるから、ああいう記憶に焼き付くバウトが出来たのだ。リングの熱気を演出するための天才的なマイクパフォーマンスもあった。北斗晶が理想の母親とされるのは、世間の母親の多くは「乙武さん助けて」と嘘泣きする他力本願タイプだからだ。概して男は女より視野が狭い。女は知能が低くても視野が広いのだから、そこに女性特有の賢さがあるのである。北斗晶にはそれがあるが、女のクセしてそういう賢さを持たない馬鹿も多い。女であるからには世界の全体状況をクリアに見ていて欲しいものである。







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