農薬を飲んでも死にきれなかったので、カチェリーナは居城に戻った。そしてベッドルームに辿り着いたが、寝転がる気にはなれなかった。王族が使っているのと同じベッドを作らせたから、とても寝心地はよいのだが、これが諸悪の根源だった。

「わたしの人生の最大の罪状。それは怠惰だ。休んでいるうちに人生が終わってしまった」

幼い頃から病魔に襲われ続けたカチェリーナは、無理をしないことをモットーとしてきた。偏頭痛に悩まされているから、快眠のためには金を惜しまなかった。ぬいぐるみをたくさん並べてもまだ有り余る広いベッドに寝転がり、ゆっくりと休みながらタブレットをやるのが日課だった。変わり映えのしないツイッターのタイムラインを見ながら、情報を得たかのように錯覚していた。ごく稀に気分がよい時にはベッドルームから出て、書架の蔵書をあたることもあるが、基本的にはベッドから動かない。身体をいたわることだけを考えてきた。十代半ばまで身動きせず、ウクライナの辺境の地で不遇をかこっていたのである。

「わたしは没落しなければならない」

ツイッターをやっているうちに、人生の終局まで近づいてしまった。そしてツイッターから何も得なかったことにようやく気づいたのである。病弱という理由で、肉体のない世界-ワイアード-に救いを求めていたが、これは人間を退化させるものでしかなかった。

「神は死んだ。ハイパーテキストがアカシックレコードのように世界のすべての情報を保持しているという幻想は壊れた」

ヴァネヴァー・ブッシュは1945年に世界のすべてをワイアードに記録するメメックスを構想した。これに影響を受けたテッド・ネルソンが提唱したザナドゥ計画はハイパーテキスト同士が相互に結ばれるトランスクルージョンをイメージしていた。しかし実際に世の中に普及したのは、ティム・バーナーズ=リーのワールド・ワイド・ウェブだった。愚衆がゴミをアップし続けるカオスな空間である。

「最も知的でない規格がワイアードを制してしまった。これに溺れていたわたしの脳が衰退したのも同じだ。わたしだけではない。ツイッターユーザーは例外なく脳が退化している。人類のためにこのような悪いシステムは克服されなければならない」

カチェリーナはもはや、痛いとか気分が悪いとか、そういう肉体的な現象を意に介さなかった。身体の芯まで病に蝕まれ、死期が近いのだから、気分のよい時など一瞬たりともあろうはずがない。

「わたしに足りないのは根性だった。根性がなければ、時間というフレームに何も刻むことは出来ない。それでは生きているとはいえないのだ」

カチェリーナは自室の窓を開けた。地平線の果てまで広がる領地を眺めながら、外の世界を知らなかった自分を悔いた。十数年ベッドに寝ているだけで、何者にもなれない人生だった。

「自ら動かない人間は何も得られないのだ。能動性をもって知的に探索しなければ何も得られない」

死はそこまで迫っていた。類い希な美貌と使い切れない財産を持ちながらも、頭が痛い、気分が悪いと休んでいるうちにタイムリミットを迎えてしまった。







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