生来の偏頭痛は、カチェリーナと現実世界の間に大きな障碍を置いた。それは肉体的な拷問であり、脳が壊死していく畏怖だった。この疼痛さえなければ、世界というものの肉感に溶け込み、芽吹いていく生命の手ざわりや、まばゆい黄色に咲き乱れるアカシアの匂いを感じ取ることが出来ただろう。カチェリーナはひたすら五感を麻痺させ休むことに徹していたから、大地を歩く時の素足の痛みも知らなかった。人間というものの愛おしさや、その悪意の生々しさに触れることもなかった。そして現実世界の方もそしらぬ顔で彼女の横を通り過ぎていった。カチェリーナはウクライナで最高の美少女として生まれてきたが、現実世界に参戦する意志のない人間は相手にされない。偏頭痛という絶対に壊れない壁が、この世界の空間性と時間性に調和して生きることを妨げたのである。ベルリンの壁は崩壊し、ソビエト共産主義も崩壊しウクライナは独立したが、カチェリーナの偏頭痛の壁だけは絶対的だった。カチェリーナは柩の中に入ったままこの世界に生まれ、そして柩の蓋を開けることのないまま立ち去っていくのだ。

そういう彼女が救いを求めたのがワイアードだった。現実世界と関わるとっかかりを欠いていたから、仮想空間の支配者になることを求めたのである。まるで開拓者になったような気分で、一日中ベッドに寝転がりながらツイッターをやっていたが、結局何も得られなかった。錬金術は破綻したのである。架空のデータを積み重ねることで、いつかそれが光を浴びて燦然と輝く日が来ると願っていたが、終わってみれば、がらくたが夢の跡として転がるのみである。同じような救われない衆生がこの世には大勢いて、そのような、何者にもなれず、痕跡すら残せないまま世界から退場していくのっぺらぼうの面々のひとりとなったのだ。

半死半生でカチェリーナは居城の尖塔に昇った。そこから景色を見渡し、地平線の果てまですべてが自分の領地であることにあらためて気づく。そこでは世の中の歯車として働く人がたくさんいるはずだが、まるで無人の世界のように思えた。現実を感じ取るのを拒んで生きてきたので、音のないモノクロームの空間が広がるだけである。彼女はこのテリトリーから出ることのないまま、死を迎えようとしているのだ。ベルサイユ宮殿を模して作らせた居城も、今となっては虚しいだけである。







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