カチェリーナは白い大理石の階段を降りて無人の大広間に向かった。そして中央に立ち、天井の壁画を眺めながら、すべての人生が無意味だったことを悟るのである。まったくそのような血筋でもないのに、お姫様の真似事をしていた滑稽な人生だった。ベルサイユ宮殿を模してバロック様式のお城を造らせてみたが、偏頭痛を癒すためにベッドに寝転がっているだけで人生の大半が過ぎてしまった。そしてその愚かな人生も結末を迎えようとしている。

「わたしには本当の人生がなかった。すべてが無だった」

カチェリーナは偏頭痛を理由に学校にも行かなかった。高給で雇われた家庭教師に教えを受けてはいたが、同年代の少年少女と同じ空間で人生を共にする時間がなかったのである。

「学校は人生なのだ。クラスメートが人生そのものなのだ。たまたま同じクラスになった人間が人生の重要人物として立ち現れる。そういう強制力は、世界の本質そのものだ。世の中の人間関係はたいていそのようなものだ。人生のそれぞれのフィールドにおいて、否応なしに固定的なメンバーで区切られ、そのメンバーで人間関係を築くのが人生なのだ」

カチェリーナはそれなりに賢明であったから、学校がユートピアでないことは見抜いていた。理想郷のように喧伝されていても、その内実は、生々しい人間の摩擦がある。だから、そのような面倒事は避けたのである。しかし、そういう生々しさに身を投じるのが人生の本質だと、死を前にして思うのだ。

「手を繋いで仲良くお遊戯できるわけではない。欲に満ちた人間たちが、面子を固定され、閉鎖空間で押し合いへし合いするのだ。わたしはそれをアホらしいと思い参加しなかったが、実は学校こそ人生そのものであり、学校での人間関係こそが、本当に濃密な人生なのだ」

カチェリーナは無人の大広間に座り込んだ。ここは世界から切断された空間なのだ。普通の人間が否応なしに巻き込まれる状況世界とは違い、あまりにも自由で、それがゆえに、虚無しかなかった場所だ。一度も「人生」に触れることのないまま死の瞬間は近づいている。その澄んだ青い目は世界を見ることもなく、お姫様として振る舞える相手としか接して来なかった。

「時代や状況を自由に選べるのなら、人生などないのだよ。わたしは自由に選ぼうとしたから失敗したのだ」

時間というカードはすべて切られた。ふかふかのベッドに寝転がってタブレットをやっていた時は、世界の空間と時間から切り離されているつもりだったが、その遊離状態においても、時間というカードは刻々と切られ、使える枚数は減り続けていたのだ。それを白紙にするがままに任せたのだから、おのずから、それに相応しい死骸のような結末しか得られないのである。







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