もはや人類愛の時代は終わったのである。誰もが手を繋げるという共産主義は破綻した。共産主義の根底にあったのは、高知能と低知能の断絶を埋めることである。高知能が低知能に慈悲を持ち善導するということなのだ。これが破綻したのは言うまでもない。高知能が低知能に人類愛を注ぐというのは、それこそ傲慢なのだ。知性の違いによる断絶は避けられないのだから、埋める必要がないし、断絶したままでいいのである。

世界はグローバル化されており、あらゆる格差が世界に根を張り広がっている。かつて知能指数を問うのはタブーであり、現在でもそれはそうなのだが、そろそろ言うべきなのだろう。知能の格差による断絶というのは覆い隠せない。

「あいつはコミュ力がない」と気軽に言うのが自由なら、知能指数100未満を名指しすることも自由になるべきである。現時点ではそうなっていない。「あいつは知能指数100未満」と指摘しようものなら、重大な人権侵害という扱いになる。知能指数だけタブーだというのでは、低い方低い方へ流れていくだけである。

グローバル化した社会の中で、本当に必要とされているのは知性なのである。そして高い知性を持つ者は、低知能に配慮しないことが必要だ。知能の格差を埋めようという意図はすべて悲惨な結末に終わる。鳩山由紀夫が救いようがないくらいにアホだったのは、人類愛に満ちていたからである。知性の排他性を否定しようとしたから失敗に終わったのである。苛烈なデスゲームが行われ人間が蹂躙され、それがさらに加速するグローバル化の中で、知性でサバイブしようとせず、普遍的な人類愛を説いたから、箍が外れたような馬鹿が出来上がったのである。愛は満遍なく広がりはしない。もはや万人を救う物語はないのである。







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