カチェリーナはお姫様のようなベッドに寝転がりながら、枕元のタブレットを見やった。これでツイッターをやっているうちに15年の人生が終わってしまった。

「暇つぶしとは時間を遠ざけることなのだ。流れている時間に向き合わないことが暇つぶしだ。時間を回避するためにわたしはタブレットに向かいツイートしまくっていたのだ」

カチェリーナはタブレットをつかんで破壊しようと思ったが、益のないことなのでやめた。何をやろうが失われた時間は戻らない。人生はそろそろ終わるのである。自死を試みた農薬で身体が蝕まれ痺れながら、ようやく自分の肉体が置かれている時間性に向き合い、そして寒気がした。

「世界に触れたと思ったら、わたしの人生が終わる。ツイッターで暇つぶしをしていた報いが、この圧倒的な虚無だ」

カチェリーナは人生に向き合った瞬間に死を迎えるのである。それは巨大な亡骸のような不安だった。不安とは現実そのものが立ち現れることなのだ。可能性という曖昧なものが捨象され、他人事ではない自分の人生を引き受けさせられることへの畏れである。漠然と「どうにかなるだろう」と希望的観測を持つ余地がないような、決定的な生々しい現実が、人間を不安にさせるのである。決して変貌しない世界。それは断じて精神的不安などではなかった。一回性の人生と一個の肉体が、抗えない現実に拘束されたということなのである。人生が肉体的な重みをもって迫ってくるのが不安なのである。不安は質量を持ち、肉体に根を張り繁茂する。

「これは死刑判決だ。わたしはこの瞬間から目を背けるために、ツイッターで暇つぶしをしていた」

カチェリーナはよろめきながら起き上がり、鏡に映った自分を見た。金色の長い髪に包まれた白い肌はまだ生気をたたえていて、整った鼻梁がアクセントを与え、可愛らしい唇もつやめいていた。しかし青色の美しい瞳には光が無かった。ウクライナで最高の美少女として生まれたが、その表情が色づくことはなく、肉体に生命が宿ることのないまま死んでいくのである。







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