コードギアスにニーナという登場人物がいる。眼鏡を掛けている人間嫌いの女である。コードギアスはブリタニアがイレヴンを差別しているという設定なので、その必要性から設けられたキャラである。スザク(イレヴン)と関わる人間がみんないい人ばかりだと、設定上問題があるからだ。そういう悪役ポジションだからなのか、アニメアニメしてない妙にリアルなキャラクターである。こういう女は現実によくいる。ニーナは生徒会長のミレイの幼馴染みであり、いつもミレイちゃんミレイちゃんと頼っている。人間が嫌いなので、ミレイに頼り切って、ミレイを自分の騎士のように見なしているわけだ。これもありがちである。

ニーナが造型された経緯については知らないし、調べるつもりもないが、アニメアニメしてるキャラではないので、谷口悟朗が実人生で知り合った人間をモデルにしていると想像。こういう「ひとりしか友達がいない」タイプの人間は結構いるのだ。ぼっちタイプが社交的な人間にぶらさがるわけである。その「たったひとりの親しい人間」の行く先々に付いてくる。

こういう関係性を美化したのが、暁美ほむらである。ほむらは人間嫌いであり、まどかだけを神格化している。まどかは誰とでも友達になるタイプだが、そういう社交的な人間にはぼっちタイプが近づいてくるのである。まどかと友達になると必ず人間嫌いのほむらが付いてくるのでウザイというパターンだ。まどかマギカでは、ほむらが美化されているので、その果てにああいうエンディングになったのである。もしリアル感のあるドラマであれば、まどかにくっついてくるほむらの痛々しいエピソードが連なっただろう。まどかマギカはリアル感のある作品ではなく、女の子同士の百合関係を美化するのが目的だから、ほむらのまどかへの一方的な感情が、そのまま肯定される作品となったのである。


ぼっちは以下のようなパターンがあると思われる。

(1)完全な孤立
(2)集団に最下層として入れてもらう
(3)特定のひとりに依存する

(3)は生存戦略としては優れている気がするが、一番人間嫌いの度合いが強い印象がある。ひとりだけと親しくしようとして、他の人間とは親しくしないのだから、かなり厭人的なオーラがある。暁美ほむらも、リアルにいたらかなり厭人的な眼鏡女なのである。社交的なまどかが行くところに必ず付いてくるウザい存在なのだ。このタイプの女は「他の人間からわたしを守って」というオーラがすごい。無力な人間嫌いとして社交的なひとりの人物(自分を守ってくれそうな人物)に依存するのだ。しかし、まどかマギカでは、まどかを守るという立ち位置である。ここがアニメ的に美化されたポイントであり、それがゆえにアニメアニメした名作(百合に媚びて喜ばれた作品)ではあるが、アニメファン以外に広がらなかった要因である。







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