2013.07.13

天国は甘え

朦朧としたカチェリーナの目の前にはそろそろ死が見えていた。いまわの際になって彼女は天国を夢見た。そこでは彼女は本当のお姫様になれるのだ。本物のベルサイユ宮殿に住んで、本物の貴族のお姫様として舞踏会で踊るのだ。天国には偏頭痛もなく、閉じられた内面世界が開き、外界の陽射しの暖かさと繋がり、明快な意識に景色が広がり、本当の人生が始まるのだ。

「いや、天国などありえない」

カチェリーナは目を見開いた。考えれば考えるほど天国などあり得なかった。人間存在は、時間の一回性に規定されている。たったひとつしかない世界に照らし出されて、ひとは存在してるのだ。天国とは、そういう一回性の残酷さを安易に乗り越えたいという甘えが生み出した迷妄である。この一回限りの人生で叶わなかった思いを叶えてくれるという幻想だ。

「ひとびとの天国のイメージなんて、要は幻覚じゃないか。本物のお姫様としてベルサイユ宮殿に住むというわたしの夢が天国で叶えられるとしたら、それはそういう幻覚を見せられているだけであり、本当の意味での世界ではない。そこに出てくる都合のいい他人は本当の他人ではない。天国とは、都合のいい他人を夢見る妄想である。そういう甘えた考えなのだ」

カチェリーナは敗北感に打ちひしがれ床にひざまずいた。せめて死ぬ前くらいは都合のいい夢想をしていたかったが、天国はあり得ないという認識に到達したからには、もはや夢など見れなかった。

「永劫回帰もあり得ない。時間は歴史性とともに立ち現れるので、たとえ万物が流転しても、同じ時間は現れない。わたしが15年間の人生を無駄に過ごし、そして死んでいくというのは、歴史的に刻まれたものであり、決して取り消すことは出来ないのだ。時間の一回性は絶対である」

15年間の無為な日々は、圧倒的な質量をもった空白として横たわっていた。この重みをみじめに受け入れることが死なのであった。その絶対性が因果律なのである。それをねじ曲げて、自分に都合のいいように他者が配置されるなんてあり得なかった。

「有象無象の叶わなかった夢を天国で叶えてくれるなんて荒唐無稽もいいところだ。現実世界でうだつのあがらなかった人間が天国でスーパーボウルに出たり、グラミー賞をもらったり、大統領になったり、万が一、そういう天国があるとしても、これを幻覚と言わずしてなんと呼ぼう。愛しい相手と結ばれるとしても、その相手の意志はどうなのだろう。本当の意味での他者が存在するのは現実世界だけなのだ」

カチェリーナにとって現実世界は冷たい壁だった。そして死の間際になって、そういう現実だからこそ生きる意味があったのだと悟るのである。







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