更生不可能な悪人というのはいるわけで、どのような教誨師でも手に負えないであろう人間、それがダルビッシュ翔だ。翔の顔のパーツはかなり有と似ており、同じ親から生まれた証左となるが、有のような洗練された面立ちではなく、かなり粗野で、若さに似つかわしい艶もなく、品のない風貌である。有はよく、遺伝子がハイスペックな典型として語られるが、同じ親から生まれた二人の弟(失敗作)を見る限り、たまたま遺伝子のスイッチがいい具合に入ったということだろう。

三男のKENTAは一応大学には進学したようで、また外見は日本人そのものである。外人顔で中卒の翔よりはよかったのだろう。ダルビッシュ家としては、翔を団野村の元で見習いさせるなど色々してみたようだが、生来の頭の悪さなどがたたって、更生の目途は立っていない。

翔は押尾学の勧めでキックボクシングをやってみたが、目標としていたK1デビューはならなかった。努力不足と言うのは簡単だが(努力もしなかっただろうが)無理に決まっているわけだ。今度はTHE OUTSIDER(不良が戦うセミプロのイベント)に参戦するようだが、これは身の丈に合っているだろう。落ち着くところに落ち着いたのだ。

肉体は配役である。それは決まっているのだ。ダルビッシュ有とダルビッシュ翔の配役は、その肉体に従って決められているのである。人間の精神は同じ種子から育つが、それが根を張る肉体によって育ち方は違う。われわれが有り難がっている人間精神は、肉体に寄生して繁茂している仮初めの存在である。

人間は配役に不満を持つ生き物である。市民の不満が王を断頭台に送り、農奴の不満が共産主義を生んだ。20世紀は紆余曲折しながら、自由主義を達成した。親の職業に囚われず、それぞれの肉体に適した人生となるのである。ダルビッシュ三兄弟は、それぞれの肉体に応じた人生を歩むのだ。ダルビッシュ翔のようにハズレくじを引いたら、そこで終わりであり自己責任だ。これが新自由主義の勝利であり、歴史の終わりという。







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