最近松永真理の「iモード事件」という本を読んだ。松永真理はリクルートの人間であり、「とらばーゆ」の編集長だったわけだが、ドコモのiモードの立ち上げに関わらないか、という誘いを受け、リクルートを円満退社。松永真理はパソコン音痴であり、未だにHTMLさえ書けないくらいのレベルだそうだが、ともかくiモードの立ち上げを指揮することになった。

ドコモが巨大プロジェクトを立ち上げて、そこに松永真理が入る格好だと思っていたのだが、「iモード事件」によると、そういうイメージはかなり違う。松永真理が入った時点で、この企画に関わっているのは七人だけだった。iモードはコンサル会社のマッキンゼーが企画した案件であり、松永真理はドコモの中から変わり者の人材を集め、マッキンゼーと共に作るという格好だったようだ。マッキンゼーの連中は嫌われ者を自認しており、決して松永真理の下働きとか御機嫌取りというスタンスではない。鉄面皮なマッキンゼーとのタフなやり取りで、松永真理も心が折れそうな状態だったようだ。

そもそも松永真理はパソコンの入門書を読むことすら四苦八苦するレベルであり、理系の夫からレクチャーしてもらって、なんとか理解していたようだ。そういう松永真理が、誰か助っ人はいないかと思い心に浮かんだのが夏野剛だった。夏野剛は早稲田大学政治経済学部卒でMBAを取得し、板倉雄一郎(「社長失格」という本で有名)のハイパーネットに関わるなどしていたが、元々松永真理と夏野剛は親交があり、夏野も動ける状態だったので、iモードに参加することになった。

マッキンゼーは企業に場を貸してテナント料を取るようなやり方を主張していた。iモードに企業情報を載せることで(企業から)金を取るという仕組みだ。夏野はこれに反対し、win-winの関係になることを志向する。この段階ではマッキンゼーが会議の司会進行を務めていたが、やがてドコモ側が仕切るようになっていく。マッキンゼーから夏野剛に主導権が移った格好だ。

iモードというサービス名にするのも、この頃に決まった。とはいえ、そんなに期待されていたサービスではなかった。最初にiモードの記者会見を開いた時は記者が七名しか集まらず、松永真理は大きなショックを受けたという。新聞の片隅にベタ記事が載っただけだった。これではまずいということで、何らかの形でもう一度記者会見をやり直すことになった。同じのを二度はやれないということなので、この当時ドコモのCMキャラクターだった広末涼子のCM発表会という形で、サービスの発表をすることにする。(通常なら、こういうCM発表会はやらないらしい)。そうしたら500人以上が集まった。丁度広末が早稲田に入った頃だった。今ではAO入試で芸能人が一流大学に入るのは普通だが、広末の早稲田入学の時点だと、そういう風潮の分岐点であったため、報道が過熱していた。それがゆえに報道陣が大挙したと思われる。広末涼子と営業担当と松永真理の三人で鼎談したが、会場の熱気とフラッシュのすごさに松永真理の頭の中は真っ白だったという。その後、iモードが一時代を築いたことは説明するまでもないだろう。







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