岩波文庫の社会契約論の133ページ。
イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大間違いだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう。その自由な短い期間に、彼らが自由をどう使っているかを見れば、自由を失うのも当然である。


国民は主権者だということになっているが、その実態は間接民主制である。
しかも、議案ごとに投票できるのではなく、何年かに一度議員を選ぶだけなのである。

選挙が終わったら、われわれは用済みなのである。
安倍晋三とは不思議な存在であり、彼の政策が支持されているわけでもない。
苦い薬を飲もうというマゾヒズム的な意志により支持されているのである。
小泉純一郎の時もそうだったが、愚民は痛みとか苦みが好きらしい。
辛い状況が変えられないなら、その辛さに耐えることに価値を見いだそうとするのだ。
小泉の時の事例を考えれば、痛みに堪えた結果、何も得られない。
これを奴隷状態と言わずして、何と言おうか。

たとえば公務員改革に関しては、直接民主制でないと変わらない。
われわれが警察に出向いて、あいつらの仕事ぶりを監視して、文句付けるのが当然にならなければならない。
われわれが顎で警察を使うのだ。
現段階では警察は権力者であり、われわれは奴隷なので、そんなことをすれば、なんやかんや理由を付けられて逮捕されるだろう。
国民主権とは名ばかりであり、ルソーが言うように「選挙の時だけ」なのである。
これで世の中が変えられるわけがないのだ。

選挙に行くのは国民の義務だという馬鹿がいる。
どこまで頭に蛆が沸いてるのか。
数年に一度の選挙なんぞボイコットがふさわしい。
有権者なる言葉があるが、これは選挙権があるだけであり、それ以外は何の権利もないのだ。
選挙権なんぞゴミである。
こんなものに惑わされて権利を得たつもりになってるから、いつまでも公務員に蹂躙されているのだ。

選挙権なんぞいらんのよ。
ゴミみたいな投票用紙もらってなんになるのか。
そんな粗品で何が変わるのか。
必要なのは、公務員をクビにする権利である。
それがなければ国民主権とは言えない。







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