なぜ最近になってコミュニケーション能力が大事になったかと言うと、答えはとても簡単なのだが、正答を意識している人は少ない。
コミュ力とは女と会話する能力である。
男と女が会話することが必要になってからコミュ力コミュ力と言われるようになったのである。
昔であれば、「女と会話する能力」など問われなかった。
そんなことに長けてるのは人間のクズとされた。

男と女が関わる男女共同参画社会は、決してジェンダーが捨象されたわけではない。
ジェンダーが問われないユートピアになったのではなく、男と女という種類が違う生き物が同居することで、コミュニケーションのコストが増大したのだ。
女がいるからには、女を味方に付けるゲーム(コミュニケーション)をやらなければならない。
女は他力本願なゴミであり、嘘泣きで男を翻弄する悪魔である。
このゲームをやるのはコストであり、何らプラスではないのである。
女はこの世界において性的景品として送り込まれているので、決して潤滑油とはならず、そこでは排他的な争いが生じる。
コミュ力の高い人間は全体をサポートすることは少なく、他人を蹴落とすのが専門である。
このゲームはGNPに貢献しない。
社会的なコストが増大するだけである。

「会話する能力」に関してだが、もう少し厳密にいうと、コミュ力とは言葉で言われていないことを把握する能力である。
いちいち他人は説明してくれない。
説明されないことも把握しながら、他人と会話するわけだ。
(いちいち説明されないとわからないのは鈍感な証拠である)。
男と女が混ざると、そういう空気を把握するハードルが上がるので、脱落者が多くなるだけである。
女の社会参加により、決して労働生産性は上がらない。

天才的な業績を女が成すことはほとんどない。
天才の多くは男性であり、独身であり童貞であった。
女という悪魔を拒絶することによって、知的活動に没頭できたのだ。
天才はコミュニケーションに自らの頭脳のリソースを割かないことで生まれるのだ。
男女共同参画社会のせいで、貧相な脳のすべてをコミュニケーションに割いているロンブーのようなゴミが浮かび上がった。
知性の時代は終わったのである。







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