知力とは、説明されたことを理解する能力である。
説明を理解できれば、それだけで知力がある。
ではそれで完璧かというと、そうではない。
説明されなくても理解するのが、想像力(ソーシャルスキル)である。
説明されてようやく理解していたのでは、世の中のスピードに付いていけない。
説明される前から、もしくは説明されずとも、いろいろ察しておくことが必要なのである。
世の中の大概のことは説明されずに行われるので、説明が無くても理解しなければならない。

説明されるまで何も理解しないのは、馬鹿正直が善人であるのと同じ理由で道徳的に善である。
察しが悪い人間は善人のカテゴリーに入る。
そういう善悪の価値観を超えなければならないのだ。
道徳的な善悪ではなく、生存能力の問題だ。

馬鹿正直とは想像力の低さの産物である。
「言われたとおりにやればいい」という大人から見て善だというだけなのだ。
要領の悪い人間は大人から必要とされており、善人と見なされるが、そうやって利用されているだけなのである。

人間同士のコミュニケーションはかなり非言語的なシグナルが含まれる。
言葉はほんの一部分である。
お互いにいろいろ察した上で会話をするのだ。
この察しの部分はいわゆる視野の問題であり、視野の狭い人間は極めて愚鈍なのである。
発達障害とは、察する能力が極端に低い人間を障害者として認定しようという思想なのである。







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