冤罪が起こるのは、それが警察の恐怖イメージを高めるからである。
警察は不信感を持たれた方が権力が増大する。
警察が逮捕したいと思ったら逮捕出来るという、そういう恐怖の仕組みを守るためである。
つまり、冤罪がいくら起こっても、警察にとってマイナスでないどころか、むしろプラスになるのである。

憲法の形骸化の問題でもある。
憲法というのはまったく意味がないのである。
憲法違反憲法違反と騒ぐ勢力がいるので、あたかも憲法に力があるように誤認されているが、実際は憲法違反という罪はないのである。
憲法というのは、それでディベートしたい人間、もしくは政治活動したい人間のためだけにある。

まずはディベート厨を一掃しなければならない。
ディベートとは模擬憲法裁判なのだ。
憲法裁判の真似事をして、違憲だとか騒いでいる。
そんなことに何の意味があるだろう。
憲法違反が何の罪にも問われない現状の中で、ディベート(模擬憲法裁判)をやって何になるのか。

立法に反映されない憲法など、何ら価値はない。
憲法に違反しても罪に問われないのだから、立法という形で実現しなければ、空証文なのである。

警察を制御するためには、取り調べの可視化などを、立法面で強制するしかない。
憲法が立法に反映されなければならない。
しかし政治家は常に政治資金で脛に傷があるから、警察を敵に回したくはない。
政治家を調べ上げれば、いくらでも立件は出来るわけで、だから政治家は警察に手出し出来ない。

本当の意味で国民が主権者となり、警察官をクビに出来る権利を持ったなら、警察も評判を気にするようになるだろう。
そういう立法がなされない限り、どれだけ違憲をやろうが痛くも痒くもないし、むしろ警察の恐怖政治のために、冤罪をやりまくるのである。







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