自分へのご褒美というのは馬鹿にされる傾向にある。女が買い物する口実という部分もあるだろう。だが、本当に節度を持ってご褒美を設定しているのなら、それはかなり正しい行為なのである。何の報酬も設定せずに嫌なことをひたすらやるというのは難しい。

たとえば筋トレするとする。しかし筋トレは面倒なのでさぼり、ビールを飲んでゴロゴロする。これでは駄目なのである。筋トレしたらご褒美としてビールを飲むという報酬系を作るのである。そうすると、筋トレをするのが楽しくなるのである。「筋トレすればビールが飲める」という水路付けをすることで、筋トレが快楽になるのだ。

こういう報酬設定は、ちょっとした意志の問題である。テレビゲームをダラダラやるのではなく、何かしら必要なことをやったらご褒美としてテレビゲームをやるという設定が出来るかどうかなのだ。報酬と位置づけることが出来ず、ダラダラとゲームをやるようになったら終わりである。ゲームより楽しくないことは、すべて置き去りにされる。

つまり、すべての快楽を断つという絶対的な禁欲主義ではなく、楽しいことをやる前に、少し面倒なことを片づけるということなのだ。たとえばジュース一本飲むとしても、それをご褒美に設定することは出来る。漫然と冷蔵庫からジュースを出して、飲みたい時に飲むのではなく、それをご褒美として位置づけることが出来たなら、後回しにしていた作業も片付くはずである。

遊びも勉強も出来るような人間は、遊びたい時にダラダラ遊んでいるのではなく、勉強したことへのご褒美として遊んでいるのである。「これを片づけたら遊びに行こう」という報酬系がちゃんと出来ているのだ。







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