カチェリーナはグルーシェンカを部屋に呼んだ。
「わたしは誓いを破ることにした。わたしの矜持が許さないが、やむを得ないことがあるのだ」
「iPhone5Sの発表を御覧になったのですね」
グルーシェンカは察しがよかった。
「その通りだ。わたしはiPhoneを生涯愛すると決めていた。正直なところおまえが使っているNexus 7が妬ましかったが、わたしだけはiPhoneを可愛がるつもりでいたのだ。だがアップルの路線は到底承伏しがたいものである」
「iPhone5Cという恥ずかしい製品も発表されました。今までiPhoneを持っているだけで自慢できましたが、今度からは恥辱になります」
「そうなのだ」
カチェリーナはiPhoneを使っていることが恥ずかしくて仕方なかった。他人が自分と同じ服を着ている違和感である。もはや何ら特権性がないのだ。
「よって誓いを破るのだから、わたしはおまえの靴を舐めよう」
カチェリーナはグルーシェンカに向かって土下座した。
「証拠の動画を撮影してよろしいでしょうか」
「構わん。撮影してくれ」
「ではやってもらいましょう」
グルーシェンカはNexus 7のカメラをオンにすると、靴の裏をカチェリーナの顔に向けた。カチェリーナは許しを請うように、その靴の泥をなめ回した。その土の臭いに咽せながら、カチェリーナは自分への罰として舌を這わせた。こうやってグルーシェンカの軍門に下るのは屈辱だったが、誓いを破るのだから当然のことだ。
「まあこれくらいでいいでしょう」
グルーシェンカはカチェリーナの頭を踏んだ。カチェリーナはその重みに甘んじるしかなかった。負け戦とはこういうことなのだ。iPhoneという泥船に乗った結末がこれなのだ。
「アップルの製品は高いから売れていたのです。初代iPhoneがリリースされた時は、世界一高い携帯電話と揶揄されました。アップルはもうアップルではなくなったのです」
「もうiPhoneはGalaxyと同じだ」
カチェリーナの眼前にiPhoneと一緒に過ごした日々が走馬燈のように駆けめぐった。嗚咽しながら、iPhoneに触れた一瞬一瞬の記憶を諳んじることが出来た。あの一際目を惹く輝かしいガジェットが、誰でも持っている恥辱の製品に転落するのだ。恥ずかしさと惨めさが脳髄の隅から隅まで燎原の火のごとく広がった。
「Nexus 7を手にすればすべて忘れられます。わたしもiPhoneはほとんど使わなくなりました」
「だろうな。今は絶望しかないが」
「こうやって人は成長していくのです」
グルーシェンカは底意地の悪そうな表情でカチェリーナを睥睨した。カチェリーナはもっと蔑んでほしかった。挽肉になって絶命するくらいに踏みつけて欲しかった。それくらい深い失望を感じていたのだ。







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