10年くらい前は、ネチケットという言葉が盛んに使われていた。わたしも昔はネチケットを守り、ひたすら真面目にネットをやろうと考えていた。しかし今日では、誰もネチケットという言葉を口にしないし、わたしもネチケットなんぞ守ろうとは思えない。まず理由のひとつとして、結局はモラルの格差があることだ。モラルの格差が諸悪の根源なのである。だからわたしだけが善を追求しても、それはわたしと他者のモラルが乖離しているということであり、不健全な状態なのだ。ある程度モラルはイーブンな状態でなければならない。誰かがモラルを守り、別の誰かがまったく守らないのはモラルハザードである。

そして何より大きな理由は「空気を読む」のが最も大事になったことだ。真面目というアイデンティティの崩壊である。これはモラルの悪化というわけでもない。空気を読んで、目配りしながら行動をするというのは、レッセフェールにより均衡点に近くなる。最近の若者は真面目ではないが、過去の若者より草食化しており、団塊世代の凶暴性と比べたら、モラリティとして真っ当である。善悪という概念は善人に負担が掛かりすぎ、モラルハザードを生むので、そんなものはない方が普通にまともな社会になるのである。

だからネチケットが消滅したことは好ましい。善人と悪人にスプリットされず、出来るだけイーブンな状態が生み出されることが必要なのだ。マナーとかエチケットなんぞどうでもよい。誰かを一方的に攻撃できるような、そういう偏った構図がなくなることが大事である。西村博之の逮捕が、その望ましい状況のために求められる。







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