カチェリーナはこれから来たる不安な夜に震えていた。ただでさえコミュニケーションが苦手なのに、ナスターシャという最悪のゴミと一緒に暮らさなければならない。一晩くらいならまだいいが、これが一週間続く可能性もあるのだ。カチェリーナはソファーに寝転がっていたが、このような状況ではゴロゴロして愉しむことは出来なかった。やがて深夜と呼べる時間帯になってきたが、ナスターシャも寝ている様子がない。ベッドでシーツにくるまりながら、パソコンかスマホか何かを操作しているようだ。ナスターシャが何を考えているのかはうかがい知れない。そもそも目を合わせても意味不明な宇宙人なのだから、顔も見えない状態ではなおさらであった。
カチェリーナは偏頭痛がどうにも我慢ならないので上体を起こした。居城のお姫様のようなベッドなら寝ていることで頭痛が和らぐが、このソファーでは苦痛が増すばかりだった。こうやってナスターシャの方を見ていると、社交性がないのは本当に問題だと思った。現在のカチェリーナはあきれるような気分でナスターシャの方を見ているが、普段のカチェリーナだって、同じような視線で他人から見られているかもしれないのだ。カチェリーナが起きているのに気づいたのか、ナスターシャがむくりと立ちあがった。そしてカチェリーナの方に歩み寄り無表情な顔を向けた。
「下層民のゴミ。マフィアの娘のくせして」
カチェリーナはイラッときたが我慢した。城の使用人なら殴るが、さすがにここでナスターシャを殴れまい。一応相手は名門貴族なのだ。
「ラスベガスでおまえの家族が殺されたのも、きっとおまえの指示に違いないわ」
これはゴシップとしてよく指摘されていたが、決してカチェリーナの指図ではない。
「確かに家族が殺された時、わたしは大喜びしたが、わたしが命じたわけではない」
「おまえ友達いないわよね」
大きなお世話だと思ったが黙っていた。ムキになると恥ずかしい気がしたからだ。
「平民は早く帰りなさいよ」
「おまえは普段からここに住んでるのか」
「さっき呼ばれたらおまえがいたの。邪魔よ」
カチェリーナは特に反論しなかった。ナスターシャはグルーシェンカの親戚ということだし、この家にいる権利はある。もしかするとナスターシャはグルーシェンカと遊ぶのを愉しみにしていたのかもしれない。そこにカチェリーナが割り込んできたので、排除しようとしてるのかもしれなかった。カチェリーナがそんな想像を張り巡らせていると、ナスターシャは自分のベッドに戻っていった。カチェリーナはほっとした。
だが、眠れないベッドに寝転がっていると、だんだんむかむかしてきた。ナスターシャはカチェリーナと同年代だと思われるが、なぜあのようなゴミからいろいろ言われなくてはならないのだろうか。こうやって腹が立つと偏頭痛が増してくる。痛みが脳の各所に着弾し、その活動電位の高まりが燎原の火のごとく全体に広がっていくのだ。カチェリーナは身動きせずに拷問のような時間に耐え、朝が来るのを待った。

ようやく朝になった。カチェリーナはほとんど眠ることが出来なかった。偏頭痛の問題があるので、ある程度快適な環境でないと眠れないのだ。これから一週間もナスターシャと過ごすのかと思うとぞっとするしかなかった。カチェリーナはよろよろと立ちあがるとドアを開け廊下に出た。とりあえず水が飲みたくてうろうろしていた。だが、他人の邸宅で家捜しするわけにもいかないので、所在なげにしているしかなかった。そのうちグルーシェンカの部屋の扉が開いた。
「カチェリーナ様、どうなさいました」
「水が飲みたいと思って」
「それならわたしを起こしてくださればよかったものを」
グルーシェンカはカチェリーナを部屋に入れた。グルーシェンカの冷蔵庫から水を貰って、カチェリーナはベッドに座ると喉を潤した。ようやく一息吐いたという具合である。
「よろしければ、特別なジュース、もしくは、コーヒー、紅茶その他をメイドに頼みます。他では手に入らない逸品がございます」
「いや、いいよ」
「ところでナスターシャとの一晩はどうだったでしょう。社交性のない人間がいかにゴミであるかを痛感してもらいたくて同室にしたのです。カチェリーナ様も勉強になると思いまして」
「確かに痛感した」
カチェリーナは事の顛末を話した。
「あいつを殴らなかったんですか」
「人の家で暴れるのもなんだし」
「なるほど。ではナスターシャの部屋の方に行きましょう」
グルーシェンカが笑顔を見せた。
「うちのメイドは自分のメイドだと思って使っていいですからね。カチェリーナ様は大事な客人ですから」
廊下を歩きながらグルーシェンカが話した。
「いや、あまり気を遣わないでくれ」
ナスターシャの部屋に入ると、グルーシェンカはドアを閉めて鍵を掛けた。そしてナスターシャの顔面を拳で殴打した。そこにまったく手加減はなく、カチェリーナも息を呑んで声が出なかったくらいだ。グルーシェンカがナスターシャの髪を掴んで引っ張り上げると鼻からダラダラ血がしたたり落ちていた。
「おまえうちの一族のお荷物のクセして、カチェリーナ様をdisったのだから、当然殺される覚悟はあったのだろうな」
「いくらなんでもやり過ぎだろ」
カチェリーナはグルーシェンカを止めた。
「こういうのは殴って調教するしかないんです。鞭の持ち合わせがないので、カチェリーナ様は平手打ちでお願いします」
「わたしがナスターシャを殴るということか」
「もちろんです。手加減は許されません。こういうゴミはそういうのを見抜いてナメてきます。そもそもカチェリーナ様がナメられたから、disられたんです」
カチェリーナは昨晩は屈辱に耐えていた。一応は名門貴族だからと思って我慢していたのだ。
「さあ、全力でやってください」
ナスターシャの髪を引きちぎらんばかりに掴んでいるグルーシェンカが促した。
「じゃあやっておくか」
カチェリーナは思い切りナスターシャに平手打ちをくれてやった。ナスターシャは悲鳴もあげることなく、打たれるままだった。
「もう一発行きましょう」
「いいのか」
「こいつは暴力以外は理解しないんですよ」
そう言われて、カチェリーナはナスターシャに平手打ちをくれてやった。高い音が響き渡ったが、ナスターシャは無言だった。
「さらにいきましょう」
「さすがにかわいそうじゃないか」
「もっと殴らないとダメです」
「いいよ。もう」
カチェリーナはソファーに腰を下ろした。
「簡単な朝食を用意させます。両親は抜きで、二階のダイニングで食べようと思います」
グルーシェンカがカチェリーナをうながした。
「ナスターシャはいいのか」
「あいつに食わせる飯なんかありませんよ」

そしてカチェリーナとグルーシェンカで朝食を取ることになった。このダイニングもなかなか洒落ている。上の方まで窓が付けられていて、そこから降り注ぐ陽射しが上質なカフェテラスのような雰囲気を作っている。大富豪のカチェリーナとしては特に驚いたわけではないが、さすが名門貴族は違うと感心したわけである。
「この合宿はこれからどうなるのだろうか」
「わたしとしては続行したいですが、カチェリーナ様の意志が重要です」
「まあせっかく来たからなあ」
「ではやりましょう」
「ナスターシャはどうなるのだろうか。あいつと一緒に生活改善を行うという予定だったが」
「正直なところナスターシャはどうにもならないです。カチェリーナ様は改善の余地がかなりありますが、ナスターシャは重症です」
「あいつは勉強は出来るんだよな」
「コンピュータープログラミングの腕前は超一流です。ただ、そういう会社で働いてみたのですが、あの通りの性格なのでいじめで追い出されました」
「なるほど」
容姿くらいしか特技のないカチェリーナとしては、ナスターシャに特技があるのが癪だった。その一方で、少し感心した。
「そういう技能があるなら、ナスターシャにソーシャルスキルの指導をして貰えないだろうか。一応はおまえの親戚なのだろう」
「カチェリーナ様がご不快でなければいいんですが」
「いいよ。ナスターシャと一緒にやる」
「ではそういうことで準備します」
グルーシェンカが席を外したので、カチェリーナはナスターシャの様子を見に行くことにした。パンと紅茶くらいは持っていってあげようと思ったのだ。ナスターシャはベッドにうずくまっていた。とりあえず死んではいないようである。カチェリーナはテーブルにパンと紅茶を置いた。
「おまえいつもグルーシェンカから、あんな風に殴られているのか」
「そうでもないけど」
「おまえはグルーシェンカに会うのを楽しみにしてたんだよな」
「わたしは親から虐待されているので、時々グルーシェンカ様がこの家に呼んでくれるの。グルーシェンカ様からいじめられることはないよ。でも、さっきみたいに大事なお客様を馬鹿にしたりすると殴られる」
「そうか。わたしにグルーシェンカを取られると思ったのか」
カチェリーナがそう言うと、ナスターシャは無言で頷いた。







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