「カチェリーナ様のアーティスト宣言は素晴らしいことですが、具体的に何をなさるおつもりなのでしょう。15年間ゴロゴロしてまったく積み重ねていない人間にアートなど出来るものでしょうか」
グルーシェンカは完全にカチェリーナを見下げ果てている様子だった。カチェリーナは答えに窮した。自分には何もないのだ。グルーシェンカは15歳で大卒だが、カチェリーナは15年間で何もやっていない。グルーシェンカには友達がたくさんいるが、カチェリーナには友達が一人もいない。15年間の無為の日々がこの無惨な格差になっているのだ。だが、ふと心の奥底に浮かんだ考えが、圧倒的な質量を持って膨れあがってきた。それは光り輝く金色の魅惑に満ちていて、カチェリーナのすべてを変えてくれるように思われた。突拍子もない思いつきだっただけに、まったく新しい世界に踏み込める気がしたのだ。
「わたしは漫画家を目指す。一夜にしてシンデレラになれる職業だ」
「ずいぶん唐突ですね。カチェリーナ様に絵心はあるのでしょうか」
「ないよ」
カチェリーナは正直に答えた。自分の絵が上手いなんてことは決してない。
「絵が下手なのに漫画家になるってわけわからないです」
「いや、三年掛けてやる。三年後に漫画家になれてなかったら自殺する」
「失敗したら命を絶つわけですか。ずいぶん悲壮な決意に見えます」
「構わないんだ。たった一度の人生だから可能性に賭けてみたい」
こうやって語っていると、カチェリーナの目の前の世界が変貌していった。自らの中にある才能という宝物を育てるという予感に酔いしれた。15年間埋もれていた柩の蓋を開けて、枯れていた薔薇も色づき生命の息吹を取り戻し、虚構に満ちたニセモノのお姫様ではなく、血の通ったアーティストに生まれ変わるのだ。
「なるほど。カチェリーナ様素晴らしいです。死ぬ覚悟で漫画家を目指すわけですね。三年経ったら命が惜しくて、またゴロゴロして過ごすということはないですね」
「無論だ。命を賭けると誓おう。世界に名を馳せることが出来なければ死するのみ」
「わたしも応援したいと思います。三年後が楽しみです」
グルーシェンカは満面の笑みを浮かべてカチェリーナを見つめた。彼女らしくない純粋な笑顔にカチェリーナは心を打たれた。やはりこうやって夢を持つことでわかり合えるのだ。
「ひとまず合宿は中断ということでいいのではないでしょうか。カチェリーナ様も目標を見つけられたようなので」
カチェリーナはグルーシェンカとナスターシャと一緒に車で城に戻った。ナスターシャは無言だったが、車から出ると巨大な城の威容に圧倒されている様子だった。
「おまえには広い部屋をひとつあてがうので、細かいことは使用人に聞いてくれ。買いたいモノは全部買ってやるから、リストにしておけ」
カチェリーナは小柄なナスターシャの頭を軽く撫でた。ここに来る前に修道服に着替えていたグルーシェンカが胸に手を当ててカチェリーナに近づいてきた。
「では本当に頑張ってくださいね。カチェリーナ様の今後に期待しています。わたしは修道院に戻ります」
グルーシェンカは祝福するようにカチェリーナの背中を優しく叩いた。
「ああ、これから生まれ変わるつもりだ」
カチェリーナは自室に向かった。廊下ですれ違った使用人はカチェリーナを普段とは違った目で見送っているようだった。やはり心に夢が宿ったことで、背中に後光が差しているに違いない。カチェリーナは部屋に入ると、早速漫画を描き始めた。自分でも絵心の無さにあきれたが、しかし、諦めるわけにはいかなかった。ペン一本で世界は変わるのだ。カチェリーナの背中にはバカと書かれた紙が貼られていたが、本人は気づいてなかった。







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