時間が無い世界はあり得るのだろうか。少なくともこの宇宙では無理そうである。前後関係、継続性、同一性、このあたりは時間があるから成り立つのである。時間のない世界があるとしたら、物事の前後関係がなくても構わず、物事の継続性が無くても構わず、物事の同一性が無くても構わない世界ということになるだろう。過去や未来が意味を持たず、瞬間瞬間にリセットされるような、そんな世界だろう。時間的存在のわれわれがイメージするのは難しいが、夜の夢のようなものかもしれない。夜に見る夢に連続性などないし「事実」でもない。

生命には時間が必要である。時間的な前後関係は必須である。継続的に存在し、個体に同一性があるというのも必須である。時間のない世界があるとしても、そこに生物はいないだろう。もしくは物質もないだろう。物事の因果律が問われない幻想的な世界だ。

この宇宙に住むわれわれは137億年の継続性の中に生きているのである。過去は消されていくのではなく、絶対に消せないものである。たとえば過去にミスがあって、それで宇宙が破滅するとしても、過去に戻ってそのミスを書き換えることは出来ない。われわれがいろんな物事を忘れるにしても、宇宙は歴史性を負っている。人間の記憶力とはまた別の次元で、過去は絶対に覆らない。

そしてそういう時間をわれわれは共有しているのである。相対性理論によれば、重力により時間の流れは変わるのだが、少なくともこの地球上のわれわれは地べたを這いながら時間を共有している。そして集団的に体験するのである。個々人のプライベートな経験もあるが、大地震とか戦争とか、ペストの流行とか、そういう集団的体験があるから、時代性を共有するわけである。自分はペストに感染しなかったから時代と無関係というわけではあるまい。戦後の高度経済成長は集団体験であり、バブル経済は集団体験であり、この20年に渡る不況も集団体験だ。ここ何年かスマホやタブレットを手にするようになったのも、同じ時間の中で集団的に体験していることなのである。世界とは集団的に体験するものであり、これを可能に(もしくは強制)しているのは時間なのである。







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