われわれは世界史の中にいる。人類として世界の歴史に関わってきたのだ。アームストロング船長が月面に着陸した時、それは人類が着陸したということなのである。われわれの歴史性の中に組み込まれた出来事なのである。

アーミッシュが現代文明から隔絶された空間で生きているのは、人権思想のおかげであり、天然記念物的な保護である。普通であれば、時代に取り残されたら滅びるのである。われわれはアーミッシュのように生きることは出来ない。集団的に世界史を体験し、生存競争の中で生き残ったり死んだりするのである。

たとえば、9月11日に世界貿易センタービルにボーイングが突撃したのをわれわれは世界史として(集団的に)体験しているのである。あのテロ行為を「どうでもいい」と思うことは内心の自由であろうが、しかし飛行機の手荷物検査が厳しくなるのを拒むことは出来ない。

2020年に東京オリンピックが行われるが、それを「どうでもいい」と内面で思うとしても、周りの人間が話題にするのは止められないし、五輪のための交通規制に巻き込まれたら従わなくてはならない。

農民として天保の大飢饉に出くわしても空腹で構わないとか、東京に住んでいて東京大空襲が行われてもどうでもいいとか、そんなのはあり得ない。そういう大飢饉で餓死したり、大空襲で焼夷弾の雨に降られるのを集団的に体験しなければならない。

われわれが時間の中に生きているというのは、生まれた時代のイベントから逃れられないということなのである。無神論者だと火刑にされる世の中に生まれたら、内面で神を信じてなくても信じるフリをしなければならない。時代精神とは、意思表示の問題であり、心の中の問題ではない。もちろん無神論の意思表示をして死刑になる選択もありだ。それも時代を象徴する出来事のひとつである。







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