「これからはおまえの言うことを聞こうと思う。言うとおりにしようと思うんだ」
カチェリーナはグルーシェンカに頭を下げた。このままではグルーシェンカに勝ち目はない。未来の勝利のために、今はひとまず退くのである。
「ずいぶん健気じゃないですか」
グルーシェンカは薄笑いを浮かべていた。
「おまえは性格最悪のゴミクズだが、極めて優秀だし、発言も的確だ。金にまかせてニセモノのお姫様をやっているわたしと違って本物の名門貴族でもある。一度おまえの言うとおりにしてみようと思う」
「じゃあ明日から学校に行ってください」
「え、あの学校か」
「そうです。わたしの母校です。すでに入学許可は取ってあります。わたしとカチェリーナ様は似たような背格好ですから、わたしの制服を着ていけばいいでしょう」
カチェリーナにとって、名門お嬢様学校で女の子と戯れるのは夢である。しかし生まれてからひとりも友達がいないという事実と照らし合わせると、なかなか苦難の学園生活が待っていると思われた。友達が欲しいという熱望と、どうせ疎外されるだろうという恐怖で葛藤した。
「せめていろいろ準備してから行きたい」
「15年間ゴロゴロして、ネットでは知識人のように振る舞ってきたわけですから、もう充分です。今こそリアルの空間で実力を試すタイミングです」
「そうだろうか」
「というより、わたしが決めたのだから従ってください」
「そうだな。やるしかないだろう」

そして翌朝、カチェリーナはグルーシェンカに連れられ、学校を訪れた。新しくはない校舎だが、お洒落な印象である。古びているが綺麗に洗われている噴水など、歴史が感じられる雰囲気はカチェリーナも気に入った。憧れの制服に身を包み、敷地内に足を踏み入れると、果たしてここの一員になれるのだろうかと身震いがした。まだ生徒達はほとんど来ていない時刻である。
学校で校長と会うと、中学三年生のクラスに入ることになった。中学一年生からのはずだったが、年齢相応ということで、そういう措置になった。
「ではわたしは帰宅しますので頑張ってください」
グルーシェンカがカチェリーナの肩を叩いた。
「一人では耐えきれない。保護者として付いてきてくれ」
カチェリーナはさすがに怖じ気づいていた。学校など行ったことが無く、15年間友達がひとりもいないのに、名門校の教室に放り込まれるのだ。
「保護者なんかいたらバカにされますよ。生徒同士で仲良くしてください」
グルーシェンカは去っていった。
カチェリーナは始業の時間まで校長室で待たされた。そしてチャイムが鳴ると、担任に連れられ教室に向かった。ホームルームで生徒達の前に立たされ担任に紹介されたが、カチェリーナの目は泳ぎ、身体は硬直していた。型どおりの挨拶を済ませると、指定された席についた。少し息を吐いてから周りを見ると、いかにも良家の子女の集まりという具合である。憧れの場にいるわけだが、ここに溶け込めない不安で息が詰まった。誰もカチェリーナに声を掛けてこない。それから授業が始まった。カチェリーナはまったく理解できなかった。15歳という年齢相応の中学三年生のクラスに入れられても、ついて行けそうになかった。休み時間になると、他の女の子たちは楽しそうにおしゃべりしている。上品そうで、清楚な子たちばかりだった。友達になりたかったが、カチェリーナは声を掛ける術を知らなかった。その輪に入れることもなく、初日は無為に過ぎていった。

「わたしには無理そうだ。授業がわからないので意味がない。友達が出来る気配がしない」
グルーシェンカの家に帰ってからカチェリーナは泣きついた。
「困りましたね。上品な子が多いですから、カチェリーナ様のことを存じ上げていても触らないのでしょう」
「おまえも入学してくれよ。同じクラスに。わたしが友達を作る手助けをしろ」
「なんで大卒のわたしが中学に入らないといけないんですか。友達くらい自分で作ってください」
「授業がわからんのはどうする。数学とかさっぱりだぞ」
「数学は自分で解いてはいけません。教科書の問題の解答を暗記できればいいです」
「教科書に解答書いてない」
「ではわたしが模範解答を作ります」
カチェリーナの教科書を見ながら、グルーシェンカが問題を解きだした。カチェリーナのノートにとても細かく綺麗な字で答えを書いていく。グルーシェンカに対抗心を抱いているカチェリーナでも、この字のうまさには驚嘆するしかなかった。カチェリーナの拙い字とは次元が違う。そしてカチェリーナが理解できない問題をスラスラと解いていくのだ。同じ15歳でも、自分がゴロゴロしている間に一生懸命勉強していたグルーシェンカとの格差を感じざるを得なかった。
「カチェリーナ様のために小学生のドリルを用意したので、これをやっていてください」
「わたしは小学生扱いか」
不平不満を言いながらカチェリーナは小学生向けのドリルをやった。さすがに小学生の問題は解くことが出来た。それが終わってから、カチェリーナはグルーシェンカが作ったノートを見た。それを読むと、授業ではサッパリだったのが、何となくわかるような気がした。

翌日もカチェリーナは学校に行った。気品がありすぎて自分には合わない場所だと痛感していたが、脱落すればまたグルーシェンカに敗北感を抱くことになるだろう。なんとか、ここで友達を作り、飛び級で卒業してグルーシェンカに一泡吹かせるのだ。
カチェリーナは自分の席について数学の予習をしていた。グルーシェンカが作ったノートを見ながら、解答を暗記することに務めた。そうやっていると、誰かが「わあ、カチェリーナ様の字、すごい綺麗ですね」と声を掛けてきた。他の女の子もそれに釣られてやってきた。みんなカチェリーナのノートを見ながら、秩序正しく綺麗に描かれた文字や図形に感嘆している。カチェリーナは困惑してしまった。せっかく話し掛けてもらったのに、グルーシェンカの字を褒められるという誤解だった。カチェリーナは対応することが出来ず、無言で固まっていた。そのうちに女の子たちは後ずさりするように去っていった。どうやら人を寄せ付けないオーラを出してしまったらしい。またグルーシェンカへの恨みがひとつ増えたとカチェリーナは思った。







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