カチェリーナは相変わらず友達が出来なかったが、学校には通い続けていた。グルーシェンカの指導で勉強が出来るようになったし、ここの学校の教師もなかなか質が高いからだ。ぼっちであっても授業は受ける価値があった。
しかし、そんなある日のホームルームで、カチェリーナは背筋が凍り付いた。
「今度のモスクワへの修学旅行の班分けをします。仲のいいお友達とグループを作ってください」
担任の言葉でカチェリーナは目の前が真っ暗になった。周りの女生徒がワイワイ言いながら楽しそうにグループを作っていく中で、カチェリーナは席に着いたまま硬直していた。誰かが声を掛けてくれればそのグループに入るつもりだったが、そんな気配は微塵も見られなかった。すでに仲良しグループ達は楽しそうにモスクワの話をしている。どうやらグループも固まりつつあるようだ。これまで友達がひとりもいないカチェリーナだから、グループに誘われるわけがない。
「みなさんだいたい決まったようですが」
担任の表情は曇っていた。ひとりだけ余っているカチェリーナの方に視線を注いだ。誰か親切な生徒が申し出るのを担任は待っているようだった。だが誰も名乗りでない。
この重圧はカチェリーナもかつて経験したことがないものだった。親から愛されず友達もいないカチェリーナでも、これだけ痛々しい思いはしたことがなかった。この世界から疎外されているのはわかっていたが、今まさに刑場に引き立てられ絞首台の前にいるのだ。教室の空気は凍り付き、困惑が広がっていた。誰も名乗りでないようなので、担任はカチェリーナをどこかのグループに押し込もうと考えたようだ。
「それでは、ええと」
担任が教室全体に視線を這わせたので、カチェリーナは口を開いた。
「わたしは健康が悪いので、旅行とか無理だ。今度の修学旅行も辞退させてもらおう」
カチェリーナがそう言うと、担任も察したように「お大事に」と一言言っただけだった。
そしてホームルームは終わった。

さすがにこの出来事にはカチェリーナも落ち込んだ。生まれてから一人も友達がいないのだから、半ばこの学校での交友関係は諦めつつあったが、わずかな希望は持っていた。しかし修学旅行のグループ分けで徹底的に打ち砕かれた。そもそも他の生徒は中学一年から一緒に過ごしているのに、カチェリーナは最近三年生として転入したわけである。なおかつソーシャルスキルが皆無なのだから、相手にされるわけがなかった。
カチェリーナは自分に責任があるのだろうと思った。決して意地悪で無視されているのではない。良家の子女の集まりなので、この学校に入ってから嫌がらせなど一度も受けたことがない。深い悪意があるのではなく、このクラスの人間はカチェリーナを付き合いづらい相手と見なして、距離を置こうとしているだけなのだ。

グルーシェンカの家に帰ってから、カチェリーナはこの悲しい出来事を話した。屈辱の体験ではあったが、自分の裡に秘めておくには重すぎた。荼毘に付されて鬼籍に入るまで、頭の中で数限りなく反芻されるトラウマになりそうだ。
「カチェリーナ様は、人から嫌われる性質をたくさんお持ちですから、当然の結果でしょう」
「なんとか治せないものだろうか」
「無理でしょうね」
「生涯孤独ということか」
「カチェリーナ様は知性は優れています。知を探究する歓びを最近覚えたわけですから、学問に打ち込むべきです」
「衝撃が大きすぎて、勉強する気になれない」
「では、みんなが修学旅行に行っている間に勉強合宿をしましょう。カチェリーナ様がお望みなら、ということですが」
「そうだな。やろうか」
ここで落ち込んですべてを投げてしまってはいけないような気がした。ようやく勉強だけは出来るようになったのだから、これは続けなくてはならない。
「合宿はどこでやりましょう」
「おまえの家じゃないのか」
「ここでやりたいならここでやります。カチェリーナ様が他の場所を希望されるのなら、気分転換に別の場所がいいと思ったのです」
「フランスに行きたい、と言ったら殴るんだろ。顔面を殴打され血まみれになって首根っこをつかまれて木にロープで吊されるんだ」
「フランスはいいと思います。手配しましょうか」
「本当にいいのか」
「ええ。カチェリーナ様の行きたいところで合宿します」
「一度ベルサイユ宮殿に行ってみたい。わたしの居城はあれを摸してはいるが、所詮レプリカだからな」
「ベルサイユ宮殿から徒歩五分のところに五つ星ホテルがあるのです」
「おお、そんなすごいのがあるのか。是非そこに泊まりたいものだ」
生まれてから一度も外国に行ったことがないカチェリーナとしては興奮するばかりである。憧れのベルサイユ宮殿が間近に見られる五つ星ホテルなどと言われたら、動悸が止まらない。
「あくまで勉強合宿ですよ。観光ではないです」
「わかっている。しかしおまえは人間のクズだがいいところもあるんだな。フランスに誘ってくれるとは」
「居候させて、名門学校に入れて、勉強を教えても人間のクズ扱いですか。友達がいないのがよくわかります」
「ああ、冗談だったのに。わたしはユーモアのセンスが無いようだ。すまない」
カチェリーナはグルーシェンカに土下座した。
「まあいいでしょう。じゃあ修学旅行の日程に合わせてフランス行きを手配しておきます」
「ああよろしく頼む」
カチェリーナは床に頭を擦りつけた。
とりあえずフランス旅行が終わるまではグルーシェンカの機嫌を取ろうと思った。







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