生まれてから家族に愛されることもなく、友達もいないカチェリーナだったが、ようやくソーネチカという素晴らしい友達が出来たのだ。もう孤立した自分に引け目を感じて登校する必要もなかった。それこそ有頂天で鼻高々に通学することが出来るのである。授業中に後ろからソーネチカを見ているだけで眼福の至りだった。ソーネチカは決して絶世の美少女というわけでもなく、特別な秀才でもなかった。ありがちな優等生である。しかし、ガサツなところが一欠片もなく、世界の細部まで注意力が行き渡っている。これこそカチェリーナの求めていたものだった。見ているだけで心臓が早鐘を打つような気品ある少女が友達になってくれたのだ。

放課後になると、ソーネチカがカラオケに誘ってくれた。他の三人の仲間と連れだって、学校の近くのカラオケボックスに入った。カチェリーナはこういう学校生活に憧れていたわけである。名門お嬢様学校に入っても、その可憐な少女達と交流出来なければ、路上で指をくわえて眺めているのと変わらない。今や堂々とソーネチカに寄り添いながら、少女らしい愉しみに耽ることが出来るのだ。流行歌など知らないカチェリーナは、同年代の女の子とのカラオケは別世界のものだったが、やがてこれにも馴染んでいくのだろう。こうやって接していても、ソーネチカの意識の鮮明さは別格であり、どこまでも透き通る湖のような存在だった。現実世界に接するのが苦手で、盲人のようにおぼつかない足取りで生きてきたカチェリーナも、ソーネチカを通して活き活きとしたナマの世界に触れることが出来るのだった。こうやって、自らの中で世界観が変貌すると、カチェリーナはソーネチカへの想いを抑えきれなくなった。育ちのいいお嬢様が通う学舎では、少女同士が睦み合う百合の世界があるという。フィクションによって培われた想像の所産ではあったけれど、今のカチェリーナには実現可能なことに思えた。手の届く範囲にある花を摘み取っていけないわけがない。俗塵にまみれることのない桃源郷の世界が目の前にあるのだから、それが罪深いものであれ、手を伸ばさないわけにはいかなかった。少なくともソーネチカはそれを笑顔で受け入れてくれるだろう。
カチェリーナは、部屋の外でソーネチカと二人きりになる機会を作った。周りに人がいないのを確認して、ソーネチカの背中を壁に押しつけた。
「ソーネチカは可愛すぎる。たぶんわたしたちは結ばれる運命だと思うんだ」
「そうですか」
ソーネチカは曖昧な笑顔を見せた。
「これからホテルに行かないか。ソーネチカと寝たい」
カチェリーナは舞台俳優のように気障に決めたつもりだった。ウクライナ最高の美少女と言われ、なおかつ大富豪のカチェリーナの誘いが断られるはずがない。気は急いていて、今すぐソーネチカの手首をつかんでホテルに連れ込みたかった。だが、ソーネチカの表情は曇っていた。
「あなたはもっと人の気持ちを考えて発言すべきです」
そう言われても、カチェリーナには何のことやらわからなかった。
「いい加減、自分を特別な人間だと思うのをやめてください。何でも思い通りになると思ってるんですか」
ソーネチカに難詰されて、カチェリーナはパニックになるしかなかった。
「わたしが誘ってるんだから、当然ホテルくらい行くよな」
「なんてはしたないんでしょう。どこまで思い上がっているのかしら」
いつの間にか残りの三人が部屋の外に出てきて、事の成り行きを見守っていた。自分は破滅したのかもしれないとカチェリーナは気づいた。自尊心が破壊されたカチェリーナは口から泡を吹いて倒れ込むしかなかった。

意識が回復すると、カチェリーナはグルーシェンカの家にいた。
ふらふら歩いていると、グルーシェンカとソーネチカがやってきた。
「カチェリーナ様が同性愛者だとはまったく気づきませんでした。せっかく友達が出来たと思ったら、いきなりやらかすとは」
グルーシェンカは眉を八の字にして手を広げた。いつにも増してカチェリーナを嘲笑し蔑んでいた。
「いや、違う。お嬢様学校での百合がやりたかっただけなんだ」
実際、カチェリーナには同性愛の趣味などまったくなく、単にお嬢様同士が戯れる百合の世界に憧れているだけだった。
「カチェリーナ様が失敗してもフォローすると言いましたから、わたしも一度だけ水に流しますわ。今後は肉体関係とか求めないでくださいね」
ソーネチカの目線は冷たかった。水に流すと口では言っているが、修復不能な亀裂が入ったように思えた。それどころか、今後の学園生活に暗雲が立ちこめる予感がした。今までは孤高の美少女というポジションだったが、明日からは変態扱いになる可能性が高い。元からカチェリーナに人望などないのだが、さらに失墜するだろう。
ソーネチカが帰り、グルーシェンカも消えてから、カチェリーナはカッターナイフを手に取った。刃先を手首に当て滑らした。今までリストカットなどしたことはなかったが、大好きになった相手から面罵され、面子を丸潰れにされたのは、世界の終わりだった。こうなると、逆恨みの感情すら募ってきて、ソーネチカの顔面をバールで叩き潰したい衝動にすら駆られた。
「ほんとに死ぬ気なら、もっと深く抉ったらどうでしょう」
いつの間にかグルーシェンカが目の前にいた。
確かにカチェリーナは手首をざっくりと切る勇気が無かったので、皮膚をなぞっているだけだった。死にきれず、まだ人生が続いていくことを畏怖した。







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