われわれは通常、自分の立場から物事を主張している。自分の立場に有利になるような意見を言う。ロールズは「無知のベール」という思考実験を提唱し、自分が誰だかわからないと仮定して、最善の社会について考えることを提案した。

たとえば貧困層に支援するべきかという議題があるとする。普通であれば、自分の社会的立場にとって有利な意見を言おうとする。しかし「無知のベール」から考えるとすれば、自分が金持ちか貧乏か不明なわけで、だから、どちらでも最善と思えるバランスに配慮した施策を考えるわけである。

無知のベールというのは、現実の人生に反した考えなわけである。われわれは一回だけの人生を生きており、その一回性の立場があるわけだ。突然、顔が変わるとか、身長が伸び縮みするとか、別の人種に変身するとか、そういうことはないわけである。ある固定されたステータスで一回の人生を生きてる。別の条件で生きている自分について思考実験するのは、お遊びだとも言える。

とはいえ、無知のベールという思考実験は完全に無意味ではあるまい。ひとつの政治的主張としてありえるだろう。(自分の立場から主張するのではなく)「どのような立場に生まれても最善と思える社会」という観点から論陣を張ることは可能だし、それなりの支持を得ることも出来るだろう。

過去の人類は「自分に有利なルール」を掲げ、闘争してきた。貴族は貴族に有利なルールを設定したから貴族になれたのだ。しかし貴族制度が無くなったのは、貴族でない人間が、万人に平等なルールを掲げたからである。21世紀は、そういう闘争の果てに平準化された社会なので、「無知のベール」という思考実験は、それなりに無自覚に共有されているようにも思える。

たとえば婚外子に平等な相続権を認めようという動きになっているのは、「無知のベール」で見れば、それなりに妥当である。自分が普通の子どもか愛人の子どもか不明であると仮定した場合、自分が愛人の子どもになったケースのことも考えて、それなりに権利を認めておくことが必要だ。ただ、逆に婚外子も、「自分が婚外子だから婚外子に露骨に有利な社会」を思考するのは駄目だろう。婚外子の人権が無軌道に認められ、結婚などする意味がないということになれば、こども全体の育成環境が悪化する可能性が高い。婚外子も「自分が婚外子でなかったら」という仮定で考えてみるべきだし、自分が愛人の子だからと言って、結婚制度の崩壊を歓迎するのであれば、貴族が貴族に有利なルールを作っているのと何ら変わりがない。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング