「カチェリーナ様は何の才能もないわけですよね。どうやったらアーティストになれるのでしょう」
グルーシェンカから当然とも言える問い掛けがなされた。これにはカチェリーナも答えを用意していた。特に技能が無くても世界的なアーティストとして認められている人物を見つけたからだ。
「わたしはスティーブ・ジョブズになる。ジョブズはプログラム出来ないし、エンジニアとしても落ちこぼれ。デザインだって何の才能もない。天才エンジニアのウォズニアックにいろいろ作らせて手柄を横取りしただけだ。アタリの汎用ロジックICの改良をさせた時は、ジョブズは報酬をピンハネしてるんだぜ。それでもジョブズは世界的にアーティストのような扱いだ」
「カチェリーナ様はうちの親族のゴミであるナスターシャを預かっているわけですが、あいつを使うつもりでしょうか」
両親から虐待されているというナスターシャをカチェリーナは城で預かっていた。カチェリーナが面倒を見ているわけではなく使用人に任せているが、ナスターシャは一日中一心不乱にパソコンに向かいプログラムを書き続けている。努力家なのではなく、中毒か狂人のようである。
「ナスターシャにウォズニアックの役割をやらせて、わたしがジョブズになる。これでアーティストの完成だろう」
「ナスターシャは確かに天才的なプログラマーではありますが、他人と意思疎通が出来ないので、使うのは無理です。ひとりで作れるアプリしか出来ないので、やれることが限定されます。世界的な大企業とか、そんなのは無理です。だいたいわたしだって、ナスターシャに近いくらいのプログラムスキルはあります。かつてのハッカー幻想とか、ああいうのはパソコン持っている人が少ない時代の話で、現代ではプログラムが出来るのはありふれた才能です。もうプログラマーは魔法使いではないんです」
「プログラマーがありふれてるなら、たくさん集めて起業しようかな」
「カチェリーナ様のソーシャルスキルで起業とは笑えます」
「わたしが金を出すので、おまえが社長をやってくれ」
「お断りします。わたしは修道女としての勤めがあります」
「そもそもおまえ無神論者なのに、なんで修道女やってるんだよ。あんまり修道院にいないし、貴族の道楽なんだろうが」
そう言われると、グルーシェンカは姿勢を正して、とても重大な話をするような表情をした。人生において人間が大きな決断をする時があるが、そんな雰囲気を漂わせた。鈍感なカチェリーナでもその並々ならぬ空気は察し、グルーシェンカの言葉を待った。
「ローマ法王になるためです」
その意外な告白にはカチェリーナも言葉を失った。グルーシェンカの口ぶりは至って生真面目で、まったく冗談ではないようだった。ソーシャルスキルが極めて高く、世知に長けている天才少女が言うのだから、気が違ったわけでもないのだろう。
「無神論でバチカンを征服するわけだな」
「わたしは無神論者ではないです。ローマ法王も進化論を認めている時代です。ローマ法王庁科学アカデミーにも進化論の学者がいます。旧約聖書の記述を史実として扱える時代ではないんです」
「科学で神の存在を否定しても神が生き残るかという思考実験か」
「理解が早くて助かります」
「科学が進歩するほど聖書の内容なんて嘘八百だと証明されるからな。グルーシェンカがやろうとしていることは時代に合ったことなんだろう。しかし聖書を否定するなら、キリスト教である意味が無くないか。特定宗教によって色付けされていない創造主ということになってしまう」
「その通りなんですが、そういう難しい時代なのです。前代未聞の宗教改革が求められます。ニュートンは近代科学の始祖でありながら、中世的な価値観の持ち主でもあったので、旧約聖書に書かれていることが史実だと証明する研究を何十年にも渡り行いました。ニュートンにとってそれは錬金術の研究と並んで黒歴史でありますが、何にせよ、21世紀において中世的な信仰を持つことは出来ません。ローマ法王でさえ、新しい科学の成果は認めなければならない。科学がキリスト教を殺すのは目に見えている。わたしはキリスト教徒として、革命を行わなければならないのです」
グルーシェンカの重々しい話にカチェリーナも心を打たれた。何をやっても成功するであろう少女が、わざわざ面倒な宗教問題に手を突っ込み、世界史的な決断をしようとしているのだ。
「わたしがこんな話をしたのはカチェリーナ様が初めてです。カチェリーナ様は幼少期からネグレクトされたというハンデはありますが、生まれつきの知能はわたしより高いと思われます。だから理解してもらえると考えたのです」
そうやって持ち上げられると、カチェリーナはちゃんと勉強しないといけないような気がしてきた。ナスターシャにプログラムを書かせ、自分は横取りやピンハネをしてジョブズのようになるというアイデアがとても恥ずべきことに思えてきた。
「わたしがアーティストを志望しているのは、運命性の自覚がないのだろうな。目的が見つからないからアーティストという目標を立てることで、あたかも何かに向かって努力しているようなフリをしている」
「それをワナビーと言うのです。口先だけの醜い人種です」
「アーティストが無理なら、わたしは何をやればいいのだろう」
「カチェリーナ様は絶世の美少女ではありますが、女の子らしい共感性がなく理屈っぽいので、友達は出来ません。生まれつきの知力は高く、学校に入っても短期間で勉強には適応出来ました。空気は読めないですが、書物の理解力は高いので学者肌だと思います。カチェリーナ様と現実世界の間にある衝立は生涯取り除くことが出来ません。生涯ひとりも友達が出来ないという孤独な運命を受け入れ、知性を活かす道を選ぶべきでしょう」
「そういう孤独に耐えられるだろうか」
友達のいない学校に通い、友達がいない蟄居生活をしながら、ただひたすら学問に身を捧げ、うら寂しい拷問のような孤独に耐えなければならないのだ。
「わたしだって、友達はすごいたくさんいますが、親友はひとりもいません。本当のことを話せる相手はカチェリーナ様だけです。滅多にいないレベルのゴミクズにしか話せないのですから、これも生き地獄です」
「明日から学校どうしようかなあ」
「学校で友達がいないことに悩んでおられるようですが、それは誤解です。学校に友達がいないのではなく、カチェリーナ様はどこでも友達がいないんです。それが生涯続くわけですから、せめて登校して知性のスキルだけでも上げた方がいいと思います」
「ううむ」
カチェリーナも勉強に関しては適性があると思っていた。最初は授業がさっぱりわからず焦ったが、簡単に追いつくことが出来た。しかしこの時代、ガリ勉など恥ずかしいことであり、ソーシャルスキルでワイワイやるのがクールである。だから勉強という地味なことに耐えきれなくて、アーティストという派手なものを目指そうとしたが、絵が凄いヘタクソなのは認めざるを得なかった。







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