「最近わたしは脅迫されてるんです。わたしを殺したいらしいんです」
グルーシェンカは他人の面白いゴシップを話すような口調で言った。
「洒落とかじゃなくて、本気の殺害予告なのか」
グルーシェンカの口ぶりに真剣さがなかったので、カチェリーナは確認した。
「ええ。ですが、差し迫ったものではないと思います。だいたい本気で暗殺するなら予告はないです。わたしも悪魔的な社交性がありすぎて、口が達者すぎるんで、影響力が妬まれる段階に入ってます。なおかつ宗教問題に絡んでいるから、狂信者に狙われもするでしょう。ローマ法王が進化論を認めるような時代なので、わたしもそれに合わせてるのですが、中世的な信仰を守りたい人がいるようです」
「犯人に心当たりはあるのか」
「そういう問題じゃないんです。ガンジーでもケネディでもキング牧師でも、影響力を持ちすぎた存在は暗殺されるんです。オズワルドがいなければケネディは暗殺されなかったというわけではないでしょう」
「だったらもう少し普通に当たり障り無く生きるとか」
「そういう人生には興味ないです。世界史に影響を与え、それで暗殺されるなら本望です」
グルーシェンカの表情には悲壮感も怯えも見られなかった。紛れもない特別な才能の持ち主が、何の躊躇いもなくその運命性にコミットしようとしてるのだった。この平然とした決断に他人が横槍を入れることは出来なかった。
「近いうちにわたしはウクライナを出ようと思ってます。ウクライナから逃げるのではなく、世界からウクライナを変えるためです。わたしが本当のことを話せるのはカチェリーナ様だけなので、お別れは寂しいですが、異国でもカチェリーナ様のことを考えると思います」
「だったらわたしと友達になってくれ」
「嫌です」
「なんで嫌なんだよ。おまえ誰とでも友達になるだろうが」
「カチェリーナ様だけは嫌なのです」
「理由を教えてくれ。そこまで嫌っているわたしを居候させ、お嬢様学校に入れ、勉強を教えていたのはなぜだ」
「カチェリーナ様の財産が目当てでした」
「おまえの家は腐るほど財産あるだろう」
「お金はいくらあっても素晴らしいものです」
まったく取り付く島がなかった。
どうしても言いたくないようである。
「理由がわからないなら、わたしは孤独に耐えられないだろう。何が悪いのかわからないという不安にさいなまれ、天涯孤独という運命性を受け入れることは決して出来ないに違いない」
しばらくグルーシェンカは黙っていたが、やがて口を開いた。
「わたしは女の友情というのをまったく信じてないのです。だからカチェリーナ様との間に友情を発生させたくなかった。カチェリーナ様は外見は天使ですが、女の子らしくなく、裏表が無く、対人関係で三味線を弾くこともありません。それがわたしにとってとても重要だったので、友達にはなりたくなかったのです」
カチェリーナはその言葉を噛み締めてみて腑に落ちた。グルーシェンカとの間には女の友情など一欠片もなく、だからこそ、うわべでない関係を築くことが出来たのだ。グルーシェンカからはずいぶん痛めつけられたが、傑出した人間と多くの時間を過ごせたのは素晴らしいことに思えた。
「おまえはおまえの運命を決断したのだろう。止めても無駄だろうから、止めるまい。わたしも自らの運命性を発見したいものだ」
「わたしとカチェリーナ様がまったく同じ日にウクライナに生まれたのは偶然とは思えないのです。友達ではないにしても、よろしければ義兄弟になってほしいです」
「桃園の誓いみたいなものか。いいだろう」
カチェリーナとグルーシェンカは盃を交わした。
そしてカチェリーナはこれから先のことを考えた。ひとつの時間が終わり、新しい時間が始まるのだ。人間はいつまでも同じところにはとどまれないのである。
「カラマーゾフの兄弟は、作者死亡のため主人公が修道院を出たところで終わってしまったが、あそこからが本当に重要なはずなんだ」
「続編はどうせ、理想主義者がソドムに堕ちるというワンパターンだったでしょうね」
「ドストエフスキーは人生が詰んだところから人間の本質を描いていくから、そうかもしれない。主人公がにっちもさっちもいかない状況に追い込まれて、そこから他人を傷つけつつ、宗教とか革命に活路を求めるんだろう」
「カチェリーナ様が長生きしたらカラマーゾフ的になりそうですが、今は少女という特権的な時間を生きてますから、天使でいて欲しいです」
「理想主義者のまま死に至りたいものだが、どうなるかわたしも楽しみだ」







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