リザヴェータにとってカチェリーナという少女を描くのはライフワークである。そのように決意したおぼえもないのだが、ごく当たり前のようにカチェリーナを描き続けていた。手先がやたらと器用で、あらゆる芸術的な分野で天才性を発揮していたリザヴェータだったが、カチェリーナ以外の絵を描くのは余芸であった。いくらカチェリーナの絵を描いても、本人をデッサンしているわけではないので、それを世間に発表はしなかったが、あくまでそれが活動の中心だったのである。
天才的な社交性を持つ妹のグルーシェンカがカチェリーナと交流を持ち、自宅に居候させるまでになった時は狂喜したが、自分の天才的な画力でカチェリーナの下手くそな絵をdisる役割をさせられた。カチェリーナは知力がとても高い少女であり、天才と名高い妹のグルーシェンカでさえ、カチェリーナの方が知能が高いと認めていたから、明らかに下手くそな絵の道を断念させるのは親切心に他ならなかった。しかし当然のように恨みを買ったので、リザヴェータは泣いて暮らすしかなかったのである。

グルーシェンカが海外に行ってからリザヴェータが家庭教師をやることになり、ようやくカチェリーナと関わることが出来るようになった。相変わらず怨恨を持たれているようだったが、カチェリーナは気高い少女だったので、嫌がらせなどをされることはなかった。幼少期にネグレクトされていたようで、人間らしい感受性に欠けているが、知性はかなり高く、リザヴェータもカチェリーナに教えるために勉強しなおしているくらいである。間近で本人を観察出来るようになったので、今度からはカチェリーナの絵を世間に発表することも考えていたが、出来れば本格的なデッサンをしたいところである。
「カチェリーナ様は裸婦のモデルをやる気はありませんか」
勉強を教えている時、単刀直入に尋ねてみた。
「なんでわたしがそんなことをやらなければならんのだ」
カチェリーナはまったく無関心だった。机に向かってひたすら問題を解いていた。
「裸体を公開すれば、カチェリーナ様に興味を持つ女の子が増えます。いろんな女とやれると思います」
「女にモテるんならやってもいいが、わたしの貧弱な体型で可能だろうか」
カチェリーナは服を脱ぎだして、全裸になった。カチェリーナのスタイルのよさはわかっていたが、裸身で見ると、それは素晴らしかった。身長160センチに満たない背丈だが、顔が小さく手足が長いので、実寸よりすらりと高く見える。目も眩むような美少女ではあるが、少年のような印象も受ける。
「天使そのものです。スーパーモデルみたいなセクシーな女性は本当は需要がありません。カチェリーナ様のように痩身で、わりと小柄な方が人気があります」
「だったらまずおまえがやらせろ」
そう言われると、リザヴェータの視床下部が疼いた。目の前にいる天使としか思えない少女の肉体を貪るのが可能なのだ。しかし、欲望に任せてカチェリーナと寝てしまったら、単に絵がうまいだけの人に堕落してしまう。遠い憧れであるカチェリーナを描くために絵をやってるのに、好き放題に抱きまくれるとか、そうなったら芸術が成り立たない。
「わたしだってカチェリーナ様と寝てみたいですが、その瞬間に芸術的才能が失われてしまいます。触れることが出来ない美を描くのが芸術なのです」
「絵のモデルをやってモテモテにならなかったらおまえを食うからな。抱きまくるぞ。責任はとってもらう」
「わたしはカチェリーナ様を崇拝してますから、そうなっても構いません。では、絵のモデルの件は承諾していただけますか」
「絵ならいいだろう。写真とか動画なら論外だが」
リザヴェータは久々に自宅のアトリエを使うことになった。裸婦のカチェリーナをモデルに出来るのだから、生涯の夢が叶ったのである。
「わたしはどうすればいいんだ」
「適当に座って本でも読んでいてください。いろいろデッサンしてみて、その後で、本格的な絵に取りかかります」
リザヴェータはデッサンを開始した。
カチェリーナは三島由紀夫の「金閣寺」を原書で読んでいた。カチェリーナはネグレクトで情緒が欠損した代わりに、外国語の本を原書で読むくらいはすぐに出来るらしい。
「おまえは金閣寺を読んだことあるか」
「翻訳でならありますわ」
「これは芸術に絶望する話なんだ。作品序盤で有為子というヒロインが出てくる。男性主人公は気持ち悪い男なので、この有為子から嫌われてるのだが、この女は他の男と関係を持つ。戦時下の話であり、この恋人は脱走兵だったから、二人は憲兵に追われ死んでしまう。ヒロインの立ち位置の美少女が冒頭で死ぬんだから、これはかなりすごい話なんだ。もちろんこの有為子は美少女というイメージの体現だ。多くの文学作品がそうであるように、ヒロインは世界の美少女の代表として現れる。そして、この有為子と金閣が対照的に位置づけられる。もちろん有為子は肉体的な性欲の対象であり、金閣はプラトンのイデアのような美なんだが、果たして芸術は人を救うのかという話なんだ」
「主人公は芸術に昇華出来なかったから、金閣を恨んで放火するしかなかったんですね」
「その通りなんだが、その後の三島由紀夫の後半生を考えると興味深い。自衛隊市ヶ谷駐屯地での割腹自殺については説明するまでもないが、三島のような世界的文学者でも、芸術で救われなかった。この作品の中で、南泉斬猫という禅の公案が取り上げられるが、美しい猫を殺すべきかという話なんだ。美しい猫を殺すと、その美は消えるのかというのが公案のテーマであり、二人の禅僧は異なった解釈を示す。この解釈論が作品の軸になり、そして主人公は金閣を燃やす、つまり猫を殺して美を破壊するという解釈を選択するのだが、もちろんそれでスッキリ解決したわけではなく、美という難問が根深く残ったまま終わるわけだ」
「セックスと芸術というテーマなのですね。人間らしい欲求が根底に書かれているから世界的な名作になっているのでしょう」
「金閣寺は現実の放火事件をモデルにしているわけだが、当然ながら、事実にはない創作も盛り込まれている。主人公は火を付けてから金閣の最上階の究竟頂で死のうとする。この究竟頂の内部は金箔が張り詰められたとても美しい部屋とされている。プラトン的なイデアであり、芸術的な美の象徴と言っていいと思うのだが、主人公がどんなに叩いても、この究竟頂の扉が開かないんだ。金箔で光り輝く部屋で死ぬつもりだったのに、その扉は固く閉ざされていた。自分がそこに入れないことをはっきり自覚した時、主人公は颯爽と外に出て、遠くに逃げて『生きよう』というセリフを吐く。もちろんその生への決意は空々しいもので、三島も最後は自殺だ」
「天才と言われる人でも芸術に絶望していたのでしょうか」
「要するに何が言いたいかというと、女と寝ないと何をやっても救われないということなんだ。三島は同性愛者という説もあるが、どちらにせよセックスの問題だ。だからおまえはわたしと寝るべきなのだ」
「カチェリーナ様と寝たら、すべての夢が叶ってしまいます。満ち足りないからこそ、人間存在があるのだと思いますわ」
「三島やおまえのように芸術家の才能があるならいいが、わたしのように女とやりたくて仕方ないのにまったくやれないゴミクズはどうしたらいいのか」
「この絵が完成したら、コンパで女子大生をお持ち帰りするくらいは簡単に出来ます」
「そうか。じゃあ今はこの辛い人生に耐えるとするか」







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