2013.11.04

貨幣と時間

貨幣は時間的存在である。
貨幣は時間とリンクしている。
貨幣は生産と関わっており、生産は時間的なものだからである。
われわれは完成品を買うので、「生産に要した時間」を買っている自覚がないが、買うというのは「生産時間」を買うことなのである。
その商品を作るのに掛かった時間を買っているのである。

生産は瞬間的に行えるものではない。
時間という資源を投入して行う。
基本的に多くの人間は時間を販売しているわけだ。
コンビニのバイトでも医者でもそれは変わらない。
医者の方が圧倒的に時給は高いが、医者なりの適正な時給というものがあり、医者だからと言って、一日500時間働くとか、そんなことは出来ない。
一日24時間という資源の中で、その人間なりのスキルに応じた時給を貰うのである。

たとえば特別に難しい手術が出来る天才医師がいるとする。
その医師はその天才的な手術の腕で、他の医師より何倍も稼げるかもしれない。
しかし、彼の一日が24時間であることに代わりはなく、普通の医師10人分働けるとか、そういうことはない。
医師の仕事にしたって、基本的には時間の投入なのだ。

汗水垂らして働くという言い方があるが、経済の問題として労働を考える場合、そういう労苦は除外していいのである。
労苦に対して賃金が発生しているのではないからだ。
あくまで時間に対して賃金は支払われており、決して労苦に対して支払われていない。
賃金は労働の苦痛への手当てではなく、時間に対して払われている。
労働の苦労は一顧だにせず、純然たる時間の販売であると考えると、生産と貨幣の問題はすっきりする。

時間以外になんの価値もないくらいに考えた方が、わかりやすいのである。
あなたの年収が500万円だとする。
(貯蓄を考えると面倒なので)全額消費するとする。
その場合、一年間で500万円があなたの家計を通り過ぎていくということなのだ。
500万円が入り、500万円が出ていき、差し引きは0である。
その根底にあるのは時間のやり取りである。
500万円得られたのは、それだけあなたの時間を販売したからであり、500万円出ていったのは、それだけ他人の時間を買ったからである。

その500万円の使い方にしても、時間に応じて使っているわけだ。
24時間の生命維持に必要な食料を毎日買う。
一ヶ月の賃貸に必要な家賃を払う。
こどもの塾の月謝を払うかもしれない。
酒飲みなら、一年に飲むだけの酒代が必要だろう。
消費だって時間的行為なのである。
10万年分の食料とか買っても意味がないわけだ。
あくまで時間に合わせて買い物をする。

貨幣と商品を交換するのが表向きの経済行為だが、その根幹にあるのは時間なのである。
時間が商品を作るのである。
労働によって生産しているのではなく、時間によって生産しているのだと考えると、貨幣という問題の本質に近づく。







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