翌朝カチェリーナは学校に行った。足取りは重かったが、もう怠惰な生活には戻りたくないのである。教室に入ると、ソーネチカはすでに登校していた。他の女の子と楽しそうに話している。グルーシェンカの毒牙に掛かった様子など微塵も見せず、いつも通り品のある立ち振る舞いをしていた。グルーシェンカによれば、近いうちにソーネチカを調教してカチェリーナの寝室に届けてくれるそうだが、カチェリーナは複雑な絶望と欲望で頭を抱えるしかなかった。
やがて昼休みになると、ソーネチカがカチェリーナに声を掛けてきた。
「ちょっとお話ししたいことがあるのです。校舎の外の方、よろしいでしょうか」
「ああ、いいよ」
カチェリーナはやむを得ず立ちあがった。何かしら用件があるのだろうし、聞かないわけにもいかないのだろう。そして二人は裏庭に行った。裏庭と言っても、辛気くさいところではなく、狭苦しくもない。庭師が綺麗に整えた色鮮やかな花壇があり、綺麗に刈り込まれた芝生が広がる開けた場所である。日に陰っている場所が多いが、ところどころ木漏れ日も差しており、くつろいでいる生徒達もまばらにいる。
カチェリーナとソーネチカは他の生徒から少し離れて、会話を聞かれないところで足を止めた。
「わたし昨晩、グルーシェンカさんと寝たんです」
あらためて本人から言われると胸が痛んだが、表情には表さないようにした。
「知ってるよ」
「わたし今までカチェリーナ様が同性愛者だと疑ってたんです。以前カラオケの時にホテルに誘われて、わたしは頑として断りましたよね。ガチレズの人なら嫌だと思ったのです。でも寝物語でグルーシェンカさんからいろいろお話を伺って、カチェリーナ様は男性が苦手で少女が好きという程度に思えました」
「証明のしようがないからな」
「でもわたしが確信できたからいいんです。カチェリーナ様はあくまで百合を求めてるんですよね。これならカトリックの信仰にも反しません」
「そうなのだろうか」
「邪悪な男性のペニス、もしくは邪悪なガチレズの男性的欲望が、少女の貞操を犯すんです。ノーマルな少女同士なら裸で愛し合おうとも貞操は無事であり、なんら問題ありません」
「だったらやらせろ」
カチェリーナはソーネチカの手首をつかんだ。グルーシェンカが調教するのに一週間かかると言っていたが、そんなに待つことは出来なかった。ソーネチカは普通の美少女であり、普通の優等生ではあるのだが、注意力と集中力がとても高いので、細やかなところまで神経が行き届いている。ひとつひとつの振る舞いに品があり、これだけ澄み渡った意識の感じられる少女は滅多にいない。
「抱かせろよ。おまえはそういう趣味があるんだからいいだろ」
カチェリーナは欲望に囚われ、目を爛爛と輝かせてソーネチカに迫った。ソーネチカは不思議そうな顔をしていて、無言でカチェリーナを見ていた。これはやらかしたと気づき、カチェリーナは手を引いた。いつも同じことの繰り返しである。他人との距離が掴めず、阿吽の呼吸も理解できない。空気が読めないから、生まれてから一人も友達がいない。他人に接してみたところで、当惑したような表情に出会うだけなのである。
しかしカチェリーナが自分に絶望し無力感に囚われていると、突然ソーネチカが笑い出した。
「カチェリーナ様って、本当に面白い人ですよねえ」
ソーネチカは笑いをこらえていた。そこには何の皮肉もなく、愛情さえ感じられた。
「グルーシェンカさんからいろいろエピソードを伺ったんですけど、カチェリーナ様って天使みたいに澄ました顔してるわりには、欲望にまみれていて、それでいてソーシャルスキルが低いから誰ともやれてないんですよね。孤高の人というイメージだったんですが、実際は生まれてから友達がひとりも出来なくて焦ってるそうじゃないですか」
「ぐぬぬ」
どうやらグルーシェンカが変なことを吹き込んだらしい。この調子だとカチェリーナの下手くそな漫画原稿くらいは見せていそうである。ベッドの上でよろしくやりながら、カチェリーナを笑い物にしていたのだ。
「ああ、そうだよ。わたしはどこに行っても除け者。今回も恥をさらしただけで終わった。そういうことだ」
「待ってください」
歩き去ろうとするカチェリーナの肩をソーネチカがつかんだ。
「わたしカチェリーナ様とすごい寝てみたいんですよ。今日の放課後わたしの家でどうでしょう」
「本当だろうか」
カチェリーナは驚きで目を見開いた。
「そうやって食い付いてくるのが愉快ですね。もちろん寝たいのは本当です。カチェリーナ様は人を寄せ付けない恐いイメージがあるんですけど、グルーシェンカさんに伺ったらすごいヘタレらしいので、ベッドの上でどういう反応するのかすごい楽しみなんですよ。なんか今すぐやりたくなってきました。早退して、今からわたしの家に行きませんか」
「いいのかよ」
「わたしの家は両親がともに医者で共働きなので、自宅にはいないのです。もちろん放課後まで我慢できるなら我慢しましょう」
「我慢できるわけがないだろ。じゃあやらせてもらうか」


カチェリーナはグルーシェンカの家に帰宅した。出迎えたグルーシェンカがそれを見て妙な顔をしている。
「なにかあったんでしょうか」
「ソーネチカとやってきた。天使としかいいようがなかった」
「まだまだ時間が掛かると思ったんですが、早々とやったわけですか」
グルーシェンカはさも感心した様子である。
「極楽浄土だった」
「素晴らしい体験をしたわけですね。カチェリーナ様が気に入られたのなら、ソーネチカを時々うちの客人として招待しようと思うんです。あの子はすごくいい子だし、両親が医者で育ちもいいですから、我が家と交流する資格はあるでしょう」
「確かにソーネチカは最高だが、わたしはすごい絶望もしているのだよ」
「極楽浄土だったんですよね」
「ソーネチカは非常に素晴らしい。だが、他人の最高の恋人を一晩貸して貰ったようなものであり、決して魂と魂が触れ合ってないんだ。わたしは同性愛者ではないし、あくまで百合を求めているわけだ」
ソーネチカの身体の感触はまだ残っていた。その痩せた肢体の甘い香りはとても素晴らしいもので、お嬢様学校の女の子の可憐さを余すところなく体験したわけだが、カチェリーナとしては釈然としないのである。
「肉体的な繋がりだけでも素晴らしいんだが、やはり友情あってこその百合なんだ。少女の友情が頂点に達して肉体を求め合うというプロセスが大事だろう。ソーネチカみたいな最高の素材と寝ても、友達ではないというわびしさが強い。仮にわたしがガチレズなら高嶺の花であるソーネチカの身体を食えただけで狂喜乱舞して終わりなんだが、わたしは百合が好きなんだよ」
「めんどくさい人ですね。女とやりたいやりたい騒いでるから、わたしがソーネチカを攻め落としたのです」
「おまえの悪魔的なソーシャルスキルのおかげで、絶対に無理な相手と寝ることが出来た。だが、ソーネチカはあくまでグルーシェンカを崇拝してるのだよ。リザヴェータともやりたがっていた。要はソーネチカはおまえら天才姉妹を崇拝しているわけで、おまえらがわたしと繋がりがあるから、そこに配慮してわたしと寝てるだけなのだ」
「思考がネガティブ過ぎますね」
「ソーネチカから聞いたんだが、おまえスタンフォード大学卒らしいな」
「ええ。それがどうかしましたか」
「大卒だとは知っていたが、スタンフォード大学だとは思わなかった。わたしは中学三年生の勉強が出来るようになって喜んでいたわけだが、自分が哀れに思えて仕方がない」
「疲れているようですね。少し休まれたらどうでしょう」
「やはり育ちというのは重要だ。優れた人間には優れた親がいる。神様が魂を作って人間性を創造したなんて嘘っぱちだ。どう考えても家庭環境の問題だ。クズ親からネグレクトされ、15年ゴロゴロしていたわたしでさえ、この上流階級の家ではちゃんと勉強してるんだ。偏頭痛はひとつも改善しないが、それを理由に休むことなく、気を失うまで勉強することもある。家庭環境の違いは圧倒的な格差であり、もはや人間精神の価値など信じるわけにはいかない」
「ゴロゴロしていた15年間は取り戻せないにしても、リザヴェータ姉さんがカチェリーナ様にぞっこんですから、この家にずっと住むのは構いません。何なら養女になったっていいんですよ」
グルーシェンカはカチェリーナの肩に手をやって、寝室に連れて行った。カチェリーナはベッドに倒れ込んだ。グルーシェンカは何も言わず扉を閉めて出ていった。
カチェリーナは枕を抱きしめながら、ソーネチカについて考えた。ソーネチカは育ちのいいお嬢様の典型であり、夢のように素晴らしかったが、自分にはあのような細やかな気品は皆無であり、出自の格差を感じさせられた。お嬢様同士で愛し合うのが百合であるとカチェリーナは考えていたから、自分がそれに値しないという現実が堪えたのである。人権思想をいくら唱えようとも、家庭環境の格差は絶対的であり、それを乗り越えることは出来ないのだ。







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